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指導と日常7

 翌朝にはプラタは帰ってきていた。

「おはよう。プラタ」
「おはようございます。ご主人様」

 寝台の横に立ってこちらを見ていたプラタと朝の挨拶を交わす。それから直ぐに影に意識を向けてみるもタシは居ない。
 そのまま周囲に視線を向けてみれば、プラタとは反対側の寝台横にタシの姿があった。

「おはよう、タシ・・・何してるの?」

 そちら側を覗き込んでみると、タシが羽で頭を隠しながら縮こまっていた。大きさもギリギリ両手で抱えられる程度にまで小さくなっている。確か現状の最小の大きさだったかな。
 しかしどうしたというのか。微かに震えているようにも見えるが、何かの遊びだろうか? 寝台横に隠れていた訳だし、かくれんぼとか。
 まぁ、寝ていたから影には入れなかったのだろう。昨夜はいつ帰ってきたのか。気がつかなかったな。

「・・・・・・影、入ル」

 怯えるような弱弱しい声でそう言うので、寝台から降りてタシの傍に立つ。
 そうして足下に出来たボクの僅かな影に、タシは溶け込むようにして入っていった。一体昨日何があったのか。確か軍の訓練を体験させるとプラタが言っていたが、余程きつかったのかもしれない。
 とりあえず意識を集中してタシの体調を調べてみたが問題もなさそうなので、別に気にするほどでもないか。それでも一応プラタに昨日の様子を訊いてみるとしよう。

「昨日は軍の訓練に参加させるって言っていたと思うけれど、何かあったの?」

 朝の支度の為に部屋の中を移動しながら、後ろを付いてくるプラタに昨日の事を尋ねる。

「いえ、特に変わったところは。ただ、訓練には最後までついていけずに途中離脱してしまいましたが」
「そっか。やっぱり軍の訓練って厳しいんだね」

 指導をしたおかげで、タシも大分成長した。それでプラタが基準は満たしたと判断して連れていったのだが、どうやらそれでも足りなかったらしい。
 疲れ知らずの魔物がついていけない訓練ってどんなのだろうか。人間界に居た頃では考えられなかった話だな。今のタシでも人間界を壊滅させられるだけの強さを秘めているのだから。

「はい。しかし、途中で離脱したと申しましても、ほとんど終わり間際だったので、訓練について行くというのは問題ないようです」
「そうなんだ」

 最後までついていけなかったのは残念ではあるが、終わり間際までついていけたなら上出来か。タシがあんなに怯えるほど厳しい訓練だったのだ、それを思えばむしろ誇らしいかもしれない。

「また少ししたら訓練に連れていこうかと」
「そうだね。強くなれるならそれもいいかもね。プラタもついていてくれるし」
「御任せ下さい。ご主人様の御期待に沿えるよう、全身全霊を以って取り組ませていただきます」
「そう気負わなくてもいいけどね。タシが勝敗の鍵とかそういうのではない訳だし」

 戦力という面で考えれば、タシは大して役には立たない。何か便利な能力でもあるのかといえば空が飛べるだけだ。
 この指導に何かしらの意味を見出そうと思えば、育成方法の一つとして参考にするぐらいか。
 まあ全くの無意味という訳ではないので指導するのは止めないが、それでもそこまで気負う必要はない。
 相変わらずのプラタにそう告げながら、一通り朝の支度を済ませて席に着く。途中でプラタが朝食を取りに行っていたので、目の前には美味しそうな朝食が並んでいる。
 その事に感謝しながら朝食を食べ終えると、午前中は魔法道具の作製に入る。今回は昨日考えた中で比較的簡単な制御の補助を創ってみよう。
 一晩寝て魔力の方はしっかりと回復しているので、魔法道具の作製に問題はない。プラタに今回作製する予定の品を説明した後、早速作業に取り掛かる。
 今回作製予定の魔法道具は、魔力制御の補助。より正確には結界の維持装置だ。
 つまりは結界発現後に、それを術者の代わりに維持させておくという単純なもの。維持でしかないので、そこまで難しくはない。しかし問題がない訳でもない。
 普通の結界なら問題はないのだが、昨日のような高度な結界だと、まずそれを維持させる魔力の確保が難しい。周囲の魔力では流石に足りないし、魔力変換に手こずりそうだ。
 その辺りはとりあえず、ボクの魔力を蓄積させて使用出来るようにしてみる。流石に長時間の維持となるとそれだけでは足りないが、今回はそうではなくて、溜めた魔力と周囲の魔力を混ぜて使用する。つまりは人間がよく使用していた周囲の魔力を使った魔法だ。
 これの問題点は魔力変換ではあるが、意外と道具でそれを行った方が簡単なので問題ない。少々時間はかかるが、人が処理するよりも圧倒的に早い。
 それに問題があるとすれば、それはそれを組み込む難度が高いという事。それでもボクやプラタには何の問題もないのだが。
 という訳で、早速取り掛かってみる。結界の発生ではなく単なる維持なので、作業自体は直ぐに終わるだろう。


 そうして取り掛かった作業だが、あっさりと完了した。おそらく自分でも魔力変換を意識して行えるというのが大きいのだろう。完成した魔法道具を眺めながらそんなことを考える。
 とりあえず完成したからには、次はもう一度しっかりと出来ているか確認してから実際に使用して、本当に問題がないかを確かめる。
 その為にも、点検したあとは第一訓練部屋に移動しないとな。自室でも問題ないが結界の維持を確かめるので、平時以外にも攻撃時も問題なく維持出来るのか確かめておきたい。そうなると攻撃魔法を使用するので、流石に自室での確認は憚られた。
 そんな風に予定を頭の中で構築しながら、完成した魔法道具の確認を行っていく。念の為にボクが確かめた後にプラタにも確認を頼み、問題なかったので第一訓練部屋へと移動する。
 プラタと共に第一訓練部屋に到着すると、部屋の中央に移動して結界を構築していく。まずは普通の硬度の結界。プラタと模擬戦をする時に用いる結界と比べると脆い結界だが、それでもドラゴンの火炎の息ぐらいは問題なく防げる程度には防御力がある。
 結界を展開した後は、魔法道具に結界を保持する権限を預ける。魔法道具にはボクの魔力と同質になるように細工してあるので、ボクの魔法に限って言えば権限の譲渡が可能だ。
 これを発展させていって、最終的にはボクの魔法特性の制御まで出来るようにさせたいところだが、そちらはそう単純なものではないだろう。
 今は実験の最中なので頭を切り替え、魔法道具が問題なく結界を維持しているのを確認後、結界の外に居るプラタに攻撃を頼む。無論、プラタが放つのは、かなり手加減した魔法である。
 プラタが外から火球を結界にぶつけてくる。今回の結界は表裏逆ではなく普通の結界なので、外からの攻撃は当然受け止めてくれた。

「結界自体は問題なさそうだな。であれば、あとは維持の方だけれど・・・」

 そう呟きつつ、プラタの攻撃を受け止めた結界を凝視する。
 攻撃を受け止めた結界は少し耐久性が下がっているが、問題はなさそうだ。微かにヒビのような線が入っているが、直に修復されるだろう。
 それを見て、プラタが攻撃魔法の威力を間違えたのだろうか? と思ったがそうではなく、どうやら魔法道具に任せた結果、僅かに結界の強度が下がったようだ。この辺りも後で調節しないといけないな。
 結界の維持の方だが、そちらは問題なさそうだ。ただ、もう少し容量に余裕を持った方がよさそうなぐらいか。

「うーん、この程度の結界でこれか。このままでは上の結界では使えそうにないな。魔法道具が直ぐに壊れてしまいそうだ」

 維持に関してはもう少し様子を見るが、とりあえず評価としては成功だが失敗といったところ。弱い相手であれば問題なく使用可能ではあるが、ある程度相手が強くなってくると厳しいといったところ、流石に上の魔法では使えそうもないというのは厳しいな。
 まあ試作第一号だし、ここから改良していけば問題ないだろう。そう思いつつ、修復が済んだようなのでプラタに再度攻撃を頼む。
 次は連続で攻撃してもらったところ、途中で結界に大きなひびが入ってしまった。やはり結界の強度がやや落ちているようだな。
 プラタに攻撃を止めてもらい、暫く待ってから結界がある程度修復を終えた段階で結界を解除する。
 結界を解除すると、魔法道具から小さくピキッという嫌な音が耳に届く。

「・・・壊れたのかな?」

 そう思い魔法道具を手に取り調べてみると、魔法道具の機能には問題なかったが、魔法道具本体に小さな亀裂を確認出来た。

「素材の方が耐えられなかったという事か。そう言えば、強度を上げるのを忘れていたな」

 結界維持の機能に意識が向いていて、道具その物の存在が抜けていたようだ。創造した素材なのでそのままでも十分に頑丈なのだが、今回目指した魔法道具の素材としては不十分だったようだな。

「この辺りも次に活かさなければ」

 という訳で、問題点が解ったところでその場で改良を行っていく。まだ昼には少し早いので、急いで改良していけばもう一回ぐらい魔法道具の確認が出来そうだ。
 道具の方に亀裂が入ったし、ここはそのまま手を加えるよりも創り直した方が早そうなので、早速魔法道具を分解していく。
 魔法道具の分解が終わると、分解した魔法道具と同じ見た目の物を創造する。
 そうして魔法道具の創造が済めば、先程の改善点を踏まえて最初に道具の強度を上げていく。それが済めば、中に魔法を組み込んでいくが。

「あぁ、容量増やしときたいんだったな。もう少し大きい方がよかったかな?」

 そこではたと思い出し、手元の魔法道具を眺めながら思案する。
 容量を増やす工夫を施せば多少は増えるだろうが、強度を高める魔法も追加しているので、それでも増える容量は微々たるものだ。望むほどは増えそうもない。

「素材からとしてもやはり創り直しになるし、魔法の軽量化や圧縮は既に行っている。魔法を可能なだけ簡略化させるのは苦労した」

 魔法道具作製にはどうしても容量の問題がつきまとう。指輪などの小さな魔法道具ほど中に組み込める魔法の数が少なくなってしまうのだから。
 その辺りをどうにかするのが製作者の腕の見せ所とはいえ、これが中々大変なのである。
 現状で既に注ぎ込めるだけの技術でもって創造しているので、これ以上の容量となると、まずは研究から始めなければならない。それもどれだけ時間が掛かるか分からないので、急ぎではないが流石に今は無理だ。

「しょうがない、創り直すとするか」

 まだ大して進んでいないので、勿体ないと思いつつも分解する。別の物に転用してもよかったが、手元の道具の形状で今創りたい物もなかったからな。
 そうして分解し終えると、新たに創造していく。見た目は大きくなった以外に変わりはない。元々腰に下げて使うのを想定していたので、多少大きくなったぐらいでは問題ない。まぁ、少々重くなったのでそちらの方は気になるが。
 今は完成させることが優先と割り切り、早速魔法の組み込み作業に取り掛かる。
 組み込む魔法は決まっているので、後は先程の結果を基に調整していくだけだ。そうして集中して行えば、大体三十分ぐらいで魔法道具は完成した。その速さに、随分と手慣れたものだと自分でも思う。
 そのまま確認を行い、近くで待機していたプラタにも確認を頼む。
 確認作業を終えると、直ぐに魔法道具の試験を行う。やる事は先程と同じだ。結界の強度も同様なので、調整した結果が解るというもの。
 プラタの放つ魔法も同様の強さ。回数も後半の連続攻撃の間隔も何もかもをプラタは忠実に再現してくれる。正直ボクでも覚えていないような部分まできっちり再現してくれるので、比較しやすくて助かる。
 その結果、性能は向上して問題点は改善されていた。ただし、それでも少し上の結界までが限界そうだな。昨日の全力で張った結界では、おそらく普通に維持するだけでも怪しいところ。
 それでも最初の段階は越えたと思うので、次の段階に進む。と言いたいところだが、昼なので休憩しよう。とりあえず自室に戻る。
 午後からはタシの指導だ。昨日の訓練で成長したのか楽しみだが、一日じゃ期待出来ないだろうな。
 自室に到着すると、直ぐにプラタが昼食の準備をしてくれる。その間に手を洗って昼食の準備。汗は大して掻いてないから問題なさそうだな。
 直ぐに用意された昼食は、魚介類がふんだんに使われた料理だった。
 海と繋げているので、内陸部であるこの国でもこうして新鮮な魚介類が楽しめる。死の支配者も海まではまだ手を出していないらしい。正解には一部は手に入れているようだが。
 とはいえ、今のところ食材や流入している海水には問題はないようなので、気にするほどではないようだ。
 昼食を終えた後、食休みを挿んで第一訓練部屋に再度移動する。
 そこでタシを影から出して、指導を行う。まずはプラタに昨日の訓練内容を確認してから、少しは成長したか確認を行った。

「流石に一日程度じゃ大きくは変わらないか」

 結果としてはそういう事。一応多少打たれ強くなったようだし、持久力も僅かに向上した気がするのだがそれだけだ。一日というか半日程度なので期待はしていなかったので、それ以外には大して感想も思い浮かばない。
 そう呟いたところ、一瞬タシがビクッとしたような気がした。気分を害したとでも思われたのだろうか。思わず口に出してしまっただけなので、気にしないでもらいたい。
 それでも口に出してしまった訳だし、一応訂正はしておこう。

「ああ、気にしてないよ。こういうのは時間が掛かるからね」

 これは慰めでも何でもなく、実際そうだからな。だから一回で一気に成長するとは期待していなかった訳だし。まぁ、何かのきっかけで急成長するというのもあるにはあるが、そういうものは運も絡んでくるので期待はしない。というか、タシは結構短い期間で一気に成長しているのだから、それで十分といえば十分だ。
 昨夜の成果の確認を終えたところで、早速今日の指導を開始する。
 せっかくなので、今日は身体強化の魔法でも指導するか。これをしっかり修得出来れば、普通では出来ないような多少の無茶が出来るようになる。
 例えば素手で魔物を倒せるようになるとか。あれは中々に驚いたな。そういう訳で、タシに身体強化を指導していく。
 身体強化といっても、幾つか種類がある。単純に身体を硬く強くする方法や、身体能力を向上させる方法。それらには身体の一部を強化するのも含まれる。視力を向上させて普段よりも遠方が見えるようになったり、魔物を素手で倒した時のようにこぶしだけを硬化させるとかだ。
 他にも、身体の治癒能力を向上させるといった少し変わり種も存在する。これは治癒と似ているが、こちらは治癒と違い他者には施せない。その代り、治癒と並行して自身に使えば回復速度がより向上される。もっとも、必ずしも回復速度は上げれば上げるだけいいというものでもないのだが。
 その辺りは魔物であるタシには必要ないな。治癒能力の向上の応用で解毒や病気に対する抵抗力を上げたりも出来るが、こちらもタシには不要か。
 ただ、それ以外にも体力の向上なんて恩恵もあるので、その辺りは教えてみよう。魔物相手に人間と同じやり方でいいのかは不明だが、プラタも居るし、その辺りは教えてみれば分かるだろう。
 そういった色々な恩恵のある身体強化なので、結構重要な魔法でもある。
 身体の内外で作用する魔法だが効果は自身のみという訳で、仮に失敗しても周囲に被害が及ぶ事はない。というのも重要だ。ま、流石に今のタシなら失敗はしないだろう。身体強化は自身のみに作用するだけに難しい魔法ではないのだ。
 指導を行う前にプラタとタシに本日の指導内容を伝えた後、プラタと協力してタシに指導していく。
 それにしても、指導というのは意外と楽しいものだ。タシが優秀なので成長が解りやすいというのもあるのだろうが、教える側としては生徒の成長は見ていて楽しい。
 これからも幾人かに指導してみて、その成果如何によってはそちらに注力してもいいな。
 そのためにも自分も成長しなければならないが、そういう目標があるとやる気も起きるというもの。死の支配者との戦闘を念頭に努力するよりも気楽だし前向きになれそうだ。そもそも死の支配者との戦闘は目標ではないから、鍛えるのに強くなる以外の初めての明確な目標になるのかもしれない。
 そんな事を思えば、何だかより楽しくなってくる。とはいえ、あまりはしゃぎすぎてタシに無理をさせ過ぎてはいけないので、その辺りの見極めはかなり神経を使う。
 今回の指導内容である身体強化に関しては今のところ順調だ。元々簡単な身体強化は扱えていたようだし、やはり魔物というのは魔法との相性がいいようで、修得速度がかなり早い。これは理解度の差なのだろうか? おそらくそうだと思うが、魔力との親和性という可能性もあるので興味深い。
 それにしても、本当に直ぐにモノにしていくな。このままでは夕方になる前には指導が終わりそうだ。
 その時は軽く戦闘して指導しようかな? それともせっかく身体強化を教えているのだから、それを使用した遊びでもちょっと考えてみようか。
 休まず指導しながら、どうしたものかと思案していく。
 やはりここは学びながら遊ぶというのを重視した方がいいのだろうか。まだ少し子どもっぽいタシには、軽く戦うよりはそちらの方が向いていそうだ。
 そう思い、身体強化の指導を終えたら遊ぶことに決める。追いかけっこでもすれば楽しく学べるだろう。
 身体強化の指導は、予想通りに夕方前には終わる。修得しやすい簡単な魔法とはいえ、やはり修得するのが早いな。
 そういう訳で、最終確認も兼ねて遊ぶことにする。プラタとタシに遊びの内容を説明して、日が暮れるまでと時間を区切って早速追いかけっこを始める。
 遊びの内容は簡単で、二人と一人に分かれて身体強化を使用して追いかけっこをするというもの。追いかけられる二人の方は、追いかけている側に触られたら役割の交代。追いかける側は常に一人なので、相手に触れてどんどん交代していく。
 基本的な所はそれだけだが、他には交代直後は少し待つとか、プラタとボクは流石に身体強化には慣れているので、タシに合わせて手加減するとかの細かな部分も少しある。
 それとボク、プラタ、タシの三人の魔法を使用しない身体能力では、実はボクが一番上だったりする。プラタとタシは存在が魔力の集合体みたいなものなので、自然と魔法を使った身体の運用を行っているらしい。そういう意味では、身体強化と同じようなものか。まぁ、こちらは主に肉体の維持という意味合いが強いらしいが。
 なのでボクの次に身体能力が高いのは、人形に憑依しているプラタだ。人形という物理的な外殻を有し、更には人形にプラタの魔力が馴染んだ事で魔法無しでもある程度は動かせるようになったとか。
 その辺りも興味深いがそれはさておき、タシは魔物なので魔法無しだと形を保つので精一杯っぽい。
 今回は別にそういった魔法に制限を掛けている訳ではないが、身体強化は身体能力の上昇が主な部分なので、タシに合わせて使用しなければ、そもそも遊びとして成立しないのだ。
 もっとも、魔法に制限を設けないといっても攻撃魔法は禁止だが。あとは各自の判断任せ。
 そういう訳で始まった追いかけっこ。最初の追いかける側は遊びを提案したボク。行動可能範囲は第一訓練部屋内のみ。
 二人が逃げ始めて数秒待ったところで、追いかけっこ開始。
 まず狙うはタシだろう。今回の主役なのだから、追いかける側も早々に体験してもらわないと。ついでに現在のタシの身体能力の確認も兼ねている。タシは手加減不要だが、こちらはタシに合わせないといけないからな。
 最初の数秒の間に見た移動速度を参考に行動を始める。いきなり追いつくと追いかけられる方の体験が出来ないだろうから、まずはそれを体験させてあげないと。

「ほら、頑張れ~」

 ややこちらの移動速度が上ぐらいに加減した速度でタシの後を追う。
 タシはちらちらと後を追いかけてくるこちらを見ながら、第一訓練部屋内を大きく円を描くように逃走している。意外にも足の方はそこそこ速いが、それでもそこそこ止まり。やはり飛行の方が得意だからだろう。
 とはいえ、身体強化は修得したてにしては扱いがかなり上手い。おかげでそこそこの速度で走れているといったところか。それでも、このままいけば後十数秒ぐらいで追いつけそうだな。

「はい、交代」

 そう言って追いついたタシへと手を伸ばすと、一瞬タシの速度が上がって手が空を切る。

「お・・・やるね」

 どうやらタシはボクが触れる寸前に足に強化を集中させて、一瞬だけ加速したようだ。身体強化の扱いが上手いと思っていたが、これほど早くに全体強化から局所の強化へと移行出来るようになるとは、やはり魔物だからだろうか? それともタシには思ったよりも魔法を扱う才能があるのかも。
 どちらにせよ、呑み込みが早いのはいい事だ。速度はそのままで、少し距離の離れたタシを追う。

「・・・ふむ」

 速度を変えずに追いかけていると、直ぐにタシに追いついた。どうやら加速は一瞬しか出来ないようで、それ以外は速度は変わらずといったところ。
 追いかけながら観察してみた限り、加速の消耗はそこそこあるようで、ボクから逃げて追いつかれるまでの時間では回復しきれていないようだ。これでは、追いかけていればいつか魔力の方が底をつくだろうな。ボクの方は大して魔力を使用していないので、ほとんど魔力を消耗していないし。
 それから数回、追いついては逃げられ、追いついては逃げられを繰り返すと、タシは観念したのか逃げるのを止めて、ボクの手がタシに触れる。

「はい、交代ね」

 タシに触れた後、すぐさま反転して距離を取る。
 今度は追いかける側から追いかけられる側になったから、先程よりも速度を少し落とそう。今のままではタシは追いつけそうもないし、何か策を講じるにも、この場所は障害物も何も無いうえに平坦で参加人数が極めて少ない。これでは流石に追いつかないだろう。多少魔法を使ったぐらいではボクは直ぐに疲れないし、プラタに至っては疲れを知らない。
 タシはボクを追うことなく、交代したら直ぐにプラタの方へと駆けていく。プラタは挑発するように近くで待機していたので、それに乗ったのだろう。
 当然ながらプラタも手を抜いているので、速度はそれ程ではない。むしろタシよりも少し遅いぐらいまで抑えているようだ。
 そうしながら、追いついたタシが触れようとするのを身のこなしだけで躱していく。前を向きながらなので、後ろに目がついているようだ。

「いや、そういえばプラタの目は人形の目とは別だったな」

 最近は人形の目で世界を観ているかのように、プラタは同じ位置から世界を捉えていたので、思わずその事を忘れてしまっていた。
 現在はどうやら後ろの様子もしっかりと捉えているようだ。それにしても身軽だな。足が遅くとも体捌きである程度はどうにかなると教えたいのかな? 強化の仕方も全体を強化しつつも、部位によって強化の度合いに濃淡をつける事で思い通りに身体を動かしながら、尚且つ身体を無理なくその動きについてこさせているようだ。
 その動きはなんとも見事なもので、あれはボクでも出来るだろうか? うーむ。多分あそこまでは淀みなく強化の位置を変えていくのはまだ無理そうだな。
 自分もまだ修練が足りないなと思いつつ、念のためにタシとプラタからは距離を置く。
 暫くそうして二人の攻防が繰り返された後、ついにタシが諦めて動きを止める。プラタを追うのに無理をしたようで、魔力も結構消耗しているようだ。
 その間にプラタは少し距離を取ると、また動きを止めた。強化の度合いでいえばプラタの方が弱かったのだが、運用の仕方に差が出た形だな。
 強いだけでは駄目だという事を改めて教えられた気分だ。ボクもまだまだ未熟という事か。プラタにそんな意図があったかどうかは定かではないが。・・・多分なかったと思う。
 タシが消耗した魔力を回復している間、ボクとプラタは動きを止めてじっと待つ。ボク達は大して消耗していないので休憩は不要だが、追う側はタシしか居ないのだから待つほかない。
 少しして、タシの魔力が回復する。全快ではないが、十分回復しているな。流石は魔物、魔力の回復がかなり速い。ボクだったら倍ぐらいは掛かるかもな。
 タシが回復したので、追いかけっこを再開する。タシは今度はこちら側に迫って来る。
 ボクはプラタのような細かな回避が上手くないので、同じぐらいの速度で一定の距離を保つ。ただ、こちらはほとんど真っ直ぐに走っているだけのようなものなので、やりようによっては追いつけるはずだ。
 そう思っていると、程なくしてタシもその考えに至ったのか、真後ろについていた位置を内側にずらして追いかけ始めた。このままいけば曲がる時に距離が縮むだろう。
 それが分っていながら、ボクは真っすぐ進む。そうすると予想通りに曲がった時に距離が一気に縮み、もうすぐそこまでタシが追いついてきた。このままいけば次に曲がった時に追いつかれるだろうが、それは時間的には丁度いい時間だろうな。
 そうして第一訓練部屋の隅に近づいたところで曲がり、思惑通りにタシに追いつかれる。
 一瞬プラタの真似をしてみようかとも思ったが、もうそれほど時間もないので大人しくタシに触れられる事にした。

「・・・・・・主、交代」

 タシはボクに触れると、そう言葉を残して離れていった。さて、タシには悪いがそろそろ終わるとしようかな。

しおり