リグドと 大盤振る舞い その1
リグドは、気絶している一角犬を酒場の裏へと移動させていった。
「始末しなくてもいいんすか?」
怪訝そうな表情で、リグドを見つめているクレア
「あぁ、一角犬(こいつ)は本来大人しい魔獣だしな。意識が戻れば落ち着いているだろうから、そしたら街の外に逃がしてやりゃいいさ」
エンキ達の小屋の前に一角犬を置くと、リグドとクレアは改めて酒場の前に移動していった。
そんな2人を、街の人々の拍手と歓声が包んでいく。
「あんた達、よくやってくれた!」
「おかげで助かったよ!」
そんな声と割れんばかりの拍手に囲まれながら、リグドは軽く頭を下げていく。
「いや、別にあれっすよ、当然のことをしたまでっす」
愛想笑いを周囲に振りまきながら、時折右手を振っていく。
「それよりもあれだ、せっかくこんなに集まってくれたんだ。うちの店で飲んでってくれよ。今日のところは開店祝いってことでサービスしとくからよ」
リグドが、集まった人々にそう声をかけると、
「おいおい、街のみんなを救ってくれた英雄は、さすが太っ腹だな!」
「あぁ、じゃあちょっとお邪魔するぜ!」
皆歓喜の声をあげながら店内に入っていく。
「は、はわわ……い、い、い、いらっしゃいませ~」
いきなり大量のお客さんが店内に入ってきたため、店内から外の様子を眺めていたカララは大慌てしながら接客をはじめた。
店内に客を誘導しながら、リグドは、向かい側で客の誘導をしているクレアへ視線を向けた。
「クレア、ちょっと仕留めた流血狼を集めてくれ」
「うっす」
リグドの指示を受け、クレアは人混みを巧みにかき分けると、街道に散乱していた流血狼の死体を酒場の前に集めていく。
その間に、リグドは店内からテーブルや鍋、魔石コンロなどを持ち出し、店の入り口前に並べていく。
「リグドさん、言われた通り集めてきましたけど……」
クレアは、流血狼の死体をリグドの横に置き、怪訝そうな表情を浮かべている。
「おう、ありがとよ。じゃ、いっちょおっぱじめるか」
そう言うと、リグドは流血狼の死体をその場でさばきはじめた。
その周囲に、すぐに人だかりが出来ていく。
「さぁさぁお立ちあい。この流血狼ってのはな、唾液が血のように赤いとこから命名されてるんだが……」
客に向かって口上を述べながら、リグドは流血狼に包丁を入れていく。
途中、クレアに持ってこさせた樽の水で洗浄しながら、皮をはぎ、内臓を切り分けていく。
「この喉元にあるこの袋、ここから血の色の成分が分泌されてるわけだ。これは毒素を含んでるからな、これを食っちまったら死んじまうぞ。だからといって古女房を処分しようとか、早まったことを考えるんじゃねぇぞ?」
時折軽口を交えながら、集まっている人々に話しかけていくリグド。
その軽妙な口ぶりに、観衆から笑い声があがっていく。
「で、だ。そんな流血狼なんだが……ほれ、みてのとおり美味そうな肉をしてると思わねぇか? 何しろこいつは、王都でも最上級としてもてはやされている、あのタテガミライオンの肉と並び称される……ってのは、ちと言い過ぎだが、まぁ、それぐらい美味いんだ」
頭や内臓をとりわけ、脇の樽に移したリグドは、その肉を一度持ち上げて皆に見せつけていく。
その途端に、観衆からは
「こ、こいつの肉ってば、そんなに美味かったのか!?」
「そ、そりゃぜひ味合わせてくれ!」
一斉にそんな声が上がり始める。
中には、リグドが作業をしている机に駆け寄ってくる者までいた。
そんな観衆を焦らすかのように、リグドは一度その肉を自分の後方に隠すようにしていく。
「まぁ、そう慌てなさんな。こっからが本番だからな」
リグドは再び肉を台の上に戻すと、包丁でそれを切り分けていく。
……さすがドンタコスゥコが持って来た包丁だな、いい切れ味してやがる
満足そうに頷くと、リグドはその手を更に動かしていく。
「クレア、寸胴を頼む。水もな」
「うっす」
それまで、何か手伝えることはないかと、リグドの後方、3歩下がった場所でうずうずしていたクレアは、ようやくリグドから指示をもらえたことで、その顔をほころばせながらすごい勢いで寸胴を準備し始めた。
魔石コンロに火をつけ、水をはった寸胴鍋をその上にのせていく。
その横で、もう1つの魔石コンロに火をつけたリグドは、フライパンを熱していく。
刻んだガルリックと油を入れて炒め、そこにぶつ切りにした流血狼の肉をぶち込んでいく。
大ぶりなフライパンを軽々と振り回すリグド。
肉が豪快に宙を舞う度に、周囲に香ばしい匂いが放出されていく。
それを受けて、観衆達が一斉に喉を鳴らしていく。
気が付くと、店内に入っていたお客の多くも、窓際に移動してリグドの料理の光景を見つめていた。
肉を炒めながら、刻んでおいた野菜をもう片方の手で鍋に突っ込んでいくリグド。
そこに、酒や塩などの調味料を加えては、時折その味を確認していく。
その間も、もう片方の手でフライパンを振り回すのを休めてはいない。
「……ふむ、こんなもんだろう」
鍋の味に満足したリグドは、その中に炒めた肉をぶちこんだ。
炒めたガルリックも含めたフライパンの中身すべてを鍋に入れると、リグドはアクを取りながら丁寧にそれを煮こんでいく。
それを、観衆が固唾を飲んで見つめている。
「おいおい、見ててもすぐには出来ねぇって、まぁ酒でも飲んで待っててくれって。おい、クレアにカララ、みんなにタクラ酒を配ってくれ、これは俺のおごりだ!」
その言葉に、観衆から一斉に歓声があがっていく。
「り、リグドさん、ほ、ほんとにいいのですか!? お、お、お、おごりだなんて!?」
カララがびっくりした表情を浮かべながらリグドに駆け寄っていく。
そんなカララに、リグドはニカッと笑った。
「いいんですよ。こういうのは「損して得取れ」っていってね、こうしてサービスしておけば、みんながあとで常連客になってくれて、今日以上に金を落としてくれるようになるって寸法でさ」
「な、なるほど~」
リグドの言葉に大きく頷くカララ。
「さすがリグドさん、そこまで考えているなんて!」
その後方では、クレアが感動した表情をその顔に浮かべながらリグドを見つめている。
なお、その瞳がハート(以下略
2人が酒を取りに店内に戻ったのを確認すると、リグドはその顔に苦笑を浮かべていく。
(とはいえ……勢いで言っちまったが、この人数に振る舞うってのは……ちとやり過ぎたかな)
集まっている観衆を見回しながら。リグドはそんな事を考えていた。