指導と日常3
まだオクトにしか会ってはいないが、プラタの話を聞く限りノヴェル達は問題なさそうだ。だがそうなってくると、ついでに同時期に迎え入れたセフィラ達の様子も気になってくるな。ティファレトさんが居るから問題ないとは思うが、それでも心配になってきた。
そう思いプラタにセフィラ達の事を訊こうと思ったところで、扉が叩かれてオクトがノヴェルとクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエさんを連れて戻ってきた。それとオクトはお茶も淹れてきたようで、それをプラタを除く人数分とお茶請けとして用意した一口大のお菓子を机に置いていく。
それから軽く挨拶を交わしてからそれぞれが席に座る。
オクト同様に二人も見た目や雰囲気なんかが変わったようで、まずノヴェルだが流石は双子というべきか、全体的にはオクトとそう変わらない。しかし、昔のように見分けが使いというほどでは無くなったようで、オクトが可愛らしい感じに育ったのに比べて、ノヴェルは美しく育っていた。見た目はそれほど変わらないので、これは纏う雰囲気の影響だろう。光と影といった対照的な雰囲気だ。
元々それなりの年齢だったというのもあり、オクトとノヴェルの身長は以前会った時と然程変わっていないようだが、髪は肩ぐらいに切り揃えているオクトと違い、ノヴェルは腰まで明るめの黒髪を伸ばしている。
よく見えれば目元は涼やかなモノで、オクトは何処となくクリっとした丸っこい目をしているのだが、ノヴェルはそれよりも少し鋭い。この辺りはよく観察しなければ分からないが、そういった細かな部分が雰囲気の違いを生み出しているのだろ。
声質は似通っているのだが、オクトの明るく高い感じの声音に比べて、ノヴェルはあまり起伏が無いからか冷淡な声音の印象だ。性格も大分違ってきたのだろう。
他は似たようなモノか。いや、服装はオクトが明るい色合いの可愛らしい柄物なのに対し、ノヴェルは静かな色合いの無地だな。違いは大体そんな感じ。別に双子といっても別人格なのでおかしな事ではないのだが。
そして残すは、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエさんだが、こちらは大分変わった。
まず薄い桃色の髪だが、こちらはノヴェル同様腰近くまで伸ばしている。余程ここの環境が合っていたのか、身長も伸びて三人の中で頭一つ分ほど高い。服装は控えめながらも要所要所がフリフリしていて、シトリー辺りと話が合うかもしれない。
そして一番成長したのは胸だろうか。オクトとノヴェルは変わらず慎ましやかなのに対して、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエさんだけは服を大きく下から持ち上げている。胸元にもそれを隠すようにフリフリが付いているのだが、それでも目を引くほどだ。
昔は僅かに少年っぽさを残す少女といった感じではあったが、今では何処かの令嬢といった感じの上品で柔らかな見た目。もしも人間界がまだ残っていたならば、街を歩けばその高貴さに誰もが振り返った事だろう。ここは多種族が暮らすので美醜や価値観はそれぞれだが。
そして何よりだ、この三人は魔力量の成長が凄まじい。魔力操作は完璧なので漏れは無いが、その分体内の魔力密度がみっちりとしている。
そんな三人の中でも特に凄いのがノヴェルだ。クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエさんもかなり成長しているのだが、ノヴェルはそれの更に一段上に居るようだな。
オクトだけは遅れ気味だが、それでも成長速度は十分。これはノヴェル達二人の成長速度がおかしいだけ。
更には影の中に居る魔物だが、数は増えているというか人間界の襲撃前に数が戻っている。強さもかなりのものなので、三人とそれぞれの魔物をボク一人で相手取ったとして考えれば、おそらく現状ではボクの辛勝といったところだろう。恐ろしいものだ。
こうなってくると自分の成長を疑わしく思えてくるな。成長しているはずなのだけれども、成長速度が遅いのかな? 難題だな。
そんな三人と話をする。ほとんどが世間話だったが、この街にも十分溶け込めているのが解った。
プラタに世話を任せていたからか、三人ともプラタに対する態度に敬意が籠っている。ボクに対しては変わらずなのだが、それはしょうがないか。プラタに任せていたとはいえ、今まで放っておいたんだし。
その辺りは許容範囲内なのか、背後に立つプラタは特に反応しない。
一時間ほどだろうか。大体それぐらい三人と話をした後、三人の家を辞する。
どうやら大きな家だが、三人だけで住んでいるらしい。そして、普段は創造した魔物達も普通に影から出て暮らしているらしく、今回は紹介しようかと思って影に入れていたとか。実際影から出して紹介してもらったが、あれは甲冑で身を固めた天使みたいな感じだったな。兜の下には一応顔があったし。もの凄く白かったけれど。
外に出て次の場所に向かうプラタの後に続きながら、オクト達の魔物について話しを聞いてみる。
「プラタはオクト達の創造した魔物と似た魔物を見た事がある?」
「はい。全く同じではありませんが」
「そうなんだ。ボクは初めて見たのだけれど、あれは珍しいの?」
「はい。とても」
「そうなんだ。道理で見た事ないと思ったよ」
「珍しさでいえば、シトリーと同じかそれ以上ですからね」
「へぇー。それは凄い」
シトリーはスライムという魔物らしいが、これが結構珍しいらしく魔物中では上位の存在でもある。
魔物で珍しい種類というのは得てして強い場合が多いらしいから、あの三人の魔物も強いのだろう。見せてもらっただけでも威圧感があったからな。まぁ、フェンやセルパンには遠く及ばないけれど。
ついでに言えばシトリーはただのスライムとは格が違うようで、今まで聞いた話を纏めるとシトリーは上位どころか最上位の魔物で、魔物の支配者だった、もしくは望めば成れた存在のようだしな。こちらはフェンとセルパンと比べても遜色ないどころか、おそらくシトリーの方が上だろう。
なので、魔物で珍しい種類というのは強い傾向があるのだが、それだけが全てという訳ではない。より珍しいからより強いといった単純なものでもないようだ。それでも基本的な部分で強いは強いのだが。
「それで、あの魔物はなんだったの?」
珍しい魔物というのは珍しいだけにほとんど姿を現さない。中には現在は存在していない魔物も居るほどだ。ボクが見た事あるか知識として知っている珍しい魔物は両手で足りるほどだろう。
そう言った訳で、珍しい魔物というのには興味が湧いた。
「昔、あの種の魔物を創造した者は、あの魔物を戦乙女と呼んでいました」
「戦乙女ねぇ」
魔物には珍しい魔物が居るとはいえ、結局魔物は魔物だ。なので、種族というモノは存在していない。世の中には魔物を細かく分類している者も居るかもしれないが。
シトリーのスライムだって結局は誰かが最初にそう呼び始めたというだけだ。スライムというのは種族ではなく、魔物の一つの形態に過ぎない。まぁ、その形態の魔物が珍しいという訳なのだが。今回のこれも同じだ。
確かに思い出してみると、オクト達の魔物は鎧を着た女性のようにも見えなくもないか。だが、鎧は重鎧のように厳つかったし、顔は光っているかのように白くて、目や鼻などの部位はあまりよく見えなかった。
雰囲気で女性っぽいと思っただけだが、実際はどうか知らない。まあ普通に考えれば相手は魔物なので、性別は存在していないだろうけれど。
それでも鎧を着た女性というのも理解出来るので、戦乙女もおかしな名前ではないか。
「はい。ですが当時の戦乙女と比較しても、彼女らの戦乙女は随分と強くなっていたようですが」
「へぇー、そうなんだ。しかし、そんな珍しい魔物を三人共創造したとはね」
オクト達三人には共通した資質でもあったのか、珍しいとされる魔物を三人共創造したというのは、それだけでも驚きの事実だろう。
「はい。そちらの方が珍しいでしょう。同時に三人が同じ希少な魔物を創造する。それは初めての出来事でしょうから」
「ほぅ、それは凄い」
プラタそう言うのであれば、そうなのだろう。珍しい、どころの話ではないな。なにせ世界初な訳だし。
「しかし珍しい魔物か。フェンやセルパンが居るとはいえ、この身体でもそういった魔物を創造して見たいものだね」
「?」
フェンやセルパンは兄さんの身体を借りていた時に創造した魔物なので、幾分か兄さんの魔力も混入していると思われる。なので、現在の自分の力しか持たないこの身で珍しい魔物を創造してみたいと考えてしまう。別に珍しくなくてもいいのだが、強い魔物は創造したい。
しかしそれには実力を付けなければならないからな。難しいものだ。
ボクがそんな事を考えていると、プラタは足を止めて振り返り、不思議そうにこちらを見ていた。独り言なのであまり大きな声ではなかったので、何か言っただろうか? といった感じなのかもしれない。
「何でもないよ」
なのでそう言って、気にしないでと手を振る。
そんなボクに、プラタは心底不思議そうに問い掛けてきた。
「タシが居るではないですか?」
「え?」
突然タシの名前を出されて、どういう意味かと首を捻る。なんで急にタシの名前が出たのだろうか?
「ご主人様が創造したいと仰られた珍しい魔物です。タシは私でも見た事のない形態の魔物ですよ」
「そうなの?」
「はい」
確認の問いにプラタが頷く。プラタでも見た事のない魔物という事は、相当に珍しい魔物なのだろう。しかし、大して強くないのだが。
「そもそも飛行できる魔物というのは数が限られます」
「そうだね。ボクもあれほど高く飛べる魔物は見た事ないし」
今まで見た事のある飛べる魔物は、ボクの背丈か少し上ぐらいまで飛ぶ蟲の魔物や蝙蝠のような小さい魔物ばかり。それに大空を飛ぶ魔物というものは見た事が無かった。怪鳥は遠めに見た事あるが、あれは魔物ではないからな。
しかもタシは短時間とは言えボクを背に乗せて飛べるからな、珍しい魔物ではあるのだろう。やはり弱いけれど。
「その魔物も多くはドラゴンを模した場合が多く、鳥型というの珍しい部類です」
「ふむ」
「それでいて、タシのように大きさをあれほど自在に変えられるというは、おそらく存在していないでしょう。鳥型の魔物も小鳥が多いですし」
「そうなんだ!」
驚愕の事実ではあるが、ボクが今一番に求めているのは強さだからな。この辺りはタシの成長に賭けるしかない。あれから更に成長した訳だし。
「それと、タシの成長速度はかなり早いかと」
「そうなの?」
魔物というのは身近だがそこまで詳しくはないから解らないが、フェンやセルパンも結構な速度で成長していたと思うのだがな。それは気のせいだったのだろうか?
そんなボクの抱いた疑問を察したのか、プラタは何処となく呆れたような感じで話を続ける。
「念のために申し上げておきますが、フェンやセルパンは特別な魔物ですので、両者の成長速度は一般的な魔物の成長速度の数百、数千倍ほどとお考え下さい。一般的な魔物は年単位で見てやっと成長が僅かに感じられる程度ですので」
「そうなんだ」
普通の魔物というのはよく解らないが、考えてみれば仮に普通の魔物の成長速度がフェンやセルパン並みであるのであれば、周囲にそこまで強い魔物が居なかったのもおかしな話か。
「という事は、普通の魔物は成長の幅も狭いの?」
「はい」
プラタははっきりと頷く。であれば、一月も掛からずに成長を感じ始めたタシも特別な魔物という事になるな。あの成長速度はフェンやセルパンには劣るが、今聞いた普通の魔物基準で考えれば十分以上の成長速度という事になる。
「ふむ。タシって何なんだろう?」
「詳しくは分かりませんが、特別な個体であるのは間違いないかと」
「そうか・・・なら、まあいいか」
どこまで成長するのかは解らないが、強くなるというのであれば歓迎だ。元々強い魔物を求めていたのだから。
話に区切りがついたところで、プラタは軽く頭を下げると背を向けて歩みを再開する。
そんなプラタの後に続いて街中を進んでいくと、今度は統一感のない場所に到着する。そこもおそらく居住区なのだろうが、建物の高さがまちまちで、背が高かったり低かったりと凸凹としていた。
色合いも明るかったり暗かったり、何色も合わさって派手だったり、そもそも色を塗っておらず材質そのままの色合いだったりと様々だ。
高級感ある造りの家の隣が廃屋のような家屋だったり、小屋のような家や家というよりも工房に見える建物が混ざっていたりと中々に混沌としている。
「ここは?」
そんな中を歩いていくプラタに、周囲に目を向けながら尋ねる。そこを行き交う人の数はそれほど多くはないが、こちらも服装や種族など様々だ。
「居住区画です。一応」
「一応?」
「元々は住居が決まるまで一時的に住む場所として用意していたのですが、そのまま住みたいという要望が多く、住民の受け入れや建物の確保が一段落したので、要望を受け入れてそのまま居住区とした場所です。しかし、最初は仮宿が目的であったので家が簡易的なものばかりで、そこから居住する為に家を建て直したりと各々がしている内にこうなりました。まだ細かな規定を設ける前だったので、この辺りだけはそのままになっております。ですが、やはりご主人様が御覧になられるにはあまりにも見苦しいので、近いうちに全て規定通りに建て直させます」
「ふむ。いや、そこまでしなくてもいいよ。ここ街の隅の方だし。今のところ何か問題は?」
「他の居住区画とは少し離れておりますので、苦情は届いておりません。ただ、この近くには子どもなどを近寄らせないようにはしているようです」
「ここ治安が悪いの?」
「いえ。ここにも巡回の兵士は来ますのでそういう事はないのですが、この辺りは変わり者が多く、御覧になられますようにところどころに鍛冶場やらなにやらと工房を設けて色々な製作を好き勝手に行っておりますので、単純にそういった部分で危険というだけです。そもそも住民は引き籠って何かに没頭しているような者が大半ですので外に出ない者が多く、その為に人通りが少ないので逆に治安はそこまで悪くないのです。この辺りは巡回の兵士だけではなく、防壁が近い分、防壁を警備している者達の監視の目も常に光っておりますので、早々悪事も働けないという訳です」
「なるほど。通りで人通りが寂しいと思ったよ」
「元々要望を出した大半の者達は住居にこだわりが無く、移動が面倒という理由で居着いた者達なので」
「そういう事か。でも話を聞くと、そういった人達が家の中で何をしているのか分からないというのは何だか不気味だね」
居ないとは思うが、例えば爆発物を造っている者が居たら、悪意が無くとも何らかの拍子に爆発してしまうかもしれない。この辺りは研究者肌というか、思いつくままに色々作りそうな連中が集まっているという印象を受けたからな。
「その辺りも御心配なく。私が責任をもって監視しておりますので」
「そっか。ならまぁ、大丈夫か」
プラタは家の中だろうとなかろうと関係なく視る事が出来るので、任せておけば問題ないだろう。おかしな事をしていないか監視しているだけなので、細かく行動を記録している訳ではないし。
そもそも、危険な行動をしていないかどうか以外にプラタは興味がないから、わざわざ覚えてもいないだろう。
プラタの監視について考えている内に、プラタが一軒の家の前で立ち止まる。
そこは至って普通の一軒家。高さは二階建てなので、建物が高くなる傾向がある防壁付近では低い方。
見た目も特筆すべき点は何も無い。壁はくすんだ白色で、庭は無い。周囲を鉄の棒を組んで作った柵で囲っているが、胸元ぐらいの高さまでしかないようで、越えようと思えば柵に足を掛けなくても越えられそうだ。
玄関も人間界でよく見た鍵の付いた木製の扉が付いているだけで、魔法的な守りは全くない。どれだけ見ても普通の民家だ。
オクト達の後なので何となく解るが、こんなところにセフィラ達が住んでいるのだろうか? それとも別の誰かを訪ねて来たのだろうか。
そんな事を考えている内にプラタが玄関扉を叩く。この家に呼び鈴は付いてないようだ。
少し緊張しつつ待っていると、程なくして扉が内側から開かれる。
「いらっしゃいませ・・・ってあら? これはこれはプラタ様では御座いませんか」
扉を開けて出てきたのは、銀髪で女性らしい魅力的な姿態の持ち主。紛れもなくティファレトさんだった。
ティファレトさんは機械なので、成長や老化とは無縁だ。セフィラが手を加えたなら別だが、セフィラはティファレトさんの容姿を大いに気に入っていたので、変えるような事はないだろう。
なので、家の中から出てきたのは懐かしいティファレトさんの姿だった。服装以外は何も変わっていない。
「今日は如何されましたか?」
プラタに用件を尋ねるティファレトさん。先程の感じから、誰か来客予定でもあったのだろう。
「ジュライさんもお久しぶりです」
ティファレトさんは用件をプラタに尋ねた後、そのすぐ後ろに居たボクにも挨拶をする。
それに挨拶を返した後、プラタが訪問理由を述べる。といっても、様子を見に来ただけで理由らしい理由もないのだが。
様子を見に来たと述べた後、ティファレトさんは納得したように頷き家の中へと招待してくれる。来客予定があったのではないかと尋ねると、予定はあるが時間は決まっていないらしい。それこそ明日来るかもしれないので、気にする必要はないと言われた。どうやらこの辺りに住む者達は時間の感覚が適当な者が多いらしい。
家の中は外観通りの広さだが、部屋数が多いのか扉の数が多いような気がする。そのうちの一つである客室には直ぐに到着した。
客室は広い部屋ではないが、窮屈さはあまり感じない。
部屋の中には四人で囲う大きさの机と四脚の椅子が在るが、それだけで部屋一杯なので他には何も無い。掃除は行き届いているようで奇麗であった。
狭いと言っても机の周りを移動する程度の余裕はある。だがそれぐらいだ。それでも窮屈さをあまり感じないのは、壁紙が淡い水色で清々しい色合いだからだろうか。それか部屋の広さの割に天井が高いからかもしれない。
そんな事を考えながらティファレトさんに勧められるままに椅子に腰掛ける。プラタは相変わらずボクの後ろに立ったままだ。
ティファレトさんはセフィラ達を呼びに一旦退室したので、プラタと二人きりになる。とはいえ最近はずっとこうなので、特に話題もない。だが、一応気になった事を尋ねてみる事にした。
「今日の目的は、オクト達とセフィラ達の様子を見る事だったの?」
「はい。それだけでは御座いませんが、ご主人様もそろそろその二組の様子が気になっているのではないかと愚察した次第で御座います。間違っていましたら申し訳ありません」
後ろに目を向けると、プラタが頭を下げていた。しかし、実際にオクト達とセフィラ達の様子は気になっていたので、それで間違いないよと返しておく。
そうして確認の為に軽く言葉を交わしていると、ティファレトさんがお茶を持ってきてくれる。交流があるのでティファレトさんもプラタが飲めないのは知っているようで、持ってきてくれたのはボクの分だけ。
その際にセフィラ達の事を尋ねれば、どうやら現在家に居るのはセフィラだけらしい。まぁ、もう一人の男性については大して面識もないのでそれでいいが、何やらお使いを頼んでいるらしく、街中には居るがちょっと遠くに出かけているとか。
セフィラについては、もう少しで現在行っている作業に一区切りつくらしく、それまで待ってほしいという事だった。
相変わらずなセフィラに、分かったとティファレトさんに了承しておく。特に用事が在る訳でもないし、少しぐらい待っても問題ない。
若干プラタの気配が動いたような気もしなくはないが、気のせいだろう。
それから三十分ほど待つと、やっとセフィラがティファレトさんに連れてこられて部屋に姿を現す。
セフィラはボクと同年代なので、成長といっても背が高くなっているとかは無い。そんな年でもないし、たまに居る年を取ってから背が伸びる人という訳でもないようだ。
ただ髪型は変わっていて、全体的に短くなっていた。おかげでセフィラの顔がまともに見れる。以前は目元が前髪に隠れていたからな。
そうして初めてまともに見た気がする顔は、やはり整った奇麗な顔だった。少々女性寄りの容姿な気もするので、可愛らしいといった表現が似合うだろう。ただ、表情に生気を感じずどんよりとしているので、せっかくの整った容姿が逆に不気味さを演出している。
これに目の下に隈でも出来ていたらより陰気な感じがしたのだろうが、そこまではないようだ。それにほっそりとした体形ながらも不健康さはないので、ティファレトさんがしっかりと管理しているのが窺える。
猫背なのは相変わらずだが、気だるげな様子で椅子に腰掛けると、セフィラはゆっくりとこちらに顔を向けて軽く手を上げて挨拶をする。
相変わらず暗く小さな声ではあったが聞こえないという事はなく、滞りなく挨拶を終えると、早速現状について尋ねてみる事にした。
「ここでの生活には慣れた?」
「まあそこそこ。外に出ないからなんとか」
ボクの問いに、セフィラは考えるように言葉を紡ぐ。しかし、最後の一言だけでティファレトさんの苦労が垣間見えるようだった。
とりあえず気を取り直すと、話を続ける。
「今でもずっと機械を弄ってるの?」
「当然だろう? それ以外に取柄も興味も無いし」
「まあそうか」
セフィラは相変わらずセフィラのようだ。それに安堵したような呆れたような。
「道具は揃うの?」
「ああ。人間界に居た時よりも色々揃うし、知識の豊富な奴らも多くて研究が捗る捗る」
「そうか。それはよかったよ」
専門外なのでボクにはよく解らないが、満足しているならそれでいいか。
その研究の中身も気にはなるが、訊くと話がかなり長くなるだろうから止めておく。こういった相手には無闇に専門分野の話を振らない方がいいだろう。
それから普段の生活について聞いた後、ティファレトさんにも話を聞いてみる。この家で一番苦労しているだろう人物だからな。
そう思い近況を問い掛けてみたのだが、どうやら随分と充実しているようで、全く不満を漏らさない。セフィラの手前そうなのかとも思ったが、新しく出来た交友関係について楽しそうに語っているので問題なさそうだ。
生活費についてだが、ティファレトさんを窓口にして意外とセフィラがしっかりと稼いでいるらしい。主に住民のアレが欲しいを実現して販売しているようで、結構売れているとか。
個人的な依頼もあるようで、今のところお金には困っていないらしい。とはいえ、稼いだお金の大半は研究費用として消えていくようだ。この家ではセフィラ以外は食事を必要としていないので、その分も研究資金に回しているという。
今後の事も考えるとそれはそれでどうなのだとも思うが、それなりに結果は出しているようなので、方針としては間違ってはいないのだろう。いつになったら研究の成果が形になるのかは分からないが、セフィラ曰く、出来るだけ早急に完成させたいらしい。
何を作っているのかボクには分からないが、友として応援だけはしておいた。
その後に不満点やその改善案などを訊き、参考にさせてもらうとして家を後にする。既に夕方になろうかという時間なので、あまり長々と居座る訳にもいかないだろう。
ティファレトさんに見送られて家を後にすると、外は少し暗くなってきていた。それでもまだ明るい。
それからプラタは拠点を目指しつつも、街中の案内の為に遠回りしながら街を歩く。
街中は活気があって、人々の笑顔に溢れていた。食べ物屋も結構見かけた。国境が封鎖されているような現状でもこうして笑顔や食べ物で溢れているというのはプラタ達のおかげだろう。
ほとんど国内で完結しているというのは凄いものだ。普通の街並みのようでいて、そう思わせるだけの光景がそこには広がっている。
プラタはこれを見せたかったのだろう。確かに報告だけでは実感出来ないからな。
そうして街並みを目にしながら拠点に戻る頃にはすっかり夜になっていた。久しぶりなので、そのまま食堂へと移動する。
机と椅子だけの誰も居ない広い空間。それも随分と懐かしい。プラタの案内で奥の席に座るのもまた懐かしいものだ。
椅子に座って直ぐにシトリーが食事を運んでくれる。この辺りはプラタが帰り着く前に話していたのだろう。
用意された食事は、野菜中心の料理。どれもこれも瑞々しくて、それだけで美味しそうである。
その料理をゆっくりと味わって食べ終えると、食休みを挿む。その後に立ち上がったところで、プラタと共に地下へと転移した。プラタが居るので、わざわざ転移装置を使用しなくて済む。
到着したのは自室。このままお風呂に入ろうかと思ったが、椅子に腰掛けて少し休憩する事にした。
食休みは済ませたが、目を瞑れば今日の光景が思い出される。護るべきものなのだろうが、むしろあの光景の中に混ざりたくなった。そういう意味では、オクト達が羨ましい。
死の支配者の脅威をどうにか出来たならば、ボクもあの中に入れるのだろうか? こうして奥で修練しているだけなので、国主ぶってふんぞり返る必要はなさそうだし。
「・・・そうだな」
そのまま少し考え、思いつく事があった。というか、ボクにやれる事などそう多くはない。魔法道具を売れば十分稼げるだろうが・・・それはそれで楽しそうだな。まぁ、とりあえずその考えは横に措いておく。
あれはまだジーニアス魔法学園に通っていた時の経験だ。一時期弟子ではないが、新入生に魔法を教えた事があった。
もう随分と昔の話のようだが、まだ五六年ぐらい前の話だったように思う。記憶は曖昧だが。
その当時はただ面倒なだけではあったが、今思えばあれはあれで楽しかった。なので、今は力が必要な訳だし、誰かを育ててもいいのではなかろうか? ふとそんな考えが浮かんだ。
いや、それでもまだ早いだろうか? ボクもまだまだ未熟だしな・・・うーん。誰かに教えるのはそれなりにいい修練になりそうな気もするが、どうなんだろう。ここはちょっとプラタに相談してみるとするかな。