こんにちは赤ちゃん その1
コンビニおもてなし4号店が好調な滑り出しになって僕としても安堵しきりだったわけですけど、これはやっぱりララデンテさんのおかげって部分がかなり大きいように思うわけです。
まさかララデンテさんが、この周辺の人々から神様みたいな感じで崇め奉られている人……あ、いや、幽霊か、
「だから思念体だってば」
ララコンベ温泉饅頭を店頭販売しながらそう突っ込んでくるララデンテさんに視線を向けながら、とにかくそんな人が姿を現してくれたおかげで、この店のみならず辺境都市ララコンベの温泉街までもが一気に活性化していったわけですから。
僕がそう言うと、ララデンテさんは
「あたしゃきっかけにすぎないよ。
あんたや街の人達がさ、頑張って温泉や街道を整備してなかったら、そもそもこんな田舎の都市にこんなに人がこれるわけがないんだし、それ以前にこの店の温泉饅頭の匂いがなかったら、アタシが目覚めることもなかったんだしさ」
そう言いながらアハハと笑ってくれました。
なんというか、えらく気さくな神様もどきさんなわけです、はい。
そう思っていると、スアが何やら半目になりながら
「……あの、飲んだくれの、のんべんだらりんが、神?」
なんか、そんなことをボソッと呟いたんですけど……あれ? やっぱりスア、ララデンテさんのことを知っているのかい?
ララデンテさんがまだ生身の体を持ってて、門の守護者をしていたのって、今から数百年前のはずなんだけど、その頃からスアは……
僕がそう言いかけると、スアは激しく慌て始めて
「……そう、わ、私の曾祖父、だったっけ? かな? がね、一緒に魔族を討伐したの……私、その話を聞いただけ、私じゃない、違う、うん」
一生懸命そう説明してくれたんだけど……気のせいかこないだは曾祖母が、って言ってたような……
「……そう、曾祖母もね、うん、一緒に……」
なんかもう、アワアワし過ぎて、頭から煙を吹き出しそうなほどに慌てふためくスアなんですけど、これ以上からかうとさすがに可哀想だし、お腹の赤ちゃんにも影響があったらあれなんで、この話はここまでにしておこうと思います。
◇◇
「パパ、なんかかゆいです……」
この日、コンビニおもてなし4号店の仕事を終えて帰宅すると、出迎えてくれたパラナミオが僕に抱きついたあとにそう言いました。
おそらくあれです、脱皮です。
パラナミオは、今は人の姿をしていますが、本当の姿はサラマンダーです。
で、まだ子供のサラマンダーのパラナミオは脱皮しながら成長していくんですけど、先日その脱皮が始まり、2度目の脱皮の時期になったんだと思われます。
で、この脱皮ですけど、人の姿ではなくサラマンダーの姿にならないと出来ないんですよね。
で、まだ子供とは言えパラナミオがサラマンダー化すると全長で3m近くになるわけです。
なので、家の近くでそのサラマンダー化されると、ちょっとあれなので……スアが自分の使い魔達を住まわせている使い魔の森へと移動していきました。
このスアの使い魔の森は、スアが魔法で世界と世界の狭間に小さな空間を作り出していまして、その中に自然豊かな世界を作り出しているわけです。
で、スアの使い魔の森へと移動したパラナミオは
「じゃあ変身します」
そう言うと、服を脱いで四つん這いになっていきました。
こうして無邪気に僕の前で全裸になったり、一緒にお風呂に入ってくれるのって、いつまでしてくれるのかなぁ、と、男親独特の複雑な心境を胸に抱いたりしている中、パラナミオの体は、サラマンダーのそれへと変化していきました。
服を脱いだのはですね、服を着たままだと巨大化したときに着衣が全部破れちゃうからなんですよね。
で、久々にサラマンダー化したパラナミオの姿を見て、僕もスアもびっくりです。
前回は確か全長で3m程度だったはずなんですが、今日のパラナミオは明らかにそれより大きくなっています……全長5mは越えているような……
そういえば、先日尋ねて来たサラマンダーのサラさんの話だと、鱗の脱皮が始まると成長が早くなるみたいなことを言ってたような気がします。
しかし……一回の脱皮でここまで大きくなるんだなぁ。
僕が、そんなパラナミオの成長ぶりに感動している中、パラナミオは自分の体をブルブル震わせ始めました。
その度に、体の表面を覆っている鱗がボロボロ落ちていき、その下から真新しい鱗が姿を現してきます。
スアは、そんなパラナミオの体に魔法で水をかけてあげています。
この水のおかげで、脱皮したばかりで滑っとしていたパラナミオの体の表面が綺麗に洗われています。
そうして洗われるのが気持ちいいらしく、パラナミオはゴロゴロと喉をならしながら、その頭を僕とスアの方へと向けて来ました。
……思えば、パラナミオって
山賊に捕まっていて、そこでこき使われてたんだよなぁ……あのときのパラナミオは、サラマンダー化してても、ちょっと大きな馬くらいの大きさしかなくて、木人形のエレに歯が立たなかったんだ。
そんなことを思い出しつつ、パラナミオの頭を撫でていると……あれ? スア、どうした?
パラナミオに水をかけていたスアが急にその場にうずくまりました。
僕が慌てて駆け寄ると、スアは真っ青な顔をしています。
僕はそんなスアを抱き上げました。
「ママ!? 大丈夫ですか!?」
パラナミオも、慌てて人型に戻って心配そうに駆け寄って来ます。
「ど、どうなされましたのじゃ!」
すると、異変を察知したらしい、タルトス爺ら、スアの使い魔達が森の方から大挙して……ちょ!? それ来過ぎだって!? ってぐらい駆け寄って来ています。
で、そんな中、スアは僕の顔に手を伸ばして言いました。
「……う、産まれそう、かも」
え?
ち、ちょっと待ってください。
スアはですね、確かに妊娠していましたよ。
胎児の様子を一緒に魔法で見ましたよ。
ですけどね
そのお腹って、ほとんど膨らんでないんですよ。
ホントに、順調に育っているのかどうか心配してたほどだったんですけど。
で、ですね、僕はスアを抱っこしたまま、あわあわしていたんですけど
「はいはい旦那さん、こういうときは女の出番ですわよ」
そう言いながらキキキリンリン達、使い魔の女性陣達が大挙して僕の側へとやって来まして、
「はい、男共はどっか行きな!」
「産湯をもってきてぇ」
「綺麗なタオルは万全なのね!」
「はい、旦那さんとパラナミオちゃんはスア様の手を握ってて」
と、まぁ、テキパキあれこれこなしていってくれまして……
で、肝心のスアはといいますと、
「……ふ、ふぬぅ……」
なんかですね、顔を真っ赤にして体中を強ばらせていましてですね……あ、これやばいパターンだったはずですよ。
「スア、体を楽にして、ほら、大丈夫、僕やパラナミオやみんながついてるから」
僕はそう言いながら背中をさすっていきました。
すると、スア、顔を強ばらせたまま、コクコクと頷くんですけど、全然大丈夫そうではありません。
そんな中、スアは腰の魔法袋から何やら取り出しました。
……魔法薬?
「……こ、こんなこ……あろ……あか……」
痛みのあまり途切れ途切れなスアの言葉ですが、察するに
『こんなこともあろうかと、赤ちゃんにも無害な鎮痛用の魔法薬を作っておいた』
って、ことかい?
僕がそう言うと、スアは再びコクコクと頷いて、その魔法薬の蓋を開けようと……
してはいるんですが、体中が強ばってるせいで、まったくうまくいきません。
瓶を両手で持ったまま、ガクガク震え続けているわけです。
僕は、そんなスアから魔法薬の瓶を手に取ると、蓋をあけてぐいっと口に入れました。
それを見たスア、目を丸くしています。
「旦那さんが飲んじゃダメじゃん!?」
お産を手伝っている蜘蛛の使い魔の女が声をあげています。
で、みんなが見守ってる中、
口の中に魔法薬を溜めた僕は、そのままスアに口づけていきました。
えぇ、口移しで薬を飲ませようとしているわけです。
で、その意図をようやく察したスアは、目を閉じて僕の口から送り込まれていく薬をゆっくり飲み込んでいきます。
コクン……コクン
スアのペースに合わせて、ゆっくりゆっくり送り続けていくと、スアの体は見る間にリラックスしていきます。
それに合わせて、スアは僕の首に腕を回して、そのまま薬を飲み続けていたんですが……僕の口の中の薬が全部なくなってですね、僕が離れようとすると
「……まだ、だめ」
そう言いながら、改めて僕の頭を抱き寄せて、改めてキスをしてきましてですね……
この30分後、
スアは、無事元気な男の子を出産しました。
ちなみに、産まれるまで僕とスアは口づけたままで、
パラナミオは、そんな僕達を抱きしめていました。
「スア、よく頑張ったね」
僕がそう言うと、スアはニッコリ微笑んで
「……出産がよくわかったから、次はもっと楽に産める、よ」
そう言いました。
そんな僕らの横で、パラナミオは産まれたばかりの赤ちゃんを嬉しそうに見つめています。
「パラナミオも、これでお姉ちゃんだね」
僕の言葉に、パラナミオは嬉しそうに微笑んでいました。
その、産まれたばかりの赤ちゃんを一目見ようと、森からスアの使い魔達~男連中が駆け寄って来ています。
僕とスアの子供は、こんなにたくさんのみんなに祝福されてるんだ。
そう思うと、なんか僕は、胸に熱いものがこみ上げてきました。