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薄氷上の日常8

 やってきた代表に対応したのはシトリーであった。元々シトリーが段取りしていたのだから当然かもしれないが、普段こういった役割は主にプラタが担っているので、少し新鮮に感じてしまう。
 代表は呼びに行った男性と共にやってきたようで、シトリーの許可で二人は中に入る。
 入ってきた代表も背丈は低かったが、それでも他よりは少し高いようで、プラタより少し低いぐらいであった。
 代表の身なりはしっかりとしていて、洒落ていながらも派手過ぎない洗練された服をしっかりと着こなしている、皴が目立ち始めた年齢ぐらいの女性であった。
 服だけではなく所作も優雅なもので、上流階級の出なのだろうかと思わずにはいられないほど。

「本日は私共の工房を視察に選んでいただき光栄に御座います」

 ボクの近くまで来た代表が、頭を下げて挨拶を始める。工房や代表の名前の後に、自分達の工房の特徴などを簡単に説明してくれたが、それにしても、ここへは視察という名目で来ていたのか。今初めて知ったよ。
 代表との挨拶を済ませた後、ここまで案内してくれた連れの男性の紹介もしてくれる。どうやら代表の息子さんだったらしい。
 こちらの紹介は必要なかったようなので、席を勧めて向かいに座らせる。視察というのであれば、別におかしくはないだろう。そんなことを考えながら。
 それから代表の話を聞いてみると、どうもシトリーは、今後のこの辺りの扱いについて決める為の視察という名目でここに連れてきたらしい。という事がなんとなくわかった。
 その会話はシトリーが対応してくれたのだが、どうやらこの区画を無くすかどうかという話ではなく、まだ土地が余っている内に区画を拡張するか、それとも現状維持のままで問題ないか、という事について調査に来たという話だった。
 そして、この区画で現在最も勢いがあり、仮に区画を拡張する事になった場合にそこに新たな工房を構えることになるであろうここに視察に来たという訳らしい。シトリーが待っている間にここの工房が新たに工房を設けようとしているという話をしていたのは、そういった話があったからなのだろう。
 勿論、拡張した部分全てをこの工房の敷地とする訳ではなく、何処かの工房で十分に修行はしたけれど、土地が無くて独立出来ないといった新規参入の為にも用意するらしい。その他にも既存の工房が新たに工房を設けられる場所もきちんと確保する予定だとか。
 そういった細かな部分は管理しているシトリーに任せるとして、ここにそんなに土地が余っていたかな? と、頭の中で現在の工業都市シトリーの地図を広げる。
 この工房の在る区画は、大通りで四つに分けた区画の内の一つだ。
 当然ながら、防壁で囲んでいるので土地には限りがある。とはいえ、ジュライ連邦はまだ新興の国であるので、土地自体は空きがあった。だが、区画を拡張させるとなると話が変わってくる。
 区画内の空いている土地ではなく、新たに区画を拡げて獲得する土地である。街は中心に建っている拠点を基にして外へと拡がっていっているので、そうなると必然的に防壁側への拡張となるだろう。
 防壁は、その近くに兵舎や武器庫などの防衛関連の施設が建っている。防壁で街を護っているのだから、その為の施設を近くに置くのは自然な流れだ。
 街の警邏が役割の兵達には街中に兵舎を用意しているのだから、それと同じ。それとは別に、防衛施設と生活空間の建物群との間には空白地帯も用意されている。それは防衛施設と居住部分が交わらないようにという配慮で、何も無い開いているだけの空間なので、誰か居れば直ぐに気づくというもの。
 もしもシトリーの話通りに区画を拡張させるのであれば、この空白部分に手を出さなければならないだろう。そうなると、防衛施設と生活空間とが一気に近づいてしまうが、大丈夫だろうか。敵は外からだけとは決まっていないからな。
 そんな心配が浮かぶも、先程からずっと黙したままのプラタの事を思い出し、既に承認済みなのか、それともボクが考えている拡張とは違う形なのか、と思い至る。防備に関してはプラタも結構力を入れていたからな。それを損なうような事は許容しないだろう。
 ではどうやって拡張するのだろうか。それについて考えていると、シトリーと代表の話が終わる。この場で全てを決める訳ではないので、話自体は短いものであった。
 話を終えると、早速工房を見学する運びとなる。やってきたのが昼過ぎなので、元々それ程時間があった訳ではないこちらとしては、その方がありがたい。
 代表直々に工房内を案内してくれるらしく、何だか張り切っているようにも見えた。
 それから代表の先導で応接室を出て工房内を回っていく。代表が常に嬉々として工房について饒舌に語ってくれたので、そこで何をしているのか、その作業にどんな意味があるのかなど、かなり詳細に語ってくれた。
 どうやら工房の案内がてらに自分の工房について自慢出来るのが嬉しくてしょうがないらしい。その表情は、先程まで小難しい話をしていた相手と同一人物だとは思えないほどに活き活きとしている。
 そうした代表の案内のおかげで、工房見学は滞りなく実に充実して終えることが出来た。
 それにしても、何人もの手で物を作るというのは想像以上に活力に満ちているもので、案内してくれた代表の熱気も移ったのか、何だか興奮してしまって、無性に今すぐ何か魔法道具でも創ってみたくなってしまった。
 工房の見学を終えて外に出ると、まだ昼過ぎ。しかし、そう時間が経たずに夕方になりそうな微妙な時間帯でもある。
 これから鍛冶場の見学にでも行くのだろうか? そう疑問に思ってシトリーの方に目を向けると、丁度シトリーもこちらを向いたところだった。
 一体これからどうするのか、そう訊く前にシトリーが次の予定を口にする。

「次は鍛冶区に移動するよ~!」

 勢いよく片手を上げて歩き出すシトリー。
 その後に付いていきながら、もうすぐ夕方になるが大丈夫かと問い掛けてみる事にした。

「シトリー、そろそろ夕方になるけれど、これから鍛冶場に行っても大丈夫なの?」

 その問いにシトリーは顔だけで振り返ると、「問題ないよ~」 と笑みを浮かべる。大丈夫だろうかと思ったが、シトリーは得意げな顔になって言葉を続ける。

「むしろ、まだ少し早いぐらいだよ~。鍛冶場が本格的に動くのは外が暗くなってからだからね~」
「そうなの?」
「そうだよ~。まぁ、全部が全部とは言わないけれど、外が暗くなってからの方が火の色が見やすいからとかなんとか言っていたね~」
「へぇー」

 鍛冶についてよく知らないが、そう言われれば納得出来た。
 明るい日中に眩しい火の色を見るのは大変だろう。かといって、わざわざ室内を暗くしてとなると、部屋の空気がかなり汚れそうで心配になってくるからな。
 ただ、それが事実かどうかはやはり知識が無いので分からない。それでもシトリーが大丈夫と言うのであれば、これから向かう鍛冶場に関しては問題ないのだろう。
 シトリーに先導されるがままに街中を歩いて移動していく。
 この辺りの区画は職人が多いだけに、人通りはそこまで多くはない。それでも時間が時間だからか、ちらほらと帰宅するのだろう人を目にする。
 工房や鍛冶場が集まる区画にも宿舎は存在するが、宿舎は別の区画に集めているので、ここら辺では数が限られている。工房や鍛冶場で寝泊まりしている者も居るようだが、しかしそれで全ては賄いきれない。
 なので、居住区画からの通いという者もそれなりの数が存在している。それは工房や鍛冶場だけではなく商店などの方も同じだが。
 邪魔になるのでこの区画は観光業の方にはそこまで力を入れていないので、すれ違う人に別の街の住民はほとんど居ない。居ても何処かの工房なりで弟子入りしている者達だろう。
 身なりも働いている場所の制服なのか似たようなものを着ている者が多い。その代りというべきか、建物に関しては割と個性が出ている。といっても基本的な部分は似通っているので、軒先の飾りや窓の形などの機能性には直接影響しない部分での話だが。
 まぁ、そういうのを見ながら歩くだけでも楽しいので、こうして徒歩での移動もいいものだ。
 夕方になった辺りで雑貨区から鍛冶区に入る。目的の鍛冶場までどれぐらいの距離があるか分からないが、ここに来たのも昨日に続いて二度目だな。とはいえ、昨日は雑貨区と鍛冶区はそこまでじっくりと見て回れなかったが・・・それは今日もか。やっぱり街を見て回るならしっかりと時間を確保しないといけないな。
 そんな事を考えながら移動すること暫く。夜の気配が見えてきた辺りでシトリーが足を止める。

「この建物だよ~」

 そう言ってシトリーが指差す先を目線で追うと、そこに建っていた建物は一際大きいとか派手だとかは一切ない、周囲の鍛冶場と同じ地味な佇まいだった。
 中から金属を叩く音らしきものが届いてくるも、それもあまり大きなものではないので、その辺りの対策もなされているのだろう。
 周囲を見渡せば、見学する予定の建物以外からも明かりや音が漏れていて、確かに本格的に動き出すのは夜からなのだろうと思わせる光景であった。
 シトリーは先程指差した建物の中に入っていくと、玄関先で大きな声を上げて中の人を呼ぶ。
 程なくして現れたのは、優しげな笑みを浮かべた細身の女性だった。ただ、細い割にかなり背丈が高いので、枯れ木のようにも思えた。その女性は作業服と思しき簡素な服を着ているので、ここの鍛冶場で働いているのだろう。
 対応に出てきた女性に、シトリーは名を告げて見学について話していく。こちらでもしっかりと事前に話は通っていたのか、直ぐに建物の中に通してもらえた。
 通されたのは応接室。というよりも、待合室だろうか? 簡単な修理ぐらいであれば直ぐに終わりそうなので、この部屋はそういったお客さんが待つ場所なのだろう。
 なにせ造りはしっかりしているが、かなり使い古されている簡素な机と椅子が置いてあるだけで、部屋自体もそこまで広くはない。四人で入れば窮屈そうだ。
 よく見れば部屋の隅に背が高いだけの小さな台が置かれており、そこに水の入った半透明な水差しと水飲み用なのだろう湯呑が置いてある。待っている間ご自由に、という事なのだろう。
 事前に話が通っていて、相手がこの街を管理しているシトリーだと分かっているはずなので、もしかしたらここには他にお客に対応する部屋が無いのかもしれない。
 まあ鍛冶場だしなと思いながら、女性が出ていった扉の方に目を向ける。隣から不機嫌そうな気配が漂ってくるが、出来るだけ無視したいところだな、と思いながら。


 女性が部屋を出ていって幾ばくかの時が流れた。会話らしい会話も無く、何事も起きないようにと心の中で祈る時間。
 シトリーは部屋を見回した後、水差しから水を湯呑に入れて飲んでいる。反応から察するに、そこまで美味しい水ではないらしい。まぁ、こんな場所に置いてある訳だしな。
 隣からは依然として不機嫌そうな気配がしているものの、シトリーとの約束があるからか静かなものだ。おかげでハラハラしてはいるが助かっている。
 ここは応接室のような来客を迎える為の整った部屋ではないが、それでも椅子と机はあるので最低限ゆっくりは出来る。なので、ボクとしては不満は然程ない。
 これで待たされている時間が長いというのであれば多少は考えたかもしれないが、まだそれほど時間も経っていないし。
 感知範囲では、少し前に出ていった女性が誰かと話しているような感じを捉えているので、直に代表なり担当者なりがやってくる事だろう。そう思って待っていると。

「しかしまぁ、ここも教育が行き届いてないよね~。それとも、職人だから他には興味が無いとか?」

 机を挟んだ向かい側に座り水を飲んで待っていたシトリーが、呆れたようにそう口にした。誰に言うでもない口調のそれは、独り言にしては大きいが、誰かに話し掛けているにしては少々小さい。顔の向きも湯呑の方でこちら側ではないので、やはり独り言の類いなのだろうか? そう思いつつも、その呟きが気になったので声を掛けてみる。

「どういう意味?」

 ここに通した事を言っているのだろうか? しかし、他にお客を通す部屋が無いという可能性もある。ここでも商談は出来るだろうし。

「そのままの意味だよ~。あの案内したやつ、こちらが誰か気づいていなかったようだからね。事前に話を通して、更にはちゃんと名前も出したというのに、ぼくらをただの見学者ぐらいにしか思っていなかったと思うんだよ。今も予約の確認に行っただけのようだし。これでもぼく、ここの責任者なんだけどね~。周知する為に顔も結構出してるというのに、自信無くすよね~」

 そう言ってはっはっはっと笑うも、その目が全く笑っていない。それどころか別の意味で細められているとしか思えない鋭さを持っている。笑い声も乾いていて、聞いている方の心臓が痛い。
 仮にシトリーをろくに知らない人がこの場に居たとしても、シトリーが怒っているというのが直ぐに分かるだろう。それぐらいに寒気がする笑いだった。
 そして、その言葉に刺激されたかのように、隣の不機嫌さが増したように思える。
 何だかこんな事ばかりな記憶さえあるほどによくある光景ではあるが、慣れる訳もない。
 どうしようかと思うも、どうしようもない。シトリーは事前に話を通していた訳だし、事実工房ではしっかりと対応してもらった。あの時は代表の息子さんだったとはいえ、入り口近くに居た人に声を掛けただけでしっかりと伝わっていたからな。
 今回だって最初に名前まで出している以上、そのうえで知らなかったでは済まされないだろう。代表としての名前を出してこの扱いでは、流石に沽券にも関わるしな・・・弁護のしようもない。
 それに、女性は未だに誰かと話しているようではあるが、それ以上動く気配が感じられない。もしかしたら世間話でもしているのかもしれないと思うと、たとえ無知故にだとしても、訪れた相手を放置でとなると思うところが出てくるというもの。もしも一般の見学者であったとしても、そこまで雑に扱っていいとも思えないのだが。
 とはいえ、あまりに溜め込ませすぎても危ういので、何か話題を振ってみることにした。

「そういえば、ここはどういった鍛冶場なの?」

 わざわざ見学をしに来たほどだ。工房の方が区画を代表するほどの相手だったのだから、こちらも相応の何かがあると思うのだが。ただ、外見的には他と大差なかったので、もしかしたらそういったモノは無いという可能性もあるが。

「この区画で最も技術のある場所だよ。色々な部門で鍛冶の技術を競う競技会を開いてみたけれど、それで最優秀を一番多く獲得した鍛冶場だからね」
「へぇー、それは凄い」
「うん。技術だけはあるんだよ。技術だけは」
「そ、そうか」

 よほど頭に来ているのだろう。技術に関しては認めていても、それだけの様子。シトリーの説明に頷いて少し沈黙が流れると、ぼそりとシトリーが「鍛冶区は縮小かな」 と呟いたのが耳に届いた。なんというか、普段と違い底冷えのする声音だった気がする。
 それが聞こえたので、大丈夫だろうかと隣に視線を向けてみる。ここは工業の中心。その鍛冶を担当しているという事は、規模を縮小しては武具の製作などに影響が出るのではないだろうかと思ったから。
 視線を向けると、直ぐに気がついたようでプラタがこちらに顔を向ける。プラタにも先程のシトリーの呟きが聞こえていたのだろう、ボクが何を言いたいのか直ぐに察したようで、こちらが何を言うでもなく口を開いた。

「問題ありませんよ」
「そうなの? 供給の方が多かったとか?」
「いえ、そうではありません」

 ふるふると首を振ったプラタは、一瞬思案するような間を空けてから再度口を開く。

「そもそも、ここは一般向けの品を取り扱っている街です」
「一般向け?」
「つまりは、一般的な国民に向けた商品を取り扱っている街です。工房なら普段着ている服や靴などですね。ここであれば、包丁や鋏などです。武具にしても一般人が自衛目的で購入する程度の品ですね」
「そうなんだ。じゃあ、軍なんかの公的なところで扱う品は別の場所で造っているという事?」
「はい。そちらで取り扱っている品の方が、この街で取り扱っている品より数段は上でしょう」
「へぇ、それは凄い。そんなところが在ったんだ」

 そう返しながら記憶を探るも、残念ながらそれっぽい事は思い当たらなかった。忘れているのか、報告されていないのかは知らないが。

「はい。そちらに関しては機密事項ではありますが」
「そ、そうなんだ」

 追加された言葉に、何と言えばいいのか困惑して言葉が続かない。そんな事をこんな場所で口にしていいのかと心配になった。

「問題ありません。ここにはシトリー以外は誰の耳もありませんから。まぁ、シトリーは知っているので問題はないでしょう」

 そう言って一瞬シトリーの方に視線を向けるプラタ。冗談なのか何なのか、判断に困る。いや、シトリーが知っているのは本当なのだろうが。

「ん? そうだね~。というか、ジュライ様は知らなかったの~?」
「う」
「・・・私が報告を怠っていただけです」
「ふ~ん?」

 シトリーの指摘に言葉を詰まらせると、プラタがそう言ってかばってくれた。それにシトリーは疑問を抱いたようだが、大した事ではないと判断してか、それ以上は追及してこなかった。実際どうでもいい事だろうし。
 だが、多分あの感じからいって、プラタはボクに報告していたのだろう。だが、ボクがいつもの如くすっかり忘れていたという訳だ。何だか非常に申し訳ない気持ちになった。どうにかして記憶力も上がらないものかな。情報処理の能力が上がったけれど、残念ながら記憶力の方は変わっていない気がする。地下に籠ってばかりで刺激が足りないからだろうか。

「じゃあ説明してあげるよ~。といっても、ここでは詳しくは出来ないけれども」
「よ、よろしく」
「うん。えっとね、まず工房やここで働いているのは主に小人族と呼ばれている者達なんだ~」
「小人族? 聞いた覚えがあるような?」

 いつだったかそんな話をした気がする。何だったかな? 名前しか覚えてないや。

「建国前からたまに話に出てたからね。手先が器用で物作りが得意な種族なんだよ~」
「ああ、そういえばそんな話をしたような気がする」

 建国前の話については覚えていないが、確かこの国を築いて少し経ったぐらいにそんな話をした気がする。市場にも小人族の製品が売られていた記憶が。

「そして、別の場所で物作りをしているのは、ここの小人族とは別の小人族で、小人族の中でも特に手先が器用な種族なんだよ~」
「小人族は更に別の種族に分かれているの?」
「そうだよ~。そうだね・・・違う国の所属程度の違いだと思えばいいよ~。違いらしい違いは背丈の高さぐらいだからね~」
「なるほど」
「軍なんかで使うのは、その小人族が装飾から鍛冶まで何でもこなしているんだよ~。ジュライ様の服なんかも基本はそっちだね~。儀礼用のは全てだろうけれど、ジュライ様なら日常品から手配されているだろうし~」
「そうなの?」

 意味ありげな視線をプラタに送るシトリーにつられるようにプラタへと顔を向けると、とりあえず聞いてみる。そういったものをあまり意識した事はなかったな。服なんかは丈夫だな、ぐらいには思っていたけれど。

「はい。今御召しの物もそうで御座います」
「そうなんだ」

 服の良し悪しは分からないが、それでも確かに高そうな感じだからな。縫製もしっかりとしているのに、裏から見てもほとんど縫い目が確認出来ない。
 着心地も着ているのが気にならないほどだし、高そうな服だと思ったぐらいで今まで意識もしていなかったな。服を着ているという違和感が全く無かった。
 手触りも滑るようで、布とは思えないほど。なるほど、主張しなくても高いのが解る品だ。ボクがその価値に疎いだけで、きっと市場に出せばもの凄い値段が付くのだろう。そう思える品だった。

「そして、そこで全て賄えているから、ここは一般向けという訳。なので、ここが無くなっても軍の方は一切困らないんだよ~。何なら向こうでも一般向けを造ってもらってもいいし。かなり余裕があるみたいだからね~。ここを縮小しても問題ないぐらいには生産力に余裕があるから大丈夫だよ~」
「なるほど」

 最初から余裕を持って造られているのか。・・・それも当然か、街自体が余裕を持って造られているぐらいなのだから、プラタ達ならそのぐらいは計算しているか。

「だから、制裁としてこちらの区画を減らすんだよ~。その分雑貨区の方を拡げれば他に拡げなくても済むからね~」

 そういった後、丁度いいと言ってシトリーは笑う。確かにそれであれば防壁の方面に区画を伸ばさなくて済む事だろう。減らされた部分の鍛冶場は可哀想ではあるが。

「その場合、建物は潰して新たに建てるの?」
「そうなるね~。といっても、基礎部分はそのまま使うかもしれないけれど・・・その辺りは向こう側の要望を聞かないと何とも言えないかな~」
「そっか」

 シトリーの言葉に相づちを打ったところで、やっと動きがあった。シトリー達と話をしている内に女性がやっと予約を確認したようで、その際に近くに居た人物にその事を告げたことで鍛冶場側もやっとこの事態に気がついたらしい。その人物が別の場所に慌てて報告に行き、女性も慌ててこちらに戻ってきているようだった。・・・もう何もかもが手遅れなのだけれども。
 そうして慌ただしくやって来た女性は、ココンと扉を慌てて叩く。音も少し大きかったので、大分慌てているようだ。
 それにシトリーが応じると、青白い顔をした女性が入ってくる。ようやっと自分がしでかした事を理解したというのがよく分かった。だけれども、何事にも取り返しのつかない事というのはある訳で。
 そっとシトリーの様子を窺ってみると、形だけの笑みを浮かべているのが分かった。作っている分、それはそれで美しい笑みだとは思うのだが、向けられたいとは微塵も思えない。あまり見たい笑みでもないからな。
 それを向けられた女性はビクリと肩を浮かせた後、がくがくと震えはじめる。それに言葉も上手く出ないようで、「あ、あ」 と空気を求めて喘ぐように声を漏らすだけだ。
 ここでせめて謝罪の一つでも出ればよかったのかもしれないが、まあ怒っているシトリーの前だと考えれば、意識があるだけマシなのだろう。
 それに対してシトリーは何も言葉を発さない。ただぞわぞわとするような冷たく奇麗な笑み浮かべているだけ。ついでに隣からも追撃で不機嫌な気配が送られているので、堪ったものではないだろう。
 これからどうするのかと思っていると、直ぐに女性は恐怖で力が入らなくなったのか、その場にへたり込んでしまった。
 そんな状況に、どうやって収拾をつけようかと頭を悩ましていると、別の場所に報告に行った人物が誰かを連れてやってきているのを感知する。おそらく現在鍛冶場に居る中で最も偉い人だと思うので、この場は丸投げする事にした。だってこうなったのも、教育不足なのが悪いのだから。
 そう思い、もう見守る姿勢で待っていると、程なくして二人が到着する。そして、部屋の中の惨状を見て言葉を失った。
 それを見て、まあそうだよなと他人事のように思う。やらかした本人はへたり込んで俯き、自身をかばうように抱きしめて震えるばかりだし、礼を失した相手はにこりと恐ろしい笑みを浮かべていたり、その奥側からは不機嫌な気配が物理的な圧力を持っているかのように押し寄せているのだから。正直、ボクならこの部屋に入りたくない。というか、近づきたくもない。
 暫くの間入り口で言葉を失っていた二人は、意を決したような顔で室内に足を踏み入れる。死を覚悟しているようにすら見えるが、あながち間違いではないだろう。

「申し訳ありませんでした!!」

 室内に最初に入った小柄だが筋肉の塊のような男性が、開口一番そう言ってこちらに勢いよく頭を下げる。気合を入れるかのような大声が耳に痛い。
 僅かに遅れて入ってきた細身の男性も一緒になって頭を下げる。こちらはボクよりも背が高いので、小人族という種族ではないのだろう。おそらく外から来た弟子の一人といったところか。
 その二人が揃って頭を下げると、シトリーは視線をそちらに向ける。

「教育がなっていないと思うのだが?」
「全くもって仰る通りです。申し訳ありません」
「ふぅん? それで?」
「・・・け、見学を希望という事でしたが」
「そうだね。でもまぁ、それはもういいかな。仕事が増えちゃったし・・・帰って鍛冶区の縮小と、君のところの許可証を取り消さないといけない」
「そ、それは!!」
「ふむ。君は何をしでかしたか理解していないのかな? 正直それで済ませているだけ穏当だと思うよ。もっとも、それはこの街の管理者たるぼくに対する侮辱に対して、ぼくが下す処分ってだけだけれども」

 そう言うと、シトリーはプラタの方へと視線を向けた。それに応えるようにプラタが口を開く。

「そうですね・・・ここの工房の関係者は全て国外追放で赦しましょう」
「そ、そんな!?」

 プラタの気軽な言葉に、へたり込んで俯いていた女性が勢いよく顔を上げて大きな声を出す。

「ああ、恩赦が過ぎますか? そうですね、確かに国家反逆の徒に対しては貴方の言う通り軽すぎるかもしれませんね」
「ち、ちが」
「では国外追放に加えて、贖罪として財産の没収と身体の一部を頂きましょう」
「そ、そんな!?」

 ただでさえ青かった顔を死人のようにしながら、女性は絶望に満ちた表情を浮かべる。
 今回は公衆の面前ではなかったとはいえ、権威を蔑ろにしたに等しい行為だった訳で、それを国家への反逆と捉える事も可能だろう。無理矢理ではあるが。
 まあそれでも、そう考えれば別段おかしくはないのだろうか? 今回はボクも関わっているので、幾分プラタが暴走している可能性もあるが・・・身体の一部って腕とか脚だろうか? 財産も没収されているから、それはつまり、間違っても外で生きながらえないようにという事だろうな。実質死刑だ。
 現在の外は死の支配者の支配域な訳だから、特に生き残れる環境でもないだろうし。
 しかし、それでも幾分か軽くなっているという感じだったが、実際はどれぐらいの刑に処するつもりだったのだろう?

「お、お待ち下さい!!」
「ああ、理解していると思うけれど、逃げる事は不可能だからね。財産を隠す事も不可能。これより君達の行動は全てぼくらの監視下に置くから」

 代表と思われる筋肉質の男性が声を上げるも、シトリーは聞く耳を持たない。
 そのまま立ち上がると、こちらに顔を向ける。

「ごめんね~。無駄足だったよ」
「・・・いや、別に構わないよ」

 いつもの感じで謝罪されるも、そこには何か得体のしれない威圧感を覚える。今までと違い、隣からも似たような感じの圧迫感を覚えた。何と言うか、止めてくれるなとでも言外に訴えてきているような気になって、口を挿めなくなってしまった。それだけ二人は怒っているという事なのだろう。もっとも、元からボクは何も言うつもりはなかったのだが。

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