お母さまは魔女魔***の…… その2
店の営業に戻っている僕なんですけど、巨木の家の中は目下大盛況です。
ルアとオデン六世さん、そして2人の子供のビニー。
そんな3人に会いにきた幼なじみで親友のラミアのラテスさんと、ルアの母親のネリメリアさん。
スアと、スアと僕の子供のリョータ。
そんな2人に会いに来たスアの母親のエルフのリテールさん。
そんな人数が集まってワイワイしているもんですから、店のレジにも少しその声が漏れ聞こえてきているんですよね。
で、そんなスアの母親がやってきていると聞いてコンビニおもてなし本店の店長補佐であるブリリアンがレジの中の僕の隣ですっごくソワソワしています。
「スア様の一番弟子として、ここはきちんとご挨拶しておかないといけないと思いませんか?ねぇ、店長」
「うん、気持ちはわかったから、今は働いてくれ」
今にも巨木の家に向かって駆け出そうとするブリリアンを、そう言ってけん制し続けている僕なんですけど、その度にブリリアンは不満そうに舌打ちしているんですけど……もしここで僕が許可を出してですね、『お母様お初にお目にかかります、私スア様の一番弟子の……』
って巨木の家に駆け込んでいったら、裏の川に魔法で放り込まれるのが関の山ですので、むしろ感謝してほしいもんですけどね……まぁ、口にはだしませんが。
で、僕も正直びっくりしたのが、スアの母親です。
スアには「いない」と言われていたので、そうなんだと思っていたのですが……まさか、まだご健在どころか、あの魔女魔法出版の社長だったなんて、正直びっくりです。
あ、お父さんは本当にいなくなっているそうなんですけどね……それでも無くなった際には八百才は超えてたそうです、はい……
で、この魔女魔法出版といえば、王都の魔法学校で使用されている教科書類をすべて作成しているのを皮切りに、魔法使い達が指南書・参考書として使用している魔法書のほぼ全部を出版しているこの世界最大にして最強の出版社なわけです、はい。
……ひょっとしてあれなのかな……
お母さんが偉大過ぎるもんだから、スアも僕に紹介するのをためらっ……
「それはない、から!」
そんなことを考えかけた僕のところに、スアがすごい勢いで駆け寄って来ました。
相変わらず、僕の考えていることは筒抜けのようです。
試しに「スア、愛してるよ」と頭の中で思い浮かべたところ、スアってば瞬く間に茹で蛸のように真っ赤になってしまいました。
で、話を戻します。
「なんでスアってば、お母さんのことを僕に言わなかったんだい? すごいお母さんでも僕は気にしなかったというか……もし仮に「身分違いだ!別れろ!」とか言われても許可してもらえるまで僕は何度もでもお願いし続けるつもりだったよ」
僕がそう言うと、スアは眉をしかめ……かなり長く考えこんだ末にようやく話始めました。
で、いつものように長い会話になると、会話の内容が激しくたどたどしくなってしまうスアの代わりに、僕がスアの会話の内容を要約しますと……
スアの母親は魔法使いなんですけど、下級なんだとか。
で、スアは産まれながらにしてすごい魔法の素質を持っていて、10才になる頃にはもう上級になっていたんだそうです。
そんなある日、
「ステルちゃん、ママにも魔法を教えてくれないかしらぁ?」
って、リテールさんがお願いしたそうな。
で、スアはリテールさんのために魔法の使い方を懇切丁寧にわかりやす~くレポートにまとめてリテールさんにあげたそうなんですよ。
で、それを見たリテールさん、
「すごいわステルちゃん! これ、魔法の素質のないママでもすごくよくわかるわ」
って、大感激したそうなんです。
で、スアもその時はすごく喜んだそうなんですよね。
ただ、ここからがリテールさん劇場の始まりでして……
「こんなにわかりやすくまとめられている魔法の指導書を私一人が独占していいのでしょうか! いいえ、良い訳がありませんわ!」
そう思い立ったリテールさんは、お父さんの遺産をすべて使って出版社を立ち上げ、スアのレポートを本にして販売したそうなんですよ……
で、それを、まず自分がいまだに通っていた魔法学校の先生にですね
「先生、見てください! これ、私の娘が書いた本なんですよ」
って紹介しまくった結果、
「おい、この本すごいぞ……」
「あぁ、わかりにくい魔法用語が誰でもわかる言葉で説明されている……」
「何より、説明がすごく丁寧だ……これなら、下手したらゴブリンでも魔法が使えるようになるかも……」
とまぁ、あっというまに大評判になっていきまして、リテールさんが全財産をつぎ込んで立ち上げた魔女魔法出版はあっという間に大企業になっていったそうなんですよ。
……ただですねぇ……ここからが、スア劇場なわけです……
スアは、自分のレポートがまさか本になって売られているなんて夢にも思っていなかったそうなんです。
リテールさんのために……リテールさんがわかりやすいようにと、それだけを考えてレポートを書き続けていたそうなんです……四十年近く……
まぁ、スアの場合、エルフですので四十年といっても人間でいえば10才かそこらなんですけどね。
で、四十年経って、自分がリテールさんのため『だけ』に書いていたつもりだったレポートが書籍化されこの世界中に流通しているのを知ったスアはですね
「ま、ママなんて大嫌い!」
って言い残して、森に籠もったそうなんですよ……その後二百年近く……
ただ、スアはそれまでの書籍の功績もあって『伝説の魔法使い』と称されるようになっていたわけです。
まぁ、本だけでそう言われたわけではなくて、その内容なんですよ。
上級どころか伝説の勇者しか使用出来ないとされていた超魔法をしれっと解説していたり、死者すら喰らうとされている暗黒世界の魔物を実験台にして光属性魔法の効能をそれはそれは綿密に実験し研究していたり、と……まぁ、聞けば聞くほどあり得ない世界が目の前に広がっていくわけですよ……
ただまぁ、話を聞いた限りでは、スアは元々母親であるリテールさんのことを嫌いじゃない……というか、むしろ大好きだったみたいなんですよね。
で、しかも怒って引きこもっていたくせに、その途中にも魔女魔法出版のために本の原稿をダンダリンダを通じてこっそり渡したりしていたわけですし……なんだかんだ言いながらもお母さんの会社のためにあれこれやってたわけですもん……今回、子供が出来たことも手紙で伝えていたわけですしね。
僕がそんなことを考えながらスアを見ていますと、スアは
「……そんなことない、し……ママ、嫌いだ、し……」
そう言いながら、まるで駄々っ子のように僕に抱きついてきました。
なんと言いますか、世話のやける奥さんです。
僕は、そんなスアに前を向かせると、一緒にリテールさんへ向き直りました。
「リテールお母さん、あの、婿の僕がこう言うのもなんなんですけど、スアに一言謝罪してやってくれませんか? 『勝手にレポートを本にしてごめんね』って」
僕がそう言うと、リテールさんは全てを察してくれたようで、スアに歩みよっていきまして
「ステルちゃん、ごめんなさい。ママが悪かったわ……ステルちゃんの許可をとらないで勝手なことをしてごめんね……ステルちゃんはママのために作ってくれてたのにね……こんなママを許してくれる?」
そう言いながら、その目から滝のように涙をこぼし始めました。
普通、こんな漫画のような涙を流されたら何かしらの魔法でも使用してるんじゃないかって思いたくなるんですけど……リテールさんの場合、涙が溢れるにつれ体中の水分がみるみる失われていくのがわかるんですよ……正直、これ、長時間泣かせたらやばいヤツです……
すると、そんなリテールさんの前で、スアは
「……わかった、よ」
そう言うと、
「……私もごめんなさい……ずっと拗ねてて」
そう続け、そのままリテールさんに抱きついていきました。
で、そんな2人を、トコトコと歩みよったリョータが抱きしめ、
さらにそれを僕が抱きしめ、
続いてルアとオデン六世さんが……でもって、ネリメリアさんとラテスさんも加わって、と
スアとリテールさん親子を中心にした、コンビニおもてなし名物家族の輪が出来上がりました。
とりあえず、こうしてスアとリテールさんの二百年に及ぶ親子喧嘩が終わったわけです。
うん、めでたしめでたしです、はい。
そんな僕を、まるで褒めてくれるかのように、リョータが頭をなでなでしてくれました。
「あは、リョータありがとね」
僕は、そんなリョータに笑顔を向けました。