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兆し2

 そう考えるも、それは難しいだろうとも理解している。そもそもちゃんと伝わるのかという疑問もあるが、接触自体容易な事ではない。やはり仮に伝えるのであれば、それなりに上の人物でなければならないだろう。
 誰か死の支配者と直接面識のある者が身近に居ないものか。そう思うも、頭に浮かんだのは兄さんの事ぐらい。何処に居るかも分からない存在ではあるが、兄さんであれば、そもそも全てを解決する事も可能だろうな。
 だが、何処に居るのか分からないという時点でどうしようもない。世界中くまなく探したところで見つからないと思うし。
 なので、現実的ではないから考えるだけ無駄。他にはと思うも・・・プラタは連絡つけられないのかな? 連絡出来るのならば、もう話し合いはしているか。

「うーん、他には・・・うーーん? 確か死の支配者は兄さんが創造した存在だったはずだよね」

 大分前にそんな話をしていたような気がする。まぁ、あれだけの存在がそうホイホイと自然に誕生されても困るのだが。
 とにかく、そうであれば兄さんに関係している人物ならば死の支配者と縁があってもおかしくはない訳だ。そして、そんな人物に一人だけ心当たりがあった。

「ソシオに訊けば分かるだろうか?」

 今まで会った事のある様々な人物を思い浮かべてみても、やはり可能性があるのはソシオぐらいだろう。死の支配者の陣営は、そもそも数には入れていない。
 という訳でソシオに頼みたいところだが、ボクはソシオと連絡がつけられないので、まずはプラタに頼むとしよう。前回は何だかんだで話す事はなかったからな。

「プラタ、今いい?」
『如何なさいましたか? ご主人様』

 今日も用事で出ているプラタへと魔力を介して連絡をする。最近直接ではなくこうやって話す機会も増えた気がする。やはりプラタが最近忙しくなったという事だろう。

「ソシオに連絡をつけたいのだけれど、頼めないかな?」
『・・・如何様な御用向きか窺ってもよろしいでしょうか?』
「うん。現在の状況を考えて、一度死の支配者と話をしてみたいと思ったのだけれども、ボクでは連絡の手段を持っていないから、ソシオなら連絡出来るかな? と思ってさ」
『なるほど。それは確かに理解出来ますが・・・死の支配者とどのような話をなさるおつもりですか?』
「うーん、まだ開戦はしていないけれど、停戦協定というか、何故戦おうとするのか聞いておきたいと思ってね。可能であれば戦いは避けたいし」
『その御考えには賛同致しますが・・・』
「まぁ、仮に話し合いの場を設けられたとしても、危険なのは理解しているけれどもさ」

 プラタが濁した言葉は理解出来る。仮にソシオを介して連絡して、上手い事会談の場を設けられたとしても、それが安全とは限らない。いくら死の支配者が強者だとしても、卑怯な手を使わないと決まった訳ではない。ボクの命を狙う為にわざわざ会談の場を設ける可能性だって捨てきれないだろう。
 しかし、それを気にして動かないというのも違うと思う。死の支配者と衝突した場合、仮に勝てたとしても傷は深いだろうし、負ければ全てを失う訳だ。
 であればこそ、打てる手は少しでも打っておきたい。交渉もその手の一つであれば行いたいと思う。それに会談が失敗したとしても、プラタが健在であればどうとでも出来そうだし。
 そうは思うも、流石にそれは口には出さない。出せば確実に反対されるだろうし、別に死にに行く訳でもない。いやそれ以前に、まだ話し合いが出来るかどうか以前の話なんだよな。まずはソシオに連絡を取って、死の支配者と話が出来るかどうかを確かめないといけない段階な訳だし。
 その為にも、まずはプラタを説得しなければならない。ソシオと連絡を取る為にはプラタに頼む必要があるからな。

「それでも、一度死の支配者と話し合いがしたいんだ。その為にもまずはソシオに連絡して、死の支配者と連絡が取れるかどうか確認しないといけないんだよ」
『・・・・・・それは、はい。理解しております』
「だから、一度ソシオに連絡してくれないかな? 可能であれば、死の支配者に連絡してもらえるように頼むからさ。まずはそこを訊かなければ始まらない訳だし」

 どんな結果になろうとも、最初はそこが可能か不可能か、そして可能であれば連絡してくれるのかどうか、というのが大事だ。
 何もかもがとんとん拍子で上手くいくとは思わないが、せめて死の支配者との会談の場ぐらいは設けたいもの。その為には、まずはプラタに動いてもらわないといけない訳で。

「だから、ソシオと連絡をつけてはくれないだろうか?」

 もう一度頼んでみる。プラタは暫く黙ったままであったが、考えが纏まったのか。

『・・・畏まりました。少々時間を頂いても宜しいでしょうか?』
「勿論、構わないよ」

 そう確認してきたので、了承しておく。これで後はソシオの連絡待ちだな。無事に死の支配者と話が出来ればいいのだけれども。





 あれから数日が経った。プラタとはほぼ毎日話をするが、ソシオとの件についてはまだ話題に上っていない。時間が掛かるという事だったので、まだ日数が掛かるのかもしれない。
 普段であればそれぐらいはのんびりと待つのだが、今はいつ死の支配者が動き出すか分からないので、待つ時間も焦れてしまう。
 かといって、催促したからとて連絡が早くつく訳でもないので、今は待つしかないのだろう。それでも、一応進捗状況ぐらいは確認してもいいだろう。

「プラタ、ソシオと連絡はつきそう?」

 朝食を終えて食休みの時間。まだプラタが近くに居る内に確認してみる。

「いえ、何度か連絡しようと試みているのですが、繋がりません。なので、近くに居ない可能性もあります」
「近くに居ないって、何処に行ってるの?」

 プラタの魔力が届く範囲はかなり広い。それでも繋がらないという事は、何かしらの方法で外界との繋がりを絶っているか、かなり遠くへと行っているかという事になるだろう。
 そのうえで近くに居ないという事なのであれば、一体どれほど離れているというのか。

「分かりません。私の魔力範囲外となりますと、もしかしたら死の支配者の許に行っているのかもしれません」
「死の支配者の許に? 確かにプラタの魔力範囲外となると外側だからそうなるけれど・・・一体何をしに?」

 プラタの魔力が届く範囲は内側、妖精の森・巨人の森・ドラゴンが棲んでいる山脈で隔てられた内側ほぼ全域だと以前聞いた覚えがある。今であればその外側もそれなりにいけるだろうが、とにかくその内側がプラタの魔力が届く範囲となる。
 そして、その内側にソシオの反応が無いという事は、その外側に居る可能性が高いという事になる訳だ。
 肝心のその外側だが、そこは完全に死の支配者の勢力圏である。元々死の支配者はそこを支配していたので、ある意味本拠地とも言えた。住んでいる場所はその外側の奥地らしいし。
 そういう訳で、仮にソシオが外側に居るとしたら、必然的に死の支配者の許に居るという可能性が高くなる訳だ。しかし、その理由が分からない。
 以前話した限りだと、ソシオと死の支配者の仲はあまりよくなかった。それこそ一触即発といった感じだったし、現に少し前に衝突している。ソシオと戦ったのは死の支配者本人ではなかったが、それでも強さ的には側近には違いなかった。
 そんな間柄で仲良く手を組むとは思えないし、前の戦いについての話し合いなのだろうか? だとしたら、ついででいいから参加したかった。
 まぁ、そんな間柄の相手に仲を取り持ってもらおうというのも大概なのかもしれないが、他に当ても無いからな。

「仮にそうだとしても、何をしているのかまでは分かりません。手を組むという事は無いと思いたいものですが」
「そうだね」

 独り言めいたプラタの最後の言葉に、ボクは頷いて同意を返す。
 もしもあの二人が手を組んだとなると手に負えなくなるからな。それこそ、相手出来るのは兄さんぐらいなものだろう。

「・・・という事は、ソシオと連絡を取るのは難しいという事か」
「はい。力及ばず申し訳ありません」

 頭を下げるプラタに、しょうがないと返しておく。実際、どうしようもなかっただろうし。ソシオの行動を正確に把握しているなんて無理だろう。
 今回は時期が悪かったというだけ。しかしそうなると、死の支配者との話し合いは難しくなったな。というか無理だろうか。
 うんと首を捻るも、名案は思い浮かばない。プラタに何か代案はないか訊いてみても、これといったものはなかった。精々がボクと同じ発想か、ソシオが支配している領域に足を踏み入れるぐらい。安全にとまでは言わないが、可能性ぐらいは欲しいものだ。出来れば確実性が欲しいが。
 まぁ、何はともあれ、話し合いという案は実質ここで潰えたと言えるだろう。やはり己を鍛えて待つしかないようだ。それか、いっそこちらから侵攻していくかだが、流石にその場合は数が足りないか。侵攻はただ攻め落とせばいいって訳でもないし。
 プラタは引き続きソシオに連絡が取れないか探ってみるらしく、片付けを済ませて去っていった。中々難しいとは思うが、その可能性を簡単に切り捨てる訳にはいかないものな。
 プラタを見送った後、修練の為に場所を移動する。話し合いがどうなるかは分からないが、どちらに転んでも鍛えておくのは大事だろう。今はまず更なる高みを目指さないとな。
 そういう訳で、いつもの如く第一訓練部屋に移動する。周囲をあまり気にせず理の異なる魔法を行使出来るのはここだけだから、最近は第二訓練部屋にも行っていない。あちらの仕様は従来通りで変更はしていないからな。なので、今までの魔法を行使する場合はそちらに移動しなければならない。
 まぁ、今はそんな事はどうでもいいので、修練の準備をする。今日はどの的を使用しようか。最近は普通の的ばかりなので、たまには気分転換がてらに他の的でも使用してみようかな。また動く的なんてどうだろうか。ああいったものもたまには面白いかもしれない。





「ぐわっ!!」
「くそ! なんだってんだよ!!?」

 周囲を喧騒が包む。ハチの巣をつついた大騒ぎというのはこういう事を言うのだろうか。そんな事を思いながら、ソシオは背後から斬り掛かって来た相手の首を軽く手を振って切り落とす。振り返る必要もない。
 首を失った相手は、青空のように爽やかな青色の血を噴出させながら地面に落ちた。
 その血が雨となって降り注ぐも、ソシオに一滴も付着する事はない。

「それにしても、ここの者達の血は色とりどりだな」

 周囲には垂れ伏した死体と、そこから溢れた様々な色の血液が流れ、湿地のように地面を濡らしている。
 血液の色は赤だけではなく、青に緑に黄に白に黒にと何種類もある。外見に大して違いはないというのに、流れている血は違うようだ。
 ソシオはそれを不思議に思いつつも、その色とりどりの血液を試験管にでも入れて部屋に飾っておくのもいいかもしれないと考える。

「な、何なんだお前は!?」

 襲撃してきた者は全て返り討ち。大規模な集団が相手だろうと誰一人として逃がさない。
 そうやって国を一つ一つ丁寧に、それでいて迅速に潰しているソシオへと泣きそうな声でそう問い掛けたのは、確かこの国の王だったか。
 道中ソシオが集めた情報によると、現在攻めている国はこの世界で最も大きな国家だったと記憶しているが、手応えが他の国と大して変わらないので実感はない。

「ん? ぼくを呼んだのは君だろう? わざわざ異世界まで攻め込んだんだ、相応の対価を支払ってもおかしくはないだろう? それとも、そんな覚悟もなく異世界を攻めたのかな?」

 それっぽい事を口にして、ソシオは気味の悪い笑みを口元に浮かべる。その瞳は何処までも冷たい。
 とはいえ、そんな事を口にしてみたものの、ソシオにとってあの世界がどうなろうとどうだってよかった。仮に滅んだとしても、僅かに残念だと思う程度。
 ソシオにとってはオーガストが全てであり、オーガストが居ないのであれば、いくら生まれた世界であろうと何の未練も無い。
 だが逆に、オーガストが居るのであれば、どんな世界であろうともソシオにとっては護るべき世界となる。ソシオにとって居場所はオーガストの傍だけで、その他には欠片も価値を置いていないのだから。
 なので、とりあえずそれっぽい事を口にしてみただけでその言葉に意味はなかった。表情もそうした方が不敵というか不気味な感じがでるかなと思っての演出に過ぎない。まぁ、相手に何の価値も見出していないので、ゴミを見るような目なのは演技でもなんでもないのだが。
 一応思考を誘導してみたので、これで答えまで辿り着けるだろうと思い相手を観察していると、程なくして理解出来たようで、口の端を一瞬引き攣らせた。

「ま、まさかあいつが・・・」
「ああ、攻めてきた奴らなら数十秒程度は暴れられたんじゃないかな? 奇襲は一応成功したと言えると思うよ?」
「数十秒? あの無敵の男が・・・?」
「無敵の男? 全員一緒に一瞬で終わったから誰の事を言っているのかは分からないが、攻めるならせめて相手の事を調べてからの方がいいよ? 戦の基本でしょ? まぁ、もう必要ないのだけれども」

 攻めてきていた相手の力量はとりあえず確認だけしておいたので、ソシオは相手の言う無敵の男というのが誰の事かは何となく理解しているものの、全員が一瞬で倒されたのは変わらないので、そんな事はどうだってよかった。倒したのはソシオではなくめい達だが。
 一撃で終わらせようかと思っていたソシオだったが、演じている内に少し興が乗ったようで、恐怖を与えるように相手の腕を切り落としてみる。

「おや? おやおやおや?」

 そうすると、切り落とした腕から金色に輝く血が吹き出る。今までに見た事の無い血の色に、ソシオは興味深げに声を出す。そして目を細めてにんまりとした笑みを浮かべた。

「ひっ!?」

 そのソシオの変化に相手は今までで一番の反応を見せるも、ソシオはそんな事は気にせず、血液を確保する為に相手の動きを封じる。

「ふふふ。これは新しい理。探していたとはいえ、こんなところで見つかるとは。僥倖僥倖♪」

 もはや演技など微塵も覚えていないようで、相手の溢れだしている血液を鼻歌でも歌いそうな雰囲気で採取していく。ついでに切り刻んで肉体の方も調べてみると、思わぬ掘り出し物だった事が判明して、ソシオはすこぶる機嫌が良くなった。

「これでまたオーガスト様に一歩近づけるかも!」

 ソシオは研究材料の回収を終えると、他に研究材料となりえる素材がないかと引き続き世界を探して回る事にした。
 それはその世界の終焉まで続く。管理者とて、今のソシオにとっては研究材料の一つでしかない。

「ああ、そうだ!」

 世界を蹂躙しつくしたソシオは、名案を思い付いたとばかりに声を上げる。

「この世界も材料にしよう!」

 その発想は世界への冒涜とか神への反逆とかそういった類のものなのかもしれない。しかしそれは同時に、ソシオが唯一敬愛している存在であるオーガストが辿った道の一端でもあった。こうして新たな歪みの下地は整えられていく。





 更に数日経過したが、結局ソシオとの連絡は取れなかった。
 それについてはしょうがない。最初から可能性があるという程度でそこまで期待していた訳ではないのだから。
 その間も修練は続けていた。従来の魔法の修練方法も捨てたものではないようで、あれからも修練を続けていたおかげで、理の異なる魔法の処理にも大分慣れた感じがしている。
 とはいえ、まだまだ先は長い。慣れたといっても僅かに疲労が軽減した程度。実戦を想定すれば、今の半分の疲労感には最低でもしたいところだ。
 それでも進展したことに変わりはない。それに、僅かでも処理に慣れた事で余裕も生まれた。それにより少し見えてくるモノもあったので、収穫はあったと言えるだろう。

「肉体の構成の変更」

 そんな話も以前あった。
 理の異なる魔法の行使で、ある一定から上の階梯の魔法に関して行使出来なかった時に、プラタ達が見つけて教えてくれた方法だ。そういえば、あの時もソシオに連絡を取ろうと思ったんだったな。
 それによると、魔法の構築に際しては、魔法と肉体の理が一致していなければ上手く構築出来ないというものだったか。低位の魔法であれば、なんとか強引に構築出来ていたらしいが。
 その対処法についてプラタ達が考えてくれたのでなんとかなった訳だが、肉体の理を変えるというのは結構大変だったな。変えるのもだが、戻すことが出来ないと今まで使っていた魔法で同じ現象が起きる訳だし。
 そうやって乗り越えたプラタが壁と呼んでいた限界。そして、何故今そんな事を思い出しているかというと。

「うーん・・・この感じは以前の壁の時に似ている気がする。という事は、また理を変えなければならないという事だろうか?」

 僅かに生まれた余裕のおかげで解ったのだが、今の行き詰っている感覚から以前の感覚を思いだしていた。なので、おそらくそうなのだろうと思う。しかし、前回変えたばかりだというのにどれだけ変化するのだろうか。
 この辺りは法則と同じようなモノという事か? そうだとしたら、随分と扱いが難しい理だことで。

「まぁ、兄さんが齎したと考えると、これぐらいは覚悟するべきだったのだろうが・・・」

 そう思うと、妙に納得してしまうから困ったものだ。とりあえず、プラタに連絡して訊いてみるとしよう。

「プラタ、今いい?」
『如何なさいましたか? ご主人様』

 何処かで何かをしているプラタに魔力を介して話し掛けてみると、いつも通りに即座に返答がある。
 いつも通りで特に何か言ってこなかったので、問題ないとして先程抱いた疑問について説明していく。

「うん。実はね――」

 そこで魔法を行使していて抱いた疑問について語っていく。以前感じた壁のような感覚を抱いたのだが、何か思い当たる節はないかといった感じの事だ。
 それを最後まで静かに聞いたプラタは、その後に幾つか質問をしてくる。そうした問答を終えた後、また少しの間沈黙したプラタは何かに思い至ったのか、どことなく言い難そうに言葉を紡ぐ。

『壁のような感覚を抱いたという事ですが、まずはじめに謝罪しなければなりません』
「謝罪?」

 プラタの言葉に、何の事だろうかと首を捻る。プラタに謝られるような事をされた覚えはないのだが。

『はい。実を申しますと、以前御伝えした肉体の理を変える術なのですが、あれはまだ不完全でした』
「不完全? でも、普通に魔法は行使出来ていたけれど?」
『壁を越える程度は問題なかったのですが、その先へとなると難しかったのでしょう』
「そうなんだ。でも、どう不完全なの?」
『はい。それにつきましては――』

 そこからはちょっとした講義のような説明が続いたものの、纏めてしまえば人間であるボクでは、一気に肉体を根本から変えてしまうのは難しかった、という事らしい。一気に変えてしまうと色々な部分で不調をきたすだろうと推測出来たから。
 なので、順を追って少しずつ変えていっていたらしいのだが、ボクが急ぎ過ぎたという事らしい。ただ、しっかりと適応させるにはまだまだ時間が掛かるだろうとも付け加えられた。
 それについてはボクの事を想っての判断なので、説明を聞けば納得も出来るし責める必要もないだろう。謝罪だって必要ないが、それではプラタの気が収まらないようだったから、一応謝罪は受け取ることにした。
 そのうえで、どうにか出来ないかと尋ねてみる。時間を掛ければ安全に適応出来るらしいが、今はのんびりしている時間もないからな。それよりも、少しでも早く適応して上を目指したいところ。ボクに出来る事なんてこれぐらいな訳だし。
 どうにか出来ないかとプラタに尋ねてみると、プラタは困ったように沈黙する。対面して話している訳ではないが、口を開いては閉じてを繰り返しているような、そんな困ったような雰囲気を感じる。
 それについては申し訳ないと思うし、理解も出来る。安全に安全にと配慮して慎重に進めているのに、それをひっくり返されるようなものだからな。それも安全に気を配っている相手から直接。
 だけれども、現状はそうしてゆっくりと慣らしている余裕もないのも理解出来ているだろうから、それを否定も出来ないのだろう。その結果、言葉が出ないという事か。本当に申し訳なく思うが、ここはもう一度頼んでみよう。
 そう思い、再度プラタにどうにか出来ないかと伝えてみる。先程の説明を聞くに、不調を覚悟すれば出来なくはないようだったし。
 ただ、その不調というのがどのぐらいのものか気になったので、まだ考えているプラタに尋ねてみることにした。

「そういえば、さっき言っていた一気に変化させたときに心配していた不調って、どんな事が起きると想定しているの?」
『軽度では倦怠感や立ち眩み程度。重度になりましたら、倒れるとそのまま意識が戻らないという可能性も』
「それは死ぬという事?」
『いえ、眠ったきり目を覚まさないようなものです。しかし、それほどともなれば、理を変更する際に何かしらの失敗をしたという時ぐらいでしょうが』
「ふむ、なるほど。じゃあ、理の変更の際に失敗しなかった場合だと、重度だとどれぐらいの事が起きそう?」
『その場合ですと、弱体化でしょうか』
「弱体化?」
『はい。理の変更に伴い、異なる理を許容しきれずに自身の構成を損傷。それに伴い、本来出来た事すら出来なくなるという可能性が・・・』
「なるほどね」

 それは結構重い可能性である。強くなるために行って、逆に弱くなるのだから。

「それはどのぐらいの確率で起こると思う?」
『そこまで重症ですと、可能性はかなり低いかと』
「ふむ」
『ですが、全く起きないという訳ではありません』
「なるほど」

 流石にそれは困る。しかし、このまま手をこまねいていてもしょうがない。今のところ死の支配者に対抗出来る可能性はそれぐらいしか思い浮かばない訳だし。

「それでも他に方法も思い浮かばないし、いつ事態が動くかも分からないから、今の内に適応させておきたいんだけれど」
『それは・・・』

 可能性はしょせん可能性だとは思うが、プラタにとっては絶対の安全性がなければ決断は難しいという事なのだろう。それだけ心配してもらえているというのは素直に嬉しくはあるが、しかし冒険しなければならない瞬間もあると思う訳で。

「プラタの懸念も理解出来るけれど、他に方法は無いと思うのだよ」
『・・・・・・』

 プラタ達だけで死の支配者に対抗出来るというのであれば、ここまで危険を冒す必要はないのだろう。しかし、相手の戦力は未知数。であれば、今は少しでも戦力が欲しいところだと思う。自分で言うのもなんだが、ボクは結構強いと思うので戦力にはなると思っている。
 そういう訳で、ここで安全策を採るというのも賭けになるだろう。そういえば、予定では後どれぐらい時間を掛けて馴染ませるつもりだったのだろうか。

「そういえば、馴染ませるまでには後どれぐらい掛かる予定だったの?」
『後一月から二月ほどで馴染むと推測しておりました』
「後一二ヵ月か・・・やっぱり急いだ方がいいと思うのだけれども」

 現状の事態は停滞しているが、動く時は一気に動くものだ。相手の動きがほとんど分からない以上、油断は出来ない。よく分からない集団も何の為か分かっていない訳だし。おそらく国を創る為だろうとはいえ、あの場所に国を創って何かなるのだろうか? 分割統治でもするつもりなのかな?

『・・・分かりました。ですが、一気に変化させるのではなく、馴染ませるのを早める方向で御願いしたいのですが』
「それだとどれぐらい掛かりそう?」
『十日から二十日で何とか終わらせる予定です』
「ふむ」

 正直、今にでも動き出しそうな不安の中では、十日から二十日というのはあまりにも遅すぎる気がする。しかし、元が一ヵ月から二ヵ月の予定だった事を思えば、大分短縮した事になるだろう。
 それに、それでプラタが納得するというのであれば、そうするのが落としどころかもしれない。このまま死の支配者と衝突した後にもし勝てたとしたら、その後もプラタには何かとお世話になると思うし。・・・思うというか、確実か。
 であれば、ここでプラタとの間に変にしこりを残してしまうのは、死の支配者と事を構えた後を見据えれば愚策だと思えた。
 そう考えたところで、プラタの提案を呑むことにした。少しでも早い方がいいとはいえ、焦りすぎも禁物だろう。

「分かった。では、その方向でお願い」
『こちらの我が儘を御聞き届け頂き感謝致します』

 きっと向こう側で頭でも下げているのだろう。そんな光景が容易に思い浮かぶような声音は、相変わらず仰々しい。だが、一応納得してくれたみたいでよかった。
 後は重い不調が出ない事を祈るばかり。出来れば不調事態が発生しない方がいいのだけれども。まぁ、あまり悩み過ぎてもしょうがない。

「それじゃあ、その方向でお願いするとして、今日からそれは出来る?」
『はい。夜にはそちらに戻りますので、その時にでも』
「分かったよ。ありがとう」

 決行の時間も確認したところで、プラタとの会話を終える。
 夜という事は、おそらく夕食の辺りだと思うので、今日は少し早めに修練を切り上げるとしよう。
 魔法を使っていれば少しでも馴染むのが早まらないかな? と思ったので、夕方までの間魔法の修練に集中した。





 少し早めに修練を終えた後に部屋に戻ると、お風呂に入ってさっぱりとする。
 夕食を保存食で手早く済ませると、就寝準備をしながらプラタの帰りを待つ。それから少しして、プラタは就寝準備が終わった辺りに帰ってきた。

「おかえり」
「ただいま戻りました」

 帰ってきて直ぐに声を掛けると、プラタは頭を下げる。

「もう終わったの?」
「はい。今日はもう何もありません」
「そっか。帰ってきて直ぐで悪いのだけれど、早速頼めるかな?」
「はい。御任せ下さい」

 今帰ってきたばかりなので少し休ませた方がいいかなとは思ったけれど、プラタは疲労を感じないので問題はないだろう。
 そもそもプラタの身体は人形なので、体調不良とか病気なんかとは無縁だ。妖精なので魔力に影響を及ぼす事態だともしかしたら何かあるかもしれないが・・・それでも大抵の事では影響しないか。
 この世界の理とは異なる理に適応する為に、肉体の構成を組み替えていく。といっても、特に何か大規模な施設を利用するとかはないのだが。ボクは座っているだけで作業は終わる。
 何をしたのかはよく分からない。プラタの魔力がボクの身体を覆ったようだが、それから何をしたのかまでは分からなかった。しかし、作業が終わると僅かにではあるが、感覚が鈍ったような違和感を覚えた。

「これは・・・?」

 その違和感に手の甲を擦って首を捻る。手を擦った感じはいつも通りな気がする。

「一瞬理が変わった事によって感じ方が変わったのでしょう」

 何が起きたのかを理解しているプラタが、ボクの独り言のような疑問に答えてくれた。

「なるほど」

 その答えに頷きながら、もう一度手の甲を擦ってみる。やはりいつも通りな気がするので、既にいつも通りの感覚に戻っているのだろう。
 適応した後は、この状態と先程一瞬感じた状態を任意で切り替えられるようにならなければならない訳だ。今はまだその感覚が分からないが、それも直に解るようになるだろう。
 まずは適応していくのが先決なので、今はまだそれはいいか。もう少し慣れてくれば感覚も掴めるかもしれない。
 何にせよ、これでまずは一歩といったところ。適応して、切り替えも出来て、魔法も使えるようになる。そこまでいけば、とりあえず最低限合格といった感じではなかろうか。そう思う。

「これで終わり?」
「はい。後は時間が経過すれば適応していくかと」
「なるほど。ありがとう。急かしてしまってごめんね」
「いいえ。これも必要な事なのは理解しておりますので。それよりも、私の我が儘を御聞き届け下さりありがとうございます」

 急かした事を謝罪すると、何故だかプラタに感謝された。確かに今すぐといった要望から変更した訳だが、どちらにしろボクの要望なので、それを叶えてくれたプラタに感謝されるというのは、なんとも座りが悪い。かといって、ここで変に否定してもプラタは聞いてくれないからな。

「そう言ってくれると助かるよ」

 なので、頭に浮かんだことをそのまま口にする。後はこれを活かして恩を返すとしよう。その為にも、早く慣れたいものだ。

「それで、これはどんな感じに変化していくの?」

 今までは、自身が異なる理に適応していると全く気づかなかった。それは緩やかな速度で適応していたからだろうが、今回はその速度を倍以上に早めた訳なので、何かしらの変化があってもおかしくはないだろう。その変化を事前に知っていた方が、その時になって慌てなくて済む。

「先程感じた感覚を時折感じるぐらいかと」
「そうなの?」
「はい。変化を早めたと言いましても、水面下で変化していくだけですから」
「そうなんだ」
「はい。でなければ日常生活にも支障をきたしかねないので」
「なるほど。不調の方はどうなの?」
「それまではなんとも。可能な限り起こらないようにはしているつもりですが」
「そっか。ありがとう」

 元々不調が起きるかもしれないというだけだったからな。こればかりは起きてみない事には分からないのだろう。

「・・・そういえばさ」
「どうかなさいましたか?」

 そこまで考えたところで、ふと思いつく事があった。魔法を違う理で発現させる為に肉体を適応させるのは分かったけれども、それだけでいいのだろうかと。

「肉体を違う理に適応させるだけでいいの?」
「どういう意味でしょうか?」
「いや、魔法を肉体を通して発現させるにしても、結局発現させるのはこの世界な訳だし、この世界と異なる魔法をこの世界で発現出来るのかな? と思ってさ」

 実際に魔法を発現させているので発現可能なのは分かるが、しかし、それは万全な状態の魔法なのだろうか? そう疑問に思う。まぁ、この世界そのものを改変させるというのも無理な話だとは思うが。

「それでしたら問題ありません」
「そうなの?」
「はい。そもそも魔法とは、想像を糧にこの世界を欺く技術ですので、少々乱暴ではありますが、世界を欺く事が出来るのであれば、理の違いなど些細な事なのです」
「・・・そうなの?」

 正直プラタの話はよく分からないが、それでもどうにか理解しようと努める。たまに世界の秘密みたいなことをサラッと教えてくれるからプラタは油断ならない。

しおり