6-4「私が、私自身を外道と呼んだ理由をわかってもらえただろうか?」
ここまでの時間を使用し、タイラーはデータとして自分が知りえる知識、技術を全てインストールし、可能な限りVR空間での圧縮時間を使用してこの時代における戦略・戦術の研究を行っていた。
停戦協定で出撃を先延ばしにしたとはいえ、残りの1年を一瞬でも無駄にすることは出来なかった。何故なら、完全に叩き潰した筈の『つくば』単艦の命令は、直後、1年後に『つくば型』全艦による突撃という改変が加えられ再び発令されていたのである。タイラーのVR圧縮は最大300倍を超えた。
「そんな無茶をすれば、いずれ体を壊してしまいます!」
ルウの制止もタイラーは聞き入れてはくれなかった。航空隊のVR訓練をタイラーが見学したのはそんな時だ。
航空隊の訓練を見ていたタイラーは、クロウと同じくこの時代の戦闘機に搭載されているエンジンの異常な出力に気が付いた。
そこで、技術科のクルーの何名かとヒアリングを行う事を決め、艦医として正式に『つくば』に乗船することとなったジェームスにも協力を仰いだ。ジェームスもロスト・カルチャーであったからである。
会議室に集まった面々に意外な人物が一人紛れ込んでいた。
「にょほほほ!」
ルウに抱き着いたまま入室してきたルピナスである。
このところ、ルピナスはすっかりルウに懐き、ルウを『ルウママ』と呼んで隙があれば一緒に居ようとした。気が付けばタイラー自身も『タイラーパパ』と呼ばれてしまっていたが、未婚の女性的にそれはどうなのだ、と、ルウにも聞くが「私は嫌ではありませんよ。ルピナスのような娘であれば将来的に欲しい位です」と言い切った。この時タイラーに向かっていたずらっぽくウインクして見せた。案外、ルピナスに自分を母と呼ぶように言ったのはルウ自身かもしれないとタイラーは感じた。
さも当然のようにその場にいるルピナスにタイラーは面食らうが、ジェームスがにこやかに笑う。
「艦長。また面白いことを始めたようだな。ここにルピナスが居るのが不思議だろうが、私が呼んだのだ。ルウお嬢さんも一緒にね。なあに、私なぞよりもルピナスの方がよっぽど役に立つ」
と、好々爺の表情でウインクして見せた。ルピナスはルウの膝に座らされ、上機嫌だ。この一度は命を捨てようとした老人は、今やつくば艦内の長老としてご意見番となっていた。曰く、生前は医学の他、心理学者やカウンセラーもしていたそうで、タイラーにも助言をくれるので思わぬ拾い物とも言える人材であった。
とかく『つくば型』の艦内は平均年齢が若すぎるのだ。タイラーやジェームス、ルピナスなどの例外を除けばその中心メンバーは15歳から17歳ほどの少年少女たちだ。元よりハイスクールに該当する訓練艦である事を思えば当然だが、教師役すら居ないというのは異常ですらあった。
だが、ルウによるとこの時代の訓練艦はこういうものなのだという。教師はその訓練艦に搭載されているAIがそれだという。そのAIが組んだカリキュラム通りに学生は勉強し、訓練し、その艦の乗組員になるという。だが、その教育用AIはタイラーが目覚めると同時にこの『つくば』の航行AIとしての役割以外を放棄した。タイラーも何度かこのAIとの対話を試みたが、『彼らは艦長である貴方が導くべき』だと解答して譲らない。頭の固いポンコツAIめと毒づきながら、タイラーは乗組員たちのカリキュラムも考える事となった。それも3艦分総勢は10000人を超えた。これでは流石にオーバーワークである。そこで、この時、『つくば』の実質的なリーダーであったパラサ大尉を中心に各セクションの責任者を選出。彼らを通すことで指揮系統を明確化し、組織も分かりやすく再編しなおす事となった。そうして、各人の得意分野事に分かれた部署編成は、今のところ上手く機能しているようだった。
そうして、選出され、あるいは希望した技術科の今日集めたメンバーの中にちゃっかりと、ルピナスは紛れ込んでいた。
いつの間にか専用の『制服』である常備服まで彼女のサイズで準備されて、である。基本的に、部下たちの自主性を重んじるタイラーも一応一言言ったのだ。誰かが彼女に面白半分で着せたであろうダブダブの白衣の裾は踏まないように詰めるように、と。その次に見た時には、袖はダブダブだが裾は踏まないように加工された白衣を着て走り回るルピナスが艦内の各所で目撃されるに至った。
こうして、『つくば』所属の技術科にはルピナスというマスコットキャラクターが誕生した。『けいはんな』と『こうべ』の士官クルーから「我が艦にもルピナスの存在が必要である」という旨の嘆願書がタイラーのメールボックスに度々届くようになったのはこの頃だった。だが、ルピナスに代わる人材などそうそう居る訳がない。タイラーは時に無視し、ルピナスを伴って『けいはんな』や『こうべ』を視察することで茶を濁すことにした。
今や『つくば型』の押しも押されもせぬアイドルがこのルピナスであった。適当に歌でも歌わせれば、会場を『つくば型』クルー最低でも5000人で埋められる自信がタイラーにはあった。
と、ここまで脈略の無い記憶を追憶していたタイラーはようやく今日こうして技術科のクルーを集めた理由を思い出したのであった。決してルピナスの愛らしい姿に見惚れて口元を緩めていた訳ではない。その場に居る面々全てがタイラーの表情を見てニヤニヤしているのは決してタイラーの口元がかつてないほどだらしなく下がっていたからでは無いのである。断じてだ。
「ごほん! すまない。どうやら呆けていたようだ。私も少し疲れが出たかな?」
大げさに咳払いをしながらタイラーは続けた。
「まずはこの『つくば型』の改修案を見てほしい」
タイラーは案として用意していた『つくば型』の改修案を全体に見えるように自身の後ろの大型画面へ示して見せた。『つくば型』の流線形のフォルムに似合わない武骨な砲塔がいくつも追加された図形だった。
「ほお、これはこれは」
言いながらジェームスは駆り揃えられたその顎髭にふれる。
「意見具申!」
技術科の長であるシドが手を挙げた。
「シド軍曹。頼む」
「はっ、恐れながら、それらの砲塔をつくばに増設すること自体は可能ですが、時間的に開戦までには建設が難しいかと思われます」
それは、タイラーが想像した通りの回答だった。現在の4倍の砲門数になる改修案は『つくば型』の死角を無くすためにタイラーが無造作にVR空間でシミュレータを使用して増やした図である。実際に全ての砲門を設置するのは不可能かと思われた。
「シドにい、できるぞい」
だが、そのシドの回答を即座に否定した声がある。ルウの膝に座るルピナスその人である。タイラーはこの案からなるべく死角を作らないように現実的な砲門数に削り実際の設計にブラッシュアップするのが目的であったため。そのルピナスの声に面食らう。それは他の技術科の職員も同様であった。
「このヨコスカベースには、超巨大兵器製造装置が8基ほどある。この程度の設計であれば、この『つくば型』の補強フレームも含めて1日あればワシには3Dデータとして用意することが可能じゃ。部品ごと製造して、そうじゃの、1カ月もあれば1艦分は改修作業まで完了するはずじゃ」
超巨大兵器製造装置は言うなればタイラーの時代で言うところの超巨大3Dプリンターだった。その製造可能体積は300m×300m×300mに及ぶ。軍艦を1艦まるまる製造可能なこれは。造形完了も、とんでもなく速い。船丸々作るにしてもおおよそ1週間もあれば完成する。無論その構成もプラスチックや強度の低い金属などのちゃちなものなどではなく、実際の戦闘に耐えうる複合装甲さえきちんとした3Dデータさえ用意出来れば出力することが可能だった。
そう、この装置を使うことはタイラー自身も想定しての事である。だが、それを以てしてなお、その設計にはこの場に居る技術科クルー全員が一斉に取り掛かったとしても1年後に間に合うかどうかと思われたほどだった。それほどまでにこの時代の3D技術は発展し、言わば原子一つレベルでの設計が必要とされるほどであった。
それをこの幼い少女は1日でデータが用意出来るという。それは流石に『娘』に甘いと自他ともに認めざる得ないタイラーであったとしても聞き逃せない話ではあった。
「ルピナス。君が、頭がいいのは私もよく知っているつもりだ。少なくともここにいる誰とも負けるとも及ばない程に君が恐ろしい学習能力を有している事は承知している」
事実、ルピナスの学習能力は異常と言えるほどだった。この『つくば』の艦内で彼女の知らない事は無いのではないかとタイラーには思えた。実際、ルピナスはインストールを使用せずにこの『つくば』乗組員の名前と顔と性別と年齢、好みに至るまでの情報を『覚えている』この『つくば』の構造体そのものについては機関長のウベルト・ビオンデッリ大尉より詳しく、機関室に入り込んではあの寡黙な機関長の青年と気さくに機関部の効率化について話し合っているほどだった。このことから考えてもルピナスが『反フォースチャイルド派』に狙われるだけの理由があったのだとタイラーは察していた。
「タイラーパパに信じて貰えんとは悲しいのう。ワシは泣いてしまいそうじゃ」
と、ルピナスは両目の前にダブダブの白衣の袖で隠された両手を持っていき、大げさな泣きまねを始めた。もちろん誰が見てもウソ泣きである。だが、ルピナスを膝の上に乗せた過保護な『ルウママ』はじろりとタイラーを睨んだ。殺気を含んでである。
「や、信じてないとかそういうんじゃないんだからね! ただ、パパとしてはルピナスに無理とか無茶とかしてほしくないなぁと!!」
タイラーは自分の役割も忘れて、ルピナスに言い訳を始める。その場に居た全員がどっと沸いた。
「うそじゃ!」
にぱっと白衣の袖を翻してルピナスが万歳をする。ルウがルピナスの銀色の髪を後ろから撫でていた。と、ルビナスは自分の左手の裾を手のひらが見えるまで捲ると、自分用に自らサイズダウンして作ったリスコンを操作し、タイラーの改修案が表示されたスクリーンモニターに自身の制作したデータを表示した。
「この間タイラーパパがルウママと相談していた『小型反応炉』の設計図じゃ、これはF-5888ファルコンに搭載されている『小型反応炉』をさらに小型化し、出力にして約1.5倍ほど出る設計じゃ。ワシはこれを大体1時間程度で設計できる。VR空間を駆使していいのであれば60倍で、現実時間で1分じゃ」
表示された設計は、この時代の科学技術を逐一インストールしていたタイラーにとっても非の打ちどころのない小型反応炉エンジンの設計図だった。例えばこのデータを兵器製造装置に入力して出力すれば、大きさからしても3時間程度で出力されてしまう。
「タイラー艦長。この場を借りて、このルピナスの事をここにいる面々に教えよう。どのみちルピナスが技術科クルーとして自分の居場所を見つけた以上、ここの面々にはいずれわかることだ」
今まで静観していたジェームスが立ち上がって言う。
「ルピナスはただの『フォースチャイルド』などではない。彼女はこの世で最初に誕生した『フォースチャイルド』。そして生まれ落ちた瞬間から『フォースチャイルド研究所』で『メインコンピュータ』として全ての処理を計算し続けた世界最強の自らの意思を持った『生体コンピュータ』なのだ。彼女の真価はその『学習能力』の高さなどではない。その圧倒的な『処理能力』だ」
その事実をジェームスは懺悔するように胸に手を当てて語る。
「そして、後の『フォースチャイルド』達の完成も彼女の協力無くしてあり得ない。『インストール』技術も『VR』技術も彼女の発明なのだから」
そしてジェームスはタイラーを正面に見た。
「私が、私自身を外道と呼んだ理由をわかってもらえただろうか?」
タイラーはしかし首を横に振った。
「だから何だというのだ。それでも、貴方とルピナスの母親、そして研究所の職員の誰もがルピナスを『人間』として扱った『事実』は覆らない。その研究成果にしてもルピナス自身が貴方達に協力した結果である事は私も承知している。あまり自分を卑下したのもではないぞドクター」
それは、タイラー自身が2名の『研究員』を派遣した後、裏を取った事実でもあった。誤算があったとすればルピナスのその『能力』はタイラーの想定を超えていた。
こうして、タイラーの想定よりも早く『つくば型』の改修は終わる。そして、この時ルピナスが示した小型反応炉エンジンこそ、DX-001の性能を支える心臓部なのであった。