指導と日常2
仮にこれを実戦として、外でプラタと対峙した場合の勝率はおそらく二割を切るだろう。それどころか一割前後ぐらいと考えても高く見積もりすぎかもしれない。
それぐらいに修練と実戦は違うし、室内と屋外ではまた異なる。もっとも、常に外で戦えるわけでもないので、修練の一環である模擬戦も意味がない訳ではないが。
そんな事を思いつつ、プラタと向かい合うように対峙する。両者の距離はおよそ二十メートルほどだろうか。魔法使いとして考えれば結構近い。
念の為にボクとプラタそれそれで追加で部屋に幾層も結界を張って、部屋の防御力を更に増しておく。これぐらいしないと、気になってしまってあまり力が出せない。
それに、実はこれでもまだ足りないぐらい。少し前の修練まではこの結界ももう少し薄かったのだが、結界が厚くなる前の模擬戦で結界を全て壊してしまったのだ。
結界を全て壊した挙句に壁や床にも少しひびを入れてしまったので、その時は模擬戦は中止として、製作者のプラタが壁や床を修復してくれた。
現在ではその時の倍以上の厚さの結界を張ってはいるが、これでもまだ心配だ。しかし、いつまでもそんな事を考えている訳にもいかないので、プラタに準備が出来たと合図を送って模擬戦を開始する。
まずは牽制目的で紅蓮の散弾をプラタに放っていく。一つ一つはこぶし程の大きさだが、それを数百ほど用意すると、プラタ目掛けて数秒間で全てばらまいていく。
それをプラタは完全に見切って流れるように避けていく。間を置かず面で放っているので散弾に隙間はあまりないが、強引に僅かな隙間を作り、そこで小柄な身体を活かして踊るように回避しているのだ。
プラタはその途中でも、こちらに向けて魔法を放ってくる。それも遠隔魔法でこちらの死角から発現させて、的確に急所を狙ってくるので油断は出来ない。
それを身体強化を使用してボクも避けつつ、次の手の準備を行う。
一発で岩が吹き飛ぶほどの威力を秘めていた紅蓮の嵐を躱しきった直後のプラタへと、散弾に紛れて接近したボクは魔力を纏ったこぶしを突き出す。
このこぶしに纏わせた魔力こそ特性を活かした方法で、唯一実戦で使用出来る段階の魔法。
纏わせたこの魔力は身体強化を施すのみならず、術者以外の触れた対象の魔力を吸収するという中々に厄介なモノ。これは身体に纏っているからか、特性の制御が比較的上手く出来るのだ。
この魔法の特に厄介な所は、吸収する魔力量が術者の保有魔力量と同等程度という凶悪なところ。これはおそらく身体に直接魔力を纏い、体内から魔力を常に一定量になるように補給しているので、保有魔力と繋がっているという事なのかもしれない。
ただこれにも欠点があり、魔力を使用し過ぎて保有魔力量が少ないと、魔力の吸収量がそれだけ減るという事。吸収した魔力は自分の魔力として使用可能なのだが、保有魔力として扱うには少々時間が掛かるのだ。多分馴染ませるのに時間を要するのだろう。
更にもう一つ欠点があり、保有魔力量と同程度の魔力吸収が可能といえども、それは術者の限界を越えては吸収出来ないという点だ。
これに関しては術者の器次第という事なので、鍛えてどうこうなるモノでもないのが難しいところ。まぁ、絶対に器の容量を増やせないという訳ではないのが一応の救いでもあり、増やせてもごくごく少量という現実が絶望であった。
ボクの場合、元々人より魔力を受け入れる器が大きかったので、魔力を吸収する分には問題はない。日々余剰分の魔力は可能な限り溜めているとはいえ、本来持ち合わせているはずの魔力保有量であれば、その倍でも器に余裕で入る。なので欠点はあるも、ボクにとっては些細な欠点だった。
しかし、そんなボクでも問題はある。それは、体術が大して身についていないという事。
魔力を纏わせて戦うという性質上、どうしても近接戦闘になるのだが、ボクは今まで武術など齧った程度しか経験がないので結果として、体術がほとんど強化された肉体任せの力技になってしまっている。
プラタも近接戦闘が苦手なので、プラタとの模擬戦では何とかなっているも、これは魔力の運用ではなく、武術の拙さで実戦には向いていない。
それでもこれに頼るしかないので、ボクは必死にプラタに接近しようとするも、何度も戦っているのでプラタも心得たもので、絶対にこぶしが届く範囲には近づかせてくれない。
結果として、魔法での中距離戦が主体となる修練になっている。もっとも、その使用している魔法の質と数がとんでもない事になっているので、それが結界に当たってずっと軋むような悲鳴が響いている。
それも耐えられずに時折ガラスが割れるような高い音がするので、結界も万能ではないという事だ。もっとも、その為に何重にも結界を重ねて張っているのだが。
鳴り止まない悲鳴と破壊音。その為に結界が心配になってくるが、プラタ相手ではそんな余事に構っている暇はない。それだけプラタの攻撃は捌くのがキツイ。
なにせ一撃一撃があまりにも重すぎるのだ。プラタが放つ牽制程度の魔法の一撃が、ボクにとっての必殺の一撃になりえるほどに。
ボク目掛けて雨のように飛んでくる色とりどりの光弾。こぶし大からそれよりも一回り程大きな楕円形と様々な大きさのそれは、無論全てプラタの魔法だ。
その一発は人間の感覚で言えば上位の魔法なのだが、プラタからしたら下位どころか基礎の魔法とも言えるぐらいに手軽な魔法らしい。故に、それを気軽に何百と発現させては中空から豪雨のように降らせてくる。
その一発でもまともに当たれば、ボクは最悪死ぬか少なくとも大怪我する事だろう。なので、最初の頃はもしかしたらプラタはボクに何か不満でもあって、この際都合がいいからとボクを抹殺しにきているのではないか、などと一瞬勘ぐってしまったほど。それぐらいに散弾の一発一発が凶悪な一撃なのだ。
一応前にプラタに何か不満はないかと尋ねた事があったが、そんなものは無いという答えが返ってきた。今は充実しているらしい。
それでも本当は何か不満があって、それを今発散させているのではないか。そうつい勘ぐってしまうほどに苛烈な攻撃を掻い潜っていく。浮遊しているプラタとの距離は、おおおそ十メートルほどだろうか。多分もう少し短いと思うが、とにかくそれほど離れてはいない。何も無ければ数秒もあれば余裕で歩いてでも辿り着ける距離。
それが中々縮まってくれない。身体を捻り、身を低くし、時には後退して魔法の雨を避けながら進んでいるが、一メートル進むだけで数分から時には十分ぐらい掛かってしまう。
それでも何とか五メートルほどまで近づくと、プラタの攻撃が激しさを増す。躱す隙間すらほとんど無い魔法の雨に、少しの後退を余儀なくされる。
それでも直ぐに戻って進むも、五メートルから先は一メートル進むだけで限界に達するぐらいに過密な魔法だ。避けられないほどの豪雨だが、それでも越えられない訳ではない。今までも何度もこの雨を抜けているのだから。
方法としては幾つかあるが、確実なのは結界でも張って押し進む方法。ただこの場合、消費魔力量が半端なく多い。
しかし、それもしょうがない事だろう。相手は一粒が致死性の威力を誇る雨。その雨を受けても壊れない傘を展開し続けなければならないのだから、それを維持し続ける魔力量は途方もない。
ただその場合、雨を気にしなくてもいい分、雨を抜けるのが早くなる。雨を受け止めている間は上から押さえつけられているような重さはあるも、身体が重いだけで進めないほどではない。一メートル進むのに一分ほどまで短縮出来るだろう。
しかし、問題は三メートルを切った辺りから攻撃が最終段階へと移行してしまうということだ。これは単純に雨の激しさが増すだけではなく、雷鳴も追加されてより強力な攻撃に切り替わるのだ。
この段階の強力な威力を誇る雨の中にまでなると、耐えられる傘は創れそうもない。おそらく気にせず進めば、あと一メートルから二メートル辺りで力尽きる事だろう。
ではどうするかだが、傘までは魔力吸収付きでも魔力消費量が多いとはいえ、それでも最も楽に進めるのでそのままだが、三メートルを切った後は適度に攻撃して数を減らさなければならない。ここで魔力吸収の攻撃が必要になってくる。魔力を吸収すると、魔法は威力を弱めるか消滅する。そしてボクが纏っている身体強化の魔法の魔力吸収量は、保有魔力量と同程度なので、魔法の十発やニ十発ぐらいはなんて事はない。
吸収した分を守りに回してもいいが、魔力が馴染むまでに残っている魔力で傘を維持出来るかと考えると、ギリギリだった。つまりは難しいという事。
なので、普段はこの二つを使い分けている。傘で五メートルから三メートルの間を通り、三メートルから先は傘と吸収付き攻撃魔法を併用して、吸収する攻撃を絞っている。
それでも十分きついのだが、他には同じように攻撃魔法のみで相殺して進むとか、転移を使用して細かく回避していくとかしかないのだが、魔法で相殺し続けるには雨のように降り注ぐ攻撃相手では結構な威力が必要になるし、それも連発する必要が出てくる。
転移は魔法の雨が邪魔で転移地点を上手く設定出来ない。それに加えてプラタの妨害で、プラタの周辺は転移不可領域になっていた。
今の実力では防ぎながら進むしかなく、今回も泣く泣くそうして進んでいく。しかし今回はどうも前回までとは違うようで、五メートルを切って少し進んだところで一気に攻撃の激しさが増した。
予想外のそれにより許容量を超えてしまい一瞬で傘が壊れ、プラタの攻撃がボクの身に降り注いでくる。
魔力を全身に纏っているので、それで攻撃が着弾すると同時に一気に魔力を吸い取り攻撃の威力を激減していく。しかし、それでも完全には威力を殺しきれなかったようで、身に魔法の衝撃が幾重も貫いていく。
その一瞬で意識が飛びそうな衝撃を感じ、大きく吹き飛ばされる。その時には雨は止んでいた。
まぁ、考えればこれは遊戯ではなく修練なのだから、攻撃が常に同じという訳もないだろう。実戦であれば変化はもっと多彩だろうし、今までの模擬戦が幾つかの法則に則って攻撃が行われていたので、完全に忘れていた。これはかなりの失態だな。
数メートルほど飛ばされたところで、床を滑るように転がる。意識は何とか保てたがボロボロだ。
それでも動きが止まったところで意識を強く持ち、全身に力を籠めてよろめきながらも何とか立ち上がる事が出来た。
そうして何とか気合で立ち上がったはいいが、これで模擬戦は終わりだ。当然だがこの時点でボクの負けが決まっている。
意識が朦朧としつつもボロボロになりながら立ち上がったのは意地だが、模擬戦が終わった事で慌ててプラタが傍まで文字通り飛んできた。
「申し訳ありません!! 御怪我はありませんか!?」
模擬戦だったのだし気にする必要は全くないのだが、ボロボロのボクの姿を見たプラタは狼狽えたようにしながらも、深々と頭を下げて謝罪した後、ボクの周囲を動き回りながら身体中に目を向けて怪我はないかと心配している。
ボロボロではあるが、目に見えた怪我は特には無い。今まで何度も経験して色々と学んでいたので、模擬戦は袖と裾長い服を着て行っている。なので、床を滑りはしたが擦り傷なども無い。服も厚手のかなり丈夫なモノを用意していたので、多分破けたりもしていない。
それに大容量の魔力吸収付きで身体強化を行っていたので、魔法はほぼ無力化出来ていた。おかげで魔法が身体を貫く事はなかった。
それでも敢えて言うのであれば、魔法を受けた時と床を転がった時に受けた衝撃が効いたというぐらいか。多分、今服を脱げば全身青あざぐらいは出来ているかもしれない。
それでもそのぐらいだ。頭の方はしっかりと守ったので無事だしな。手足も痛むが折れてはいないと思う。痛むだけで無理なく動かせるし。
そういった事を心配しているプラタに告げた後、休憩の為に床に座る。その頃には意識も大分はっきりとしてきた。
プラタが魔法で回復させようとしてくれたが、大した怪我ではないのでそれは断っておいた。自分で身体機能を活性化させる魔法を使っておいたので、身体強化との相乗効果もあってそれほど時間も掛からずに良くなる事だろう。これぐらいの痛みは慣れておかないと、いざという時に動けないかもしれないからな。
それにしても、プラタの降り続ける魔法の雨は中々に突破が難しい。今回は外部の魔力を吸収する魔力を全身に纏っていたから大怪我こそしなかったが、これが実戦であったら最後には殺されていただろう。
魔力吸収の容量はまだまだ余裕があったとはいえ、対象の魔力を吸収しきるまでには僅かに時間が掛かるので過信はいけない。今回のように数で圧されるという事も考えられるのだから。
あとは強力な魔法にも気をつけなければならない。今回身に受けたプラタの牽制程度の魔法でも、当たるまでに完全に吸収しきれずに衝撃を受けて吹き飛ばされてしまったのだから。あれ以上の威力のある魔法だったら、吸収が間に合わずに身を貫いていてもおかしくはない。
そう思うと、途端に恐くなってぶるりと小さく身体を震わす。今更ではあるが、やはり覚悟をしていてもいざ目の前に死を感じると恐いものだ。戦っている最中はそこまで余裕が無かったので気にならなかったけれど、こうして生還してしまうと途端に恐怖してしまう。
だが、ここで震えて立ち止まってしまう訳にもいかないので、歯を食いしばって恐怖を理性で強引に抑え込む。本能でしか行動できない獣と違って、理性ある種はそれを無理矢理にでも抑え込めるのだから。
本能に従って動くだけの者は獣と同じなのだが、それが必要な時もあるだろうから、あまり抑圧し過ぎないようにもしないとな。
ボクが床に座っている横でプラタは飲み物を用意してくれたようで、そっと差し出してくる。
「どうぞ水で御座います。喉を潤しては如何でしょうか?」
恭しく差し出された水を慣れた手つきで受け取りそれを飲む。常温よりも気持ち程度冷えていたその水は、動いて火照った身体に気持ちいい。身体中の痛みもその冷たさに和らぐ思いだ。
「ふぅ。ありがとうプラタ」
水が入っていた容器を返し、一息つく。その頃には水の効果もあってか、大分痛みが引いた気がした。
時間を確認してみると丁度昼になっていたので、区切るにはいい時間だと思い昼食を食べる事にする。
第一訓練部屋から自室に戻る間、昼食の後にもう一回模擬戦をするかどうかと考えていたが、今日は止めておく事にした。今日だけでも十分勉強になったし、他にもやる事がある。
部屋に到着した後は、プラタの案内でいつも通りに用意されている席に着き、プラタが持ってきてくれた昼食を摂った。
昼食は胃に優しい料理がやや少なめの量用意されたので、直ぐに食べ終わる。
食休みを挿んだ後は席を立って伸びをしてから、今日は魔法の研究・開発をする事にする。昨日は急遽魔法道具の作製に予定を変えたから、それでいいだろう。
プラタとの魔法の研究・開発は、現在は主にプラタの講義を受けている。それによると、魔法について人間界で学んだことは浅く、ところどころ間違っていたようだ。
そうしてより深い魔法の授業を終えた後は、身体を軽く解して先にお風呂に入る事にした。
ずっと座っていたから身体中が痛い。これは午前中の模擬戦はあんまり関係ないと思う。とりあえず伸びをしたら、ボギボギと骨が鳴ったからな。
脱衣所で服を脱いだ後は、洗い場で身体を洗ってお湯に浸かる。最近は泳ぎの練習をしていないが、一応人並みには泳げるようにはなったので、問題はないだろう。
少し熱めのお湯に浸かって無意識に息を吐き出すと、魂まで抜けそうな息が口から洩れた。思った以上に疲れていたのかもしれない。体調には気をつけておかないとな。
それから、湯船に浸かるのを足だけとか、半身とか全身とかと様々に変えながらプラタと仲良く入浴を楽しんだ後、お風呂上がりに夕食を摂る。
お風呂から上がって着替えている間に先に出たプラタが用意してくれたようで、直ぐに食事にありつけた。
午後は頭を使っただけだからか夕食は軽めのもので、あっさりした味付けだった。もしかしたら、思っていた以上に身体が疲れていたのをプラタも見抜いていたのかもしれない。
そう思い、今日は食後はのんびりと過ごす事にする。魔法の光を幾つか浮かばせて遊んだり、思いつきで身体を揉み解してくれる魔法道具を創ってみたりと、ここ最近では随分と緩い空気で過ごす事が出来た。
因みに身体を揉み解してくれる魔法道具だが、何度か改良したおかげで丁度いい強さで的確に全身を揉み解してくれる椅子型の魔法道具に仕上がった。といっても使うのはボクだけなのだが。それでも疲労回復にはいいだろう。
その日はそうして過ぎていき、翌朝。
朝食を終えた後に今日はどうしようかと考えると、プラタからたまには外に出てみてはどうかと提案されたので、そうする事にした。
外にも長い事出ていなかったので、準備を整えて外に出る事にする。確か今は寒い時期になっていたんだっけか。
準備を終えてプラタの転移で外に出る。
久しぶりの一瞬の浮遊感と意識の漂白を感じた後に到着したのは、自室が在る地下の地上部分に建っている建物の入り口。丁度玄関を出て直ぐの場所であった。
ちょっと先に噴水が在り、更に奥には大きな門が在る。振り返ると立派な玄関扉が在る。見慣れた風景なので間違いないだろう。
一緒に転移してきたので隣に居るプラタと共に、門を目指して移動を始める。
寒い季節といっても雪も降っていないし、精々が息が少し白くなる程度。寒くて動けないというほどではないし、歩いていれば直に温かくなるだろうぐらいの気温なので、魔法道具の使用は止めておいた。たまには外の空気を直接肌で感じた方がいいだろうとも思ったから。
門に到着して、門の下の方に備わっている人の出入り用の小さな扉を潜って敷地の外に出れば、小高い場所に建っている拠点なので、そこには視界一杯の建物が目に映る。
以前見た時よりも背の高い建物が増えたようだし、建物自体も増えている気がする。ある程度決まった通りに集中していた人の流れも分散されていて、街全体が活気に満ちているように思えた。
霞むほど遠くに見える防壁は相変わらず高く、そして拠点の経つ小高い丘周辺は相変わらず何も無かった。街は丘を下った先から広がっている。
丘の上から見ただけで様々な種族が確認出来るので、多彩な文化が混ざり合って、あれからどんな変化を遂げたのかどんどん気になってきた。
プラタの案内で拠点の周囲を少し回って、一先ず大通りを避けて丘を下る。人が分散したと言っても、やはり大通りに人が多いのは変わらないから。
そのまま丘を下ると、大通りほどではないにしろ賑やかな通りに出る。
プラタの後に続いて通りを歩きながら周囲を窺う。大分久しぶりなので、街の様子が以前と比べてがらりと変わっていた。
現在歩いている場所は職人の区画とでも言えばいいのだろうか。工房らしき場所と、それに併設する形で作られた商品を販売している場所が見受けられる。
職人区画と言っても、作られているのは武器や防具ではなく首飾りや腕輪などの装飾品。あとは奇麗な刺繍の入った布製品や上品な装飾で着飾った小物類。そういった物を中心に販売・製作している通りのようで、周囲をよく見れば女性が多い気がする。着ている服も以前よりも洗練されてきているようだ。
以前は市場でたまに見掛ける程度だった品々が通り中に並んでいるのに驚きつつ、煌びやかで華やかなそれらは、とても繊細な作りに思えた。
そんな通りを歩みを止める事なく進み、プラタは少し大きな通りに出る。これは確か大通りに繋がっている通りだったか。
しかしプラタはそこに興味は無いようで、人の隙間を進んで通りを横断すると、直ぐに次の通りに入った。何処を目指しているのだろうかと思いながらも、その後をついて行く。
まぁ、こうして街の中を歩くだけでも発見がいっぱいで楽しいのだが。ただ、プラタを見失わないようにしなければならない。魔力視は人の多い街中では少々心許ない。プラタは保有魔力量が多いので何とか見分けることは出来るが、それでもはぐれない方が賢明だろう。
そんな事を考えながらも、周囲を確認するのも忘れない。
見かけた飲食店もお洒落になったもので、建物の部分を縮小して、その分外に屋根を伸ばして食事が出来るようにしてあったり、通りに面した壁を全面硝子張りにして店内の様子が見えるようにしたりと、色々な工夫がなされている。
かと思えば未だに屋台も出ており、歩きながらだけではなく、その場で立ち食い出来るように工夫された軽食なんかも売られていた。
本当に色々と変わったなと、三階建ての建物を横目に思う。この辺りも以前は平屋ばかりだった記憶があるのだが、以前までは突貫工事で似たような建物を造っていただけで、高さ制限とかは無かったのかも? なんて思うが、その辺りすらボクは知らない。これはもう少しこちらにも関心を持つべきなのかもな。
そんな反省をしつつプラタの後を追っていると、周囲の建物の様子が少し変わる。
建物の大きさはここに来るまでに見た建物と然程変わらないのだが、どことなく洗練されたよな、それでいて親しみやすくなったような感じがしていた。
そう思ったのでよく観察してみると、まず通りを歩く人の数が一気に減っている。それでいて呼び込みの声も無く、塀や柵で建物の中が見えないようになっている。つまるところここは、住居を集めた区画なのだろう。
こんな場所に何の用だろうかと首を捻るも、ただの通り道かもしれないのでもう少し様子を見る。まずはプラタが足を止めるまでは黙ってついて行く。
暫く進むと、プラタは一軒の家の前で足を止めた。
そこは居住区画の奥の方に建つ家で、夏空のように爽やかな青色の壁をした大きな二階建ての家。
周囲を石を積み上げて造った塀が取り囲み、広い庭には様々な植物が植えられている。見た限り、大半が何処かしらを食べられる植物ばかりのようだ。
プラタは迷うことなく鉄格子の門の横に取りつけられている呼び鈴を押す。こんな場所に何の用だろうかと思っていると、家の中から一人の女性が出てきた。
「これはこれはプラタ様。本日はどのような御用件で?」
明るい黒髪をした可愛らしい容姿の女性は、明るく涼やかな声でプラタにそう問い掛ける。見た限り人間のようにも見えるが、この国に居るボクが把握している人間と言うと四人しか思い当たらない。その中で女性は三人。
まさかなと思いつつ改めて女性に視線を向ければ、それは大人っぽくなってはいるが、どうやらオクトであるようだった。プラタに任せたきり二年以上会っていなかったので成長しているのは不思議ではないが、それにしても纏う雰囲気がかなり変わったものだ。昔はまだ幼さが抜けきれない少女といった感じだったのだが、今は可愛らしくもしっかりとした女性といった感じ。人は変われば変わるものだと、思い知らされたような気分だ。
家から出てきたオクトに、プラタは今日はボクにオクト達の様子を見せに来ただけだと告げる。
「あら、そうでしたか。お久し振りで御座います兄上」
柔らかに微笑み頭を下げるオクト。思わず誰? と問いたくなる変わり様だが、プラタも相手がオクトであると認めているようだし、この女性は正真正銘妹のオクトで間違いないのだろう。
「久し振りだねオクト。元気にしてた? ノヴェル達も元気かな?」
そんな疑問を抱きながらも、それをおくびにも出さずに無難に返す。ボクに気の利いた返しなど出来る訳がないのだ。
「はい。ノヴェルもクルも元気ですよ。呼んできましょうか?」
「そうだね。せっかく来たから、顔ぐらいは見ておきたいかな」
「では・・・寒空の下ではなんですから、家の中へどうぞ」
そう言ってオクトは家の中へとボク達を案内してくれる。そういえば、いつの間にこんな立派な家に引っ越したんだろうか? 実家の家よりも倍以上に大きく立派な家なので、三人で住むには広すぎると思うが、他にも誰か住んでいるのだろうか。
家の中に入ると、広い玄関に迎え入れられる。入って直ぐの玄関の床が少し低いので、どうやらここで靴を脱ぐ設計のようだ。ボクはやはりこちらの方が好きだが、拠点は土足のままが多いんだよな。地下でもそれに倣っているが、一応地下では靴を室内用に履き替えてはいるし、それを忘れても問題ないように外用の靴も極力奇麗にしている。そもそも地下に籠っていて外にはろくに出ないとはいえ、やはり気になる部分もあるのだ。
そんなことを考えながら靴を脱ぎ、来客用に用意されていた室内用の履物に履き替えて家の中に入る。広い家ではあるが、流石に家の中までは案内されず、通されたのは玄関から直ぐの場所に在る応接室。
応接室の中は広くて清潔感がある。置かれているのは六人でゆったりと囲める机と、その机を囲むように配置された革張りの背凭れ付きの長椅子。
壁に掛けられている絵や、花が飾られている花瓶など、調度品は少ないながらも感じのいい物ばかり。そういった物に詳しくないボクでも、いい物なのだろうなと思えたほど。
オクトに勧められるままに長椅子に腰掛けると、身体を包み込んでくれるような柔らかさがあった。プラタは横には座らず、ボクが座る椅子の後ろに立って控えるつもりのようだ。
別に一緒に座ってもいいのにと思うのだが、プラタがそうしたいというのであれば、これぐらいは何か言う事でもないのだろう。それでも一応「隣に座らないの?」 と声は掛けてみたが。その問いにプラタは「私はここで」 と、感謝の言葉と共に軽くお辞儀をして返しただけで、それ以上動きそうもなかった。
まあいつもの事かと思い、それで会話は終わる。オクトは案内を終えたら「ノヴェル達を呼んでくるので少々お待ちください」 と言って部屋の外に出ていったので、部屋の中にはボクとプラタの二人きり。
なのでちょうどいいと思い、いつの間にオクト達がこんな豪邸に越していたのかなどをプラタに訊いてみる事にした。
「久しぶりにオクトに会ったけれど、話し方や雰囲気が変わっていて驚いたよ。それにこの家。ジュライ連邦に来た時には集合住宅の一室を宛がわれていたけれど、三人はいつの間にこの家に?」
「半年ぐらい前でしたか。居住区画を拡げた際に一緒にこちらに越してきたのです。この家は妹君達が働いて稼いだ金銭で建てたのですよ」
「へぇ。ここに来てそれほど経っていないというのにそれは凄い。順調にこの国に馴染んでいっているようだね」
「はい。問題なく」
話を聞いて驚くと、プラタは何処か満足げに頷く。
それにしても、短期間でこんな家を建てるとは驚きだ。今は皆に住居が行き届くようにと家がまだ安いとはいえ、本当に凄いものだな。