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リグドと、一騒動

 一度、店の前に移動したリグド・クレア・カララの3人。
 リグドが扉に向かって頭を下げた。
 それを受けて、クレアとカララも続いていく。

 扉に向かって、祈りを捧げていく3人。

「……よし、はじめるとするか」
 顔を上げると、リグドは店の扉に「OPEN」の文字が書かれている看板を掲げた。
 互いに頷き合いながら店に入ろうとする3人。

 その時だった。

「……ん?」
 リグドは、立ち止まると街道の方へ視線を向けた。

 街の中央部の方が何やら騒がしい。
 逃げ惑う声や、悲鳴らしきものが遠くから聞こえてくる。
 
「……リグドさん、自分、見てくるっす」
 クレアが身構えていく。

 傭兵団時代、人犬族特有の走力と嗅覚・聴覚を活かした諜報・索敵任務を得意としていたクレア。

 今にも駆け出さんとしているクレア。

 その肩を、リグドが掴んだ。
「……いや……どうやらその必要はなさそうだ」
 前方を凝視しているリグド。

 よく見ると、その騒動の主らしき一団が加速しながらこちらへ向かってきていた。

 何か大きな生物が暴れながら街道を走っており、人々が逃げ惑っている……そんな光景が認識出来る。
 まだ距離があるため、相手の種類や数まではわからなかった。

「クレア、お前は相手を見極めろ」
「うっす」
 クレアの返事を確認すると、リグドは酒場の中に駆け込んでいく。

 そんな中、
「え? え?」
 いきなりの出来事に困惑し、オロオロしながら周囲を見回しているカララ。
 そんなカララをリグドがいきなり抱き上げた。
「ふ、ふえぇ!?」
 顔を真っ赤にしながら、声をあげるカララ。
「危険だから、あんたは中に入ってな」
 カララをお姫様抱っこして店内に入ったリグド。

 椅子の上にカララを座らせると店の壁に駆け寄っていく。
 そこには壁の装飾として巨大な盾と弓矢が飾られていた。
 その両方を手に取ると、リグドは再び店外に駆け出した

 街道では、クレアが前方を凝視し続けている。
 
「どうだ、確認出来たか?」
 クレアに弓と矢を手渡しながら、自らも前方を凝視していくリグド。
「……一角犬(ホーンドッグ)が1頭と……流血狼(ブラッドウルフ)が……5頭っす、ね」
「一角犬に、流血狼か……」
 リグドは思考を巡らせていく。

 一角犬……
 山野を根城にしている雑食の魔獣。額に角があるのが特徴。
 全長3m前後に成長し、小型の魔獣や果物の実などを捕食する。
 性格はいたって温厚で、人種族や亜人種族は滅多に襲わない。

 流血狼……
 山野を根城にしている肉食の魔獣。
 全長1~1.5m前後に成長し、群れで狩りをする習性がある。
 性格はいたって獰猛であり、魔獣だろうが人種族だろうが亜人種族だろうがお構いなしに群れで襲いかかる

 ……普段大人しい一角犬があんだけ暴れてるってことは、あの流血狼共に襲われてこの街の中に逃げ込んできた、って、とこだろうな……
 流血狼共も、今は意識があの一角犬に向いてるからいいものの、一角犬(あいつ)を仕留めたら次は街の住人を襲い出しかねねぇ

「クレア、お前は流血狼を仕留めろ、一角犬は俺が止める」
「了解っす!」
 クレアは弓を携えたまま走りだした。
 人犬としての能力をフルに発揮し、街道の端を疾走していく。

 クレアの動きを確認したリグドは、
「さぁて、いっちょやるか」
 顔を両手で張ってから、巨大な盾を構え、その場で踏ん張っていく。

 一角犬と流血狼の一団はかなり近づいていた。
 一角犬は、自分の喉笛を狙って飛びかかってくる流血狼を角を振り回しながら必死に振り払いながら疾走し続けている

「ありがてぇな。あの角をまっすぐ向けて突っ込んでこられたら少々面倒だったからな」
 状況を把握したリグドは、全身に力をこめた。
 筋肉が隆起し、体毛が逆立っていく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 そのままリグドは、一角犬に向かって駆け出した。

 盾突進(シールドバッシュ)

 元重騎士であるリグドの十八番である。

◇◇

 一方

 すでに一角犬の近くにまで駆け寄っているクレア。
 一角犬の一団をやり過ごすと、その後方から再度追いかけ始める。

 その位置からだと、一角犬を左右から挟撃している流血狼の群れが全て視認出来た。

「……位置把握っす」

 クレアはその場で跳躍した。
 弓を横向きに構え、一度に5本の矢をセットしていく。

 右腕を限界まで後方に引き絞りつつ、左手で弓を目標に向かって固定している。

「……しっ!」

 ヒュン、ヒュヒュヒュ、ヒュン……

 クレアの弓から放たれた5本の矢が、空気を切り裂いていく。

 ギャウン
 ギャヒィ
 グウゥ
 グアア

 流血狼たちの断末魔の叫びが街道に響いた。

 クレアの放った5本の矢のうち4本が流血狼の急所をとらえ、流血狼たちを絶命させていく。

 だが

 残りの1本は、一角犬が振り回した角にあたり弾き飛ばされていた。

「ちぃ」
 それを視認したクレアは、落下しながら再度弓を引き絞っていく。

 だが

 一角犬が邪魔になり、クレアの位置からでは流血狼の姿が確認出来ない。

 着地すると、クレアは位置を変え、再度弓を引き絞っていく。

「……しっ!」

 ヒュン
 
 放たれた矢は、寸分違わず流血狼の後頭部を射貫いた。
 この流血狼は、声をあげることなく、その場に転がっていった。

 5匹目を仕留めたことを確認したクレアは、再び駆け出した。

 ……リグドさん

◇◇

 一方

 盾を前面に押し出し、突進するリグド。
 頭を振りながら突進してくる一角犬。

 その両者が、激突した。

 リグドの盾が、一角犬の横っ面を的確に捉えていた。

 そのすさまじい突進を盾で受けながら、それを全力で支えているリグド。
 筋肉が軋み、体ごと押し戻されていく。

 だが

「うおおおおおおおおおおお!」
 気力でそれを押し戻していくリグド。
 その盾が、一角犬の顔を押し込んでいく。

 このまま盾を振り抜けば一角犬の首の骨を確実に粉砕出来る。

 だが

 リグドは、あえて盾を振り抜くことなく、その動きを止めた。
「……これで大人しくしな」
 リグドは、左腕で一角犬の顎を殴りあげた。

 キャウン……

 一角犬は、悲鳴にも似た鳴き声をあげながらリグドの上に倒れこんでいく。

 ズシッ

 自分の1.5倍はあるその体を、リグドは担ぎ上げていった。

「……まだまだ俺も捨てたもんじゃねぇな」
 一度大きく息を吐くと、リグドは気絶している一角犬を見上げていく。

「リグドさん!」
 そこにクレアが駆け寄って来た。
「だ、大丈夫っすか? けけけ怪我はないっすか?」
 慌てた様子でリグドの全身を見て回りながら傷がないか確認していく。

「お、おいおい、大丈夫だって」
 そんなクレアに、リグドは笑顔を向けていく。
「俺を誰だと思ってやがる
「そ、それは、片翼のキメラ傭兵団の重騎……」
「馬鹿野郎」
「え?」
「お前の旦那だぞ?」
 再度ニカッと笑うリグド。
「……はい」
 その一言を受けて、クレアは安堵の表情を浮かべていった。

 街道の向こうでは、魔獣達が仕留められたことを確認したらしい街の人々が歓声が、徐々に近づいていた。

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