終幕
「はい。魔法とは、一時的な事象の改変だと御考え下さい。なので、魔法を発現させるにはこの世界の事象に干渉出来る事が重要なのです。ですので、この世界の理に手を加える必要はないという事になる訳です」
「ふむ。つまりは発現時にごく狭い範囲で一時的な事象の改変を行っている・・・という事でいいの?」
「はい。その認識で間違いないかと」
「なるほど」
この世界を紙のような存在とすると、魔法が絵の具だろうか。水性だろうと油性だろうとどのような絵の具を用いようとも、紙に描けば絵は絵という事か。勝手な解釈だが、多分そんな感じだと思う。うん、多分。
とりあえず、世界の方には手をつけなくてもいいという事は解った。それだけでも大助かりだ。
後は少し時間が掛かるが、それでも時間が解決してくれるという事らしい。その間も理の違う魔法を使った方がいいのか、それとも控えた方がいいのか、どうなんだろう。
「身体が理に適応するまでの間も、理の違う魔法を使っていてもいいの?」
「はい。それについては問題ありません。ただし、ほどほどにして頂ければと」
「解った。倒れるまで魔法を行使するとかはしないから安心してよ」
「ありがとうございます」
やりすぎは禁物。それは何でも同じらしい。まぁ、最初から倒れるまで修練するつもりもないが。そこまですると何日も響くからな。動けなくなるほどというだけでも翌日がきついのに。
そうしてプラタと話した後、夜も大分更けたので寝ることにする。事前に就寝準備を済ませておいてよかった。
◆
プラタに適応を早めてもらってから数日が経過した。
最初の方は大して変化もなかったのだが、最近は少しだが変化を実感している。あまり疲れすぎないように気をつけているとはいえ、それでも疲労が減った気がするのだ。魔法を構築する効率が若干向上したような気がするので、おそらく適応した効果というやつだろうと思っている。
とはいえ、まだ少し知覚出来たぐらいなので、今後に期待するとしよう。不調については、今のところこれといった症状は出ていない。このまま何事もなく適応出来ればいいが、気は抜かないようにしておこう。
プラタに関しては、相変わらず忙しいようだ。というのも、とうとう死の支配者の軍に動きがあったらしい。まあ今は遠巻きながらも、再度密に国を囲むように展開しているだけだ。増援もあったらしいが、数では負けていても兵士の質で勝っているので、仮に現状で戦端が開かれても勝てるらしい。
もっとも、相手の動きから何かを待っているというのもあるが、それ以上にこちらを逃がさないようにしている感じらしいが。
こちら側の準備は大分整っている。出遅れているのはボクぐらいだが、今は待つしか出来ない。
プラタの感知範囲で、何やら得体のしれない一団が迫ってきているらしい。その一団は、プラタ曰くおそらく主力で、様々な種族で構成されているのだとか。それも強い一団。
それが合流すると少し向こう側に天秤が傾くとはいえ、それでもこちらが有利なのだとか。しかし、まだ死の支配者については居場所が不明。そもそも主力と思われるその一団は、示威行動のようにわざと感知されるようにして近づいていると思われる・・・らしい。
つまりは、戦いは近いという事。今の流れで行けば、ボクの適応は間に合わなさそうだな。
それに加えて適応の後には、従来の理と異なる理への切り換えも出来るようにならなければならない。更には、上の階梯の魔法の発現にも慣れないといけない訳で・・・やっぱりどう転んでも間に合いそうにないな。どうしたものか。
プラタの忠告通りに無理をしない範囲で、それでいて上の階梯の魔法に慣れる。それをどうにかしてやるには・・・思い浮かばない。従来の魔法で慣れたところであまり意味は無いし。
かといって、従来の魔法で上の階梯の魔法を発現したところで、死の支配者には通用しないよな。
今後の予定を頭に思い浮かべては気ばかりが焦るが、焦ったところでどうしようもないという現実しかない。
更に遅れる可能性があるので無理をする訳にもいかないし、魔法道具も必要そうなのは大方完成したからな。
「・・・うーん、後はプラタ達に頼るしかないか」
悩んだ末に出た結論は、そんな何とも情けないもの。しかし、他にどうしようもないのも事実だししょうがない。ボクも戦線に加わるとしても、最低でも適応まではしない限りは雑兵を相手にするしかないか。
「はぁ。肝心な時に役に立たない」
何度か国を護る。という決意をしたはいいが、結局大事な局面で出遅れそうというのは、なんとも情けない話だ。これが終わったら国主の座を譲った方がいいのかもしれない。拘りも無いし。今までも誰かの助力によって成り立っていただけで、何かを成したという感じもないからな。
そんなことを考えていると、段々と気持ちが落ち込んでいく。ああ駄目だな、そろそろ気持ちを切り替えないと。
・・・さ、今はそんな事よりも、少しでも何か出来ないかを考える事にしよう。
◆
開戦の一撃は死の支配者側からの巨大な魔法だったと聞いている。
かつてこの地に居たという巨大な生き物ほど、とはいかないまでも、ジュライ連邦の大半を呑み込めるであろう程に大きくて派手な魔法だったらしい。
威力もかなりのモノではあったらしいが、プラタ曰く見栄えを重視しただけの魔法だったらしく、開戦の通知代わりにしたのでは? と続けてそんな言葉が添えられた。
それだけの魔法がただの合図でしかないというだけでも驚きだが、それを難なく防いでしまうプラタの結界も強固なものだ。人間界に居た頃のボクであれば、おそらくそれだけで何も出来ずに終わっていただろう。あの頃から成長しているというのは分かっていても、こうやって比較するものがあるとより明確になる。
ただ、今のボクでそれが防げたかと考えると、プラタからの報告を受ける限りは防げただろう。しかし、おそらくプラタほど楽には防げなかったと思う。
やはり早く色々と準備を済ませなければ。そうは思うのだが、未だに適応は終わっていない。大分進みはしたが、まだ完全ではない。
焦れる思いを抑えつけて、今は時を待つ。死の支配者側の侵攻の対処はプラタ達に任せている。ボクも手伝おうと思ったのだが、プラタに止められてしまった。
その代り、報告は日に何度も届くので、戦況については把握している。届く報告は何もプラタからばかりではない。
現状は、まだプラタの結界は突破されていないようだ。周囲を囲んでいる軍隊は動かずジッとしているのだとか。やはり逃げないようにする為なのだろう。
死の支配者側の攻め手は十にも満たないらしいが、それでも個々がかなりの強さを有しているらしい。それでもプラタ・シトリー・フェン・セルパンが各自二人ずつ相手にしても問題ないとか。それでもタシは一人相手で一杯一杯らしいけれど。
まぁ、あの四人は戦いながら全体を把握して、ボクに戦況を報告してくるぐらいの余裕があるようだからね。別格といえよう。むしろタシの成長に驚くべきか。
死の支配者については未だに確認されていない。一番の要注意人物の所在が不明というのも不安にさせられる。
そんな中で普段通りの生活をしているので、落ち着かない。役に立たないながらも戦場に居れば違うのだろうが、今は適応待ちだからな。
そちらの方は後少しだと思うのだが、何時頃かははっきりとしない。今では重力球を一発なら大して疲れずに撃てるようになったので、もしかしたらもう終わっているのかも? いや、何となくではあるが、まだな感じだからな。ああ、じれったい。
そういう訳で、現在は死の支配者と戦争中。死の支配者の軍隊の外側で国創りをしている一団は、今でも変わらず開拓しているとか。そして数も増えているという話だった。
「ここを攻め滅ぼした後は、各地に国でも創っていくつもりかねぇ」
死の支配者の意図は分からないが、今回の侵攻が集大成という訳ではないのだろう。おそらくだが、今回の侵攻も何かの目的までの工程の一つに過ぎないのだと思う。何となくだが。
まあ相手の思惑は何にせよ、こちら側は今回の侵攻を乗り切らないといけないのは変わりないが。その為にも、適応後は速やかに理の異なる魔法に慣れないとな。
◆
更に数日が経過した。未だに侵攻は続いている。
相手の攻め手はもう何体も撃破しているらしいが、それでも攻勢が緩む様子は無い。
敵を倒しても、補充はいくらでもされているらしいからな。増援もこちらに報せるように隠れる気がまるでない。
「そういえば、この戦いの勝敗条件ってどうなっているのだろうか?」
戦う以上、勝ちとする状況、負けとする状況というのはあるはずだ。まずはそこを明確化する事で今後の方針を立てやすくする。そのはずだったのだが、すっかり忘れていた。それぐらい焦っていたのかもしれない。
まずは判りやすい負けの状況だが、こちらが負けを認めるか、こちらが滅ぼされるかだろう。負けを認めた後にどうなるかは死の支配者次第。
では、勝ちの条件はなんだろうか。まずは相手が負けを認めた時。それか攻め手を滅ぼした時だろうか。そうだとすると、前者は中々に難しく、後者はほぼ不可能に近い。
「改めて考えてみるまでもなく、死んでも死なない軍隊というのは、中々に厄介だな」
はじめから死んでいるとも言えるが、死の支配者の軍で最も厄介な理由がそれだろう。そんな相手にどうやれば勝ちとなるのか。
「うーーむ」
腕を組んで考えてみる。死の支配者が負けを認めてくれるのが手っ取り早いが、そう上手くはいかないだろう。かといって、相手の軍隊を攻め滅ぼすのはほぼ不可能ときた。
「何かこのまま戦い続ければ相手に不利になるような材料はないのだろうか? そうすれば、戦う事を諦めるという可能性もあるだろうし・・・逆に戦いを止めると利になるような事でもいいんだが・・・うーん」
何か相手が負けを認めるなり、戦い続ける必要がなくなるような話題は無いだろうかと、頭を一生懸命に回転させる。しかし、ずっと地下に籠りっきりの者にそんな話題が簡単に思いつく訳もなかった。
◆
適応が終わった瞬間は、自身の中で何かが組み合わさったような妙なしっくり感があった。その瞬間、何となくああ終わったんだなという確信を抱いたものだ。
それから理の異なる魔法を行使してみると、それ以前までとは世界が違った。そう表現出来るぐらいには見える世界が違う。
適応が終わる前でも結構違ったものだが、その境界は思った以上に大きいらしい。
何と言えばいいのか、魔法の行使が滞りなく行えるとでも言えばいいのだろうか。流れるように理の異なる魔法を行使出来るのだ。それは従来の魔法の時と似たような感じ。
これであれば然程苦労はしないだろうと思える変化に驚きつつ、適応が終わったので何か不調が表面化するのだろうかと軽く身構えた。
しかし、適応が終わって一日経っても何も変化が無かったので、おそらく問題が起きる事無く適応出来たのだろう。
魔法に関しては、予想通りに問題なく行使出来た。感覚的には従来の魔法に近いか。
切り替えの方は少々苦戦したのだが、何となくこうやればいいというのが解ったので、その日の内には修得出来たものだ。
そうして躓くことなく淡々と予定をこなしていくと、適応から二日ほどで全ての工程が終了した。その間に不調も出なかったし、最高の結果に終わったと思う。
現在の戦況は、拮抗しているという事であった。
相手側も人数が増え、攻め手の実力も増していったとか。こちら側はオクト達も協力してくれているようで、攻め手の質と量が増しても何とかなっているらしい。
オクト達も実力を付けていたという事なのだろう。特にセフィラの造ったという巨大ロボなる存在が大活躍をしているとかなんとか・・・巨大ロボって何だろう? 機械で造った大きな人と説明されたが、いまいちよく解らなかった。
まあ何にせよ、セフィラ達も活躍しているという事だ。おかげで拮抗までで押し留められているようだし。・・・話を聞く限りそれほど苦戦しているようには思えなかったが。
ボクの方もこれで一応は完成といえるだろう。本当はもう少し修練したいところだが、使った感じ実用には耐えられる水準だとは思うので、このまま前線に出ても大丈夫だろう。使っていればそのうち磨かれると思うし。
「よし! これでボクもやっと前線に出られるようになっただろう」
「それはそれは、おめでとうございます」
「!?」
プラタに連絡を入れる前に声を出して気合いを入れたところで、背後からそんな声と共にパチパチと手を叩かれる。
プラタやシトリーとも違う女性の声に驚き、慌てて振り返ってみると、そこには一人の女性が立っていた。
身長は女性にしては高め。おそろしく整った顔立ちに、透けるような、と表現していいのか疑問だが、生きているとは思えないほどに真っ白な肌をしている。しかし、腰の辺りまで伸ばしている髪は塗りつぶしたかのように真っ黒。
その身を包んでいるのは、目も冴えるような鮮やかな赤色の服。男物のような形で露出は少なめだが、妙な色香が漂っているような気がする。
しかしそれは、ここが街中であったならばの話だろう。現在居るのは、首都プラタに建っている拠点の地下。その自室。ジュライ連邦で最も堅固な護りの敷かれていると思われる場所で、少なくともボクの知らない相手は入ってこられないはずだった、
そのはずなのだが、目の前には見知らぬ女性。大股で数歩ほどの距離に佇むその女性は、感情の窺えない微笑みを顔に浮かばせている。
両手は力なく下げられ、何か武器になりそうなものを携帯しているようには見えない。しかし、魔法という見えない武器が存在している以上、油断は出来なかった。まぁ、ここまで来られた時点でそんなものするはずもないが。
「お祝いに何か贈りたいところではありますが、残念ながら今日は何も持ってきていないので、それも難しいですね」
「・・・貴女はどちら様でしょうか?」
「おや? 分かりませんか?」
「ええ、まぁ。何処かでお会いしましたか?」
微笑みを崩すことなく、女性は惚けたような声音で問い掛ける。それでいながらその声は、引きずり込まれそうなほど妖艶な響きをしていた。
「そうですね。そう長い時間話した訳ではありませんが、挨拶ぐらいはしたと思いますよ」
「・・・そうですか。それは失礼を」
誰だろうか? 頭の中に今まで会った事のある相手を思い出せる限り思い出す。しかし、該当しそうな相手が見つからない。
そんなボクの反応に肩を竦めると、女性はわざとらしく「はぁ」 と息を吐き出す。
「重要な相手の顔も覚えられないのですか? ・・・何て、冗談ですがね」
「冗談、ですか?」
「ええ。ああ、貴方と会った事があるのは本当ですよ。しかし、あの当時と今では見た目が異なっているので、分からないのもしょうがないと思っただけで」
「・・・・・・」
「では、しょうがないので改めて自己紹介でもしましょうか」
そう言うと、女性は浅くコホンと咳払いをして仕切り直す。そうした後に、改まった口調で自己紹介を始めた。
「改めまして、私の名はめい。この世界を管理している者です」
「・・・世界を管理?」
この世界を管理しているとはどういう事だろうか? この女性は自身を神だとでも言うつもりなのか? それにめい? 何処かで聞いた事があるような、ないような・・・。
「おや? やはりこの名乗りだけでは思い出してはくれませんか。これは残念な事です」
全く残念そうではない口調でそんな事を言う女性。それどころか、むしろ喜ばしそうでもある。
「では、こちらの名乗りであれば思い出してもらえる事でしょう」
そう言うと、またもや女性はコホンと浅く咳払いをして仕切り直す。そうすると女性の纏う雰囲気が変わり、ゾッとするような冷たいものになった。・・・この感じには覚えがある。確か――。
「ッ!!?」
「それでは再び改めまして、私の名はめい。貴方方に死の支配者と呼ばれている者です」
思い出したと同時に女性が、死の支配者が優雅に名乗る。その顔に張り付いているのは、全てを睥睨するような王者の表情。
「くっ!!」
ただそれだけで気圧されるような気分になり、思わず後退りそうになった。何とかその衝動は気合で抑え込んだが、それでも表情は歪んでしまった。
「なんで死の支配者がここに!?」
「何故? 上の様子はご存知なのでは? であれば、私がここに来る理由ぐらいは見当がつくと思いますが」
不思議そうに、それでいて馬鹿にするような口調で問い掛けてくる死の支配者。
確かに上で死の支配者との戦端が開かれたのは知っている。しかし、それでも拮抗状態のはずだし、ここに死の支配者が居る理由にはならない。というか、ここまで来られるとは思わなかったのだが。
そんな風に困惑しているボクの様子に、死の支配者は呆れたように息を吐き出す。
「はぁ。本当に理解出来ていないようですね。・・・ああ、今戦争しているからなんて理由だったら違いますからね? 全く違うとまでは言いませんが、見当違いではありますね」
「な、え? は? それは一体どういう・・・?」
こちらの考えを見透かしたような物言いだが、実際そうなので困惑してしまう。戦争していることが理由ではないのだとしたら、ではなんでここに来たのだろうか? 考えられるのは兄さん関連で恨まれている可能性だが、正直恨まれる理由に心当たりがないんだよな。
「うーん。やはり無自覚といった感じですね。予想通りではありますが、なんとも情けない」
「無自覚? 何がですか?」
「それを貴方に教える必要はないですね。知らないのであれば、知る必要もないですし。貴方が選ぶべきは二つの内どちらかだけ。従属か死か」
指を一本ずつ立てながらそう告げる死の支配者。こちらを見下すような態度ではあるが、油断しているようには見えない。こちらを侮っているように見えて、その実、どんな状況でも即座に対応出来るように警戒しているのが解る。
まずは死の支配者の話を頭の中で整理するべく心を落ち着けていく。死の支配者も急かす事はなく、ジッとこちらを見据えて待っている。それでもあまり悠長に考えてもいられないだろうが。
まずは目の前に死の支配者が居る。これは現実だし、死の支配者は本物だろう。こんな迫力のある存在が複数居るとか勘弁してほしいし。
次に、何かしらの理由があってここに来たという事。しかし、その理由については教えてくれない。
最後に、死の支配者に従うか、抗って殺されるかを選べときたもんだ。こうして死の支配者を目の前にすれば解るが、彼我の差は結構ある。以前ほど絶望的とは言わないが、それでも百回戦えば一回か二回は勝てるんじゃないかな? 程度は差があると思う。
まぁ、つまりは勝つのはほぼ不可能だろう。もっと時間があれば分からないが・・・せめて十年ぐらいは放置していてくれないかな。それぐらいあれば百回中十回かそこらはいけるようになると思うが。
このまま現実逃避したくなる状況だが、流石にそうする訳にもいかない。
「折角貴方が次の段階へ進むのを待ってあげたのですから、抗ってくれてもいいのですよ? 周囲への被害が気になるならば、場所を変えてもいい」
「え!?」
どうするべきかと考えていると、死の支配者がそう口にする。それはつまり、大分前からここに居たか監視していたという事か。
「そんなに驚く事ですかね? 最初に述べた通り、私はこの世界の管理者でもあるのです。なので、この世界であれば何処であろうとも私の管理下に在るのは当然ではないですか」
「・・・管理者が何故世界を滅ぼそうと?」
「世界を滅ぼす? 何の話です?」
「現在この国以外に他の国は無いではないですか。それは貴女が滅ぼしたから。そして、今度は最後に残っていったこの国にも攻めてきている。それは何故ですか?」
「世界の改変、と言っても貴方には分かりませんね。世界を刷新する為ですよ。旧来の存在は必要無いので掃除しただけです。変革に痛みは伴うものですよ。しかしそれは最初だけで、以後は安定していく事でしょう」
「そんな事は・・・」
「無いと? 実際、あれから今まで争いはなかったでしょう?」
「それは誰も居なかったからで・・・」
「居ましたよ? 貴方は何か勘違いしているようですので一応訂正しておきますが、この世界に残っているのは貴方の国だけ、ではありませんよ? 勿論、私の勢力以外での話です」
「・・・・・・」
「ああ、もしかして知っていましたか? それか思い出しましたか?」
そういえば、以前にプラタがそんな事を言っていたような気がする。といっても、残っていたのは妖精の森と巨人の森ぐらいだったと思うが。
それでもまぁ、他の勢力が存在しているというのは事実だろう。でも、その二つは例外的な勢力な気もするのだが・・・どうなのだろう。
疑問に思うが、死の支配者の言葉が間違っているとも言い切れなくて、口をもごもごとさせてしまう。
しかし、それはそれとしても、争いがなかったというのは、他に死の支配者が恐かったから、という側面もあると思う。独裁政治というか、恐怖政治というか。
「何か言いたそうですね?」
そんな風にボクが悩んでいると、死の支配者は肩を竦めてそう口にする。
「・・・・・・」
それでも言葉に出来ずにいると、死の支配者はふっと嘲笑するように鼻で笑う。
「別に何を言われても怒ったりはしませんし、たとえ癇に障ったからとて、激情に任せて何もかもを破壊する。なんてことはしませんよ。それよりも、そうやって何も言わずにビクビクと怯えている方が気になりますが? 言いたい事があるのでしたら、どうぞ遠慮なくはっきりとどうぞ。それとも、もう選択したのですか?」
「・・・確かに貴女の言う通りに他の勢力は存在しているのでしょうし、争いはなかったのでしょう。しかし、それは単純に貴女が恐かったから逆らえなかったというだけでは?」
「ふふふ。そうですね。それであれば私は役目を全う出来ているという事でしょう」
「役目ですか?」
「先程名乗ったと思いますが・・・まあいいでしょう。私は死の支配者。つまりは死を司っています。死は生でもありますが、死は死でもあります。死とは何か、そんな哲学的な事は措いておきまして、死とは恐怖ではなくてはならない。私はそう思っているのですよ。なので、私を恐れるというのは非常に重要な事なのです」
「そう、なのですか?」
「ええ。死を恐れなくなるなど、生への冒涜にもなるでしょう」
死の支配者の言っている事は理解出来るが、完全に納得は出来ない。確かに死は恐いが、そればかりでもないだろう。まぁ、死を司るというのがどういった意味か分からないので、何とも言えないのだが。
とりあえず、死の支配者は意識して恐怖をまき散らしているというのは解った。それにしてはやりすぎだとは思うが・・・そこでふと、思い出した事があった。
「そういえば、この国から離れた場所で集団が何かをしていますが、あれは国を興しているのですか?」
前にプラタが見つけた謎の集団。場所的に死の支配者の支配領域なので、死の支配者が派遣した集団なのだろうと推測していたが、その当人が目の前に居るのだから、折角だから尋ねてみることにした。
「そうですよ。あれを基に各地でまた国を創っていく予定です。貴方が滅んだと勘違いしているこの世界に、また以前のように国が出来る訳です」
「であれば、何故前の国を亡ぼしたのですか? それに、既存の種族とは少々異なっている者達のようですが」
「何故って、必要ないからですよ。掃除をするのにゴミをそのままにしておくとでも? 貴方は変わった掃除の仕方をするのですね」
「掃除ですか」
「ええ。知識の無い貴方に言ってもしょうがないかもしれませんが、この世界を刷新する為には、古い因果は絶たねばならなかったのです。ああそれと、現在国を興している者達が既存の種族と少し異なるというのは当然でしょうね。なにせ既存の種族を基に、他の種族を掛け合わせた存在ですから」
「掛け合わせた?」
死の支配者が言っている通り必要な知識が抜けているからか、死の支配者の言葉が完全には理解出来ない。ただ、死の支配者が何か目的を持って行動していたのは理解出来た。当然かもしれないが、それすら不明な存在だったからな。
「まぁ、今はそれはいいでしょう。それで、答えは決まりましたか?」
「・・・・・・」
「おや、まだでしたか。優柔不断なのか、それとも待っていたのか」
「え?」
「それにしても、思ったよりも遅かったですね」
死の支配者は苦笑するようにそう口にする。その視線が向けられている先に居るのは、死の支配者とボクの間に割って入るようにして転移してきたプラタであった。
◆
死の支配者ことめいは拍子抜けしていた。
急成長していたので、十分に警戒していたというのもあるだろう。旧世界の摂理の件だってある。警戒するに過ぎるという事はないと思っていた。なので戦力を十分に整え、今回の侵攻を開始した訳だ。
緒戦の印象としては、やはり警戒していてよかったと思ったものだ。予想よりもやや成長が遅い気もするが、しかしそれはめいが少し大げさに予測していたからなので、ほぼほぼ予想通りと言ってもいいだろう。
めいは前線を新しい指揮官に任せ、自身は相手国の内部に潜入する。遠方からの監視は妨害可能ではあるが、めいが直接赴くとなると、それを妨げるのは不可能。管理している世界であれば、めいは何処にでも存在出来るのだから。
そうして誰に気づかれるでもなく潜入を果たしためいは、そのまま目標の居る地下まで移動する。そうして直ぐに対象を発見したまではよかったのだが、その対象の成長が想像以上に鈍かったのには驚いたものだ。
めいは相手を警戒していたので、自身の成長もかなり集中して行ったものだが、結果として差が開いただけというものになっていた。それもかなり大きい。
だが、少し観察してみると、どうも次の段階に進もうとしているのが分かったので、めいは少し相手の成長を待つ事にした。あまりにも差が開きすぎていると彼我の差に気づかないかもしれないという心配もあるが、そのままでは可哀想に思えるほどに弱かったのだ。
それから暫く後、対象はようやく成長を果たす。それでもまだまだ差がありすぎて困ってしまうが、しかし侵攻は既に始めてしまっているので、対象が新たな力に慣れたところでめいは姿を現す事にした。