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結人と夜月の過去 ~小学校一年生⑧~



翌日 朝 学校 夜月side.


俺は――――色折が、最初から気に食わなかった。 今日は一人で登校する。 下校時はいつも未来たちと一緒に帰っているのだが、朝は別々だった。
未来と悠斗は、未来が朝苦手なため悠斗と一緒に遅く登校してくる。 色折は少し俺たちと家が離れているため、おそらく一人で登校している。 
俺は普段理玖が家まで迎えに来てくれるが、彼は今入院しているため今日はいない。 

学校へ着き教室に入り、自分の机の上にランドセルを置くと、クラスメイトが珍しく声をかけてきた。
「夜月くん! ・・・理玖くんのこと、残念だったね」
「・・・あぁ」
あまり親しくない生徒に突然話しかけられ動揺しながらも、平然を装って返す。
「理玖くんの知らせを聞いた時驚いたけど、同時に夜月くんのことも心配しちゃったよ」
「何で俺?」
その言葉に対して思ったことを素直に尋ねると、苦笑しながら理由を述べてくる。
「だって夜月くんは、いつも理玖くんと一緒にいるから。 だから・・・落ち込んで、いないかなって」
あまり関わりのない自分を心配してくれていることに、少し気をよくする。 
いや――――『夜月くんはいつも理玖くんと一緒にいるから』という言葉が、何よりも嬉しかったのだ。 そして俺は優しい表情になり、彼に返していく。
「俺は大丈夫だよ。 ありがとな」


俺は――――ユイのことが、好きではなかった。 寧ろ大嫌いだ。 彼を気に入らない理由は、とてもシンプルで簡単だった。 それは――――ただの嫉妬。
今まで一番仲よくしてきた理玖だからこそ、ユイがこの学校へ転入してきたのと同時に、ユイに理玖を取られたと思ってしまった。
今思えば“こんなちっぽけなことで嫉妬なんてするか”と思ってしまうが、小1の頃――――当時の俺は、そんな些細な出来事にも敏感だったんだ。
現在は嫉妬なんてしていないが、その時の俺はそれだけでもヤキモチを焼いていたのだろう。 
だから、ユイが初めて理玖に話しかけられた時――――彼が初めて理玖に笑顔を見せた時から、俺はユイのことが嫌いだった。 
今となっては、物凄く申し訳ないと思っている。 だって――――ユイは、何も悪くないのだから。


「夜月くん」
「ん?」
先程とは違うクラスメイトが、今度は話しかけてきた。
「理玖くん、まだ目覚めていないんでしょ?」
「あぁ・・・」
「心配だね」
「・・・そうだな」
俺たちはそんなに仲のいい印象を与えていたのか、理玖と同時に俺のことを心配してくれるクラスメイトも多かった。 そんなことでさえも、嬉しく思う。


理玖が病院へ運ばれたと聞いた時、確かに驚いてショックを受けた。 だけどその時の俺は――――理玖に対して悲しんだりするよりも先に、ユイに対しての怒りがきてしまったんだ。
だから――――よりユイが、気に入らなくなった。


「夜月ー、大丈夫かー?」
やっとクラスメイトから解放され一人静かに座っていると、今度は俺のいる教室へ堂々と入りながら、聞き慣れた一人の少年の声が聞こえてくる。
「・・・何しに来た」
その声が未来のものだと分かると、扉の方へは目を向けず冷たい口調で言葉を放った。 彼がいるということは、きっと悠斗も付いてきているのだろう。
「夜月のことが心配だから来たんだよ」
未来にしては珍しく――――俺に向かって、優しい口調でそう言ってくれた。


理玖とは、幼稚園の頃からの仲だった。 あまり人には馴染めなくいつも一人でいた俺に、初めて声をかけてくれたのが理玖。 
そして、初めて友達になってくれたのも彼だった。 『夜月くん、友達になろう!』 この言葉をきっかけに、俺たちはどんどん仲よくなる。
だから――――理玖は一番最初にできた友達だからこそ、ユイに取られたことが許せなかったんだ。


「何かユイ、楽しそうだなー」
未来が色折のいる席を見ながら、羨ましそうに言葉を発する。 それを聞いて、俺も彼の方へ視線を移した。
―――・・・何だよ。
―――こんな最悪な状況だってのに、楽しそうにしやがって。
複数のクラスメイトと楽しそうに笑い、話をしている色折を見て俺は一人嫌悪する。
「未来は、本当にユイが楽しそうに見える?」
「え?」
悠斗の突然な言葉に未来は聞き返し、俺もその方へ耳を傾けた。 すると悠斗は色折の方へ視線を移しながら、小さな声で言葉を続ける。
「僕は・・・ユイは無理して笑っているようにしか、見えないけどな」
「そうかー? んー・・・。 さっぱり分からん!」
そう言われ未来も色折のことを鋭い目付きで見据えるが、無理している様子など見受けられず降参したようなポーズを大袈裟にとった。


ユイに対して、理玖に初めて言った言葉――――『色折は偽善者だ!』 実はこの時の俺は“偽善者”という言葉なんて知らなかった。
理玖にしつこく聞かれて、咄嗟に出てしまったのが――――“偽善者”という単語だった。 だからその意味を聞かれた時、俺は答えられなかったんだ。
“偽善者”という言葉をどうして知っていたのかというと、たまたま理玖に避けられた理由を聞かれた前の日、
ドラマを見ていた時に偶然耳にした単語が“偽善者”だったため、思わずそこで使ってしまった。 もちろん言ってしまった時、確かに後悔した。
どんな意味なのかも分からずにその単語を軽々と口にしてしまい、自分自身を責めた。 
だけどその日家へ帰って“偽善者”の意味を調べて分かった時、その気持ちは一瞬にして変わる。 “善良であると偽る者” 
意味を知った時、俺は“この言葉は色折に合っている”と思ってしまったのだ。 いや――――正確に言うと、無理矢理思い込んだ。
どうにかして理玖に放った言葉を本物にしようと、俺は無理に信じ込み、自然とユイは偽善者だと思うようになってしまった。
だけどそう思い始めてからユイの様子を見ていると、彼は理玖やクラスメイト、そして冷たく突き放している俺でさえも、平等に接している。
だからますます、ユイが本当に偽善者に見えてきてしまったんだ。 そのせいで、よりユイのことが気に入らなくなった。 
だから当時の俺は『色折は偽善者だ』と言い放ってしまったことに、後悔なんてしていなかった。


「ユイ! 一緒に帰るぞ」
理玖がいなくても、俺たちの日常は何も変わらない。 色折は一人で帰ろうとしていたが、未来はそれを許そうとはせず、無理に色折の腕を引っ張り今一緒に下校している。
未来いわく『理玖は俺たちが揃っていることを望んでいるから』とのこと。 俺は相変わらず冷たい態度をとっているため、何もそのことに関しては口出ししなかった。
「さてと! 俺たちは今から理玖の見舞いへ行くけど、ユイはどうする?」
「あぁ・・・。 ごめん。 今日は用事があるから、帰るかな」
「そっか。 いいよ。 じゃあ、また明日な」
その言葉に対しやんわりと断った色折は、小さく笑って俺たちの目の前から去っていく。 
この場にずっと居られるのも嫌だったが、理玖の見舞いに行かないということはもっと嫌だった。 だから俺は――――やっぱり色折のことが、気に食わない。 

そして理玖は――――一日で、目を覚ますことはなかった。


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