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リグドと、ドンタコスゥコ

 酒場裏の工事が始まって半月。

「どうだリグド。なかなかな出来だろう?」
 出来上がった小屋を前にして、ヴァレスが胸を張りながら腕組みしている。
 猿人らしく隆起した胸筋から両腕の筋肉が、老齢であることを忘れさせていた。
「あぁ、確かにいい出来だ。あんたに頼んで正解だったぜ」
 ニカッと笑い、リグドはヴァレスとガッチリ握手を交わした。

 この半月、毎日現場で顔を合わせては言葉を交わしていたリグドとヴァレス。
 今では長年の友人であるかのように意気投合していた。

 小屋は2階建て。
 エンキ達10人は2階の個室に1部屋2人ずつ入る。
 1階はリビングになっており、厨房と物置が併設されている。
 リグドの許可なく外出することは今までどおり禁止になっており、欲しいものがある場合リグドに申しでることになっている。

「これでようやくあいつらを酒場から追い出せるな」

 リグドの言葉通り、エンキ達は今まで酒場を部屋代わりにして寝起きしていたのである。

 酒場の中に荷物を取りに入っているエンキ達を見ながら、リグドは顎を右手で触っていた。

「……あとは、あいつが到着してくれれば酒場を開けるんだが……」
「そのあいつっていうのは、どいつのことですかねぇ?」
 リグドの後方から女の声がした。
 その声に、リグドはニカッと笑みを浮かべていく。
「相変わらず良いタイミングで現れるじゃねぇか、ドンタコスゥコ」
 小柄で男装、茶色のポンチョを身につけているその女~ドンタコスゥコは、右手で書状をひらひらさせていた。
「リグドさんには片翼のキメラ傭兵団時代に儲けさせてもらったですからねぇ。お呼びとあらば即参上なのですよ」

 リグドがドンタコスゥコと一緒に酒場の前に移動していくと、そこには荷馬車が並んでいた。
 車体には全て『ドンタコスゥコ商会』と書かれている。

「この荷馬車を見るのも久しぶりだな」
「片翼のキメラ傭兵団が代替わりしてから、あの若い団長さんの気に入った商会しか出入り出来なくなったですからねぇ」
「まぁ、そう言ってやらんでくれ。アイツなりに考えてやってたと思うしな」
 バツが悪そうに笑うリグド。
「賄賂に接待の要求にと、特にリグドさんがいなくなってからは色々考えているみたいですけどねぇ……ま、昔なじみのリグドさんに免じてこの話はここまでにしときますねぇ」
 クスクス笑うドンタコスゥコ。
「……面目ねぇ」
 リグドは苦笑しながら頭をかいていく。

 ……俺がいた時は俺が目を光らせてたからそんなこたぁなかったんだが……そこまでになっちまってたか

 その胸に一抹のやるせなさを感じるリグド。


◇◇

 ドンタコスゥコの部下達が荷馬車から荷下ろしを始めたところで、酒場の中からクレアが駆け出してきた。
「リグドさん、これはなんすか?」
「あぁ、酒場で出す酒や、料理に使う食材、それに大型の魔石冷蔵庫なんかも持って来てもらったんだ」
「もちろんタダじゃないですけどねぇ」
 そこに、荷下ろしの指示をしていたドンタコスゥコが歩み寄った。

「でも、まけてくれるんだろう?」
 ニカッと笑うリグド。
 
「ふふふ、それはどうでしょうねぇ」
「ははは、何言ってやがる」
 互いに笑いながら視線をぶつけ合うドンタコスゥコとリグド。

「……ところで、そちらクレアさんとお見受けしますけどねぇ、確か片翼のキメラ傭兵団の弓士だった」
 ドンタコスゥコがクレアへ視線を向けた。
「あ、はい、お久しぶりっす」
 軽く頭を下げるクレア。

 片翼のキメラ傭兵団にクレアが所属していた頃、ドンタコスゥコには弓の調達などで世話になっていたため、2人は面識があった。

「クレアさんも片翼のキメラ傭兵団を辞めたとはお聞きしておりましたですけど、まさかここにおられたとは思いませんでしたねぇ。とにもかくにも、お元気そうで何よりですねぇ」
 笑顔のドンタコスゥコ。

「はい、すべてリグドさんのおかげっす」
 そう言うと、クレアはリグドの後方、きっちり三歩後ろに移動した。
 基本無表情なクレアだが、その顔にうっすらだが笑みを浮かべており、頬を赤く染めながらリグドを見上げている。

 ……んん?

 その姿に、ドンタコスゥコは首をひねった。

 ……傭兵団時代にクレアさんは、あんな顔したことがなかったですけどねぇ

「あぁ、改めて紹介しとこう」
 リグドは、クレアの肩に腕を回した。
「俺のかみさんのクレアだ。改めてよろしくな、ドンタコスゥコ」
 ニカッと笑うリグド。
「か、かみさんっす……」
 その顔を真っ赤にしているクレア。

 そんな2人を見つめるドンタコスゥコ。
「おやおやまぁまぁ、リグドさんも隅におけませんねぇ、若い奥さんもらっちゃって」

「ははは、まぁな」
 その言葉に、照れくさそうに笑うリグド。

 そんなリグドに抱き寄せられているクレアは

 ……ふ、ふぉぉ、リグドさんに……リグドさんに抱き寄せられてるっす……

 その顔を真っ赤にしたまま、その場で固まっていた。
 その瞳が、ハート型になっていたのは言うまでもない。

◇◇

 その後、ドンタコスゥコ商会の面々によって様々な荷物が酒場の中に運びこまれた。

「酒は、ここいらでは手に入らない良質で美味なタクラ酒をお持ちしてますねぇ。
 食材もですねぇ、タテガミライオンやデラマウントボアのお肉、それにエビランのような海産物や調味料なんかも魔法袋で大量にお持ちしてますねぇ」
 ドンタコスゥコの説明を、リグドは厨房で聞いていた。

「フライパンに鍋、それに、大型の魔石冷蔵庫も申し分ねぇな。うん、助かった」
 ドンタコスゥコ達が運び込んだ品々を確認したリグドは満足そうに頷いた。

 厨房に新たに並んだ調理器具は、いずれもこのあたりでは入手が困難な品々であった。
 酒や食材も同様である。

「これで、他の店じゃ出せねぇ酒と料理で客を呼び込めるってもんだ」
 楽しそうに笑うリグド。
「あとは、リグドさんの腕次第ですけっどねぇ」
 クスクス笑うドンタコスゥコ。
「それは絶対大丈夫っす! 自分が保証するっす!」
 ドンタコスゥコに歩み寄り、力強く断言するクレア。

 クレアは、リグドへ視線を向けると
「リグドさん、自分、この酒場を流行らせるためならなんでもするっす。なんでも言ってほしいっす」
 そう言いながらリグドの元へ駆け寄っていく。
 
 そんなクレアに、リグドはニカッと笑った。
「あぁ、期待してるぜ。かみさん」
「は、はいっす!」
 その言葉に、満面の笑顔を浮かべるクレア。
 その尻尾は、千切れんばかりに左右に振られていく。

◇◇

 荷物を降ろし終え、リグドから代金を受け取ったドンタコスゥコ。
「今日は他に用事がありますので、ここで失礼するですけどねぇ、月に1度、卸売りにきますねぇ」
「あぁ、すまねぇがよろしく頼む」
 ニカッと笑うリグドと握手を交わしたドンタコスゥコ。

「あ、そうそうクレアさん」
「なんすか?」
「素敵な奥さんに、これをプレゼントしますねぇ」
 そう言うと、大きな紙袋をクレアに手渡した。
「あ、ありがとうございますっす!」
 『素敵な奥さん』と言われ、嬉しそうに顔をほころばせながらクレアは深々とお辞儀をした。

 そんな2人に見送られながら、ドンタコスゥコは街を後にしていった。

◇◇

 その夜……

「クレア……なんだ、その格好は?」
 ベッドの入っているリグドの前。

 クレアはバニー姿をしていた。
 かなりきわどいハイレグの衣装に網タイツ。
 頭には兎耳をつけている。

「ドンタコスゥコさんがくれたっす。寝る前にこれを着たらリグドさんが喜ぶってメモが入ってたっす」
 露出が激しい衣装のためか、恥ずかしそうにモジモジしながら真っ赤になっているクレア。

 そんなクレアを見つめながら、苦笑するリグド。

 ……ドンタコスゥコの野郎……俺の好みを誰から聞いてたんだ……

 片翼のキメラ傭兵団時代から、バニー姿で接客する店を好んでいたリグドなのであった。


「あの……自分じゃ似合ってないっすか?」
 苦笑し続けているリグドを前にして、不安そうな表情になるクレア。
「……そんなこたぁねぇ、うん」
 リグドは、そんなクレアを抱き寄せ、自分の横に押し倒していく。

「……あぁ、確かに、よく似合ってらぁ……興奮しちまうくらいによ」
 そう言うと、いつもより荒々しく口づけていく。
「ん、んん……」
 声をもらしながらリグドの首に腕を回すクレア。

 この夜……2人はいつもより長く抱き合っていた。

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