バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

管理者5

 そうして始まった建国祭。各街は普段以上の活気に満ちており、様々な催しにこの祭り限定の食べ物なんかも出ていたりと、とても楽しそう・・・らしい。
 らしいというのは、ボクは今し方プラタからその話を聞いたからだ。うん、まぁ、あれだけ盛大に姿を晒したのだから、外には出られないだろう。変装もあるにはあるが、あれも完全ではないだろうし、なによりプラタが許してくれなかった。危険はないだろうが、それでも普段以上の人混みなので、何が起きるか分からないからと。
 言っている事は分かるし、ボクも上から見たようなあんな人混みの中には入りたくはない。それでも少しぐらいは祭りの雰囲気を楽しみたかった。まぁ、無理なら無理で諦められる程度の好奇心ではあるのだが。
 さて、地上では皆が大いに楽しんでいる中、ボクは地下で変わらぬ修練の日々の再開だ。プラタは報告だけ済ませると、直ぐに戻っていった。流石に今日はいつも以上に忙しいのだろう。
 ここは地下なので喧噪が一切届かないから静かなものだ。それでも何となく熱気のようなものが上から感じるのは気のせいだろう。ここは拠点の地下二階だし。拠点の立地を思い出せば、もしかしたらここは拠点の周囲の街と同じ高さか少し下辺りなのかもしれないが。
 一緒に騒げないのを少々残念には思うが、直ぐに頭を切り替えて修練を開始する。もう少しで何か見えてきそうなんだよな。
 そんな事を頭の片隅で考えながら、魔法の修練を行っていく。現在行っているのは、別法則での魔法。とはいえ、見た目には同じにしか見えないのだけれども。
 進捗状況としては上々。まだそれほど階梯の高い魔法ではないが、実戦で使えるぐらいの仕上がりにはなっている。
 ただ、消耗が大きい。魔力の消耗は若干多いかな? ぐらいなので問題はないのだが、精神的にというか、情報の処理で頭をとても使うので、それが大変であった。
 それでも最初の頃よりは大分マシになってきてはいるのだが、まだ階梯の高い魔法までは手が出せないでいる。
 今回はもう少し上の魔法まで使えないかと思い試行錯誤しているのだが、成果としては手応えがあるような、ないようなといった感じ。何か掴めそうで掴めないとでも言うか・・・。
 中々に難しい。半分近くが吹き飛んでしまった的を眺めながら思案を巡らす。
 あの的は十日前後置いておけば元に戻るだろう。それよりも、処理の負担についてだ。
 魔法は問題なく行使出来るのだが、思った以上に処理の軽減が出来ていない。というのも、未だに簡略化出来る部分が少ないのだ。それに、定型的に処理するにもまだ情報が纏まっていないのであまり機能していない。
 情報収集はずっと行っているのだが、背嚢を基に構築したこの魔法は、大部分が不規則に法則を変えてしまうのだ。基礎部分から大きく逸れる訳ではないが、それでも定型的に処理するには不向き。
 だからこそ、さてどうしたものかと困っている訳で。

「うーん・・・ある程度は情報も集まったとはいえ、まだ足りていないしな。雛型を形成するにも、もう少し調べなければならないし・・・そうすると疲れるんだよな」

 はぁと息を吐き出す。それでもやらないという選択は無いのだが。
 そうと決まれば情報収集に重点を置いて、魔法を構築する際の情報処理を意識して丁寧に行っていく。それだけで普段以上に情報の量の多さが解るというもの。それだけ得られる物も多いが、逆に意識した事で、これまでどうやって処理していたっけ? と思う部分も僅かながら存在した。
 情報の方に意識を向けていたので、魔法の構築にはかなりの時間を要したが、丁寧に情報を処理して構築した分、とても奇麗な魔法が発現出来た。無駄が少ないと言えばいいのか、自画自賛のようだが、まるで芸術のような魔法を構築したものだな。
 それを暫し観察した後、事前に幾つか用意していた内の新しい的目掛けて魔法を放っていく。
 スッと滑るようにして的まで飛んでいく魔法を観察しながら、周囲の結界を強化しておく。加減しているとはいえ丁寧に魔法を構築した分、途中の魔力消費が少ないようだから。
 そう思い結界を強化したところで、的の一部を食いちぎって少し後方に飛んだところで、強化した結界に当たった。僅かに軋んだのを確認して、強化していなければヒビぐらいは確実に入っていたなと、疲れて息を吐き出した。
 それから休憩がてら的の交換を済ませた後、再度魔法を放つ。
 途中で保存食で昼食を摂ったが、一日中魔法の試行錯誤を繰り返して日が暮れていった。
 そうして夜中まで魔法の修練を続けて自室に戻った後、お風呂に入ってから、食欲が無かったので夕食は摂らずに就寝の準備をして直ぐに眠る。プラタは忙しいのか、戻ってはこなかった。





 翌朝目を覚まして少し頭を起動させた後、ゆっくりと寝台から降りる。

「プラタは・・・戻っていないな」

 室内を見回し、目的の人物が居ない事を確認する。という事は、今日の朝食も保存食だろう。
 顔を洗って朝の準備を整えると、椅子に腰掛けて背嚢から保存食を取り出す。
 それを食べながら、今日の予定を考えた。といっても、今日も昨日の続きを行うだけなのだが。





 一度兵の様子を確認しなくては。そう思い至っためいは、死後の世界に来ていた。
 そこには、ヘカテーの作戦の為に用意されていた兵隊候補の死者達が集められている区画が用意されていた。度重なる要請に迅速に答える為に、戻ってきた死者諸共かなりの数の死者達が集められている。
 大都市と言っても過言ではない規模のその区画は、果てが見えないほどに広大だ。そこに現在の生者の世界よりも多い数の死者が犇めいているというのだから、最早都市ではなく国だろう。それでも死後の世界全体で見れば微々たるもの。
 その規模に呆れながら、めいは区画の中へと入っていく。
 死後の世界はかなり広大なうえに細分化されているので、狭い範囲にこれだけの数が集まっている場所というと限られている。それを個人の作戦の駒とする為だけに用意したとなると、流石にこの場所だけだ。

「随分とまぁ、好きにやっていたのですね」

 死者が犇めく区画を見渡しながら、めいは呆れたように呟く。その呟きの中に微量に感心も混ざったのは、めいではここまで思いきった事はしないからだ。それは死後の世界を含めた管理者故にやりにくいという側面もある。

「さて、話には聞いていますが、どれぐらいの魂が修復不可能にまですり減っているのやら。実際にここを目にすると、数千数万程度では利かなそうな気がしてきますね」

 疲れたようにそう口にすると、めいは周囲を見ながら遠くに見える、大きな山か堅牢な防壁かと言わんばかりに高く大きな建物を目指す。
 あまり知られてはいないが、死後の世界とは簡単に言うと、魂を再利用する為に適切に処理していく施設である。
 死んだ者の魂はこの死後の世界までやって来ると、魂に刻まれている生前の罪の重さによって、世界が自動的に選別していく。
 その後、個々人の罪の重さに応じた環境で過ごしながら、魂から力を抜き取っていくのである。
 この作業は急ぎ過ぎると力が変質し、無駄も多く出てしまうので、どうしても時間が掛かってしまう。この作業は早くとも十数年は掛かり、目安としては五十年から百年ぐらいだ。しかし、罪が重いとそれ以上の年月を要してしまう。魂が穢れているとまずはそれを浄化しないといけないので、汚れが酷い分、浄化に余計に時間が掛かってしまうのだ。
 そうやって清めた魂から力を抜くと、魂の抜け殻は死後の世界に溶けていき、死者もやっと消滅する。抜いた力は暫く死後の世界を循環した後、新たな魂に注がれて生者の世界で再誕するのだ。この時には前世の記憶は消滅しているので、新品の魂となっている。
 そういった循環とは別に、ヘカテーが行ったように、死者を生前のままに蘇らすという方法がある。後は死者蘇生の魔法も存在するが、これは元々抜け道を利用した魔法であり、今までは死後の世界の管理者が知りながらも黙認していたに過ぎない。めいに言わせれば、職務怠慢の愚かな所業だ。
 それはさておき、正式な手続きを踏んだとしても、ヘカテーの方法で死者を蘇らせると魂がすり減ってしまう。最初の数回程度は大した事はないのだが、何度も繰り返していく内にすり減る速度が上がり、最終的には魂が壊れて消滅してしまう。
 魂がすり減ると、記憶と知性が無くなっていく。完全に管理下に置かれているので、最終段階までその状態が悪化しても簡単な言う事は聞くが、もう元に戻すことは出来ない。
 すり減って消滅した魂は世界に溶け込んでいくが、馴染むのにかなりの年月を要し、尚且つ馴染むまではその溶けた魂は毒となる、
 生者の世界にには魔力の濃淡が存在するが、それが出来てしまう原因の一つがこれであった。めいが管理者の地位につく以前までは、死者の管理が結構杜撰であった。
 なので、魔力が濃すぎる場所には幽霊が発生してしまう場合があるが、これは消滅した魂や、魂から力を早めに抜き取ろうと強引な方法を採った際に取りこぼして無駄になった力などが原因となっている場合も多い。
 そういった害もあるので、死者と生者両方の世界の管理者としては、あまり歓迎出来なかった。
 では、どうして今回のヘカテーの強行とも言える作戦をめいが何も言わなかったかだが、それは単純にめいが知らなかったから。
 信用して任せていた部分もあるが、最近は特に仕事量が増えていたのも気がつかなかった原因。では、知っていれば止めていたかと言えば、実はそれも微妙なところ。世界に害はあるが、それぐらいしなければならないぐらいにソシオの存在が大きくなり過ぎていたのだ。
 もっとも、ヘカテーの作戦で魂が一つでも消滅したかと言えば、それは今のところは無い。いくら積極的に蘇らせていたとしても、魂が消滅するまで蘇らせるほど時間的な余裕は無かった。正式な手順を踏んでいる以上、十回やそこら程度では魂の消失まではいかない。
 ただし、それだけやれば修復困難なほどの壊滅的な損傷を魂が負う可能性が極めて高く、めいとしてはまずはそちらの案件を処理しなければならなかった。兵を集めるにしても、最初に行うのはヘカテーの作戦の後始末。
 ある程度は事前に振り分けさせていたとはいえ、ヘカテーの作戦に関わった膨大な数の魂を一つ一つしっかりと状態の確認をしなければならないだけでも、どれだけの時間が掛かる事か。それにめいでしか行えない魂の修復や処理などの作業も加わるので、それを考えためいは、思わず大きなため息を吐きそうになったのだった。
 区画の奥の方に建つ一際大きく高い建物。それはヘカテーの為に設けられた区画の管理を担う場所として建築された建物であった。
 五階建てのその建物は、天を貫かんばかりに高く、幅も果てしなく続いているので、近くで見ると壁のような威圧感がある。
 色は青みがかった灰色で、金属のような光沢がある。光を反射して白みを帯びる様はまさにそれだろう。
 一階一階の高さが高いようで、建物の中に入っても屋内といった圧迫感を感じる事はない。
 死後の世界は種族も様々なので、種族として最も大きい巨人にでも合わせたのだろう。もっとも、巨人はそこまで多くはない。あれらはとても長寿なうえに種族としても強いので、そうそう死なないのだ。死後の世界に来る巨人は子どもか老人が大半。
 それでも全く居ない訳ではないので、通例的にそうしたのだろう。めいはこの区画に巨人が働いているとは聞いていないが。
 大きな正面玄関からめいが建物内に入ると、少し先に集まって何事か話し合っていた一団がめいに気づいて慌てて近寄ってくる。それを見てめいは記憶を辿ると、直ぐに代行者の者達である事を思い出す。ただ、報告で受けていた人数よりも明らかに多かった。
 報告には出てこなかった代行者達の顔を見て、めいは現在居る区画の近隣の区画を任せている代行者達である事に思い至る。しかし、近隣の区画と言っても結構な距離があるので、めいのように気楽に行き来は出来なかったはずだった。
 その事を疑問に思ったものの、それは相手に直接訊けば解決する事なので、まずは挨拶をしておく。めいにとって代行者達は替えの幾らでも利く下っ端ではあるが、それでもこれから行う膨大な作業を思えば、それぐらいはしてもいいかと思えたのだ。

「よ、ようこそいらっしゃいました。我らが主様!!」

 めいの近くまでやってきた代行者達は跪くと、その中からこの区画の代表が震える声で挨拶を行う。震える声音を誤魔化すように大きな声でそう言うと、それに続いて他の代行者達はより深く頭を下げる。
 全員めいの御前という事で、かなり恐縮していた。

「皆さんおはよう御座います。これから世話になります」
「そんな滅相もない!! 我らが主の為でしたら、我ら如何様な事でも行いましょう!!」

 これからの作業と今までの心労が重なり、挨拶してもいいかという気分になっただけのめいの言葉に、代行者達は益々委縮してしまった。
 とはいえ、めいとしてはやる事さえ過不足なくやってくれればそんな事はどうだっていいので、まずは気になっていた事を問い掛ける事にする。

「それで、見たところ報告に無い代行者も居るようですが?」

 そう、めいがただ疑問を口にしただけで、代行者達は一斉にびくりと肩を揺らす。特に該当者の反応が大きい。
 それは単純にめいを恐れているだけなのだが、傍から見ればやましい事が上に露見した瞬間のようにも見えた。
 もっとも、めいとしてはこんな反応にも飽きているので、気にせず返答を待つ。納得がいくのであれば別に罰するつもりはない。
 それに、そもそもめいは代行者にはそれなりに自由を与えているので、仕事に支障がない範囲であれば、他所の区画に遊びに行ったとしても問題はないのだ。
 めいの指摘を受けたこの区画の代行者は、覚悟を決めたような声音で言葉を紡ぐ。

「その者達は、近隣の区画を管理している者達でして」
「ええ。それは把握しています。問うているのは、何故ここにその近隣の代行者達が居るのか、距離があるのにどうやってここに来たのかという事です」
「それでしたら、まずここへは転移を使用してやってきています」
「転移?」

 その答えに、めいはどういう意味かと眉根を寄せる。
 めいは代行者達が生前どうだったのかに興味はないが、死後の世界に於いてめいは一部の者を除き転移を許可していない。そして、その一部の中に代行者は誰一人として含まれていない。
 なので、転移で来たというのはどういう意味かと疑問に思ったのだ。死後の世界の管理者たるめいが許可していない以上、転移を使用しても発動しないはずだが。

「はい。ヘカテー様が死者の補充をより迅速に行えるようにと、ここと近隣の区画に転移地点を設置されました。そして、ヘカテー様より代行者に限り、その転移地点の使用を許可して頂いております」
「ふむ」

 代行者が語った理由に、めいはそれならば転移は可能かと納得するも、同時に余計な事をと内心で呟く。今でもめいはヘカテーを信用してはいるが、今度復活した時には権限を少し制限しなければならないかと考えた。

「それとここに居る理由ですが、我らが主様にご挨拶をという御伺いのついでに、仕事を手伝いに来たようです」
「なるほど」

 めいは頷くと、内心でヘカテーへの制裁を止める事にする。今は使える人手は幾らでも欲しいところなので、その援軍というのであれば歓迎しようと思ったのだ。
 とはいえ、それでめいの仕事が減るのは僅かでしかない。しかし、現在膨大な量の仕事を抱えているめいにとっては、その僅かの差が結構大きかった。

「しかし、それで本来の管轄の仕事が滞るようではいけませんよ?」

 それでも、確認すべきところは確認せねばならない。今は少しでも人手が欲しいとはいえ、それで本来処理しなければならない仕事が滞ると、逆にめいの仕事が増えかねないのだ。
 今回はヘカテーの後始末だが、それが遅れた事で及ぶ影響はそれほど大きくはない。しかし、元々の死者の管理という仕事が滞ると、及ぶ影響は小規模ながらも地味に後に響いてしまうのだ。そうやって連鎖的に仕事に遅れが生じ、最終的なしわ寄せがめいのところに来ては意味がない。
 なので、目の前の僅かな楽を棄ててでも、その確認を怠る訳にはいかなかった。

「それは御安心を。しっかりと先の分の処理まで終え、残してきた部下達にもそれぞれ指示を出してきたようですので」
「それならばよいのです」

 返ってきた答えが問題ない。という事は、このまま手伝わせてもいいという事。それであれば手加減する必要もないだろう。向こうから是非にも手伝いたいと言ってきているのだ、遠慮せずにこれでもかと仕事を回せばいい。
 そう決めためいは、頷いた後に用意させておいた資料が置かれているという場所へと案内させた。
 案内された場所は、会議室のようなかなり広い場所。
 その部屋には(うずたか)く積まれた資料の山が大量に出来ていた。その光景だけでやる気が削がれるというもの。しかし、ここで諦める訳にはいかない。そう自分に言い聞かせて、めいは手近な資料を手に取る。
 手に取ったそれには、名前や所属区画などがずらずらと書かれていた。これはヘカテーが用意した死者の名簿。
 資料の山をよく見れば、幾つかの固まりごとに少し間隔が空けられて置かれているのが解る。それらの幾つかを適当に選び上の資料に目を通してみると、所属区画別に蘇生させた回数で分けられた固まりであった。
 結構な回数を蘇生させているので、一区画内の分けられた固まりだけでもそれなりの数がある。
 めいは代行者達に指示を出して、まずは各固まりを残っていた魂の力の量別に分けさせる。それだけでも重労働だが、今後の調整の為にも必要な事だ。
 それを代行者達に任せた後、めいは代表の代行者に案内させて、まずは建物の屋上に出る。
 そこはとても高い場所ではあるが、空を飛べるめいにとってはどうという事はない高さ。それでも区画内で最も高い建物なので、区画全体を見渡すにはちょうどいい。いや、贅沢を言えばもっと高い場所がよかったのだが。ないのだからしょうがない。
 屋上に出た後、めいは案内させた代表の代行者を資料の整理へと戻してから自身は屋上に座り、改めて周囲を見回す。
 そこは柵など無い狭い場所で、何も置かれていないので見回す視界を遮る物は何も無い。
 視線の先には整然と立ち並ぶ似たような造りの平屋と、道を行き交う人々。
 まるで何処かの街のような光景だが、そんないい場所ではない。見る限りでは住民は普通に暮らしているようだが、それでもちゃんと個別の罪に応じて罰が課せられており、過ごしやすさは人によって大分異なっている。
 その苦しみは、生者の世界で普通に過ごしていた時間が如何に大切で尊い時間であったのか、というのを教えられているようであった。もっとも、死後の世界にそんな意図はないのだが。
 各人が感じている苦しみは、単に魂を浄化して力を抽出するのに必要な苦しみというだけだ。魂に刻まれた罪が軽いほどに浄化も力の抽出も容易になるので、その分苦しみは少ない。
 そんな人々の様子を確認しためいは、この街が魂の損耗具合によって、大まかにではあるが区分けされている事に気がつく。

「これならば少しは仕事が減りそうですね」

 そう呟いた後、めいは意識を集中させる。
 屋上で行う作業は、魂の修復。それが不可能であれば、統合して魂を一つにしてしまう。それさえ不可能であれば、もう自力で力として分解した後に、分解した力を世界の循環に戻すしかないだろう。
 それらの事は管理者にしか出来ない為に、この作業は他の者に任せることは出来ない。膨大な数の魂を一つ一つ確認してから振り分けて処理していくというのは、それだけで重労働だ。魂の損耗が軽微であれば、そのまま放っておいてもいいのだが。
 この作業にはかなりの集中力が必要なので、上から見下ろしながらの方が魂の確認がしやすいとはいえ、空を飛ぶことは出来ない。そこに割く余裕がないのだ。
 めいはまず事前に用意していた魔法道具を自分の周りに配置し、自身を護る強固な結界を施す。それと共に、結界の内外で音を遮断して邪魔が入らないようにする。視界は魂に焦点を合わせているので、目の前に立たれても相手の魂しか視えない。それであれば意識して視界から外す事も可能なので、そこまで問題ではなかった。
 それでも念の為に床に在る屋上への入り口を封鎖しておき、周囲に迎撃用の魔法道具も設置しておく。その魔法道具はめいお手製で、容赦は微塵もない出力をしている。
 そうして一通り準備を整えると、めいはまず魂の損耗の激しい魂から視ていく。後回しにして魂に限界が来たら、それはそれで面倒だと判断したが故に。それと最も面倒な部分なので、気力がある内に済ませておきたかった。という理由もあった。
 そうして損耗の激しい魂を目にして、めいは内心で溜息をつく。予想以上に惨憺たる有り様だったのだ。
 報告を受けて、資料を読んだだけではここまで酷いとは思わなかったというのもある。勿論、それらから予測出来る結果よりも酷い状態を想定してはいたのだ。現実は更に酷い有り様だったというだけで。

(これでよく消滅までいっていないものです)

 報告では、まだ消滅した魂は一つもないという事であった。念のために事前に数を数えたらしいので、それは間違いないとか。
 数を数えるだけでも気が遠くなりそうだが、とにかく消滅は確認されていない。めいも自らの権能を用いて調べたが、その結果を裏付けるだけであった。
 つまりまだ魂は一つも消滅していないというのは疑いようのない事実だという訳なのだが、視界に映る魂はほとんど在って無いようなもの。魂からかなりの力が抜けているのが解る。
 そんな魂が集められているとはいえ、視界一杯に広がっている光景は世界の終わりのように思えた。

(修復はどれも不可能。統合も・・・これは全て無理そうですね。力を抽出して世界に還元するしかありませんか。どうやればここまで魂を壊せるのか不思議ですね)

 面倒だなと思いながらも、めいは作業を行っていく。
 何をしたのか報告を受けてはいるので、めいはどうやってここまで魂を壊したのかを知ってはいるのだが、それでも不思議に思うほどにボロボロだった。
 結果として、これから先に来る作業に思いを馳せそうになって、意識を強引に戻す。今は目の前の事に集中しなければと。
 まずは壊れかけの魂を一つ一つ丁寧に調べては保護し、残っている力を抽出して魂を抜け殻にする。壊れている状態では抜け殻も自然に分解されるのに時間が掛かるので、これもめいが手ずから力へと分解していく。
 そうして世界に還元すると、僅かではあるが力が世界に戻る。自然に行われるよりも還元出来る力の量は少し落ちるものの、それでもしないよりはマシだろう。放置して完全に壊れてしまうと、そもそも力が停滞してしまうのだから。
 それは魔力へ悪影響を及ぼしてしまうので、世界の管理者として放置は出来ない。一連の作業を一秒と掛からず行うも、それでも一秒にニ三個が限度。それを一日中かなり集中して行わなければならないので、体力は問題なくとも気力がもの凄い勢いで減っていく。
 それでも構わず集中する事で、別の事に意識が向かないようにする。途中で少しでも意識が逸れてしまえば、一度休憩しなければ気力が続かないだろう。
 めいがそうして魂を処理していき、丸一日が経過した。
 かなりの数の魂を処理したおかげで、壊れかけの魂も大分減ってきた。しかし、めいの視界には変わらず膨大な数の壊れかけの魂。視ただけでは昨日から減っていないように思えるほど。
 めいはそれに意識を向ける事無く、ひたすらに魂を処理していく。処理していく内にその作業にも慣れたのか、処理する速度が上がってきていた。
 それでも大量の魂を前には微々たるものらしく、めいは集中を切らすことなく、更に三日が経過する。
 流石にそこまで経過すると、無数にあった壊れかけの魂の数も目に見えて減っている、今では数えられるのではないかと思えるほどだ。
 めいの魂を処理する速度もかなり上昇していて、今では当初の倍以上の速度になっていた。そうして処理し続けて、やっとこさ全ての魂の処理が終わる。

「・・・・・・ふぅ」

 壊れかけの魂の処理が終わり、めいは一息つく。疲れを知らない身体だとはいえ、何だか疲れて身体が重く感じた。

「これでもまだまだ全体の半分にも満たないのですよね・・・二割・・・いえ、一割はありますよね?」

 急を要した壊れかけの魂の処理を終えためいは、屋上から周囲に視線を向けてげんなりとした声音を出す。
 誰に問うでもないその言葉には少し絶望したかのような響きが含まれているが、しかし、めいが後先考えずに全力全開で処理だけに集中して当たったならば、割とすぐに魂への対処は終わるだろう。多分一日か二日で全ての魂への対処が完了する。ただしそうした場合、最低でも一月はめいが使い物にならなくなるが。
 なにせヘカテーの為に用意された人数は、生者の世界の全人口以上。そして、その中でもっとも多い魂は損耗が軽微な魂。逆にたった今処理が終わった損耗の激しい魂は、もっとも少ない部類に入る。

「ま、まぁ、損耗が軽微であれば、不具合がないか調べるだけで終わりますから、先程までのよりもかなり楽出来ますが」

 暫くの間座ったままボーっと休憩しためいは、ゆっくりとした動作で立ち上がり、周囲に設置した魔法道具を回収していく。
 自分が疲れているのを自覚しているので、めいは全ての魔法道具をしっかりと回収したのを何度も確かめた後、屋上から建物の中に入る。流石にあれから十分な日数が経過しているので、自分と違い複数人で取り掛かっている資料の振り分けぐらいは終わっているだろうと思い、めいはそのまま最初に案内された会議室へと足を向けた。

しおり