Encuentro
【禁索の世界】(ムノサ・ムンド)。それは地球のある宇宙と切り離された世界。この世界では海と地が1:1と均等に構成されており、多数の大陸が様々な大きさで点在する。気温や季節の変わり目は地球の"ニホン"という国と同じだが、存在している生物に大きな差異がある。
この世界に存在するのは生物学的な"ヒト"である【人間】(ペルソナ)、エルフや獣人などの【幻想人】(ファンタシア)、そして──────────各々の腕に何かしらの刻印がなされている種族である【禁索体】(ムノサニーア)。
だが、三種族が存在しているというのに"何故か"この世界の共通言語は禁索(ムノサ)語、文字も禁索(ムノサ)文字。かなり【禁索体】に"肩入れ"している。
『この詳細不明な種族である【禁索体】とは一体、何者なのか?』
コー・エクシステンシア大陸。土地は舗装されているが、建物が少なく、村が点々と存在するだけの小さな大陸。
その何処か。照葉樹と夏緑樹の混交林が広がっている。その奥に白いレンガ造りの城塞が佇んでいた。外に馬車が置いてある。
城内に入ってみると、壁にはロウソクがポツポツと装飾しているだけあって薄暗い。端に設置されている変な置物もその暗さで、より不気味に見える。
「なあ、あのローブの女、変だよな。こんなものを俺達に持たせてよお。」
「仕方ないだろう……………これが仕事なんだから」
"首の無い"騎士二人が不平不満を口にしながら歩いている。この二人が担いでいるのは人間とそっくりな"モノ"が入っている巨大な水晶である。
「しっかし重いなー。せいぜい100kg以上あんじゃね?」
「中の人間がか?」
「ちげーよ!水晶がだよ!!人間がこんなに重いわけねえだろ!!」
「そりゃそうだよな。」
「そういえば、こいつ何だろな?あの女が慎重に運べって言うから大事なもんだろうけど。」
「さあな。それ以上深入りしたら、消されるかもしないぞー。」
「嫌だ怖ーい(棒)」
くだらない話をしていると、大きな木製の扉の前に着いた。ぶら下げている看板には【研究室】と禁索文字で書かれている。
「この扉、重いぞ。一緒にせーので引くか。」
「「せーの!!」」
ガタガタッ、と大きな音を立てて扉が開く。扉の向こう側には───────────────無数のガラス製の保管庫が奥まで置かれている。だが中身が全くない。
「他に何が置かれるのやら。」
「さあな。単眼のエルフとか、アルビノの人間みたいな"趣味の悪い"ガラクタかもな!」
「おいおい、もし聞かれていたらどうすんだよ!」
「なあに、誰も聞いてねえって!心配すんなよ!俺たちだけだからさっ!!」
「だからって……………」
そんな話をしていると、最奥の巨大な保管庫に着いた。保管庫に水晶をゆっくりと置き、三重の強化扉を閉める。あとは鍵をかけて帰るだけだ。
ピキッ……………ピキッ……………
「お前、何かガラス踏んだか?」
「いや、何にも?」
ピキピキッ……………ミシッ……………
「おいおいおい……………まさか……………!」
「そんな筈は……………」
騎士の一人が扉を開けようとすると───────
眩燿(げんよう)とともにガラスの破片や強化扉の砕片が飛び散る。
「ああ"ああああ"ああぁぁぁ!!何だぁぁぁああ!!」
「お、おい!!み、み、見ろよ!!」
騎士の一人が黒煙の方に指をさす。黒煙の奥に人間のシルエットがチラチラと見え隠れする。
「嘘だろ…………………こいつ、"人間"なのかよ…………?」
「確かにあの女は人間と言った筈だぞ!?」
「じゃあ、人間じゃなかったら何だよ!!」
シルエットがこっちに来る。蒼く鋭い眼光が、こちらに焦点を定める。
「や、やめてくれええぇぇえええ!!!」
「来るなああああああああぁぁぁ!!!!」
─────刹那、騎士二人が吹き飛ぶ。その"青年"の一蹴りで。
「…………………」
青年がコンマ単位で金色の拳銃と二つの金属板を、着物の袖から取り出してセットする。
「【禁索概念詠唱】(カンタール・ムノサイデア):」
銃の中で金属板の化学反応が進む。小さな歯車がカチカチと回り始める。
騎士一人が頭を抱えて起き上がろうとする。
「や……………め……ろ……………………め………て………くれ」
歯車の回転が徐々に早くなる。電子のぶつかり合う音が聞こえる。
「や………………だ……………死に…………たく」
青年がトリガーを引く。
「【躊躇なき消去】(エリミナション・シン・ドゥダール)!!!!」
銃口から大粒の結晶が騎士二人に向かって放たれる。
「うわああああ"あああああああ"あああ"ああ"!!!」
結晶は二人の後ろの壁にぶつかり、砕け散って電磁波を放つ。
「あ"あああ!!あああ"あああ"ああぁぁぁ!!」
片方の騎士が断末魔を上げ、もう片方の騎士は気絶していたはずが電流が流れて痙攣する。
「あ………………ああ………………………あ」
青年が最後の蹴りを入れ、騎士がピクリとも動かなくなる。
「……………貴様らは意外と脆いのだな。相手にならん。」
青年が出口に向かって走る。すると、
「そこのお前!!待てやコラ!!」
首が二つの騎士が左右から一人ずつ、槍を持って現れる。
「邪魔だ。散れ。」
騎士二人の腕を掴み、跳躍。そして、地面に投げつける。大理石張りの床に大きなヒビと穴が開き、槍が粉々に粉砕される。
「ヴッ………………ぐ…………………ああああ!?」
骨が折れる音、脳漿が滲み出る、目玉が潰れる。大量の血が壁にべチャリと張り付く。
「話しにならんな。」
眼鏡をくいっと上げ、ため息をつく。再び出口まで駆け出す。
大きな扉の前に来て、脚に"最大出力"の負荷をかける。牛革製のブーツは破れず、靴跡だけが深く床に刻まれる。
扉にめがけて跳躍、飛び蹴りが繰り出される。
「ふんっ!!」
一度で木っ端微塵になり、陽の光が彼の白髪を照らす。
「敵が来る前に森を抜けて、何処かの村で匿って貰うか。」
その頃、城近く森林で。
「はあ、はあ、はあ、はあ………………………!」
小さな子供がぬいぐるみを抱えて逃げていた。
「待てええ!!クソガキが!!」
「早く捕らえろよ!あのぬいぐるみ、売る価値があるって噂だ!!」
「あのガキも売ればもっと金になんじゃね!!」
「おお!!お前、頭いいな!」
若い村人三人が子供を追い詰める。
「来ないで……………!!こっちに来ないで……………!!」
「なあに、お兄さん達は何にもしないよー。ただ遊ぶだけだからさ……………………………こっちに来いよ!」
ジリジリと一人の青年が不気味な笑みで子供に近づく。
「や、やめて…………!」
子供がぬいぐるみを顔に被り、涙を隠す。
「いいじゃねえかよ…………………ほら来いよっ!!!」
「いやだあああああああああぁぁぁ!!!!」
子供が叫び声を発した瞬間──────
バキッ。
何かが折れる音がした。
子供がぬいぐるみを退かして、何が起きたかを確認する。
そこには下顎骨が外れて血塗れの村人の一人が倒れている。
そしてその向こう側では、
「ひぃいいい!カンベンしてくださあい!!」
「も"うしまぜんてば!!」
「手加減しているんだが。もう降参か。」
涙ぐむ村人が腰を痛めて木に寄りかかり、白髪蒼眼の眼鏡の青年がもう一人のシャツの襟を持ち上げる。
持ち上げられている男性は鼻血が出ていた。
「降参!!降参ってばあ!!」
「いきなり幼い子供に手を出すとは、人間も愚かになったものだな。」
「こ、殺さないd」
「ふんっ!!」
最後の言葉を言う前に、青年がその男性の首を折る。
男性の首がプラプラと揺れる。
「ひぃ…………………」
流石に子供もこの光景に小さな悲鳴をあげる。この男は自分を助けてくれたのか?
「うわああああああああ!!」
腰抜けていた"生き残り"が森林の奥に逃げ込んだ。
「まったく。面白みのない奴らだ。」
青年が白いマフラーを拾って、結び直す。汚れた軍手を見つめる。
「あの……………お兄さん………………誰……………ですか。」
後ろに振り向く。長い横髪が大きく揺れる。
「俺の事か?俺は───────」
子供の傍に近づき、目線に合わせるように屈む。
「キャメロン=モードレッド=ディルムッド、だ。」
その青年は"感情のない顔"で自分を名乗った。
「貴様は何と申すか?」
「"僕"は────────」
「花菜…………………ミエード…………………」
子供は怯えながらもキャメロンの質問に答える。
「………………まさかとは思うが、貴様は"男"なのか?」
「うん………………ちゃんとした……………男の子だよ。」
ほら、と花菜がぬいぐるみ片手にサスペンダーを外そうとする。
「いや、わざわざ脱いで、自分が男であると証明する必要はない。貴様の発言で十分だ。」
小さな男の子に恥を晒させる訳にはいかない。キャメロンが花菜の両腕を握る。
「聞きたい事がある。その"不気味な"ぬいぐるみは何だ。」
「………………これの事?」
花菜がぬいぐるみを前に出す。
ぬいぐるみの色は全体的に茶色で、お腹の方にジッパーが付いていて、何よりも気になるのは───────紅色単眼のタテ目だ。
「触っても良いか?」
「………………良いよ。」
キャメロンが触ろうとした瞬間、
「だあ"あ"あ"あ"れが不気味なぬいぐるみやねん!!!!」
これにはキャメロンが大きく目を見開いた。話すぬいぐるみだと?
「アンタあ!!失礼な事言わんといて!!ウチはこれでも立派な妖精なんやで!!」
「それはすまなかったな、不気味な妖精。」
「アンタ、殴るで?」
似非(エセ)関西弁を話す自称妖精の単眼のぬいぐるみ。これに驚く人間はどれほどいるのか。
「貴様、名前は?」
「ウ・チ・は、オハナ!!ぬいぐるみは仮の姿!!ほんまもんは結構美人やでぇ………………」
「ふむ、ナルシストな妖精か。」
「………………仏の顔も三度まで、やで?」
キャメロンの無意識な煽りがオハナの怒りを誘おうとしていた。
「まあ、ええわ。花菜を助けてくれてありがとうなあ!!」
「別に礼を言われるまでもない行為だが。」
キャメロンが立ち上がって、二人に背を向ける。
「ちょっ、どこ行くねーん!」
「俺は今から"目的"を探しに行くが?」
彼は陽の光が差す方に歩き出す。
「待って…………………!」
彼が足を止める。後ろに振り向かずに。
「僕も付いてきてもいい………………?」
「…………………………」
長い沈黙が辺りを覆う。
「…………………勝手にしろ。」
"三人"は一緒に歩き出した。