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リグドと酒場

 翌日朝。
 リグドは酒場の厨房にいた。

 カウンターに10席

 テーブル席が10席
 基本4人がけだが、椅子を追加して8人まで座ることが出来る。

 そんな店内のカウンター席にクレアとカララが座っていた。

「……ちゅうわけで、今夜から酒場を再開しようと思ってるんだ」
 料理を作成しながら、ニカッと笑うリグド。
「まぁ、そうなんですね!」
 カララは、リグドの言葉に笑顔を浮かべた。

 エンキ達チンピラに酒場を占拠されてから2ヶ月と少し。
 その間、店を閉めざるをえなかっただけに、酒場の再開はカララにとっても感慨深かった。

「で、店で出す料理なんだが……」
 そう言うと、リグドはクレアとカララの前に料理を並べていく。
「まぁ、こんな感じの物を出そうと思ってる。酒場だけに当然メインは酒になるが、料理も美味くねぇと話にならねぇからな」
 次々に並べられていく皿を前にして、クレアとカララは思わず立ち上がり、料理を見つめていく。

「さ、さすがリグドさん、すっごい美味そうっす。どれもすごく良い匂いっす」
 歓喜の表情を浮かべているクレア。
 いつもの無表情な姿からは想像出来ないほど、その顔は喜びに満ちあふれていた。
 
「すごいお上手です~……本当に美味しそう!」
 カララもまた、その顔に歓喜の表情を浮かべ、顔の前で両手を合わせていた。
 今まで、酒場の料理を自分で作っていただけあって、料理には少し自信を持っているカララ。
 そのカララの目をもってしてもリグドの料理は美味しそうなことこの上なかった。

 リグドの料理は、どれも見た目はシンプルだった。

 肉を焼いたもの。
 野菜を炒めたもの。
 肉と野菜を煮こんだもの。

 それだけ聞けば、どこにでもある料理に思えてしまう。

 だが

 その獰猛さゆえに討伐が難しく、なかなか市場に出回らないタテガミライオン
 小山ほどの大きさと凶暴さのため、2,30人がかりでやっと1頭討伐出来るかどうかというデラマウントボア
 
 そんな、入手が困難な素材を惜しみなく使用し、素材の味を味わってもらう趣向になっている。

 また、焼いた肉の上には、リグド特性のソースがかかっている。
 それぞれの肉を焼いた際、フライパンの中にしみ出した肉汁をベースに、酒と調味料で味を調えてあるそのソースは、肉の味をグンと引き上げていた。

 その料理に付け合わされているのが、自家製のパンである。

 スライスされたパンに、バター・ガルリックと呼ばれている少々臭いがきついものの味が良く栄養価の高い野菜のすりおろし・オルリーブという木の実の油を混ぜ合わせたものを塗り、フライパンで焼き上げてある。
「このガルリックトーストはよ、傭兵団で料理番をしてた頃から俺自身もお気に入りでね、団員達にも好評だったんだぜ」
 ニカッと笑うリグド。
 その言葉に促されるようにして、カララはそのガルリックトーストを口に運んだ。
「……まぁ」
 一口、口にすると口内にパンの味が広がっていく。
 ガルリックが舌を刺激し、口内に唾液があふれ出させていく。
 噛みしめると、バターと油の味が絡み合ったパンの旨みが口の中一杯に広がっていく。
「お、おいしいれふ……こんな料理始めてたべまひた」
 いつもはお行儀よく食事をするカララをして、口に食事を運ぶ手を休ませないリグドの料理。

 その横では、クレアが料理を次々に平らげていた。

 そんなクレアの姿に苦笑するリグド。
「おいおいクレア。試食用ってことで一品一品を少なめにしてあるんだ。オーナーのカララに味わってもらわなきゃならねぇんだから少しは残しとけよ」
「……う、うっす」
 リグドの言葉に、大皿ごと平らげようとしていたクレアは、慌ててその皿をカウンターに戻していった。

 元々料理好きで、傭兵団時代には野営の際の料理番を自ら買って出ていたリグド。
 本来、リグドほどの重鎮ともなれば料理をすることなどありえない。
 むしろ、周囲の若手が止めるはずである。

 しかし

 リグドの料理があまりにも美味しいため、誰もがその料理を楽しみにしており、その結果、誰一人としてリグドの料理番を止める者はいなかったのである。

「……相変わらず……リグドさんの料理、最高っす……」
 口をモグモグさせながら、リグドに向かって何度も頷いているクレア。
 その尻尾が歓喜の気持ちを表すように左右に振られている。

 カララも、一心不乱に料理を口に運んでいた。

 この半月。
 しっかり休養をとれたこともあり、カララは随分健康な顔色になっていた。
 気持ちふっくらとしてきており、見る者に健康的な印象男与えている。
 
「最近は体調がとってもいいですので、私もお店にでて頑張りますね」
 嬉しそうに微笑むカララ。
「あぁ、頼りにしてるよ、でも、くれぐれも無理なくな。俺とクレアがいるんだし、まぁ、なんとかやってみるさ」
 そう言うと、リグドはニカッと笑った。

 リグドに酒場を経営した経験はない。
 それでも、料理と酒をこよなく愛している彼は、自分が傭兵団を引退したら酒場を経営しながら余生をすごそうと心に決めていた。
 そのため、知り合いの酒場の親父などに、ことあるごとにアドバイスをもらったりもしていた。

 今回、この地では入手が困難な食材を取り寄せたのも、そのアドバイスによるものである。

『他の店と同じ料理を出してたら、そりゃ後発の方が不利だ。そういう時は、他の店が出していないような料理を1品でも2品でも準備するんだ』

 そのアドバイスに従って準備した食材。
 それをリグドが調理した料理を、クレアとカララは一心不乱食べ続けている。

 ……どうやら、うまくやってけそうだな

 その姿を前にして、リグドは満足そうに頷いた。

◇◇

 その夜……

 酒場の入り口に魔法灯の灯が灯った。

「……しかし、ホントによかったんで? 店の名前を変えちゃって」
「えぇ、この酒場の新規開店ですもの」
 リグドの言葉に、カララは笑顔で頷いた。

 その言葉どおり、魔法灯が照らしている真新しい看板には、

『リグドの酒場』

 と、新しい店名が刻まれていた。

 口には出していないものの、カララにとって店名の変更は。エンキ達に占拠されていた嫌な過去を消し去る意味も含まれていた。

 自分の店を持ちたいと思っていたリグドにとっても、これはありがたい申し出であった。

「ありがとうございます。しっかりこの店、経営(や)らせてもらいます」
 そう言うと、リグドはカララに向かって軽く頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 リグドの言葉に、笑顔で頷き返すカララ。

 リグドは、シャツにオーバーオールというラフな出で立ちながら、その太い首に蝶ネクタイをつけている。

 カララは、フリフリの多くついたメイド風の衣装。

 クレアは、タンクトップにスラックスという、動きやすさを優先させた服装を身につけている。

 そんなクレアの姿を見つめながら、リグドは少し首をひねっていた。

 ……いや、確かにイカしてるんだ……スラッとしてて、胸のでかいクレアだしな、あの服装はなかなかのものなんだ……だが……

 その視線がクレアの胸元に移動した。

 しばらくクレアの豊満な胸を凝視していたリグドは
「クレア、店に出る時はこれを着とけ」
 そう言うと、薄手のジャケットをクレアに手渡した。
「はぁ……リグドさんがそう言うのでしたら」
 その意図を理解出来ていないものの、クレアは言われたとおりそのジャケットを羽織っていく。
 そのおかげで、クレアの胸がジャケットで隠された格好になっていく。

 その光景に、満足そうに頷く頷くリグド。

「よし、じゃあ開店といくか」
 

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