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其の二

「古典的な方法と言いますと?」

「王城に居座るなんちゃら同盟の連中を挑発してやったのよ。何度もね」
 
 フランソワーズによれば、降伏勧告の使者にそれとはまた別の書状も持たせたという。
 
 その内容はというと、フランソワーズいわく、

【恥知らずにして不忠者の極みたる反乱軍の賊党たちよ。蚤《のみ》ほどの勇気があるのならわれらとの決戦に挑んでみよ】

【すでにお前たちの醜態のかぎりは、オ・ワーリ国民すべてが知るところであり、嘲笑と侮蔑にまみれたその名は、永遠にわが国の正史に刻まれことになろう】

【これ以上、自らの家名と先祖の名誉を貶めたくなければ、国都を出てわれらとの戦いに臨むべし。それに勝利することこそが唯一回避の道である……】

「ま、そんなところね」

「な、なるほど……」
 
 淡々と自らの「裏工作」を話すフランソワーズに、ランマルは内心であ然とするしかなかった。
 
 そりゃ、そんな挑発をされたら彼らも態度を硬化させて、降伏勧告など一蹴するわなと話を聞いた今では納得するだけだが、フランソワーズの「裏工作」はこれだけにとどまるものではなかった。
 
 紅茶をすすり、フランソワーズは語を継いだ。

「もちろん、それだけでは連中を国都から引きずりだすには不足と思って、ことのついでに城下にもばらまいてやったわよ。連中をけしかけるためのビラをね」

「ビラ?」

「そうよ。なんちゃら同盟の貴族や騎士は去勢されたブタも同然の臆病者。吠えるだけしか能のない口だけ番長だ、とかね。間者を使ってけっこうな枚数を街中に流したから、もうほとんどの住民が目にしているんじゃないかしら」
 
 番長ってなんだろう? とランマルは思ったが、ともかく同盟側が動きだした理由はこれではっきりした。
 
 すなわち、女王の名ばかりの降伏勧告と、それに続く家門を標的にした罵詈雑言に、もともと感情の沸点が低かった彼らが「ふざけやがって!」と激怒し、女王軍との戦いを決断させたということを。

 しかしである。ランマルの見たところ、おそらく彼らの最有力選択肢は国都に籠もり、女王軍を迎え撃つことだったはず。

 先のウェミール湖での敗北によって主力の軍勢を失った今、国都に残る残存兵力は多く見積もっても二千人に届かないはず。しかもその大部分は歩兵ときた。

 こと戦略とか戦術といったものにとんと疎いランマルですら、これだけ兵力で不利な状況に陥った今、国都を一つの城と見立てて立て籠もり、そこで女王軍を迎え撃つのが最良の選択であることぐらいわかる。

 さらに思考を一歩進めてみれば、国都の住民をいわば人質にして、女王軍との間に有利な和議、ないし譲歩を引き出すことも考えていたはず。

 国民を人質にするという卑劣な策に、良識家たるカルマン大公などは拒否するかもしれないが、この戦いに負けたら爵位から領地から家門からなにまで、全て失うことになるダイトン将軍やペニンシュラ公爵らであれば、カルマン大公を押し切って迷うことなくその策を選んでいてもおかしくない。

 にもかかわらず彼らの選んだ選択肢は、国都の外で女王軍に決戦を挑むというものだった。
 
 度重なる女王の挑発もたしかに効果はあったであろうが、それが全てとはランマルには思えない。いったい王城内で、盟主カルマン大公を中心にどのような議論が交わされ、そして今度の結論に至ったのか。ランマルは激しい興味に駆られていた。

 そんなことをぼんやりと考えていると、フランソワーズの声が耳を打った。
 
「斥候からの報告では、連中は現在、国都西端のラゴーレ地区に軍を集結させているとのこと。おそらくはアーセン城を拠点にして戦いに挑むつもりなのでしょう」
 
 アーセン城は国都の西端に建つ、騎士団所有の駐屯城である。
 
 文字どおり騎士団が滞在するためだけに築かれた城で、防壁や壕の類はいっさいない。
 
 そのアーセン城を拠点と定めたことからも、敵は籠城戦ではなく野戦で勝敗を決するつもりなのであろう、というのがフランソワーズの見立てであった。
 
 それまで無言を保っていたヒルデガルドがはじめて口を開いた。

「それで陛下。敵の狙いが野戦での決着にあるとしまして、想定する戦場はどのあたりになりましょうか?」

「もう定めているわ。ランマル、地図をお持ち」
 
 ランマルが持参した地図をテーブルの上に広げると、フランソワーズが白魚のような白皙の指で図上の一点をしなやかに指し示した。

「ここで連中を迎え撃ちます。奴らの墓場にふさわしい場所ですからね」
 
 フランソワーズが指し示した場所。

 それは国都の北西、件のアーセン城から西に十フォートメイルほどの距離に広がるアセナール平原だった。
 
 場所によっては多少の高低差はあるが、五フォートメイル(五キロ)四方にわたってほぼ平たんな地が広がる場所で、そこには一本の樹木も生えておらず、霧などの自然現象を除けば視界を遮るものはなにひとつない場所である。
 
 フランソワーズは顔をあげ、四人の騎士団長たちを見まわした。

「四騎士団長に命じます。各自、麾下の兵力を整え、戦いの準備に取りかかりなさい。出陣は明日の早朝といたします」
 
 誰が音頭をとったわけでもないのに、ランマルと四人の騎士団長たちは同時に立ち上がり、そして同時にうやうやしく低頭した。
 
 かくして決戦の舞台は整ったのである。
 

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