2話 管理者"アルカナ"
まぶしい光に包まれる。
薄暗い空間が一瞬で白に染まると同時。とてつもない解放感におそわれる。
そして白に染まった視界がもとに戻り、直後。視界に飛び込んできたのは
──蒼。
ただただ深い、蒼。
目の前に広がっていたのは吸い込まれそうな程に美しく、透き通った蒼空だった。
足元には綿のようなものが広がっており、ところどころにある裂け目からは、茶色の地面がのぞいている。
どこかで見たような眺めだな……
思い出した。飛行機の窓からの眺めだ。
つまるところここは……雲の上?!
なぜか足は初めからずっと床の感覚のままなので、落下の心配は無さそうだ。でも足元を見るのは怖い。何だろう、空中散歩とはこんな感覚なのだろうか。
一歩踏み出せばそのまま落下、なんてオチはないと思うけど、私はただ動かず、空を眺めていた。
ほんの少しして。
「はじめまして、プレイヤーさん」
ふと、私の耳に女性の声が届く。
これからチュートリアルでも始まるのかな?
「ようこそ、レスタジア…… Another Reality 〈online〉 のセカイへ」
少し間延びした声。
そういえば、確かレスタジアとはこのゲームの舞台だったっけか。
「私はアルカナ・アドミニストレーター。空の管理者。その権限を与えられしもの。」
いつの間にそこに居たのか。
それは透き通るような蒼髪の少女。その髪の毛の先のほうはぼやけて見えず、まるで
理由はその
圧倒的なまでの神秘。体の芯へと伝わってくるそれが、否が応でも己と全く別の存在だと認識してしまう。
いつのまにか、今さっきまでの興奮は鎮まっている。いや、鎮められた。
身体だけでなく、精神的な感覚に、ここはほんとにゲームの中なのか? と疑ってしまう。
アドミニストレーターということは管理システムなのだろうか、この少女が。
神妙な顔の私の前でアルカナ……さんは口を開く。
「このセカイについて、説明してあげる。」
まるで気だるげだと言わんばかりの口調。
「リヴィアー」
リヴィアー?
突然どうしたのだろうか。
「このセカイの住人のこと。あなたたちがNPCだと思っている存在。このセカイの住人。
あなたたち、プレイヤーに対して、私たちは、リヴィアー」
liver《住人》 と player《参加者》 だろうか。
「おぼえていて欲しい。リヴィアーは……あなたたちの言う
ぇ?
ポカンとしている私を前に彼女は続ける。
「私たちリヴィアーは命ある者。このセカイの住人。このセカイで産まれ、このセカイで尽きる者。」
「ここは地球とはまた違ったセカイ。」
それは、ここが地球の中にある「違ったセカイ」なのか、はたまた、「地球とはまったく違ったところにあるセカイ」なのか。それでも「違った」世界なのだろう。
私の頭の回転が、異常をきたす。
そんな私を見た彼女は、「これ以上の説明はできない」と伝えてくる。
そして少しの空白。
上空なのに、そよ風が二人の間をすり抜ける。
そのあと、アルカナさんは少し微笑んで、
「あなたはどう生きる?」
訊ねてくる。
気付けば私は答えていた。
「自由に……生きたい。」
「私を縛っていいのは私自身だけだから。理不尽な世界のシステムの下で生きるのはもう疲れたの。」
私はこう考える。個々の違いが、差別を……苦しみを与えるのは理不尽だ、と。
個々の違いはあって当然だ。でもそれが「才能」「個性」となって人を縛るのは間違っている。ひねくれた「才能」と「個性」のペアを授かった私が多少だけど苦労してきたように。
だから私はここに
本当の私という存在は、神様の事情を取っ払った「私の人格」、「私の心」。
そして、私を縛っていいのは「才能」でも「個性」でもなく「私自身」だけだから。
それこそが、私の願う「自由」だと。
「わかって……くれましたか……?」
「そう……」
アルカナさんは私の問いには答えず、何か考えるように呟く。
でも、彼女が理解してくれたことだけは確かだ。
「じゃあ、頑張って。」
もう一度微笑んだアルカナさんに釣られて私も微笑み返す。
そこでやっと、私の頭は正常な回転を取り戻した。
ゲームの中なのにも関わらず、真面目に考えていた自分が少し恥ずかしい。それでもアルカナさんは理解してくれた。それが何よりも嬉しい。
だろうか もし私の思い通りになるなら、頭脳の「才能」だけは持って行きたいと思ってしまった。傲慢だろうか?
少しの空白の後。
アルカナさんは、新しい話題を切り出す。
「じゃあ、最初の街……を決めて。」
そういって、地図を出す。
出された簡易的な紙地図には大まかな地形の様子と国名が記されていた。
北側、山脈の手前にあるフィルス共和国。
中央、見たところ一番大きいだろう国家、カリヴァニア連合国。
その少し西に行った所にあるウォールダム公国。
東側、大森林らしき表示の辺りにはオウカノ国。
西側、平原の南北には、それぞれ北ノルスター、南ノルスター。
南側、海に面している所には、アルトフィア公国。
このようになっている。事前情報で発表されていたため、特に何も驚くことは無かった。
ここにきてやっとチュートリアルっぽい事が始まった気がする。
「北ノルスターでお願いします。」
私は既に決めていた国の名前を言う。何故そこを選んだか。
特に何も無いからだ。私としては、特に何かやりたいことがあるわけでもなく、ただゆっくり過ごすだけで良かった。それゆえに、北ノルスターだ。
「わかった。」
そして、アルカナさんは何か思い出したかのように言う。
「あ、その地図……あげる。」
「じゃあ、いくよ。」
頷く。
アルカナさんは、私に手を差し伸べる。
私は踏み出せない。大丈夫だと思いながらも、やっぱり怖い。だって空の上だ。さらに足場が見えないんだもん。
そんな私を見てアルカナさんは、
「大丈夫。落ちないから……」
と言ってくれた。
心を見透かされたようで少し恥ずかしい。
彼女を信じ、私は恐る恐る踏み出す。ガラス板を歩く感覚。いつになってもこれには慣れないだろう恐怖。
数歩歩いて。
彼女の手を取る。やわらかい、また少し暖かい手の感触。
そして、彼女の透き通った
なんて美しさなのだろうか。見つめていると、引き込まれそうだ。
見惚れている私の前で彼女は何かを呟いた後、
「
そう言った。
私は再度、まぶしい光に包まれる。
そんな中でも、彼女の手の感触だけは感じていたいと思った。
何か、大切な友達のような気がしたから。