3話 枷
握っていた彼女の手が、溶けるように消えていく。
私は寂しさを感じながらも、いつの間にか変わっていた景色を眺める。
木造建築とみられる建物が立ち並ぶ街並み。コンクリートやアスファルトではなく、石畳で舗装された道路。
通りを行き交う人々の話し声で、辺りは喧騒に包まれていた。
ここは「北ノルスター」。
私はアルカナさんに貰った紙地図を開く。
〈レスタジア全図〉と日本語で書かれた紙地図の、北西に位置する国家。多分だろうけど、ここが王都「エインセルク」だ。
奥にはちょっとだけだが、お城らしき巨大な建造物が覗いている。
この様子を一言で表すならば、「The・異世界」だろう。
これを見れば、異世界転生者の、転生した時の感覚がどんなものなのか、少しわかる気がする。
視線を上げれば先程見たのと同じような蒼空が広がっており、日の光が眩しい。
背後では、水の音がしている。振り返ると、噴水があった。どうやらここは、ちょっとした広場らしい。ベンチがあり、そこでくつろいでいる人も沢山いる。
私は、時折吹いてくるささやかなそよ風を感じながら、広場を眺めていた。
噴水の近くでは、見るからにプレイヤーらしき人が半透明なパネルを操作しているのが見える。
今日がサービス開始日とはいえ、現実では朝一番だ。さすがにたくさんのプレイヤーはいない。
パネルを操作するプレイヤーを見て、私はふと思い出した。
そうだ! メニューの確認しなきゃ。
私は頭の中で、(メニュー)と呟く。
目の前に半透明なパネルが出現する。
「おお〜!」
シエルは、メニュー召喚に成功した!
とりあえず、確認すべき事は……
メニューをスクロール。一番下を見る。
[ログアウト]の項目をタッチ。
──ログアウトしますか?
警告:任意のログアウトの場合、ログアウト後、あなたのアバターは十五分間、この場に留まり続けます。
[ログアウト]
[戻る]
よし。ログアウト可能だ。
ラノベを読み漁ってきた人なら、真っ先に確認するだろう項目。
事前に、いわゆる"デスゲーム"化しないこともしっかりと保証されていたのだが、どうしても確認してしまう。
ちなみに十五分間留まり続ける、というのは多分、「ログアウトによる戦線離脱」を封じるためだろう。
離脱してもその場に残り続けるのだから、その間、他のプレイヤーはやりたい放題できる。
お次は[簡易ステータス]の確認といこう。
──── ────
シエル Lv.0
HP 25/25 MP 15/15
所持金 0 sia
武器 ──
防具一覧 麻の服
麻のズボン
皮ブーツ
ステータス
ATK (総合攻撃力) 1
DEF (総合防御力) 8
MAT(魔法攻撃力) 1
DEX(器用さ) 1
AGI (俊敏性) 1
LUK(幸運) 1
特殊スキル
〈大空の枷〉
〈「神秘」の蒼翼〉
──── ────
一覧をざっと見回した後。
基本的に、全プレイヤーはLv.0時はATKとDEF以外は1だ。装備効果が乗るためATKとDEFは高くなっている。
それを踏まえた上で考えよう。
……。
はてはて。
いろいろおかしい。
まず、注目すべきはこれ。
所持金 0 sia
武器 ──
これはどういうことだ?
所持金なし、武器なし。
これでは何もできないではないか。
ちなみに補足しておくと、この世界のお金の単位は sia(シア)というらしい。
それで、だ。
事前情報によれば、全プレイヤーには、ゲーム開始時に所持金1000siaと、片手剣一振りが進呈される、とあったはずだが、気のせいなのか?
バグ、と考えるのが一番だろう。
それにしても、かなり大きなハンデなんだが……。
でも、その程度では
「まぁいっかぁ」
私を悩ませることなどできない。
もっと重大な事があったからだ。
それがもう一つの注目すべき点。
「
なんだこれは。
多くのラノベを読み漁ってきた私ならわかる。
これは
初期状態から持っているスキルにろくなものは無い。これはもう、私の中では常識といってもいい。
脈を打つ鼓動の高鳴りを感じる。これは緊張なのか恐怖なのか。
もし……もしもチートレベルなスキルとかだったりしたら。
いわゆる、ぶっ壊れスキル無双。期待される主人公。
期待……。私の弱点は、「期待」からのプレッシャーだ。
せめて、せめてでもゲーム内だけは、ノンプレッシャーで過ごしたい。
もちろん、そんなぶっ壊れではない、普通のスキルである可能性もあるかもしれない。でも、[特殊]なのにそんなことがあるのか? そもそも特殊なスキルを得た時点で、私の穏やかなゲームライフは終わってしまっているのでは……。
そんなことを考えながら、少し震えている手で[メニュー]から[スキル]を選択。
〈大空の
[解説]
スキルにはどうやら解説があるらしい。
ところが。
私には読めなかった。
初めて見る言語だ。もはや暗号にしか見えない。
[効果]
頼むっ!と祈りながら、文字を読んでいく。
プレイヤーが、レベルアップするのに必要な経験値量が
この文面から私は悟る。ああ、終わりだ。これはレベルアップしやすくなる、「成長チート」の類だろう、と。
だが──彼女《シエル》は、「枷」であることを完全に見落としていた。
ん?
二倍?
は?
え?
……。
つまり、
まさかの縛り。
「あ……
遅まきながら気付いた私。
これは枷……私を拘束する、枷だ。
それに、こんな話、聞いたことない。
ディスアビリティ付与スキルだなんて。
……だが。
私は内心嬉しかった。
逆チートスキルにより、私のレベルは必然的に低くなる。だから、変に期待をかけられずに済む……のでは? 一気に思考がぶっ飛ぶ私。
つまり、私は周りの圧力《プレッシャー》を感じず、
私のスキルに縛られている、が正しいのだけれど、それでも私の気分は良い。
レベルが上がりにくい事ぐらいどうでも良いぐらいに、私は開放感に包まれていた。
何故かわからないけど、今すぐどこかへ出掛けたい気分。
それに、ここにいても何も始まらない。
とりあえず、目の前の通りを歩いてみるとする。
「それよりも、武器やお金について考えなければなりませんね」
スキルにいろいろ興奮させられてか、すっかり忘れていた。
問題は山積みだが、どれも解決しがいがある。
じゃあ、どうやって解決しようかな?
そんなもの思いにふける蒼髪少女は、軽い足取りで街を往く。