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Desconfianza

朝、眩しい光で【起動】(リ・スタート)する。
どうやら眼鏡を外さないまま寝ていたようだ。フレームに少し埃が付いている。
………そういえば花菜はどうなのだろう?熱中症は治まったのだろうか?
寝台を覗こうとする────────が、いない。花菜とオハナが、いない。
周りを見渡しても、建物に元々設置されていた家具や乱雑に置かれている木箱しか見当たらない。

「……………?」

外で誰かが騒いでいる?いや、一人じゃない。明らかにそれ以上居る。一体何が起こったというのだ?
身だしなみを整えて外へ駆け出した。
藁葺きの建物の外では人だかりが何かを囲んでいた。

「おい!!お前ら、落ち着けって!!」

「人間が口出しすんな!!どうせてめぇらが殺したんだろ!!」

群衆の真ん中でヒトと獣人が口論しているみたいだ。一体何がどうなっている?

「キャメロン……………」

誰かに着物の袖を引っ張られた。見下げてみると、建物内にいなかったはずの花菜とオハナが。

「今までどこにいた。」

「外がうるさかったから……………出てみた………」

「熱は。」

「大丈夫やで!!もう今朝には下がっとったんよ!!」

「聞くが、これは何の騒ぎだ。」

「知らない……………誰かが殺されたみたいだよ………」

「殺人事件だと?この村で、か?」

「あっ!キャメロンさん!おはようございますっ!!」

ナナがミミを連れて、こちらに寄ってきた。

「ああ、おはよう。つかぬ事を聞くが、これは何の騒ぎだ。」

「……………ヒトか獣人が、殺されたみたいです。村外で。しかも死体が原型をとどめてないと。残虐ですよね…………………」

そんなはずはない。こんなにも小さければ争いはもはや、殺人事件など……………いや、可能だ。
何故ならこの村は………………………【他種族共存】。
包括的にいえば、この大陸自体が【他種族共存】を"規則"としている。
つまり、小規模であれ大規模であれ、"お互いにとって不利益な行動や発言"をすれば、争いは"必然的"に起きるという事になる。

「まあまあ!落ち着きましょうよ!!こんなくだらない口論をしても、死者は戻ってくるはずがないじゃないですか……………」

ヒジリが二人の和解を試みようとするが、

「ああ"?ヒジリさんよ、村人一人が死んでるんだぜ?くだらないって言葉でくくれるもんじゃねぇ!!」

「そうだ!!それじゃあヒジリさんは誰の味方なんですか!!もちろん、獣人(オレたち)ですよね!!」

「あ、あの、その、えっと……………」

「ちゃんとしてくれよ!!"次期村長"候補さんよ!!」

次期村長候補、だと……………?こやつが?
そんな訳……………いや待て。"候補"だ、"候補"。つまり"確定"ではない。他にも村長候補がいる。

「答えが出せねぇってか!!ちぇっ、期待して損したぜ!」

「あの!違うんですよ!ただ、僕は"誰の味方でもないんですよ"!」

「はあ?どういう事なんです?」

「えっと、つまり、僕はみんなを傷つけたくないんですよ!」

「…………………」

「こんな争い、誰だって嫌ですよ!憎みあって、苦しみあって、貶しあって………………誰が"得をする"んですか!?」

「「!!」」

「もう、やめましょうよ。醜い争いをして、亡くなった人が安らかに眠れると思っているんですか?」

「…………………そうだよな。ヒジリさんの言う通りだな。」

「すまないです、ヒジリさん。無意味な口論して。」

「そんな………!謝らなくても!」

二人がお辞儀して謝罪し、ヒジリが慌ててそれを止める。

「それじゃあ、この無惨な遺体をどうしようか。」

「早めに村外の聖職者でも呼んで供養してもらおうか。」

「ああ………可哀想に………誰が亡くなったのか知らないけど………」

「遺体がくっせぇな………早く燃やしてこいよ。」

「ママ、怖いよ!!もしかしたら僕も………!」

「しっ!!そんな訳ないでしょ!いい加減になさい!」

「犯罪者を早く捕まえようぜ!!そして火やぶりだ!火やぶりの刑!!」

村人達の慈悲や心配、粛清の声が上がる。犯人は誰かも分からない。しばらくは騒がしくなるだろう。

「何や最悪な自体やな。ウチらが来ているっちゅーに、知らん村人がミンチにされるわ。」

「何か………怖いね………夜……眠れなく………なりそう。」

「…………………」

キャメロンが顎に手を当てる。何かが脳内に引っかかる。
何故だ?何故、俺達がいる"この時"を狙った?
偶然なのか?俺の考えすぎか?この事件には詮索しない方がいいのか?
しかし、それでも"何か"が気になる。このまま放置してもいいのか?
とある方向に目を向ける。その目の先には小さな切り傷。

「何やキャメロン。さっきからずっと黙っとって。もしかして……………怖いんかw!!」

オハナに鼻で笑われる。どうやら俺が遺体や事件に対して耐性がないと勘違いしているらしい。

「ひゃああww!!固まっとるわww!!」

「もう………!オハナ………からかいすぎ………!キャメロンは考えているんだよ………きっと!」

「…………………少しいいか。」

「んwww?なwwにw?」

「あのヒジリという青年が気にならないか。」

「別に?何も気にならんけど?普通の優しい爽やかな青年やん。」

「本当にそうか。」

キャメロンがオハナの顔にずんずんと近づく。何よりも無表情で怖い。

「………まさかとは思うんやけど、そのヒジリが何か悪い事しとると?誰かを"殺した"んやと?」

「まあ、そういうところだ。」

花菜とオハナの顔が青ざめる。そんなにも衝撃を受けるような発言だったのか。

「アンタ………うせやろ………ほんまに言ってんのか………」

「キャメロン……人を疑うの………良くない……………」

「過信するのもどうなのだが。」

「それもそうなんやけど………村人には聞いたんやで?そうしたら、"ヒジリさんはこの村のヒーロー"やて。しかもまあ、ご丁寧に彼の武勇伝まで語ってくれとって………」

「たとえ他者からは善意のある青年に見えたとしても、裏切る"下衆"だとすればどうだ。」

お互い一歩も意見を引かない。キャメロンは"確かに"花菜とオハナには賛同したいが、彼なりに引けない"事情"がある。

「はあ……………ほんならアンタの好きにしたらええやん。やけど疑いすぎるんも、後々自分の信頼がなくなるんやからな。」

「分かった。俺の好きなようにする。」

すると─────花菜を抱えた。
流石に花菜はこれに驚いたのか、オハナを落としそうになった。

「ちょっ、アンタぁ!!いきなり何すんの!!」

「貴様が言ったではないか。『好きなようにしろ』と。なら、俺の"調査"に付き合ってくれるな。」

「そ、そんな意味で言ったんちゃうんやで!?」

「もう遅いぞ。前言撤回はさせん。」

群衆が村の中心に集まって遺体の処理を論争しているのをよそに、彼らは門の方に向かった。

(村外で犯行が行われたのなら、証拠は間違いなく………)

「あら?どうしたのです?」

ナナが話しかけてきた。これはどうにかせねば。どうはぐらかす………!

「ああ、少しな。今は事件のことで騒々しいだろう。赤の他人であり、この村の住人ではない俺達が口出しするのは何だか憚られるのでな。黄昏時にはこちらに戻る。」

「そんなわざわざ……………ありがとうございます。では、お気を付けてくださいね。」

ナナが群衆の方へ戻っていく。
快く歓迎してくれた人に嘘を吐いてしまった。キャメロンの"何か"が噛み合わなくなりそうになる。

「……………で、何をすんのや?調査っていうんは?」

「ヒジリが被害者を殺した証拠だ。」

「はあ!?アンタぁ!正気なんか!?」

「だからわざわざ"担いで"村外に行くだろうが。」

「ぐぬぬ………!ウチらを逃がさんということか………!」

オハナがぺちぺちとキャメロンの頬を叩くが、彼女(?)自身が布素材なのでびくともしない。
門の傍まで来て、扉を右脚で"門の錠前が壊れることなく外れるくらい"に蹴った。
すると、錠前が振動で簡単に外れた。ゆっくりと扉が開く。

「行くぞ。もちろん不平不満はないな。」

「勝手にしろぉぉおおおおお!!」

キャメロンによる殺人事件の独自調査(?)が始まった。





????にて。

大きな広間。おそらくオーケストラコンサートが開催できるほどの広さ。真ん中に悪魔の彫刻を施した金の玉座。そこに座っているのは、黒く長いドレスを来た女性。
黒いウェーブの髪。伸びた爪は紅い。紫のアイシャドウ。頬杖と目を瞑って何かを考えている。
その広間に少女が入室する。紅髪黒眼。姿は幼く褐色で、紫のグラデーションのバティックを着ている。
銀の耳飾りの片方は月、もう片方は十字架。曲がったヤギの角が頭から生えている。裸足でゆっくりと歩いて来る。

「アブラハム様、準備が完了しました。何時でも"転移"出来ます。」

少女はアブラハム=フリーメイソンの前で跪く。

「そうか。ご苦労だな、ソフィア。メサと馴れ合うのは大変だったろう。」

「いいえ、そんな事はございません。あの悪魔は褒めちぎれば、容易に騙せるものです。」

ソフィア=ポイゾナスがふふふっと嗤う。

「そういえば他の幹部はどこにおる。本部にはお前しかおらぬのか?」

「いいえ、ウルフとオーギッシュがいます。特にオーギッシュは機械弄りで仕事を怠けています。」

「そうか。」

しばらくの間、重い沈黙が流れる。
すると突然アブラハムは立ち上がり、目を開けた。
結膜は黒、虹彩は赤黒い。瞳に光あらず、濁った闇で包まれている。

「我々の"美しい政治"を全愚民に示そうではないか!そして誰しもが魅了し!我らの調教を受け!"正しき国民"となるのだ!!」

「流石はアブラハム様………!お美しいです!!」

「今すぐ幹部を全員呼んでこい!!全ての道具を取り揃えろ!!時間が無いぞ!!」

「承知しました、【我が母】(ミ・マードレ)よ。」

"黒い何か"が動こうとしている。
果たしてそれは【恐怖】(テロル)か、分からない。

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