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薄氷上の日常7

 そういった理由から、不穏な気配を漂わせている二人を止めることにする。
 正直、兵士がどうなろうとも関係無いとは思うが、だからといって、ボク的には何の罪もないと思う相手が罰せられるのを黙って見ているというのも何だか申し訳なくなってしまう。

「そういう訳にはいきません」

 しかし、そう思うボクの方がおかしいと言わんばかりに、プラタが断言する。
 とはいえ、その辺りはいつもの事ではあるので、ここでは参考には出来ないだろう。
 それに、末端の兵士一人を罰したからといって何か意味があるとも思えない。そんな事よりも、帰った後にその辺りを伝達した方がいいのではないだろうか。個人的には、ボクの顔を覚えるようにと伝達されるのは嫌だけれども、その個人的な考えを横に措くと、その方が正しいと思うのだ。
 そう思うからこそ、諦めずに二人を止める。そろそろこちらの声もあちらに届きそうだし。

「ここでは口頭で注意するだけに留めて、改めて全体に注意喚起をした方がいいと思うんだよ」

 今までの経験と二人の様子から、これを無かった事には出来ないと思うので、一応妥協案として口頭での注意を付け加えておく。
 穏便に済ませる為にはその辺りが落としどころだろう。何も無しでは後々に響くし、二人に罰を任せたらあの兵士は悲惨な最期を遂げるだけだ。後は口頭注意が行き過ぎないように気をつければいいだけだろう。
 それにしても、なんとも面倒な事だ。自身の肩書が国主なんて肩の凝るようなモノでなければ、ここで気にしないという事で押し通せたかもしれないのに。名前だけでもそれに付随する責任の一部は発生するようだ。

「・・・仰せのままに」
「わかったよ~」

 不満を堪えるように応えるプラタと、つまらなそうに返すシトリー。
 それでも二人は納得してくれたようで、何とか兵士の前に到着するまでに間に合った。

「これはこれは、お二方お揃いで」

 兵士と言葉を交わせる距離まで近づくと、連絡を終えた兵士が揉み手でもするような声音で二人を迎える。それを聞いて、説得は無駄だったかもなーと、思わず乾いた笑いが出そうになった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 だって、それを聞いた二人が今にも襲い掛かりそうな気配を漂わせているのだから。
 それでも兵士の方は突然の事態に焦っているのか、そんな二人の様子に気がついていない。それと、二人のすぐ傍に居るボクの存在にも気がついていない気がする。
 よほど慌てているようだが・・・考えてみればそれも当然か。事前の連絡もなく、いきなり国の重鎮が二人も来たんだもんな。それも片方は実質国の主で、もう片方もそれに近い。末端の兵士でさえ遠目で誰か分かるほどの存在という時点で察するべきであったな。これは失敗したかもしれない。
 そんな事を考えて、僅かに現実逃避している間にも事態は進展しているようで。

「はぁ」

 そんな冷ややかなため息が聞こえたかと思うと、兵士の着ていた鎧がぐしゃりと音を立ててひしゃげる。それに遅れて兵士の呻き声が届いた。
 その音に意識を兵士に向けると、魔法で押し潰されて頭を地面につけている兵士の姿。両手足は身体と地面の間で折りたたまれている。
 地面に鉄臭い液体が染みをつくるが、兵士は苦しそうに呻くばかり。まだ生きてはいるようだが、意識まであるのかどうかは不明。

「全く、本当に度し難い愚物ですね」
「そうだね。頭の中身は空っぽなのかな? 強さと賢さは別という事なのかな?」

 プラタのいつもの平坦な声音だというのに、そこに苛立ちが混じっているのか、その声を聞くだけで背筋が冷えてくる。
 シトリーはシトリーで気味の悪い笑みを顔に張り付けて、嘲るように兵士の上から声を掛ける。
 そんな二人の様子を後ろから眺めているだけだが、とても今すぐ帰りたくなった。兵士が無自覚に二人を煽るからこうなったのだが、さて、この場をどう収拾しようか。
 とりあえず兵士は死んでいないようなので、まだ何とかなる。死んでしまうとそれは死の支配者の管轄になってしまい、死んだ直後でも生き返らせるのは難しくなる。しかし、見た限りまだ生きてはいるようなので、今なら何とかなるだろう。
 そういう訳で兵士の生命に関しては何とかなりそうだが、次は精神の方。だがまぁ、こちらはボクの関知するところではないな。
 次にプラタ達二人の方だが、言葉で説得出来るのだろうか? 無理か。それでも、せめて兵士の肉体だけでもとりあえず回復させてはくれないだろうか? 注意するにも相手が聞いていないと意味がない訳だし。
 二人を説得しようかと思ったが、それについては早々に諦める。流石にそんな雰囲気でもなさそうだからな。

「えっと、とりあえず回復だけさせてくれないかな? 死なれても困るからさ」
「・・・・・・そうで御座いますね。死なれては注意も出来ませんから」
「そうだね~」

 恐る恐るそう提案してみると、二人の賛同を得られる。
 それにホッとしつつも、少し先の未来を想って兵士に心の中で謝罪した後、肉体の時を僅かに遡りその傷を全て無かった事にしておいた。ただ、時を遡ったのは肉体だけなので、その間の記憶についてはそのままなのだが。


 肉体の傷が戻った兵士だが、明らかに怯えていて、恐怖でその場から動けないほどだった。
 これが終わっても日常生活に支障をきたすのではないかと思えるほどの怯えっぷりで、顔は兜で見えないけれど、多分死にそうな顔でもしているのではなかろうか。難しかったが鎧の方も直しておいた。でないと肉体が上手く戻らなかったし。
 その間も、プラタとシトリーによる口頭注意という名の説教、いや脅迫? が始まった。
 最初はボクが誰であるのかの説明と、兵士がどんな罪を犯したのかを懇切丁寧に説明していた。まぁ、つらつらと幾つも罪状を上げてはいたが、要は不敬罪という事だろう。
 こんなボクでも一応は国主だ。自分には分不相応な肩書だとは思っているが、普段は全くといっていいほど意識していない。地下に籠っているからしょうがないが。
 それでも、外に出る時は一応それを意識するようには心がけてはいるので、今も雰囲気はともかく、服装だけはしっかりとしたものを着ている。別段着飾っている訳ではないが、明らかに上質と分かるような布を使い、随所には、一つ一つはそこまで大きくはないにしろ精緻な刺繍が施されている服を着ているのだ。
 これを見れば、国主とは分からないにしろ、貴人だとは容易に分かる物のはずだ。種族によって価値観はまちまちだろうが、それでも何かしらで貴人だと判断出来るようにと、刺繍に工夫が施されているという話なのだが・・・やはりボクの存在は視界に入っていなかったのかな? それか、そういった工夫に気づかないほどに観察不足なのか。
 全てとは言わないが、兵士側にも幾らか非があるので、これ以上の擁護は難しい。ま、それにしても初っ端のはやりすぎだとは思うが。
 現在は兵士が犯した罪状とその内容の説明。そして、何がそれに該当したのかの説明と、とにかく客観的に判断した内容を淀みなくプラタが説明し、その後にシトリーから何がいけなかったのか、どうしなければいけなかったのか、今後どうすればいいのかなどの注意や方針などの話を受けている。
 最初の部分がなければ、とても丁寧で詳細な口頭での注意だと思う。兵士の顔が兜で見えない分、そこだけ切り取って誰かに見せれば、やらかした兵士と注意する上司といった感じか・・・プラタとシトリーの見た目が少々幼い気もするが。それと、注意しながら発している雰囲気がとてつもなく威圧的ではあるが。
 まぁ、内容と併せても誰も文句は言わないだろう。だから、やはり初動がおかしかったとしか言えない。あれだろうか、その前に無理に抑えさせた分だけ反動が凄かったとか。
 あり得そうで恐いが、結局は兵士の注意不足ということにしておこう。実際、そういった側面は確かにあったのだから。
 そうして二人が注意していると、扉が開いて詰め所の中からしっかりとした服装に身を包んだ男性が姿を現す。兵士が呼んでいた人物だろう。プラタとシトリーの立場を鑑みれば、多分今居る中で一番偉い人物。
 貴人を迎える用なのだろうか、かっちりと着こんでいるその服装は高価そうで、見ているだけで気品も感じるほど。
 色合いは地味ながらもやや明るめで、ひっそりと存在を主張している。
 服自体に装飾は無いが、それでも胸元に小さな飾りが付けられ、そこでも細やかな主張をしている。そこから考えられるのは、国全体の地位としては下から数えた方が早いが、それでも中ごろには近いぐらいの存在だろうか。
 ぞんざいには扱われないようにしながらも、主張しきれない半端な感じがにじみ出ている気がする。それとも、国の外である鉱山だからこそ、そこまで着飾る必要がないという事なのだろうか?
 よく分からないが、そんな男性は扉を開けて直ぐの場所で硬直している。扉越しでも声は聞こえていただろうから覚悟はしていたのかもしれないが、それでも想像以上にひどい光景に思考が追い付いていないのかもしれない。それとも、二人が発する圧力を感じて動けなくなったとかかも。
 何にせよ、このままでは時間を浪費してしまいそうだと思ったので、ボクは出てきた男性に声を掛けようとしたが、その前に男性が動き出す。
 まずは状況の把握をと、プラタとシトリーの様子と兵士の様子を確認する。その際に聞こえてきた注意の内容で多少何が起こったのか理解出来たのだろう。男性はそのまま視線をこちらへと向ける。
 男性の視線はまず服装へと向かう。そこでボクが貴人であるというのを理解したようだ。そのまま視線を上げてボクの顔を確認したところで、明らかに目に驚愕と動揺を浮かべた。その反応から、どうやらこちらが何者か知っているようだと判断する。
 男性はプラタとシトリーの横を過ぎると、一直線にボクの許まで移動してきて頭を深く下げた。

「御初にお目にかかります。国主様」

 本来は落ち着いた声音なのだろうそれに多分の緊張を含ませながら、男性はそう告げる。その後に自分の名前や所属などを頭を下げながら告げていく。
 それと共に部下の非礼をかなり丁寧に、尚且つ重々しく謝罪された。謝罪の言葉と共により深く下げられた頭は地面につきそうなほどで、その身体はプルプルと震えているのが分かる。それは恐怖からだろうか? 恐怖からだろうな。なにせ、そんな様子をプラタ達が兵士に注意しながらも、しっかりと横目で確認しているのだから。
 二人の視線は圧を持っているかのようではあるが、とりあえずそれ以上は何事もなく挨拶は終わる。
 兵士の方もしっかりと注意出来たようで、男性と一緒に三人で詰め所に入る。その際に、もう少し時間が欲しかった的な発言をプラタとシトリーで交わしていたような気がするが、多分聞き間違いだろう。そうに違いない。
 詰め所は周囲の建物よりも圧倒的に大きく、また頑丈そうだ。ただそれでも、街に戻ればそれ以上の建物は沢山見かける事だろう。あくまでも鉱山の集落に在る建物の中では、でしかない。
 それでも一時的な防衛には十分ではあるのだろう。ここは大切な資源である鉱石が採掘出来る場所ではあるが、鉱山は他にも在るし、街と違ってここであれば占拠されても問題はない。その際に転移装置は破壊しておかなければならないが、その辺りの対処はしっかりとなされているらしいので大丈夫そうだ。
 ここが占拠された場合、転移装置で兵や民を街に戻した後、改めて街から部隊を出せばいいだけ。ここで抵抗したところでろくな防衛は敷けないのだから。
 そういう訳で、詰め所の防備は最低限よりは少しマシ程度に抑えられている。それでも避難ではなく全力で防衛に力を注げば、数日程度は持ちこたえられそうではあるが。
 詰め所の中に入った後も男性の案内で建物内を進む。転移装置のところに直接赴くのではなく、まずは応接室にという事であった。
 折角の上位者の来訪なのだから少しはもてなさせて欲しいという向こう側の思惑と、現状の確認なども済ませておきたいというプラタの考えが合致した結果だ。
 こちらとしても少しぐらいならそれに付き合ってもいい訳だし。もうすぐ昼なので手短にお願いしたいところではあるが。
 ボクは特に何かするという事も無いので、応接室に行っても座っているだけだが。シトリーは心情的にはこっち寄りではあるが、プラタへの報告も一応耳に入れておきたいらしい。
 真面目なものだと思いながらも、やることのない自分が悲しくなったところで応接室に到着する。
 詰め所の中に入って直ぐにプラタが要望を出していたので、他の部屋にはまだ行っていない。なので、ここが他の部屋と比べて広いのかどうかは分からないが、それでも広い方だとは思う。
 軽く言葉を交わした後、案内された長椅子の上に腰掛ける。
 腰掛けた長椅子は柔らかく、それでいて適度に弾力もあるので座りやすい。
 ボクの隣にはシトリーが腰掛けるも、耳はプラタ達の方に向いているようだ。プラタは男性が応接室への道すがら用意させていた資料に目を落としながら、報告を聞いている。
 そんな中、目の前に横から温かなお茶が出される。視線を向けてみると、全身を鱗で覆われた者が各自にお茶を配っていた。
 かつて人間界の南に住んでいたという竜人だろうかと思ったが、他種族に詳しくないのでよく分からない。まぁ、そんな事はどうだっていいので構わないのだが。
 用意されたお茶を一口飲んでみると、やや熱めに入れられたお茶は独特な味がした。飲む人を選びそうとまでは言わないが、それでも苦味が強めなので子どもには好まれなさそうだ。
 ボクは気にならないので、もう一口飲む。ついでに一緒に用意されたお茶菓子にも手を伸ばしてみた。隣ではお茶そっちのけでお茶菓子をパクパクと食べているシトリーの姿がある。
 用意されたお茶菓子は、小指の先ほどの大きさの丸っこい物。それに砂糖でも振りかけているのか、表面はやや白い。
 一粒摘まんで口にしてみると、パリッと小気味好い音を立てて潰れる。どうやら油で揚げた豆に砂糖を振った物らしい。豆の僅かな苦みが甘味を引き立てている。
 ただ、こちらはそれほど多くは食べられそうにはない。口に合わないというよりは、数粒で何だか満足する品だからだ。用意された量もそれほど多くはなかった。
 だが、シトリーはそういった事も無いようで、用意された分をぺろりと平らげてしまっていた。それでいて物足りなさそう。
 一人分の量があまり多くはなかったからしょうがない。ボクはもう要らないので、ボクの分はシトリーにあげておいた。
 それを喜んで食していくシトリーを眺めながら、お茶を飲んでいく。プラタの方はそこまで変わった報告はなかったらしく、大体話は済んだようだ。
 採掘量は然して変わっていないし、働いている者もその家族などを含めて不満も出ていないらしい。死の支配者の軍も少数が遠くで屯しているだけで、もう包囲はしていないのだとか。そういった報告だっただけに、話にそれほど時間は掛からなかった。
 唯一の要望は、念の為に防壁を護る兵を少し増員して欲しいというものぐらい。やはり死の支配者側の動きが変化したという事で警戒を強めているらしい。増員してもこのまま何事も無ければ、徐々に減らして通常通りの兵の数へと戻していくという方向で調整を願い出た感じか。
 それをプラタも直ぐに承認していたので、話がこじれる事もなかった。そんな様子だから、シトリーも早々に興味を失くしてお茶菓子に集中していたという訳。
 シトリーがボクの分のお茶菓子も平らげて少ししたところで、プラタの方の話も終わったらしい。ボクがあげた分のお茶菓子をシトリーが平らげたところで、プラタがそっと自身の前にも用意されていたお茶菓子をシトリーへと差し出していたので、シトリーも大人しいままだった。





 詰め所内の転移装置は地下に在った。厳重に管理されているようで、地下への入り口前と部屋の前に見張りの兵が置かれ、地上部分の詰め所内だけではなく、地下にも見回りの兵が巡回している。
 それに転移装置が置かれている部屋はプラタが手を加えたようで、他の拠点同様に魔法道具でも護られている。なので、許可の無い者は使用出来ないようになっていた。
 これでは集落の人達が気楽に利用出来ないのではないかと思ったのだが、どうやら集落に住む人達や通いで鉱山に働きに来ている人達用のはまた別の場所に在るらしい。考えてみれば、向こうは街中に在る転移装置の施設と繋がっている方に用事があるのであって、ボク達が向かっている拠点を結ぶ方に用事がある訳ではないからな。むしろ一般人を拠点に通す方が問題があるか。
 そう思いながら、ここではプラタの先導で部屋の中に入る。男性も一緒に付いてきているが、見送りらしい。転移装置を使った後の部屋の戸締りも任せている。
 ついでに言えば、この男性はここの責任者でもあった。プラタが直々に任命した存在らしく、傍から見ていると、ほとんど直属の部下みたいな感じに見えた。
 そんな男性に見送られながら、ボク達三人は転移装置を起動させてセルパンが管理している中継地点に転移した。
 本来であれば、中継地点では先程の男性からの転移装置の使用許可証と転移先と用件を記した各種書類が必要らしいが、プラタ曰く、ボクにはそういった類いの物は一切必要ないらしい。そういえば、最初に利用した時にも似たような事を言われたような? よく覚えていないけれど。
 これは国主だからというのもあるにはあるが、管理しているセルパンが創造主たるボクの存在を把握出来るので、そもそも申請通りの本人である証明書などは必要ない。何よりこの国自体がボクの所有物扱いらしいので、何処に行くのも自由という事なのだとか。
 幸い各所の管理者は全てボクの関係者なので、本人かどうかはすぐに解る。それに、大抵隣にはプラタが居るからな。
 まあ何はともあれ、手続きはとても簡単に終了した。先行したプラタがちょちょいと済ませてくれたので、相変わらずボクがやる事はない。
 そのまま一度セルパンに顔を出した後、工業都市シトリーの拠点に繋がっている転移装置に三人で移動する。

「プラタは別に付いてこなくてもいいのだけれども? もう用件は済んだでしょう~?」

 転移装置が置かれている部屋の前に新設された小部屋に入ったところで、シトリーは不満げにプラタにそう告げる。

「また何か起きては困りますので。それに報告では受けていますが、実際に足を運んで確かめてみるのも重要な事です」
「この時間だし、工房や鍛冶屋を数件回れればいいや程度だから、付いてきても大して目新しくもないよ~」
「構いません。現地に赴くのは、そこに漂う雰囲気を確かめるという意味合いもありますから。それこそ、報告からでは現地の雰囲気など分かりませんからね」
「そんな今考えたような理由で納得出来る訳ないだろ~?」
「そうですね。確かに今考えましたが、何も間違ってはいないかと」
「プラタなら離れた場所からでも確認出来るし、実際にそれをやっているのだから別に必要ないだろ~」

 小部屋から転移装置が置かれている部屋に入るも、不満げなシトリーの主張は終わらない。プラタもプラタで引く気はないようだ。

「それとこれとはまた別です。それに、帰りは私がご主人様を転移で向こうの拠点まで御送りいたしますので、こちらの拠点に戻る時間を考えなくて済むのはいい事では?」

 中継地点から工業都市シトリーの拠点に移動した後、プラタが何か問題が? とでも言いたげにそう告げる。

「むう。それは確かにそうだけれども・・・いや、それはぼくでも出来るだろう~?」

 一瞬プラタの言い分に納得しかけたシトリーだったか、直ぐにそう思い至って声を上げた。

「シトリーだとまたこちらに戻る手間が掛かるでしょう。それに、向こうは私の方が慣れていますので、失敗も起きないかと」
「あれはプラタのせいだろうに・・・」

 拠点内を外へと向けて移動中、そう言われて一瞬ムッとしたシトリーだが、不満そうにそう口にするだけであった。何だかんだと言っても、今日の失敗は反省しているらしい。

「ああ、もう。分かったよ! 付いてくるのはいいけれど、大人しくしていてよね~!!」
「分かりました」

 僅かな葛藤を滲ませながらも、諦めたようにシトリーはそう告げた。
 それにプラタはいつも通りに了承する。元々何か主張するような行動も珍しいので、プラタにとって大人しくしているというのは、普段と変わりないだろう。
 そうしてシトリーが折れたところで、拠点の外に出た。今日は相変わらずいい天気で、このまま日向ぼっこをして寝ていたい気もする。時刻は昼過ぎだし、日向ぼっこをするにはちょうどいい時間帯な気がした。まぁ、これから街を見て回るのでやらないが。
 まずはシトリーの案内で雑貨区へと移動を開始する。特に何か連絡を取った様子もないが、魔力を使った遠話でも用いているのか、それとも最初からこの時間帯に訪れる予定だったのか。
 そんな事を考えながらも、そう掛からずに目的の区画に到着する。そのまま少し先に在った一軒の工房まで移動し、シトリーが入り口付近に居た工房の者に軽く話をしたら中に通してもらえた。





 工房の中は天井が非常に高く、とても広い空間であった。しかし、そこに大量の机が並べられており、そこかしこに忙しなく人が行き来している。それに加えて裁縫関係の機械らしき物も沢山目に入るので、開放的な空間であるはずなのに、とても狭く感じた。
 それでも余白部分は十分に在るので、移動するのも困難というほどではない。それにしても忙しそうである。
 この工房は、服飾関係の製作を担っている場所らしく、特に服に関して力を入れているらしい。その工房で働いている従業員は、背の低い者が多いので、必然的に机などもボクでは腰をやられそうなぐらいに低い。多分プラタでも少し低いぐらいではなかろうか。
 ボク達を案内してくれている従業員も例に漏れずに背が低く、身の丈百五十センチメートルに届いているのかどうかといったところ。
 その案内に従って移動したのは、気品を感じる奇麗な応接室。代表を連れてくるのでここで待っていてほしいという事で、別の従業員が用意したお茶を飲みながら代表がやって来るのを待つ。
 その間は暇なので、シトリーにここの説明でも頼むとするか。

「シトリー、ここはどういった工房なの?」
「ここはね、主に服の製作に力を入れている工房で、この辺りで同じ服を取り扱っている工房の中で一番勢いのある工房なんだよ~!」
「へぇー、そうなんだ」
「うん。他の街でも人気があってね、量産品から一点物まで幅広く取り扱っているんだ~」
「ほぅほぅ。それは凄いね」
「とはいえ、この国は出来て間もないから、富裕層とかの上の階級というのがまだまだ少ないうえにあまり育っていないから、主力は現在のところ庶民向けだけれどもね~」
「まぁ、それはしょうがないね」

 お金は流通しているし流れもしっかりとしているらしいが、それでもまだ蓄財家というのは少ないし、そういった者の大半が現状では忙しすぎて使う暇が無いらしいからな。そのせいで結果としてお金が貯まってしまったといった感じらしい。
 全体で見ればそれもまだまだ少数らしいから影響は少ないが、あまり良い傾向ではない。代わりに家族が使うというのも居るようだが、そうなると今度は娯楽の方がまだ不足気味だったりする。
 現在の娯楽は、美食や着飾る事らしい。各街に豪華な家を建てたりとかもあるようだが、大きな散財はまだ少ない。宝石の類いもそれなりに採掘されているらしいが、金やら銀やらが採れすぎているせいで、装飾にしてもそこまで高価にはなっていない。代わりに、現在は珊瑚とか真珠とかの海からの品が高級品という位置づけになっている。もっとも、魚介類などの食材に関してはそうでもないようだが。
 その辺りはプラタというよりもセルパンが徐々に改善させていっているらしい。流石は商業都市を管理している者という事だろうか。財政に関しては近いうちにセルパンが一手に引き受けることになるのかもな。
 因みに、海洋都市と呼ばれている海擬きを管理しているのはフェンなのだが、元々はフェンとセルパンの管理する街は逆になる予定だったらしい。しかし、今では商業都市をセルパンが、海洋都市をフェンが管轄する事になっている。その過程に何があったのかをボクは知らない。だって、訊いても誰も教えてくれなかったから。異口同音「大した事はなかった」 と答えるのだからどうしようもない。
 閑話休題。シトリーの話だと、ここは現在庶民向けの安価な服を主力にしているという事だが、話し振りからして、本当はもっと高級な服の製作を手掛けたいのだろう。その辺りはもう少し待って欲しい。そちらも少しずつだが育っているのだから。

「それでも、国全体にここの名前が浸透しているというのは大事なことだからね。庶民向けといっても、今後の為にも安物という印象を広めたくはないようで、一般的な服よりはやや高めの服なんだよ。それでも人気だから凄いよね~」
「へぇー、そうなんだ。それなら今後が楽しみだね」
「うん。とはいえ、聞いた話だと予想以上に稼げているらしくてね、もっと高価な品も出回るようになったら、富裕層向けに絞った別の工房でも構えてみようかとも考えているらしいんだよ~」
「ほぅ。工房を建てるだけでも結構お金が掛かりそうなのに凄いね」
「うん。防壁内の土地は限られているからね。新たにとなると大変だよ~」

 元々、各街ともに予定よりも大分大きく防壁で囲っている。国に人が集まらなければ、防壁近くには防衛設備をより一層充実させる予定だったらしいが、今ではそれでも狭いぐらいらしい。
 現在のところは余分に囲っていたので何とかなっているが、今でも徐々にだが人口は増えていっているからな。外からはもうほとんどやって来ないとはいえ、子どもが増えればそう遠くない内に手狭になるだろう。今でも人気の街は人口が集中しがちらしいし。
 首都プラタに関しては、もっとも大きく土地を囲っていたというのに、既に土地が足りていないと聞いた。対策として新しく防壁を外に設けて間に街を拡張するか、防壁近くの防衛設備を少し縮小させるかを検討中らしい。有力としては新たな防壁で囲んで二重にする案らしいが。
 街と街の間隔はしっかりと取られているとはいえ、それもそう何度も出来ないからな。結局は入れなければ諦めて他の街で暮らしてもらう他ない。
 まぁ、その辺りはボクの考える事ではないが・・・いや、国主だから考えるべきなのだろうが。うーん。
 そうしてシトリーから話を聞いている間に代表がやってきたようで、扉が叩かれる。事前にそれは察していたので、会話は少し前に切り上げていた。

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