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白き狼が舞い降りた 後編

城塞都市顎門
シロウドレイ主務室

「土の属性支配者か…」

突然、シロウドの顔は修羅の如く険しくなる。

「危険じゃが、やる価値は十二分にあるな…」

トントン
指先でリズムを取りながら、机を叩きながら独白する。
皺だらけの彫りの深い顔の中に鋭く光る眼光…『最凶』と畏敬の念を込め称えられる最強のシュバリエ。

「アブローラには儂が話す、絶対防壁陣の準備を急がせろ。」

「よろしいので…しょうか?」
タンタが恐る恐るシロウドに問う。

「何を心配する?」
魔力波動を含んだ刃物のような言葉だった。

シロウドは怪訝な顔をする。
北部でシロウドに意見するのは…『死』を意味する可能性がある。
タンタは、その事を知っている小心者であるが、シロウドへの絶対の忠誠から声を絞り出す。

「若様は、生まれながらの聖騎士だと思われます。選ばれし帝騎を纏う…使徒様です。」
顔面蒼白のタンタは脂汗が止まらない…これから起きる事、未来に起きるであろう大波乱に恐怖する。

「幻想騎の適性ありかと…」

幻想騎…シロウドはその言葉を聞くとぼんやりと天を見上げた。
顎門要塞の地下深くにある『聖櫃』の奥に佇むクナイツァー家の最重要機密事項であり、切り札でもある純白の幻想騎『白金の乙女』が…脳裏に浮かんだ。
女神『鋼鉄の戦乙女』が騎乗し『神』と戦った騎体…そして彼女も共に眠っている。

『神』と共に戦ったのではない、『神』から人の世界を守るために戦ったのだ。

”アークは…倅はどうなった?”

”レインに…同じ道を歩ませるのか?”

目を閉じ自問する。


”いや、もっと険しい道だ。”



目を瞑れば、出陣して行った息子二人を思い出す。

クナイツァー家に、二人の兄弟がいた。
長男アークレイ 、次男ブルームレイ。

歴史に名を残した二人の兄弟。

アークレイは、帝国の威信の為に見殺しにせざるを得なかった。

迫りくる『悪魔』の王と相討ちになり…
帝国の国名を冠した、帝騎『ジアール』と共に…イグルーに沈んだ。

救援が一歩、あと一歩、間に合わなかった。


ブルームレイは、クナイツァー家と北部の誇りを守る為に…散った。

怒涛の津波のように襲い掛かってくる『悪魔』と『彷徨うもの』…北部兵だけなら、ほぼ無傷で撤退出来た。
帝国内で地位の低い扱いを受ける北部の誇りを守る為、より流れる血と涙を減らす為…

彼は一人残った。

伝説の龍騎士が顕現し、敗残兵達は北部の兵に守られながら撤退出来た。

究極召喚の対価は、『己の命』…ブルームレイの最後は誰も見取られる事はなかった。
北部の深い『古き領域』で、今も眠っている。
散っていった多くの兵達と共に…


「儂に残された時間は長くはない。」
シロウドが自嘲気味に嗄れた声で呻く。

「アムセトの娘とは言え、外で育てられたアブローラでは…女主人では家臣達も納得し切れまい。」

うーむ…と唸り目を瞑る…


”絶対ダメだ…隠すしかない。”


カッと両眼を見開き覚悟を述べる。

「生まれてくる子を帝家に取られるわけにはいかん!」
シロウドの言葉に、タンタは覚悟を決める。

クナイツァー家の血筋を引くアブローラは、古参の者達と面識がない。
侯爵家のアブローラ付きの家臣達を押し付けられ、子爵家古参の家臣が蔑ろ
にされていく未来が手に取るように分かるとシロウドが嘆く。

いずれ自分が死ねば、婿殿が堂々と乗り込んでくる…その時何が起こるのか、想像するのもウンザリする結末となるだろう。

だが、しかし…

この状況で、生まれてくる子が、帝家に取られたら…帝国聖騎士教会に取られたら…家臣や寄子達からの寄親としての信頼が大きく揺らぐだろう。

”面識のない主人など、敵みたいなものだ。”

現状を面白くないと思う者が多い。


アブローラという悪い前例があるからだ。

アブローラの父親である軍務卿アルスロップ侯爵は、帝家寄りであり『皇帝の犬』という有り難くない仇名がついてしまっている。
今上帝の従者だったとこもあり、押しも押されぬ帝国府の重鎮であり左派路線筆頭である。
保守派であるクナイツァー家とは意見の相違が多かった。

ここは、『古き領域』と人の世界とが鬩ぎ合う最前線、城塞都市顎門。
中央貴族の足の引っ張り合いでは、『彷徨うもの』が跋扈する世界を生き残ることなど出来ない。


生まれくる子は、待望の男子だ。
帝家のオモチャにされる訳にはいかない。

”顎門に置いておくと怪しまれるか、領都の本邸で育てさせれば良いだろう。成人してしまえば、どうにでもなる。”

シロウドの描く未来は決して明るいものではないのだが、人の世を護る者が背負う責任において決断するのだ。

”帝都の竜退治は、生まれてくるの子の仕事じゃな…ワシらには荷が重い…ふふふ”



医者として、生まれてくる赤子の命を危険に晒すのは心苦しいが…クナイツァー家の存続がかかっていることに覚悟を決める。

「わかりました、お屋形様。」
タンタは、大きく息を吸い込み吐き出す。

「若様の力を…封じます。」











赤子が生まれたのは深夜だった。

生まれ出た子は、泣かなかった。

聞こえるのは悲鳴と絶叫だった。

錯乱する産婆達。
発狂するアブローラ。
魔煌眼で相手を見抜こうとするアムセト。

突然の悲鳴に躊躇せず部屋に飛び込むシロウドレイ。

へその緒がまだ繋がっている赤子を抱き抱え逃げ出そうとするアブローラ。
黒き影が手を伸ばしアブローラの足を掴む。
振り解こうとするが力が入らない。
引き離そうとするが、その黒き影は…自分の子、産んだ子から出ているではないか。
アブローラが氷結魔法を打ち込むがかき消される。

同属無効化…アブローラは魔導の基本を忘れてしまうほど混乱していた。

その影は笑う…

まぁまぁーまぁ…まぁ……あはははは

と、黒き影は顔面蒼白になっているアブローラに躙り寄る。
そして、吠えた。

『天使の咆哮』

耳障りな音が全身を突き抜ける。
絶対的強者に睨まれる被食者でしかない人間。
その咆哮に足を竦ませてしまうシロウドレイ。
視界が闇に包まれる、脂汗が止まらない…ガタガタと震える手を噛み切った。
流れる血で我を取り戻す。

覚悟を決め退魔刀を抜く。


その時だった。

バリンっと、空間が裂け白き狼が現れた。
白き狼は、その牙で黒き影を噛み切った。

シロウドはその白き狼を知っていた。

白き狼が吠えると、
ぉぎゃー、おぎゃーー
赤子の鳴き声が響き渡る。

白き狼は突然光り輝き部屋は光に包まれた。


そして、この夜の出来事は闇に葬られた。




何事もなかった事になった夜が明ける。

用意されたベビーベットには、小さな赤子と白き狼の赤子がシーツの上で眠っていた。

シロウドは、その白き狼に、
「来てくれたか…よかった。」
と、撫でた。

生まれてきた子をじっと見つめるシロウド。

「許せ…」
その小さき手に触れ涙した。

白き狼と召喚士の最後の物語が始まった。



黒き陰は、赤子の中に…消えた、その時が来るまで再び眠りについた。

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