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第3話 老教授と娘

「ありがとう。それに、ごめんなさい」
「いや、おれが悪かったよ」
 レオの前で、同級生の少女が頭を下げた。レオの方もすでに頭は冷えており、彼女に謝罪する。

 ここは『博物館』の『館長室』。といっても、レオも見たことのある学園の教員の部屋とは異なり、壁際の棚にはガラス瓶や壺、木箱などがところ狭しと並べられている。さらには、そこに収まりきれないものたちが部屋の床を半ば占領し、さらに領土拡大を狙っている風情であった。

 あの後、レオと教授、そしてジュリアと名乗った少女の三人はこの部屋に移動し、そしてようやく彼女に落とし物である手帳を手渡すことができたのだった。

「さて、今回の件じゃが……」
 応接間のようになった部屋の片隅だけは、かろうじて片付けられており、レオとジュリアは教授と向かい合わせにソファに腰を下ろしている。

「まずは、オーウェン君じゃが……」
「ああ……」
「どうしたんじゃ? 何か不満でもあるのか?」
 不機嫌さが声に出てしまったか、教授は話を止めてレオに問い掛ける。

「おれのことは、レオでいいよ。孤児院でもそう呼ばれてたから」
「わかった。それではそうさせてもらおう」
 そう言うと教授は咳払いを一つして本題へと移る。

「さて、レオ。お主の行動の何が問題か。まずは、武器を抜き、振り回そうとしたこと。学生たちは届け出があれば武器の所持を許されておるが、それに制限があるのも知っておろう」
「おれが悪かった。あの骨を見て、頭に血が上っちまったんだ」
「そしてもう一つは、解放されていない施設に侵入したこと」

「それについては、私にも責任がある」
 ジュリアが挙手して、教授の話を遮る。

「何じゃジュリア。お主、また何かやったのか?」
「ん。私は何もしてない。でも、学院で色々声を掛けられたり、不躾な目で見られたりしてた。今回も、誰かにつけられていると思って、ここに誘い込んでみた」

「な、何じゃとぉ!?」
 教授は立ち上がり、これまでとは違う怒りを含んだ声で叫ぶ。
「ジュリアを不埒な目で見る輩がおるのか。それは捨て置けんな」
「落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!」

(何だ……?)
 教授の言動に、レオは違和感を感じる。それはまるで、二人がただの教授と生徒ではないと言っているかのようだった。

「教授……いや、父さん」
 教授の行動に焦りを覚えたのか。それとも、レオの不審げな視線を感じ取ったのか。
 ジュリアの方も抑揚の少ない声から一転して、強い言葉で教授に呼び掛ける。

「とうさん!?」
「誤解しないで。こう見えても、実の親子」
 再び冷めた声に戻ったジュリアが、目を逸らしながらも言い訳のようにレオに声を掛ける。
 それで、一つの誤解はとけた。それでも、初老の、少なくとも六十近いであろう教授と、レオの同級生であり、おそらく十八歳のジュリアとは、レオの印象では親子というには年が離れすぎているように思えた。

「うちにも、いろいろと事情はある」
「お、おう。わかった」
 レオに釘を刺すかのようにきっぱりと言い放つジュリア。
「とにかく、そちらの方は自分で何とかする」
 そして、今度は教授に向け、過保護な親を付き離すように宣言する。
「しかし、もしそれでも何かあるようじゃったら、すぐにわしに――」
「その話は終わり。本題に戻る」
 切り捨てられた教授は、がっくりと頭を落とす。

「あ、いや待て。ジュリアに責任があるというなら、わしからも謝罪せねばならんな」
 そう言うと教授は立ち上がり、レオに頭を下げようとする。

「いや、それは……さっきローレンス、さんに――」
「私のことはジュリア、だけでいい。名字だとこの人と(かぶ)る」
「さっきから娘が冷たいのう……」
「それじゃ……さっきジュリアに謝ってもらったから、それでいいんじゃねえか」
 教授のつぶやきは無視しつつ、ジュリアの方に視線を送れば、彼女も無言のままコクリとうなずいた。

「で、落し物に気付かなかったのは私の失敗。ただ、武器を抜いたのは予想外」
「あ、ああ……それは俺のせいだ」
 冷静になってみると、頭に血が上ったとはいえ無茶をしすぎた。これでは、自分を送り出してくれた孤児院の人たちに申し訳が立たない。

「それで結論じゃが……ジュリアの方は、武器を抜いたものを取り押さえようとした。ただし、それまでの過程にはわしとジュリア自身の責任もある。暴食竜(レマルゴサウルス)の骨格についても、一般公開するかは未定じゃったしの。そして、レオ」
 名を呼ばれ、少年はその身をすくませる。

「武器を抜いたとはいえ、色々と情状酌量の余地はある。戦いの映像もあるしな、演習の一環とこじつけられんこともない。すべてはわが博物館の中で行われたこと。他に目撃者もおらん」
 そして二人の顔を見まわし、教授は結論を告げた。

「よって二人とも、今回の件は不問に付す」
「い、いいのかよ、それで!?」
 そんな結論に、思わずレオは抗議の声を上げてしまう。

「何じゃお主、停学にでもなりたかったのか?」
「いや、そういうわけじゃねえが……もし俺が辞めたなら、代わりに誰かが入ってくるのか……?」
「それは停学ではなく退学じゃが、まあ欠員が出たなら追加募集もありうるわな」
 それを聞いたレオは、目を伏せ考え込んだ。

「じゃ」
 そして、用件の済んだジュリアは感情のこもっていない挨拶と共に部屋を出てゆき、レオと教授が残された。

「さて、他にもこちらから話があるんじゃが……お主の方も聞きたいことがありそうじゃのう」
 レオの様子を窺い、教授はそんなことを言い出した。

「質問があるならば、先にそちらを受け付けるぞ」
 今の考え事は、すぐに結論の出る話ではない。
 教授の言葉に甘えて、レオは先ほど抱いた疑問をぶつけることにした。

「ああ、それじゃあ……その『ハクブツカン』ってのは、いったい何なんだ?」

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