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管理者4

 視界を戻した後、横に移動して的の奥の様子を確認してみる。

「うーん・・・流石に通常の視力じゃ分からないか」

 壁に中った暗黒魔法自体が針のように細かったので、魔法が壁に中った場所を知っていて、そのうえで目の前で調べなければ分かるようなものではないだろう。
 試しに視力を強化して的の後ろを確認してみるも、やはりよく分からない。
 的を貫通したら中るだろう場所を予測して少しずつ視界を絞っていくも、それでも分からない。どれだけ視力を強化してみても、針ぐらいの魔法で開けた穴など分かるはずがない。
 視界を戻した後、目が疲れたので目頭を揉んでみる。ついでに肩も凝ったような気がするので、肩も軽く揉んでみた。
 そうして少しは凝りが取れたような気がした後、的の後方の壁に意識を集中していく。

「直接見に行ってみるか」

 仮に穴が開いていたとしても、プラタが創った壁なので放置していて大丈夫だとは思うが、念のために転移魔法を使用して反対側の壁際まで転移してみる。
 久しぶりに自分で転移魔法を使用したが、肉眼で視認可能なぐらいに近距離なので、危なげなく転移が出来た。
 反対側の壁際まで転移魔法で移動した後、一度的の位置を確認してから、記憶を頼りに壁を凝視する。魔法は真っ直ぐ進むので、多分この辺りのはずなんだが・・・。

「的に当たって軌道が変わったという可能性もあるが、あの感じだと真っ直ぐ突き抜けていったからな」

 少し前の記憶を思い浮かべては、壁の方に視線を向ける。皿のようにしながら壁を凝視していったが、結局穴は見つからなかった。

「うーん。もしもあの時に穴が開いていたとしても、流石にもう閉じているよな」

 的もだが、ここの壁にも自動修復機能が組み込まれている。訓練部屋なので当然かもしれないが、結構役立っている。それだけ加減を間違えているという事かもしれないが。
 とりあえず確認を終えたので、問題なしとして元の場所に転移する。もしも壁の内側に何か問題があっても、外からでは分からないからな。その辺りは製作者のプラタに任せよう。
 気を取り直して、先程暗黒魔法を放った位置に戻る。足下に印を残しておいてよかった。
 元の位置に戻ると、落ち着くために深呼吸をしながら、先程の結果を思い出す。

「あの距離まで魔法を消滅させない魔力濃度は大体把握出来た。次は威力の調節だが・・・先程よりも弱くか。不可能ではないが、届くのかな?」

 先程放った魔法の針は、威力や持続時間を考慮して発現させた魔法だ。それと同時に、的まで届く魔力という事で考えて、結構減らした方なのだ。それよりも更に弱めなければならないとは。
 これは魔力が多くなった弊害だろうか。こういった小さい量の魔力に合わせた調節というのは細かすぎて、魔力量が増えた影響で中々扱いにくくなってしまっていた。しかし、これも慣れるまでの辛抱なのだろう。
 今回はそちらの方を意識しながら調節していき、再度的目掛けて魔法を放つ。見た目だけは同じだが、威力が二段階ぐらい弱い。
 的まで魔法の形が保てるか不安ではあったが、失敗してもそれを次に活かせばいいだけなので、気にしない事にする。魔法が途中で崩壊しても、魔法自体が小さいので周囲への影響は少ない。よって、ただ見守ればいいという事だ。
 そのまま真っ直ぐに的まで飛んでいった魔法は、的より少し手前辺りで消滅する。魔法の崩壊ではなく魔力切れによる消滅なので、何事も起きる事なく終了した。

「もうほんの少し威力を上げないとな」

 今の結果を踏まえて思考した後、威力を再調節した魔法を発現させる。

「それにしても」

 発現した黒い針のような暗黒魔法を見て、ふと思う。

「魔法は階梯が上がれば上がるほどに色を失うよな」

 全てではないのだろうが、ボクの知る限り階梯がかなり上の魔法は、黒色か白色をしている。それも、その色が濃いほど威力も上がる。
 目の前で発現させた暗黒魔法は、暗黒と名前が付いているが、威力を大分弱めているので結構白寄りの黒色だ。地平の彼方から太陽が姿を現す直前の空といった感じだろうか。これを暗黒と呼ぶのはちょっと抵抗があるが、まともにやれば塗り潰したように深い黒色なのだからしょうがない。今のような状況の方が特殊なのだから。

「・・・いや、今はそんな事を考えている場合ではないか」

 近くに魔法があるので、こちらから魔力を供給する事で魔法の威力を維持しているが、それでもそんな事よりも早く結果を確認した方がいいだろう。維持するのも大変だし。
 小さく頭を振って思考を戻すと、的へと意識を集中させていく。先程はもう少しだったから、今度こそ上手くいくと思うのだけれど。
 上手くいきますようにと心の中で祈りながら、的目掛けて魔法を放つ。
 的目指して一直線に飛んでいった魔法は、的に触れた辺りで小規模な爆発でも起こしたかのように膨れて弾けた。しかし、見た限り何か影響が起きたようにはみえない。的も無傷なようだし。

「まあ何にせよ、これで成功かな」

 魔法を的にギリギリ触れる程度の威力に調節するという本来の目的を達せられて、一息つく。しかし、これは最初の成功に過ぎないので、もう何度か成功させないと本当に目的が達せられたとは言えないのだが。





 そろそろだろうか? 建国祭の話をしてから二ヵ月になろうかという日。午前の修練を始める前にふと思い出してそう思う。遅くとも二ヵ月までにはという話であったが、もしかしたら本当に外の情勢が変化したのかもしれない。
 とはいえ、プラタからは何の報告もない。忙しいようで食事時ぐらいしか地下には居ないが、それでもずっと不在という訳ではないので、報告するような事は無いということなのだろう。
 であればそろそろだろうかと思うのだが、予定外の問題でも発生しているのかもしれないな。このままいけば、建国の日の方が先に来るかもしれない。

「・・・・・・あれ? ボクが国名を決めたのっていつだったっけ?」

 ボクはずっと地下に居るので外の様子が分からない。なので思い出そうと記憶を探るも、外の様子すら思い浮かばなかった。あの時は話し合いを地下で行ったからな。地上でもやったが、窓の無い部屋で外の様子は見えなかったし。
 廊下を歩いた時にでも外を見たかな? 記憶を探ってみるも、窓が在ったかどうかも定かではない。これは思った以上に周囲を見ていないのか、それとも記憶とはこんなものなのか。

「うーーん・・・確か人間界からセフィラ達を連れてきた後だから、まだ寒さが残っている時期だったか」

 その前の出来事を思い出し、確かそうだったようなと首を捻る。多分冬から春の間ぐらいだったと思うのだが。

「それで、今はいつだ?」

 ここ何ヵ月も地下に籠りきりなので、日付の感覚が無い。時間は食事をする事で計ってはいるが、それだけだからな。

「えっと、うーんと・・・確かこの前まで夏だったような気がするから、今は秋か冬ぐらいかな?」

 こめかみ辺りをぐりぐりと人指す指で押してみるも、正確な日にちは思い出せない。それでも今が夏ではないのは覚えている。建国祭の話をしたのが多分夏ぐらいだと思うから。
 つまりは、建国の日までまだ遠いという事か。であれば、試験的に開催する第一回目の建国祭の方が早いだろう。
 ま、気長に待つかと思い、午前の修練を始める。
 今日の修練は解析。つまりは背嚢の解析だ。背嚢は中が完全に時間停止したので、一応完成はしたが、解析の方は全く終わっていない。
 処理能力が向上したとはいえ、知識の外の技術など理解するまでに苦労するものだ。
 というか、多分法則からしてこの世界とは異なっているので、現在はそれに合わせているところ。おかげで少しは別の法則を扱えるようにはなった。まぁ、まだ実戦では使えないが。なにせ、僅かだが再現出来るようになったばかりなのだから。
 しかし、この新しい魔法だが微妙に威力がおかしい気がする。
 例えば、魔法の中には小さな火を出すという魔法が存在する。これは火の魔法の威力を調整したものではなく、最初から小さい火を出すと定義した魔法だ。細かく言えば上限を決めた火の魔法なので、制限を設ける事で威力を調節したとも言えるが、最初から上下が定まっているので、やはり別の魔法だろう。
 一部の人間は、こういった制限を設けた小規模な魔法を生活魔法だと言う事もあったが、その話はどうでもいいか。
 ともかくその魔法だが、従来の方法では十の魔力を籠めて上限の十の威力の火を灯すとすると、これが新しい魔法では、三の魔力を籠めるだけで十の火が灯るのだ。しかしこれは、魔力効率がいいという単純な事ではないようで、どうやら魔力の変換方法が違うらしいのだ。
 この辺りの詳しい事はまだ分かっていない。ついでに言えば、同じ魔法の行使で従来の方法で二十の魔力を籠めたとしても、上限が定まっているので上限の十の火しか灯らないが、新しい方法で二十の魔力を籠めた場合、上限を無視して八十ぐらいの火が灯ってしまうのだ。
 この辺りも詳しい事は分かっていないが、プラタの見解では、法則が違うので定められている上限を無視出来てしまうのではないかという事らしい。
 まだ少ししか解析も再現も出来てはいないが、それでもそれぐらい新しい魔法はおかしいかった。しかし、これをもう少し解析出来れば更に強くなれる気がしたのも事実。
 今はまだ従来の法則に沿う形で再現しているが、近いうちに背嚢に使われている法則のみで再現出来れば面白い事になりそうなのだがな。
 そう思うも、危険性もしっかりと理解しているので、流石に解析の途中でそれを試したりはしない。ああもしかしたら、時空魔法もそういう事なのかもしれないな。法則が違うから知らなければ再現が出来ないとか。
 もしもそうだとしたら、知らず再現しようとしていた事になるが、まあ過ぎてしまった事だ、忘れよう。
 そして、もしかしたら解析が終わっている収納部分だが、そこにその法則も混ざっているのかもしれないな。であれば、あの規格外の広さも理解出来る。これはもう一度じっくりと解析し直してみる必要があるかもしれないが、とりあえず今は未解析部分の解析を頑張るとしよう。新しい発見が在るかもしれないし。
 それにしても、これも兄さんの思惑通りなんだろうな。兄さんは一体何処まで見通しているのだろうか。少しずつ全容が解るたびにその辺りが少し気になってきた。
 とはいえ、だ。あの兄さんの言動をいちいち気にしても、凡人であるボクではどうしようもないので、それについては横に措く。
 背嚢の解析については、少しずつゆっくりと進んでいるのが解っているので、ちょっと前までの状況を考えればかなりの進展であろう。
 それにしても本当に不思議な背嚢だ。異なる法則が組み込まれているといっても、こんな小さな物にあれほどの量は組み込めないと思うのだが。

「調べた限りだけれど、これに容量を増やす工夫は見られないんだよな。だというのに、実際には無限とも言える世界が広がっている。これはどういうことだ?」

 魔法道具の容量。それは魔法を書き込む領域といったところ。魔法道具を部屋とするならば、壁や床や天井がそれにあたる。
 当然ながら、壁や床や天井の広さは有限だ。部屋の広さに応じて書き込める広さも異なってくる。そして、その有限な場所に魔法を書き込んでいくと、無事に魔法道具と相成る訳だ。
 この書き込む量が多ければ多いほど色々な事が出来るということに繋がるので、それをどうするか、というのが魔法道具作製の腕の見せ所という訳。
 考えられるのは、まず壁や床や天井を広くする。これだけで書き込める部分は増えるのだから当然だ。
 次に、書き込む文字を小さくする事。まぁ、これも解りやすい。文字も大きさを半分にすれば、それだけで単純計算で書き込める量が倍に増える訳なのだから。無論、そう上手くはいかないが、それでも結構増えるから侮れない。
 その次は、文字の簡略化。これは言葉を略するのと同じ事で、削れる部分を削り、統合出来る部分は統合して、もっと短く言い換えられる場合は言い換えようという事だ。
 魔法道具を創る者が真っ先に考えるのはこれぐらいだろうか。他にも、書き込む際の無駄のない配置だとか文字を図形に当てはめるとか色々考えられているようだが、成果は然程といったところ。長く創られている魔法道具に限れば、それで昔よりは増えたらしいが。
 とにかく、そういう事なのだ。これが普通に考える事。そして、結果は限定的な成果のみ。それからは手詰まり状態なのだが、兄さんの場合、それに空間にも書き込んで容量を増やしている感じ。

「そんな生易しい結果でもないけれど・・・」

 実際は空間どころか、どうやっても部屋に納まりきらないような量が書き込まれているのだが。
 しかも、その部屋には何の工夫も見られないし、書き込む際にも何も工夫をしていないように思えた。
 だからこそ不思議なのだが、結果は既に目の前に出ているので、それを成してしまう何かしらの方法があるのだろう。
 それについて思案するが、分からないので直ぐに横に措く。ずっと考えて未だに答えは得られていないからな。
 そうして解析していくと、直ぐに昼になった。集中して解析していたので気づかなかったが、昼食のいい匂いで意識がそちらに向いた事で時間が分かった。
 匂いの元は、いつの間にか部屋に戻ってきていたプラタが用意してくれた昼食。
 背嚢を寝台に置いて立ち上がると、昼食の席に着く。
 そうして昼食を済ませた後、食休みに入ったところで、片付けを済ませたプラタに建国祭について尋ねてみた。今朝ふと気になったので、せっかくなので覚えている内に訊いておこうと思い立ったのだ。

「あれからそろそろ二ヵ月が経とうとしているけれど、建国祭の方はどうなったの? 外の方で何か変化でもあった?」
「建国祭の方は、思いの外調整に手間取りましたが準備は順調です。外の情勢は、どうしてか更に平穏になったようで、囲んでいる兵の数も減ってきています。これが一時的なものなのかどうかは分かりませんが、それでも少し余裕が出来たので、せっかくなので嘆願の在った模擬戦を行ってみようか、という話も出ているぐらいです」
「なるほどね」
「詳細な開催日は近いうちに御報告出来るとは存じますが、申し訳ありませんが現在は近日中としか・・・」

 申し訳なさそうに頭を下げたプラタに、気にしていないと手を振って告げる。今回は単に思い出したから気になっただけだし。
 しかしそうか。であれば、告知などもあるだろうから、実際に開催されるのはもう少し先になりそうだな。色々と催しも増えていそうだし、もう少しと分かると途端にワクワクしてきた。
 それからプラタが、出来るだけ早く知らせる事が出来るようにするといった感じの事を告げて、何処かに転移していった。建国して間もない頃とまでは言わないが、それでもプラタは忙しそうだな。
 食休みを終えた後は、背嚢の解析を再開する。処理能力が向上したのだから、こちらは早く済ませたいところだ。まぁ、実際は途方に暮れそうなほど膨大な量が残っているのだが。
 これも一歩一歩頑張っていこうと思いながら、背嚢の解析を再開させた。
 それにこの解析は、今後必要になってくる知識を与えてくれそうな気がしているんだよな。異なる法則とか特にそうだろう。

「こういったモノは、死の支配者達は当然のように扱っていそうだからな」

 思わずため息を吐きそうになるのを堪えるも、それでも現実というのは残酷なものだろう。理由は不明だが、死の支配者が手を緩めた今こそ早々にこれを修得しなくてはならない。なんとなく、そう感じていた。





「やあやあ、久しぶりだねー」

 天上にて燦燦と輝く太陽が地面を焼き、カラカラに乾燥した風が吹き抜ける荒涼とした大地の只中。そこに白い丸机と、その机を挟むように背凭れの付いた白い椅子が二脚置かれていた。机の中央には大きな日傘が差されており、机とその周囲に影を作っている。
 その椅子に座って本を読んでいためいは、横合いからの陽気なその声に目だけを向けるも、直ぐに興味なさげに視線を本に戻す。

「そう邪険にしなくてもいいじゃないか」

 めいの反応を気にするでもなく、楽しげに笑いながら向かい側の椅子を引いて勝手に腰掛けたのは、遥か遠方に居るはずのソシオであった。

「・・・・・・」

 ソシオの言葉にも反応することなく、黙々とめいは読書に勤しむ。しかし、相変わらずその本には何も書かれていない。

「それ、面白いの? 前も読んでいたよね? というか、何も書かれていないように見えるけれど?」
「・・・これは管理者にしか読めない本ですので」

 気になって問い掛けたソシオの言葉に、めいは素っ気なく答える。
 それを聞いて、ソシオはなるほどと頷いた。管理者しか読めないのであれば、自分は読めないだろうと興味を失くしたのだ。事実かどうかは確かめる意味が無いので気にしない。

「それでさ、訊きたいのだけれども」
「・・・何をです?」
「黒いの戻ってきた?」
「・・・ええ」
「そっか。中々しぶといね。あの時は全力を出していたと思ったのだけれどもな」

 頭の後ろで手を組み、ソシオは椅子の背凭れに体重をかける。そのまま日傘に視線を向けると、拗ねたように唇を突き出した。
 そんなソシオの姿を、本の右から左へと視線を流すついでにちらと確認しためいは、面倒そうに口を開く。

「ヘカテーも全力を出していましたよ。それで敗れた。逃げられたのは、単純に貴方の詰めが甘かっただけですね。私なら逃がしませんよ」
「まぁ、その状況で管理者たる君からは逃れられないだろうさ」

 少々皮肉げにめいが最後に付け足せば、ソシオはソシオで何を当たり前のことを言っているんだとばかりに、呆れたような言葉を返す。
 それから少し沈黙を挿んだ後、ソシオが思い出したように問い掛ける。

「そういえば、修復は終わったんだね」

 そう言ってソシオが意味ありげに笑うと、めいはやや睨むように視線をソシオに向けるも、呆れたように視線を本に戻した。

「ええ、おかげさまで。何処かの誰かがしつこかったもので、直すだけでも時間が掛かりましたよ」
「そっか、そっか。それは大変だったね~」
「ええ本当に。それで疲れたので、こうして休んでいる最中なのですが?」

 若干責めるような視線と声音でそう告げるも、ソシオは全く気にしていない。めいの真意を理解出来ていない訳ではないので、ソシオはあえて無視しているのだ。もっとも、でなければこの場に来てもいないのだが。
 それに小さく息を吐き出すと、めいは視線を本に戻しながら、「それで何の用でしょうか?」 と突き放すように問い掛けた。

「まぁ、特に用事もないのだけれど」
「そうですか。それではさようなら」
「はは。それでな、そろそろぼくはこの世界を出ていこうかと思ってね。それで挨拶に来たのさ」
「そうですか。貴方の旅に幸多からんことをこの世界から祈っておきましょう」

 興味の無い声音でそう告げるめいに、ソシオは面白そうに小さく笑う。

「それで、君はどうするんだい?」
「どう、とは?」
「残している果実についてさ。あれはもう十分に熟れている。だから、このまま収穫して新しいのを育てるのか、それとも今後の種として残しておくのかさ」
「・・・・・・」
「個人的には収穫をお勧めするけどね。変化する速度はまだ緩やかだけれど、このまま放っておけば、いずれ君の脅威になるかもしれないよ?」
「・・・・・・」
「もっとも、残しておいても面白そうだが。しかしその場合、周囲の新しく植えているモノへの影響をしっかりと気にしないといけない」
「・・・・・・」
「で? どうするの?」
「・・・・・・出ていく貴方には関係の無い話です」
「そう寂しい事を言うなよ。出ていくとはいえ、ここはぼくが生まれ育った世界だ。次来た時に荒廃していたら悲しいだろう?」
「・・・・・・ふぅ。仮にこの世界が消滅していたとしても興味の無いくせに、よく言いますね」
「さて、どうだろうね?」
「まあいいでしょう。そうですね・・・貴方に言われたからではありませんが、そろそろ収穫してもいいですね。少々気になるところもありますし」
「それは?」
「貴方にそれを言うとお思いで?」
「いや、全く」
「そうですか。折角お答えしようかと思いましたのに」

 わざとらしく残念そうに息を吐いためいに、ソシオは楽しげに笑う。

「そうか、そうか。では、教えてくれ」
「・・・まぁ、いいでしょう。最近あれが世界から情報を引き出しているのですよ」
「ほぅ」

 めいの言葉に、ソシオは興味深げに息を出す。

「おそらく本人は気づいていないとは思いますが、流石にこのまま放置も出来ませんのでね。情報の元の方は処理にまだまだ時間が掛かりそうですし」
「なるほど。という事は、旧世界の最後の抵抗かねぇ」
「さぁ。それはまだ何とも言えませんね」

 そのめいの言葉に、ソシオは考えるように日傘に目を向けた。





 長く平穏が続いていた。
 建国して間もなく死の支配者に国を包囲されはしたが、結局包囲されただけで今のところ攻められる事態には発展していない。
 そんな平穏も、破られる時はあっさりとしたものだ。いや、こうなるのは事前に告げられてはいたが、それでもいざその時を迎えると、緊張してしまうというもの。というか、緊張しすぎて吐きそうだ。

「すぅ・・・はぁ。すぅ・・・はぁ」

 ゆっくりと深呼吸を繰り返して心を落ち着けるように努める。変に緊張し過ぎてもしょうがないしな。
 手元に視線を落とすと、そこには緊張でびっしょりと濡れた手と、手汗を吸った一枚の紙。
 手のひらに隠せるぐらいの大きさのそれには、文字がびっしりと書かれている。

「あー、何を言うかは決まっているとはいえ、やっぱり緊張するな」

 そう、今日は建国祭初日。これから開催の宣言があるのだ。

「無理なら『建国祭の開催をここに宣言する!』 だけでもいいとは言われているが・・・」

 先程プラタに言われた事を思い出す。それと共に、手元の三日前に渡された紙に書かれている文字を目で追う。
 そこには、仰々しい言葉で建国しようと思い至った経緯や建国当初の話、それから今までの苦難などが書かれているが、それを読んでこれは誰の話だろうか? とつい思ってしまった。流石に虚飾が過ぎる気もするが・・・まぁ、真実を知っている者自体が少ないからな。
 それと、ボクが国主である旨も強調されている。一応連邦と名乗ってはいるが、プラタ的には王国や帝国がよかったらしいし。というか、今もそのつもりのようだし。
 やはりそこを強引に決めたのは不味かったかなぁ。プラタは最初から専制政治を敷いている感じだしな。まぁ、実際国主に権力が集中しているし。いや、国主というかプラタにか。やっぱり、もうプラタが国主でいいと思う。
 はぁ。現実逃避は止めよう。とりあえず現実に目を向けると、もうすぐ建国祭が始まる。外から人の喧騒が届いていきているが、まだ始まってはいない。
 それにしても、外で過ごしやすい季節というか少し寒いぐらいの季節になったとはいえ、みんな元気だな。
 現在居る場所は、いつも過ごしている地下が在る拠点の最上階。目の前には開け放たれている大きな窓が在り、そこから大きく外に張り出した部分に出られるようになっている。
 そこに立つと真下に拠点の前庭があり、眼下には首都プラタの街並みが広がっている。拠点が建っているのが小高い丘の上なので、遠くまで街並みが見渡せた。
 天気は憎らしいまでに快晴。昨日までは少し曇っていたというのに、今日に限っては雲一つ見当たらない良い天気だ。抜けるような青空は、まるで祭りを祝福しているかのようにも思えてしまう。
 時刻はまだ朝。早朝というにはやや遅いかな? ぐらいの時間。そして、そろそろ出番である。
 汗で少し滲んでしまった紙の文字を目で追うも、文字の上を滑るような感覚を抱き、全く頭に入ってこない。

「どうしようどうしよう」

 それどころか、暗記していた言葉が頭の中から零れ落ちていくようにも思えて、段々と焦りが出てくる。もうここは開催の宣言だけしておこうか。ボクがそう思ったところで、出番を迎えた。
 ちゃんと歩いているのかも分からないふわふわした足取りで窓の外に出ると、一気に明るくなったような気がして目を細める。
 そのまま数秒立ち止まって明るさに慣れた後、更に進んで縁にある柵の前まで歩いていく。その頃には、僅かだが緊張が緩んでいた。
 縁近くの柵の前に立つと、眼下の様子がよく分かる。
 前庭には人が集まっているが、それほど多くはない。街の方に目を向けると、こちら側に向けて人が集まっているのが分かる。
 ボクの周囲には小さな球体が複数浮かんでいて、それが映し出した映像が各地に転送されて映し出だされているらしい。実際、眼下の街にもそれっぽい物が確認出来た。
 そして極めつけは、天空にでかでかと映し出されたボクの姿。それと同じような映像が各地に転送されているのだろう。それを思えば、一層緊張が増したような気がする。
 だが、あまりにも緊張し過ぎて、逆に落ち着いてきた気もしているので、もはや今緊張しているのかどうかも分からなくなってきた。
 これはいい事なのかどうかは判断出来ないが、緊張し過ぎていた先程よりは断然いい状態だろう。多分。
 左から右へとゆっくりと顔を動かして状況を確認すると、すぅっと息を吸う。もうプラタが用意してくれていた文章は覚えていない。紙は手に握りしめているので読めなくはないが、注目されている中で手に隠し持つ紙を見るのは止めておこう。そう思い、そっと紙を衣嚢の中に仕舞う。
 そうした後、眼下の人々をゆっくりと見渡しながら言葉を紡いでいく。





 正直、この時ボクは何を言ったのかあまり記憶にない。ただ、頭に浮かんだことをそのまま口にした気がする。
 後でプラタに話を聞いたところ、プラタが事前に書いていてくれた内容に影響されてか、若干お堅い表現が多かったようだ。内容としては、建国から今までの歩み。まぁ、ボクの場合はプラタの報告を基にしていたようだが。
 それでも結構しっかりと話せていたようで、聞いていた側も興味深かったらしい。その後に抱負のような事を手短に言った後、忘れずに建国祭の開催を宣言したとか。
 その様子は終始堂々とした態度に見えていたらしく、プラタ達からは素晴らしい開催宣言だったと称賛された。でもやっぱり、緊張し過ぎて自分で何を言ったのか全く覚えていないんだよな。

しおり