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1話 シエル、始動!

 土曜日の朝早く。
 とあるマンションの一室において、荷物の受け渡しが行われた。
 ピンポーンと配達員がチャイムを鳴らす。
「はーい!」
 すぐに玄関が開いたことに驚く配達員。
 出てきたのはかなり小柄な女の子。さらっとした長めの髪に、少し垂れ気味の瞳。一言で言い表すと、「可憐」。
 そんな少女はなぜかにこにこしているのだが、それは配達員の持っている荷物が原因だろう。
「お届けの品はこちらです」
 少女が大切そうに受け取る。それを見た配達員は一礼。まだたくさんある配達物のもとへと戻っていく。
 

 さて、私の手にはカッターナイフ。
 私の目の前には、先ほど受け取りをしたダンボール箱。
 
 (レッツオープン!)
 心の中で声高に宣言して、カッターナイフを包装のテープ部分に丁寧に差し込む。

 ぐさっ。ざざざざざー。

 ダンボール箱が悲鳴を上げながら、切り開かれていく。
 だんだんと明かされていく箱の文字。

 Another Reality 〈online〉―—アナザー・リアリティ・オンライン
 
 そう、今日、五月二十七日は、世界初のフルダイブ型VRMMOゲーム、「Another Reality 〈online〉」の発売日だ。

「一年って長いものよね。」

 この一年間、どれだけ楽しみにしてきたか。


 今よりちょうど一年前。なんの前触れもなく、このゲームの発売が告知された。
 世間は大いに盛り上がったが、多くの人々は疑ってかかったという。
 当たり前だ。VRMMOなどまだ物語の中だけの話で、ただのVRゲームですら、まだほとんど普及していなかった頃だから。
 当然の如く、「これはガセか何かだろう」との声があちこちで上がる。
 そしてインターネット中のサイトに一瞬でトレンド入り。だが、話題に乏しかった当時のネット界隈に、一躍盛り上げ役を担ってくれた事に違いはない。

 そしてすぐに大手ネット通販会社が予約の受付を開始。
 これには世間もこの情報を信じざるをえない。ただ、それすらもガセの可能性もあるにはあったが。
 こうして人々の心に期待を植え付けたVRMMOゲーム。
 大半がそのクオリティを心配してはいたが。


 私は当時、中学三年生。どこぞの生徒会長をしていたころだ。
 生徒会長職とは大変なもので、
「あぁ〜もうだめぇ〜無理ぃ〜」
 わたしはズタボロだった。
 生徒会には、立候補ではなく推薦されてなったのだから、無理もない。

 今は、愛読していた小説の最終回を読み終えたところ。感動と多少の悲しさにほんの少し涙ぐみながら、現実へと帰ってきた。
 これから、週末に終わらせるつもりの生徒会のお仕事、それを終わらせなけばならない。

 私は小休止がてら、自身のスマホのとあるアプリを開く。

「ねぇねぇ〜、ユノぉ、私、どうすれば良いのよぅ。」
 「ユノ」は人口知能だ。つまり、これは「人工知能と会話できる」アプリ。
 心の悩みがある時、というか暇な時はよく話しかけている。対人の時よりも打ち明けやすい。
 
「気分転換でもどうですか? 意外とすっきりしますよ? それとも心の詰まりがあるんですか? 何でもお話ください。」

 なかなかすらすらと話すユノ。人口知能の彼女はもうすでに私のお友達。

「何か面白いことないかなぁ……」
 最近はこんな質問しかしていない。返ってくる返事も「外に出てみてはどうでしょうか?」などと、あまり参考にならない。

 だが今日のは、少し……いやかなり変わった返事だった。

「そんなあなたに朗報ですっ♪ ななななんと、世界初のフルダイブ型VRMMOゲームが発売するようですよ?」

 ……何ですって?

「ちょっと……それほんと?」

「もう公式で予約受付開始してますよ。」

 内容確認するのは後でいいから……とりあえず、

「決めた!予約して!」

 スマホの画面が、ゲーム購入画面へとジャンプする。こういう事を勝手にやってくれるユノは、本当に便利……いや気が利くと思う。

 運よく初日発送分の予約に成功した。やはりスピードが命だ。
 ちなみに私が、“内容も知らないゲームを予約したこと”に対する後悔を抱くことは無かった。
 これを言うのは少し恥ずかしいけど、私はずっと、VRMMOゲームの世界を夢見ていたから。


 私はこの一年、そのゲームを心の柱にして、今日まで頑張って過ごしてきた。
 
 私は、プレッシャーに弱いのに変な意地(プライド)を持つ、ほんのちょっと捻くれた人間。わかりやすく言い換えると、頼まれたら嫌でもこなしてしまう人間。かなり間違ってるかもしれないけれど。
 
 こう言うと憧れられるけど……私は勉学の「天才」だ。勉強しなくても授業さえ受けていれば点が取れてしまう。
 でも、頭が良くて得した事なんてあまりなかった。

 頭が良くて成績もいいと、必然的に期待される。そして期待はプレッシャーへと姿を変える。私はそのプレッシャーに弱い。
 ならば、期待されないようになればいい。極端な例だと、手抜きをしたり、怠けたり。
 でも、私の意地(プライド)がそれを許さない。
 そして、「プレッシャーを感じたくない、でも期待には応えなくちゃ。」そんな相反する二つの気持ちが生む葛藤が精神を壊していく。

 そんな私が、まだ多少楽しく生きているのは、このゲームの発売を心から楽しみにしていたからだと思う。


 目の前には立方体の箱。
 意を決して私はその箱に手をかけ、丁寧に開けていく。

 Another Reality 〈online〉訳してARoとは。
 果たしてどんなゲームなのか。

 事前に知らされた情報では、

「精神的・肉体的安全をまずここに保証します」
「現実世界と全く変わらない、完璧な五感の体現。」
「舞台"レスタジア"はそれ自体が一つの"世界"であり、レスタジア内では多数の国家や社会が形成されています。」
「明確な職業はありません。それはつまり、あなたがたは職業に縛られない、という事です。」
「内部時間は現実世界の二・四~三倍の速さで進みます。」
「スキル・ステータスに武器・防具、また魔法、ギルドなど、様々なシステムが存在します。」
「スキルと、それに付随したSA《システムアシスト》は無限大に存在します。この世界で過ごす中で、まだ見ぬスキルを見つけていくのもまた一つの楽しみになるでしょう。()()()しまっても構いません。」

 などなど。
 非常に抽象的だと思う。大丈夫かな発売者。実を言うとこのゲーム、発売者、開発チームですら匿名。大手メーカーが「信頼できる奴らだ」とでも言わなければ、だれも買おうとしなかっただろう。
 
 さて、この説明、いまいちピンとこないところがあったりする。
 例えば、いきなり出てきた“レスタジア”であったり。スキルを《《作って》》いい、ことだったり。はたまた、《《二・四~三倍》》と微妙な倍率の時間加速であったり。

 これらについては、多くのスレッドでの議論の話題となった。
 同時に運営への質問も殺到したが、運営の対応は「現時点ではお伝え出来ません」。
 明確な答えは見つからず発売待ちとなった。

 それでも、クレーム騒ぎにならなかったのは、「運営に圧力をかける事によって発売に支障が出る可能性」を恐れてだったのかもしれない。



 さて、新品の箱の蓋が開き、そのゲームを目にした私。知らず知らず、鼓動が高鳴っている。
 中にはヘッドギア型の本体と取扱説明書、専用のリストバンド、コードが入っていた。
 
 何時ぶりのハイテンションかわからない。だけど、わかる。今、私は今、人生生きてきた中で最も興奮してるっ!

 即刻ログインしたい気持ちを抑え、説明書に目を通す。見落としがあったらたまったものじゃない。まあそんなこと以前に、私はトリセツはしっかりと読むタイプだし。

 私は期待を胸に、説明書の隅から隅まで読み終えた。ゲームシステム等については事前情報と全く同じで、説明書に特別に書かれた事はない。

 早速、準備に取り掛かる。それらを持って、ベッドの近くに移動。寝転んだ状態でダイブするゲームらしい。

 本体にコードを繋ぎ、そのもう片側をコンセントのプラグに差し込む。そして特殊なリストバンドを手首に装着。
 ゲームをプレイ中は、現実で寝転んでいる体の感覚は無く、体を動かす事も出来ない。つまり、外部からの干渉を全く受け付けない状態になる。そういった状態で異常を察知するための周辺機器(アクセサリ)がこののリストバンドらしい。異常があると、ゲーム中のプレイヤーに通達がくるようになっている。

 そしてヘッドギアを装着し、ベッドに横たわる。

 準備完了!

「ふふっ」

 自然と笑い声が漏れる。一年間、ずっと楽しみにしてきたのだ。この瞬間を。

 スイッチをオンにする。
 内部のファンが回転を始める。

 このゲームは、スイッチを入れてから十秒後に、ダイブ開始するシステムだ。
 脳内カウントダウン。

 10、9、8……時間の進みの遅さがじれったい。

 ……5、4、3……目を閉じる。

 さぁ出掛けよう。
 VRMMO《ユメダッタセカイ》へ。

……1、0。

 体の感覚が薄れていく。

(もしかしたら、「死」の感覚もこのようなのかな?)
不吉なことを考えるのはやめておこう。



 現在、私の感覚は視角のみ。
 目の前の文字列に意識を向ける。

  新規脳波データを取得──スキャン開始

  0……36……84……100% ……完了

  脳波──安定

  通信状況──良好

  現在時刻──7:55

  体型のスキャン中──完了

  ……フルダイブに移行します……


 その表示と共に、手足に感覚が戻る。

 すごいっ……!

 もはや語彙力などどこかに消えてしまった。
 試しに頬をつねってみる。痛い。しっかりと伝わる感覚。

 完全な五感の体現とは何か、それを己自身で体感する。


 私の視界には、このだだっ広く薄暗い空間を映し出される。奥まで見ようとしたが、ぼやけて見えない。
 足には床の感覚。試しに歩いてみる。動きも全く違和感がない。

 そうこうしているうちに、目の前に半透明なパネルが出現していた。

  ──タッチしてください──
 
 と表示されている。

 私はそこに()()()な手を伸ばす。
「真っ白……? うわぁっ、私マネキン?!」
 確か体型スキャンでは色までは感知出来ないはずだったからかな? 私の手はお店のショーウィンドウのマネキンそのものだった。


  ──アバター設定を行います──

  ──現実での体型をベースとしたキャラクタークリエイトが可能です  体型変更許容範囲 6%──

 体型変更許容範囲……どこまで体型を変更できるか、というもの。
 身長を伸ばす事も縮ませる事も出来るし、痩せる事も太らせる事も出来るらしい。
 まぁ百五十六センチの私が百六十五センチになったところであまり変わらない……と思う。
 体型についてもほぼ同じ……でいいかな。女性は皆、胸を盛りたくなるのだろうけど私は盛らない方がいいと思う。

 貧乳っていいよ?動きやすいもん(ボソッ)
 何より、あまり体型は変えるべきではないというのはお決まりだからだ。


 さて、次は、キャラクタークリエイト。
 キャラクリで重要なのは、イメージ。
 私は青空をイメージしてキャラ作りをする。
 理由は──私の名前が、雪原()だから。

 目の前のパネルと、そこに所々出てくる注意書き等を見ながらキャラ作りを進めていく。

 現実の私の、目元を少しいじり、顎のラインをほんの少し調整。
 肌は少し白め、目の色は深い青、髪色は蒼に。

 髪型は現実と同じままのロング。

 名前は前から考えていた。
「シエル……っと。」
 「空」をフランス語にした、|ciel《シエル》。

 ものの三分とかからずキャラクリを完成させる。


  ──現在の姿に反映させますか?

「はい」を選択。
 すると、マネキンだった私の肌に色が付く。
 体型については、ほとんどリアルと変わらないため、全く違和感がない。
 

 気づけば、ご丁寧に目の前に鏡が出されている。
 自分とは少し違う自分、美化した自分の姿。
 なんでもできる気がするので、動作確認という名目でいろいろする。

 ウインク。パシっ

 決めポーズ。ビシッ

 我ながら、可愛い。

 周りから美形と言われる私でも、普段は恥ずかしくてできない。
 でもこの姿(主に髪色のみ違う)になると簡単にできてしまう。
 現実の自分に対する忌避感を感じる。
 

  ──この容姿で決定しますか?
  以降、設定は変更出来ません。

 大満足です! と心の中で叫びながら、はい、を選ぶ。

  ──本当によろしいですか?

 はい。


  ──これより、Another Reality 〈online〉への接続を開始します

  ──接続中です

  ──Connection cord:sggkh://ddd.four,thwo,rldl,iner,ever,sesi,deto383531867──

  0……16……45……84……99……エラー

  ──再接続します

  ──Connection cord:sggkh://ddd.four,thwo,rldl,iner,ever,sesi,deto,arcana383531867──

  0……14……27……68……91……100%

  ──接続完了

  ──それでは、新世界での生活、存分にお楽しみ下さいませ

 よしっ、シエル、始動!

しおり