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兆し

 めいは幾つもある執務室の一つで書類の確認を行っていた。
 膨大な数の書類の山は机の上だけでは収まりきらず、それどころか机の周囲だけではなく部屋中に書類の山を築いている。台車に載せられた書類の山は、その一つ一つがめいの身長ほどもある。
 めいが執務を行う机と椅子以外には何も無い執務室はかなり広いのだが、その部屋いっぱいに書類の山が出来ている光景は、ある意味で圧巻ではあった。

「・・・・・・それにしても多いですね」

 ふと手元の処理していた資料から顔を上げためいは、目に映ったその光景に苦笑と共にそう口にする。
 書類の山は、目の前の執務室内の物以外にも別の部屋にも出来ている。これは様々な要因が重なった結果ではあるが、一番の原因は仕事に慣れていた幹部達が一気に休養に入ってまだ復帰出来ていない事だろう。そのうえで、新たに加えた新人の教育も加わっているので、一時的とはいえめいに回ってくる仕事量が激増しているのだ。

「そして、この瞬間を狙ったかのように仕事を増やす愚か者共!」

 やや怒気を孕ませてそう呟いためいは、手元の資料を処理済みの方へ移して別の資料に目を落とす。それはつい先日に攻めてきた異世界の愚者共との戦いでの損害報告であった。
 異世界から何者かが攻めてくるという事は稀にある。主に神が与える管理者としての資質を問う試験のようなものではあるが、中にはそれとは別に攻めてくる者も居る。
 以前までのオーガストもこれに入り、その場合も侵略者はそれなりに強い場合が多い。突出した強さを持つ者という括りで考えれば、こちらの方が多かったりするほどには厄介な出来事。
 それがつい先日に起こったのだ。もっとも、人知れずめいが収めたのだが、奇襲に近い形でやって来る性質上どうしても後手に回ってしまうので、初動で少し被害が出てしまう。
 めいは何とか襲撃の直前にそれを感知したので、被害といっても人的な被害は皆無。ただ施設が少し壊された程度。
 それでも、それに対して動いた時間にその報告、事後処理やら対策を講じたりなんなりと、とにかく仕事が増えた。新しく創造した者達の戦闘訓練にはなったが、損益で考えれば損の方が大きい。

「これではあそこに攻め入るのが遅くなってしまいますね」

 準備も大分整ったところでの襲撃に、めいは相当に苛立ちを覚えていた。準備が整っていたので迎撃に関してはかなり楽ではあったが、迎撃ではなく侵攻をする気であった為に、その出端を挫かれた反動だろう。
 めいの資料の処理速度は上がっているが、それ以上に仕事量が増えているので、中々書類の山が減ってくれない。これは一時的なものだと理解はしていても、視界に書類の山が映るので苛立ちは中々消えない。
 それでも次々と書類に目を通していく。疲れも空腹も眠気も感じない身体という恩恵を最大限に生かしているので、時間も忘れて仕事に励む。

「ん?」

 そうして順調に書類に目を通していためいは、一枚の報告書に目を通していたところで手を止めた。

「住民の一部を外へ? 真新しい身体の欠損も確認ですか・・・ふむ」

 その報告の一部を口にした後、めいは僅かに考える間を置く。

「ある程度は情報の収集はここからでも出来ているので、聴取は不要でしょう。まぁ、ろくな情報は持っていないでしょうし。何よりこちらに招待してからの方がそれは簡単に出来ますからね。嘘偽りも許しませんし・・・まぁ、私の前では虚言は意味を成しませんが」

 さらさらと書類に何事かを書くと、めいはそれを処理済みの方に入れる。そのまま次の書類を手に取ると、今後の方針を頭の中で構築していく。

「・・・これはもう少し鍛えておいた方がよさそうですね。その前に書類仕事を片付けなければなりませんが、出来るだけ早く終わらせたいところです」

 小さく息を吐き出しためいは、手元の書類に否決の印を押して次の書類を手に取る。視界の書類の山は依然として減ってはいないが、それでも決裁した分は確実に減っているのは確かだ。
 そこでコンコンという扉を叩く音が鳴り、それに応じるめいだが、視線は書類に向いたまま。
 めいの言葉に応じて入ってきたのは、特徴のない顔立ちをした人物。その人物は空の台車を押して入ってくると、めいが決裁した書類の山をその台車に載せて部屋を出ていく。
 暫くすると、同じ人物が今度は台車に別の書類の山を載せて入ってきた。その者は書類の山を空いた場所に置くと、静々と部屋を出ていく。先程からこれの繰り返しなので、めいの視界では書類は減っていないのだが、それでも全体で見れば確実に減っているのだった。
 もっとも、新たに追加されている分もあるので、減っている量は少しであったが。
 めいはその事実を頭の中から追い出して、手元の書類に意識を集中させる。ただその頭の中では、事務仕事に特化させた者を何体が創造しようと計画を練っていた。
 どう考えても今回は間に合わないのだが、それでも創造しておけばそれは今後も役に立つはずだと思いながら。





 きっかけなんて大概大したものではない。注目されたい、ちやほやされたい、モテたい、認められたい。そういった酷く自己中心的な欲求から始まっている事など珍しくはないだろう。
 ソシオだって似たようなモノであった。ただ一人の隣に居たいが為、ただそれだけの為に強くなった。
 昔からは考えられないぐらいに随分と強くなりはしたが、それでも未だに届いていない。
 最近の目的は外の世界を旅して自身を鍛え直す事ではあるが、その前に興味を引かれる出来事を見つけ、未だに外の世界に旅立たずにいた。そんな時に、それは起こった。

「異世界からの来訪者、か。珍しいね」

 それを感知したソシオは、そこへと意識を向ける。ソシオが感知したのは、来訪者がやって来る少し前。めいがそれを感知するのとほぼ同時であった。
 異世界からの来訪者。いや、この場合は異世界からの侵略者と言うべきか。異世界からわざわざ渡ってきてまで侵略しようとしているそういった存在は、元の世界においては最強に限りなく近い。だが、それでいながら元の世界では戦いに敗れてしまった敗北者である場合もそこそこある。今回の場合もどうやら敗北者であったらしい。

「まぁ、剣を交えて敗けたのではなく、政争で敗れた感じだけれど・・・つまりは馬鹿の可能性もあるな」

 ソシオは侵略者が繋げた道を伝って、侵略者の元居た世界での地位などについて即座に調べてしまう。それだけの技能が既に備わっているので、ソシオが外の世界に出たとしても苦戦はしないだろう。
 ただ、今回の侵略者のように直接武力で戦いを挑んでくる敵ばかりではないので、過信も禁物なのだが。
 ソシオが居る世界へと繋げた道を通ってやってきたのは、そこそこの強さの存在。以前までのソシオであれば苦戦しただろうし、ソシオという名を貰う前だと勝てなかっただろう。
 しかし、今のソシオにとっては雑魚同然なので脅威ではない。もっとも、それに対処するのはソシオではなくめいなのだが。
 なので、ソシオが注目しているのは侵略者ではなく、侵略者が繋げた道の方。

「・・・あの道を辿れば、向こうの世界に確実に到達出来る訳だ」

 世界に姿を現した侵略者が通った道を感知しながら、ソシオはさてどうしたものかと思案を巡らせる。

「少し遠い場所の世界。よくここまで道を繋げられたと思うけれど、道を使わなければ幾つか世界を経由しないと辿り着けなさそうだな・・・ふむ。道は直ぐにでもあいつが破壊してしまうだろうから、行ったとしても帰りを考えなくてはならない。その場合、ついでに他の世界を見て回るというのもいいか」

 そんな事を思案している間に、出撃しためい達によってあっさりと討伐されてしまった侵略者達。今度は道が破壊されてしまうので、その前に道を辿らねばならない。ソシオは直ぐに渡ることを決めると、倒した侵略者達の後始末をしているめいに見つからないように移動を始める。
 ソシオにとって同じ世界では距離などあって無いようなものなので、即座に異世界へと繋がっている地点に到着する。見つからない事に力を入れているので、めいにも気づかれていない。
 そのまま隙をみて道に飛び込んだソシオは一瞬の内に道を辿っていき、侵略者達が居た世界に到着した。





 死にかけるというのも随分と久しぶりの感覚だ。そう思いながら、オーガストは一瞬の内に傷を癒しながら失った身体を元に戻す。眼下には動かなくなった闇がわだかまっている。
 オーガストが目を覚ました始まりの部屋の主と戦闘になったのはどれぐらい前の事か。時間というモノが存在しない世界においても結構な時間が経過したような気がしている。
 昔はオーガストも死にかけるという事が何度もあった。しかし、成長と共に敵が居なくなったことで、最近はそのような事態とは無縁であった。
 それだけに、久しぶりに死を間近に感じたのは新鮮で、それと共にこれが最後なのだと理解してオーガストは寂しさを覚える。
 しかしそれも僅かな出来事で、オーガストは直ぐに意識を切り替えて情報の吸収に入った。部屋の主を倒した事で、始まりの世界を支配する権利を得たのだから。
 とはいえ、まだ情報の解析が終わっていなかった部分だけでも膨大な情報量になるので、流石のオーガストでも暫くは動く事が出来なさそうではあったが。





 街を見て回った。結局あれから二日どころか三日掛かってしまった。街一つを見て回ったと思えば短いものだろう。
 細かな部分まで見て回れなかったが、まあ十分に楽しめたのでよしとしよう。その間に外の情勢は変化しなかったので良かった。
 今度は別の街を見て回りたいなと思いはするが、今はそれよりも修練に集中するとしよう。気分転換はこれで十分だろうし。
 一度外に出るとやりたい事も増えるものだが、まずは直近の課題から手を付けていく。
 理の違う魔法もそれなりに処理には慣れてきたが、それでも通常の魔法よりも疲れてしまう事に変わりはない。もう少しこの負担を軽減出来るまで慣れないとなとは思うのだが、理の処理の最適化というのも結構難しいものなのだ。どうにか雛型を作りたいところではあるが、どうにも法則が適用出来る範囲が狭いようで難航している。中々思ったようにはいかないものである。
 この雛型作りと並行して、より高位の魔法を行使出来ないかと試行錯誤を続けている。こちらの方は雛型作りよりは進んでいるが、元々の理で魔法を行使している時と比べると数段落ちてしまう。
 威力の面では異なる理の魔法の方が上ではあるのだが、発現可能な回数や発現する速度に操作性など総合的に判断すると、元々の理で行使する魔法の方が上だろう。せめて威力の面で今よりももう少し突出するならばそれも変わってくるだろうが。
 その辺りを思い出しながら、どうしたものかと考える。元々の理の魔法では、階梯を上げなければ現状の技術では多少の威力上昇しか望めないだろう。既にそちらの改良は済ませているのだから。

「うーん。どうしようかな」

 第一訓練部屋で腕を組んで考えるも、これといって名案も浮かばない。現在行使可能な理の違う魔法の共通点を思い浮かべてみるも、やはりそこに解決の糸口はなさそうだ。

「単純に気がついていないという可能性もあるが、もしかして以前の時のように翻訳の違いの影響とか? それとも、もっと効率が良いやり方があったり、本来共通すべき部分を省いてしまっているとか・・・?」

 可能性というものは、考えればいくらでも拡がっていってしまうので、流石にそこまでは調べようがない。とはいえ、捨て置くには行き詰っている現状では惜しく感じてしまうので、なんともままならないものだ。
 もっとも、翻訳での意味の違いというのは調べるのにかなりの時間が掛かるだろうし、そもそも根幹が異なるかもしれないともなると更に時間が掛かるかもしれない。
 ではどうすればいいかだが、そこが思い浮かばない訳だ。誰かに聞くとなるとソシオ辺りだろうが、種族が違うので同じように情報を処理しているとは限らないので、この辺りは難しいところだ。
 とりあえず、魔法を何発が放っていれば何か気がつかないだろうか。何にも思い浮かばないので、そんな事を考えながら魔法を行使してみる。
 一発二発と魔法が放たれ、用意していた的に直撃する。放った魔法は的に施されている結界に全て阻まれたが、しっかりと的を捉えていたので問題はないだろう。
 威力としても申し分なかったし、やはり後はこの疲労感の軽減か。
 僅かとはいえ、一発魔法を発現させるだけで疲労しているのを実感出来るほどなので、これをどうにかしたいところ。

「これでも大分マシになったんだけどな・・・」

 最初の頃を思い出してげんなりとする。あの頃は本当に酷かった。最初なんて一発魔法を放つだけで立っているのもツラくなったからな。倒れなかっただけよかったと思わなければやっていけない。
 その頃と比べれば雲泥の差ではあるのだが、それでも実戦ともなると動きながらになるので、今のままでは短期決戦を仕掛けるしかなくなる。
 あれからプラタ達とは情報の共有をしているので、今日何か閃いたというのでなければ、プラタ達に訊いても答えられないだろう。
 どうしたものかと思いながら、様々な属性の球体を発現させていく。球体自体は小さく初歩的なモノばかりなのだが、それでも理の異なる魔法で発現させているので、少しずつ疲労が増していく。

「前にもこんなことしたような気がするな」

 あの時は確か遊びだったはずだが、今回は理の異なる魔法を使用しているので良い修練になる。数を揃え、それを維持する。ただそれだけでキツいものだ。
 魔法も初歩的なモノで球体は小さいというのに、法則が違うだけでこうもツラいものなのか。ということは、従来通りの法則の魔法で行っていた修練の方法も役に立つという事か。特に初歩的な方法は今の状況に合っているかもしれない。
 様々な系統の球体を浮遊させたまま、クルクルと円を描くように周囲に飛ばす。考えても答えが思い浮かばないのならば、今は別の事に集中してみてもいいだろう。
 修練も大事だし、もしかしたらあるかどうかも分からない共通している法則を見つけずとも、こうしているだけで次第に慣れてくるかもしれない。そうすれば、発現時の疲労も大分軽減されるはずだ。
 そうだよな、何も処理を簡単にするばかりが大事な訳ではないよな。まずは魔法に対する慣れも大事なのだ。その為には、何度も何度も実際に行使するしかない。ここはその為の場所な訳だし。
 とりあえず、今日のところはこのまま色々な属性の球体で遊ぶとしよう。空中を様々な軌道で球体を飛び回らせながら、ぶつからないように気をつける。そうしながら、徐々に移動速度を上げていく。
 それと共に時間を測っておかなければ。現在のボクだとどれぐらいの時間これを維持し続けられるのだろうか。
 元々の理の魔法であればいくらでも続けられたものだが、既に疲労を感じ始めている今ではそうもいかないだろう。これも慣れていくにつれ少しずつ時間が延びていくのだろうから、今から楽しみでもある。
 グルグルと縦横無尽に飛び交う球体の位置を常に把握しながら、新しい目標に少し胸が躍った。





 従来の魔法時の初歩的な修練方法を行ってみるという方針を決めた後、ひたすらに修練を行った。それこそ、数日に渡り修練の時間はひたすらにそれを行い続けたので、大分修練内容にも慣れてきた。いや、修練内容というよりは、修練内容通りに魔法を行使することにか。
 それならば理の異なる魔法の行使にも慣れたかといえば、それは微妙なところだ。慣れたと言えば慣れたし、まだ慣れていないと言えば慣れていない。というのも、修練で行う魔法に関しては慣れたのだが、同じぐらいの階梯の魔法でも修練の際に使用していない魔法だと、今までよりは少しマシ程度な気がするのだ。
 なので、慣れたとも慣れていないとも言えない。確かに多少は慣れたとは思うが・・・。まぁ、全くの無意味という訳ではなかったので良いのだろう。
 成果の方はどうかと思い、試しに理の異なる魔法を普通に行使してみると、大きな変化こそなかったが、気持ち疲労が軽減したような気がする。なので、異なる理の処理に慣れてきたという事なのかもしれない。数日程度で劇的に変化するとは思っていなかったので、これはこれで成功なのだろうな。
 さて、その修練の方はもう少し続けてみるとして、そろそろ上の階梯に挑戦してみようかな。以前ショボいが蒼炎は発現できたし、重力球ぐらいまでならそれなりの威力で一発は何とかなると思うんだけれども・・・。
 第一訓練場で的を眺めながら、どうしようかと思案する。階梯が高い魔法は疲れるというのもあるが、それ以上に威力が高すぎるという問題もあった。的が消失するぐらいならいい方で、部屋がどうこうなる可能性だって大いにある。
 理が異なる魔法の対策がなされているとはいえ、階梯の高い魔法はそもそもの威力が従来の魔法でも高いので、従来の魔法よりも威力が高い理の異なる魔法だと、抑えて発現させてもどうなるかは分からないだろう。

「うーん・・・心配ないとは思うけれど、ここは地下空間だからな。万が一でもあったら上の方にまで影響するし」

 現在居るのは地下。それも首都の真ん中の地下である。もしもここで何か起きて地上にまで影響すると、そのまま首都が崩壊しかねない。そう思うと、流石に躊躇してしまう。第一訓練部屋の護りに関しては何度も強化しているので、重力球程度では問題ないとは思うのだが、中々試そうとは思えないのだ。

「結界の強化は当然するとして、部屋の広さは普通に試す分には十分だろう。しかし、何かが起きるかもと思うと心配になるな」

 そもそも密閉された空間で試すものではないのだろうが、そこのところはしょうがない。外でやるにも広い場所が必要だが、国内の土地は限られているし、外には離れたとはいえまだ死の支配者の軍が居座っているので、そうそう拡張も出来ないのだ。そして、その限られた土地は人口の増加に備えた場所である訳で。
 そうなると、地上にも試す場所がないのだ。街の近くでは試せないし、外だと最悪死の支配者への宣戦布告と取られかねない。まぁ、近いうちに戦う事になるのだろうが、それでも今は時期ではない。
 候補を頭の中で挙げては消していくと、結局最後に残ったのは第一訓練部屋であった。やはりここが無難で頑丈という事か。

「威力は流石に抑えるとして、この部屋は広さも結構あるし、高さだって十分だろう・・・多分」

 頭の中で重力球を使用した時の規模を思い出す。今回は抑えて行使するので、おそらく従来の重力球と同等かそれ以下にはなると思うので大丈夫だとは思うのだが、それでも心配だ。

「結界を強化して、更に追加で結界を構築。こちらは折角創ったのだから補助の魔法道具に任せ、その分で更に追加。的の方も防衛面を強化しておく。それでいながら、魔法を発現するのに余裕を持っておくのも忘れないようにして」

 サクサクと魔法を発現させては部屋の護りを厚くしていく。離れたところから放つとはいえ自身の護りも考えないといけないので、その辺りの調整も必要だが。
 そうして何とか防衛の強化を終える。こちらも理の異なる魔法なので、これだけでも疲れてきた。しかし、本番はこれからだ。

「すぅ、はぁ・・・よし! やるか!!」

 一度深呼吸をした後、早速魔法の構築に入る。慎重に、そして完璧に。
 そうして魔法を構築したが、それだけでその場に座りたくなるほど疲弊する。流石に階梯が高いだけあるなと思いながら、これを数発ぐらいは問題なく構築出来るようにならないとな、とも考える。それだけ相手は理不尽な強さなのだから。
 構築した重力球は、直径十センチメートルほどの黒い球体。威力を抑えていても、見ていると吸い込まれそうになるほどなのだから恐ろしい。
 それを強化した的目掛けて放つ。重力球の飛んでいく速度は大人が全力で走ったぐらいなので、魔法の中では遅い方だろう。特に今回は力を抑えている分、速度は更に遅い。
 こんなもの、実戦だったら使い方を工夫しないとまず中らないな。などと思いながら眺めていると、やっと重力球が的にまで到達した。
 的に中った重力球は、押さえつけるように的を護る結界にぶつかっている。暫くそうして衝突が続くも、重力球の方が限界を迎え、内包する力が開放された。
 重力球はその名の通り、崩壊と共に局所的に強力な重力場を発生させる。本来の威力であれば、それだけで地面が陥没してしまうぐらいの威力なのだが、今回は重力球の威力が抑えめなうえに周囲を強力な結界で何重にも護っているので、解き放たれた重力による押し潰しも大した被害を出さなくて済んだ。被害は的を護っている結界が数枚壊れたり、ひびが入ったぐらいか。

「はぁ、何事もなく済んでよかったよ」

 理の異なる魔法を行使した事による疲労だけではない疲れに息を吐くと、力が抜けたように床に腰を下ろす。
 問題ないと思いつつも色々と保険を掛けておいたものの、結局はどれも必要なかった。的の護りも元々プラタが用意してくれていたモノだけでも何とかなっただろう。ただ、今回の被害はボクが張った結界程度なので、おかげで修復しなくて済むというのはあるが。
 まぁ、そんなのは些細な事だ。とりあえず、威力を抑えていたとはいえ理の異なる魔法でも重力球が発現出来た事を喜ぼう。そんな重力球でもかなり疲れたが・・・部屋の防護に力を入れたのも併せると、これで通常の一発分に届いただろうか? うーん、もう少し必要そうな気がするから、やはり一発は放ててもそれまでといった感じだな。それもほぼ万全の状態でなければ行使も難しそうだし。

「やっぱりキツイな。せめてもうニ三発放てるようになれればいいのだけれども」

 先程の光景を思い出しながら、どうすればいいかと考える。威力を抑えていたとはいえ、重力球には変わりないからな。あれから何かしら見えてこないかと思って。
 とはいえ、見た目だけで言えば今まで行使していた魔法と変わりないからな。それで何かしら糸口はないかと考えたところで意味があるかは分からないが。
 それでも何も考えないよりはマシだろうと思いながら、何かないかと思い出す。

「うーん・・・そうだな・・・」

 構築から発現、射出に衝突。崩壊まで入れても普段通りの出来。一定の階梯から上は魔力特性が付加しにくくなったのは残念ではあるが、理が変わるとそれも難しいのかもしれない。それとも、こちらも何かしらの工夫が必要なのかな?

「考えることが一杯だな」

 時間がどれだけ残されているのか分からないが、どれだけあっても足りない気がしてきた。
 今のところの課題は火力不足だろう。今までの事を考えれば、おそらく決定打に欠ける。そもそも攻撃が通るのかも怪しいところ。
 この重力球の本来の威力であれば、中れば攻撃が通るとは思うのだが、それも確実ではないからな。まぁ、これで通らなかったら絶望的ではあるが。
 先程の威力から計算して本来の威力を予測してみる。そのうえで直撃しても無傷だった場合は、正直もう何をしてもかすり傷の一つも負わせられない気がしてくるだろう。それぐらいには馬鹿げた威力をしていると推測出来た。
 なので、この攻撃なら通じると考えて今後の方針を判断していく。重力球以上の威力がある魔法といえば・・・。

「更に上の階梯は今の状況では無理だし、同じ階梯でも結局は一発放てば疲労が濃すぎて継続戦闘は難しそうだな。やはり慣れるのが先決という事か」

 一発放てば後方に下がるしかないとなると、参戦して直ぐに魔法を放って下がるしかないだろう。あまり疲弊し過ぎると魔法が放てなくなる訳だし。
 しかしそうなると、戦力として数えるには微妙なところだろう。一発に賭けるよりは、継続して戦える方が役に立ちそうな気もする。

「まぁ、一撃で倒せるほどの威力だと話は変わるのだけれども」

 だが、多分攻撃が通っても一撃で倒せるとは到底思えない。ボクならやられそうだが、あの死の支配者ともなると耐えそうだ。そして、少しでも耐えれば元通りに傷を癒すぐらいは簡単にやってしまいそうなんだよな。
 それでも無制限という訳ではないのだろうが、一回や二回で品切れになるとも思えない。

「こうやって改めて考えてみると、かなり厄介な相手だよな」

 それだけの再生能力を持っていながら、そもそもろくに傷をつけられない存在。そして、最強とも言える絶対的なまでの強さ。まさに理不尽という言葉の体現者。

「・・・なんでそんな相手と戦わないといけないのかね」

 正直なところ、死の支配者の侵攻理由をボクは詳しく知らない。ボク個人に対しては、兄さん関係で恨まれているような感じではあったが・・・その辺りも推測でしかないからな。
 そう考えると、何だか一方的に宣戦布告されているような気になってくる。いや、実際そうなんだが。
 しかし、理由が分かれば和解も可能なのではないかとも思うのだが・・・どうなんだろう? 戦いにならないのであれば、それに越した事はないのだが。
 もっとも、向こうと連絡を取る手段をボクは持ち合わせていないので、連絡を取るならば外で駐屯している軍とでも接触するしかないだろう。

しおり