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是正7

 魔物が犇めく中で進行方向を変えて、ジャニュ姉さんが戦っている方向に歩き出す。
 当然そんな突然の進路変更でも、邪魔な魔物は消していく。少々理不尽かとも一瞬思ったが、別に問題はないだろう。攻めてきたのは魔物側だし、この程度であれば心も痛まない。いくらシトリーやフェンやセルパンを知っているといっても、あの三人は最早別物だからな。
 かといってタシは同じかと問われれば、答えは否である。なにせタシは会話が出来るからな。
 ここに居る魔物も一応中級程度の強さは在るはずだが、ボクが創造した魔物とは違うらしい。タシの方が断然魔力量が多いので、同列に語るのは違うだろうが。タシは何だかんだで上級に迫るほどの魔力量を有しているからな。それも成長途中だ。
 それでも敢えて違いを挙げるとすれば・・・名前の有無だろうか。
 その程度で変わるのかとも思うが、思えばタシは名前を与えたら喋れるようになったな。もしかしたら、名前を与えるのには意味があるのかもしれない・・・うーん、そんな事はないか? 名前を与えるのに魔力を消耗するという感じは無かったからな。気のせいだろう。
 とにかく、ここらの大した事のない魔物に対して思うところは何も無い。どうせ話す事さえ出来ないのだから。多少の知性ぐらいはあるのだろうが、そんな事は知らない。
 そうして魔物をかき分けジャニュ姉さんが戦っている場所に到着すると。

「ジュライ!」

 驚いたような女性の声が届く。聞き慣れたその声の方に顔を向けると、驚いた表情のジャニュ姉さんがこちらを見ていた。その間も休まず魔物を狩っている。
 そちらに合流すると、とりあえず邪魔なので向かってきている魔物を倒す。ある程度の範囲までの魔物を一瞬で消し去ると、少し話す余裕が生まれた。突然の事に魔物も戸惑っているようだし。

「お久しぶりです。ジャニュ姉さん」

 ジャニュ姉さんに挨拶をした後に、その隣に居る男性に視線を向ける。
 そこに居たのは、整った顔立ちの男性。確か名前はウィリアム・デューク・ビール・ワイズだったか。ジャニュ姉さんを娶った奇特な男性。つまりは夫だ。ボクの義理の兄に当たるが、向こうは貴族だったので、そんな感覚は一切ない。特にこの身体になってからは見知った男性程度にしか思えない。
 先程までジャニュ姉さんと共に戦っていた彼だが、もしもジャニュ姉さんが嫁がなければ最強位候補であったはずなので、それなりに強いと思う。少なくとも周囲の兵士よりは強く視える。
 そんな義理の兄でもあるウィリアムさんにも挨拶を済ませると、ジャニュ姉さんがキョロキョロと周囲に目を向ける。その行動を不思議に思い、ボクが首を傾げると。

「ジュライ、オーガストは一緒ではないの?」
「え?」

 そんな衝撃的な事を言ってくる。
 え? ちょっと待って、どういう事だ? ボクの事をジュライと呼んでいる事から分かる通り、ジャニュ姉さんはボクの事を認識しているのは間違いない。元々ジャニュ姉さんはボクが兄さんの身体を借りていた事を知っていた数少ない人物ではあったが、この身体で会ったのは今回が初めてだ。
 兄さんはオーガストの席をジュライに差し替えるといっていたので、ボクと兄さんの関係を知っていたジャニュ姉さんであれば、この発言はおかしな事はない・・・はず。・・・いや、本当に?
 そう納得しようとしたところで、違和感を覚えた。だって今ジャニュ姉さんはなんて言った?

『ジュライ、オーガストは一緒ではないの?』

 確かにそういった。だが、ジャニュ姉さんが知っていたのは、兄さんの身体をボクが借りていたという事だ。つまりは身体は同じ物を共有していたのは知っていたという事。であるにもかかわらず、兄さんとボクの立場が入れ替わっただけにしては今の発言は妙だったと思う。
 その発言前にはキョロキョロと誰かを探すように首を動かしていたし、まるでジャニュ姉さんは、ボクと兄さんが別々の身体に分かれたのを知っているかのようではないか。
 実際その証拠に、隣に居るウィリアムさんは、ジャニュ姉さんの発言に訝しげな目を送っている。

「だからオーガストよ。ジュライはその身体を貰ったのでしょう? 一緒ではないの?」
「な!?」

 ジャニュ姉さんの言葉に絶句する。今ので確定だ。というか、何故かは知らないが詳しく知っている。何故だ? 兄さんは確かに席を入れ替えたと言っていたのに。

「ど、どうしてそれを?」
「あら? そういえばこれは秘密だったかしら?」

 動揺しながら尋ねたボクの言葉に、ジャニュ姉さんは頬に手を当てて、そういえばそんなだったような? みたいな惚けた表情を浮かべた。

「え、ええ。というか、知っている訳がないと思うのですが・・・」

 ついでに言えば、兄さんの事を覚えているはずもない。仮に覚えていたとしても、兄さんとボクの立ち位置が入れ替わっただけであるはずだ。なので緊張しながらそう答えると、ジャニュ姉さんは小さく笑って「そういえばそういう事になっていたわね」 と口にした後、続けて「でも」 と言葉を継いだ。

「オクトとノヴェルも知っているはずよ? あと、パトリックも知っていたはず」
「えっと・・・」

 ジャニュ姉さんの言葉に、思考が一瞬止まる。どういう事だろうか? 何故知っているのだろうか? 兄さんが記憶改変したのだから完璧なはずだが・・・。
 そう思ったところで、納得した。まず前提として、兄さんの記憶改変が失敗する訳がない。あの兄さんだ。まずその程度の事に失敗するはずがない。
 では、何故ジャニュ姉さん達が覚えているどころか内情まで知っているかについてだが、そんなのは少し考えれば答えは出る。簡単だ。兄さんは失敗しないのだから、これで成功という事。つまりはジャニュ姉さん達が知っているのは、兄さんがあえてそうしたか、教えたからに他ならないだろう。
 むしろ考えるべきは、何故兄さんはそんな事をしたのかだろう。
 この事を知っているのは、ジャニュ姉さんの他にオクトとノヴェル。それにジャニュ姉さんの息子であるパトリック・デューク・ワイズの四人。その四人の共通点は・・・血縁? いや、パトリックに関しては少し遠い気がする。同じように、兄弟や家族も違うだろう。ではなにかと思案してみるも、すぐには思い浮かばない。それでも、パトリックが答えの鍵を握っていそうだな。

「ああ、大丈夫よ。先ほどは驚きのあまりつい口から出ちゃったけれど、外に漏らすつもりは無いから」
「そう、なんですか?」
「ええ。そんな事をすればオーガストに嫌われてしまうでしょう?」
「そうなんですかね・・・」

 兄さんの事だ、その程度あまり気にしなさそうではあるが。というか、興味も持っていないだろう。
 それでも、外部に漏れないのであればそれでいい。隣でウィリアムさんが怪訝な表情で考え込んではいるが。どうやらウィリアムさんには記憶がないらしい。何でだろう?
 答えが見つからないので、今はそれを横に措いておいて話を戻す。ジャニュ姉さんの隣でウィリアムさんが考え込んでいるという事は、今の話をしっかりと聞かれていた事を示しているのだが、ジャニュ姉さんの隣に居たのだからそれも当然か。そこはまぁ、ジャニュ姉さんがどうにかするだろうから、それよりも、ボクはここにジャニュ姉さんを助けに来たのだった。
 こうなったらウィリアムさん、いやここに居る兵士達全員を国に移すぐらいの気持ちで話をした方がいいだろう。残っているのは数十人ほどのようだし、多分これぐらいであれば受け入れられるだろう。新しい街を造っているぐらいだし。
 そう内心で決めると、ジャニュ姉さんに話をしていく。
 最初はここに来た理由。人間界が魔物に襲撃をされたから助けに来たというものだ。ただし、人間界を救いに来た訳ではない事は忘れずに伝えておいた。
 ボクと兄さんの事を知っていただけに、ジャニュ姉さんはボクが人間界を出た事は知っていたようだ。なので、それについては何も訊かれなかった。
 しかし話が進み、必要であれば国に移住してもいいという話になって、初めて驚いた顔になる。

「国? ジュライは人間界の外で自分の国を立ち上げたというの!?」

 という驚きの声を、ジャニュ姉さんがそこそこ大きな声で発した為に、周囲で少し距離を取りながらもこちらの様子を窺っていた兵士達の耳にも入ったようで、途端にざわざわと騒めきだした。
 まだ話の途中なので、周囲の魔物は近づいてきたら排除しているとはいえ、暢気なものだ。休憩も兼ねているのだろうが、何だかな。
 そして、思いの外大きな兵士達の騒めきが耳障りだったので、思わずボクが眉根を寄せると、それを見たジャニュ姉さんがハッとして口を噤んで顔をやや俯ける。
 今更そんな反応されてもと一瞬僅かに苛立ったが、このまま見捨てればもう幾ばくかの命なのだと思い直して気持ちを落ち着かせる。何だか今は周囲の弱者の囀りがいやに癇に障る。それに加えてジャニュ姉さんの先ほどから積み重ねている失態もそれを助長してきたが、それは何とか表には出さずに抑え込めたからよしとしよう。
 とりあえず、周囲の騒めきを無視して説明を続ける。
 人間界が魔物に滅ぼされるのも時間の問題だという話を聞いても、ジャニュ姉さん達は苦笑する途中のような苦い顔を浮かべるだけで、何も言わなかった。これはジャニュ姉さん達の目から見ても瞭然という事だろう。
 その後に逃げるならば国に招待するという旨を説明したが、その時は思いの外口が重かった。セフィラ達の時はそんな事は無かったのだが、どうやら今のボクの心情的には、周囲に居るこいつらを国に連れて行きたくないといった感じなのだろう。それを冷静な部分で考えてみても納得出来た。
 それでも何とか一通り説明を終えると、ジャニュ姉さんは考えるように腕を組んだ後、隣で説明を聞いていたウィリアムさんに話を振る。
 そのまま二人で軽く話し合いを行うと、一度ジャニュ姉さんがこちらに頭を下げてから口を開いた。といっても、どういった結論に達したのかは聞こえていたのだが。
 まあいい。とりあえず話を聞くだけ聞いてみよう。もしかしたら話し合って出した結論とは異なるかもしれないからな。

「ジュライ」
「どうするか決まりましたか?」
「ええ。私達はここに残ります」
「・・・そうですか」
「私達はクロック王国の国民に対して責任ある立場。だというのに、それを捨てて逃げるなど出来ようはずがない」
「逃げる、ですか?」

 そこに居たのはきっと、ジャニュ姉さんではなくクロック王国最強位たる女傑、ウィッチヒロ・ジャニュ・デューク・レイド・ワイズその人だったのだろう。
 兄さんを前にした時のような、どうしようもない女性ではなく、ボクの前には凛とした気高き女性が立っていた。
 その言葉には威厳があり、気品がある。言っている事もなるほど確かに立派なものだ。
 ジャニュ姉さんは生まれは隣国であるハンバーグ公国だが、クロック王国へはウィリアムさんに見初められて嫁いできた外縁の存在。そんな人物だけに、最初は色々と苦労した事だろう。いくら実力では圧倒的とはいえ、最強位とはすなわち国の守護者。その国の守護者に他国出身の者を就けるなど、有事の際に護ってもらえるのかと不安になってしまう。
 それでも最強位に就き、実際こうして戦い続けている。避難を逃げると表現したのも、その気持ちの表れなのだろう。まるで自分に言い聞かせるような響きすらあったのは、こんな状況でもクロック王国の最強位であり続けようとしているからだと思う。
 立派なものだ。初めてジャニュ姉さんを心底から尊敬したかもしれない。ボクは果たして同じ立場で同じ事が言えたかどうか怪しいところ。
 これでもボクは国主だ。責任はジャニュ姉さんよりも重いはず。だというのに、やはり何処か他人事で、プラタに任せればいいやと全てを放棄していた。そんなボクだからこそ、今のジャニュ姉さんの言葉は身につまされる思いだ。

「ええ。私達は防衛の要。ここで去れば、魔物達は民の命を蹂躙していく事でしょう」

 だって、この想いは尊いものだと思うから。だがそれ以上に、こんな無力で無意味に喚いて、自分達に酔っているような存在にはなりたくないと思ったから。

「ですから、私達が逃げる事は出来ないのです。助けに来てくれた事は嬉しいけれど」

 そう言って、ジャニュ姉さんはにこりと奇麗に笑う。
 ジャニュ姉さんは変態だが馬鹿ではない。これが無意味な宣言だと自分でも気づいているのだろう。たとえここでジャニュ姉さん達が踏ん張ろうと何も変わらない。現に、もう魔物の一部は王国民に襲い掛かっている。
 クロック王国の首都まではまだ蹂躙されていないようだが、それも後どれぐらいあるというのか。数分か、数十分か。あってもその程度の時間だろう。
 そこにジャニュ姉さん達の有無は関係ない。ここで踏ん張ろうが、横から大量に抜けている時点で、一瞬の時も稼げていないのだから。
 それでもそう言わねばならなかったのだろう。国民全てを受け入れてもらえるならばまだしも、自分達だけ避難など出来ないと。
 ここに居る者達以外に咎める者など居ないというのに。それでも自分で自分が赦せなくなると。
 確かにその心は気高く見習うべきなのだろう。素直に尊敬できるし、ボクには無いものだ。
 だが、やはり虚しいく感じてしまう。それだけだ。その装飾に意味はあるのだろうか? 普段の心構えであれば意味はあるのだろうが、こんなところでの虚勢など意味がない。心が折れないように自己防衛とか? 実にくだらない。これはいい勉強になった。

「そうですか。では、健闘を祈ります」
「ありがとう。ジュライには必要ないかもしれないけれど、気をつけてね」
「・・・はい」

 最期の挨拶を簡潔に済ませると、背を向けてジャニュ姉さん達の居る場所から去る。
 ボクが離れれば魔物達の攻撃が再開するだろう。少し休めたとはいえ、気休め程度。ほとんど休んでいないのと変わらない。なので、直ぐにここも魔物の波に飲まれる事だろう。
 本当にいい勉強になった。こんな惨めで虚しい最期など御免である。であればこそ、やはり力をつけなければならない。自身を、周囲を、国を護れるだけの絶対的な力を。
 相手はあの死の支配者だ。きっと届かない。頑張ってはいたが、そう思って何処かで諦めていた。だがそれでは駄目だ。意識の根本から変えなければならない。

「力、か」

 未だにどう鍛えればいいかなんて分からないが、それでも今までのような停滞はもう許容出来ない。
 あんな惨めな最期を迎えるなど勘弁ならない。だから足掻いてやろう。取り返しのつかない場面になる前に。まだ間に合うはずだから。

「・・・・・・さ、次はハンバーグ公国だ」

 人気の無い場所まで移動したところでタシを呼ぼうと思い、それを止める。どうもまだ消耗したままらしく、あまり長くは飛べなさそうだ。
 ではどうしようかと考えたところで、丁度よく目の前にプラタが姿を現す。

「おかえり」
「ただいま戻りました。御学友達は無事に国へと連れて行き、国の説明を行った後に、今後の生活に必要な家などを最低限与え、残りはシトリーに任せてきました」
「そっか。ありがとう。助かったよ」
「いえ。それで、何かありましたか?」
「何が?」
「何やら決心なされたような雰囲気でしたが」
「ああ」

 鋭いな。それともボクが判りやすいのだろうか? まあ何にせよ丁度いい。これから先、強くなるためにはプラタの協力が必要になってくるだろうし。
 そう思い、プラタに先程の出来事と思った事を話す。
 プラタはそれを静かに聞いてくれているが、ボクは自分で先程の出来事を話しながらふと疑問に思ってしまった。先程の自分の反応は何処か自分らしくなかったなと。
 いや、もしかしたら違うかもしれないが、改めて冷静になって考えてみたら、少し極端な思考になっていた気もする。
 プラタへと説明を行いながら、頭の片隅でその事について考える。何だか引っ掛かりを感じるような気分なので、もう少し考えてみよう。
 先程の別れ際。いや、その少し前か。あれは多分ジャニュ姉さんにボク、というかプラタ達が建国した国について説明した時だ。

『国? ジュライは人間界の外で自分の国を立ち上げたというの!?』

 ジャニュ姉さんが驚いて素になったその時だ。それを聞いて、ざわざわと周囲がうるさくなった。ボクはそれを聞いて、何故だかイラっとしてしまったんだったか。
 それから説明を終えて、ジャニュ姉さん達の今後について尋ねて、その答えを貰った。その時の回答が、クロック王国に残るというもの。
 理由が最強位に就いている以上、民を見捨てて逃げる訳にはいかない。というものだった。
 それは確かに崇高で気高い思想なのだろうが、同時になんて愚かしくて憐れな決断かと思ったものだ。それが、こうしてプラタに説明をしながら改めて冷静になって思い出してみた結果、何だか引っ掛かったのだ。しかし、何が引っ掛かったのかは不明。もう少し考えてみると、その思考自体が何だかいつもより物騒だなと行き着いたのだったか。
 で、その事について思案していると、プラタへの説明を終える。そんなに長くも複雑でもなかったからな。
 その説明を受けたプラタは、ボクの説明が終わった事を察すると、一度大きく頷いてから口を開いた。

「なるほど。そんな事が」

 そう答えたプラタを眺めて、何となく知っていたんだろうなと思った。というか、プラタが知らないとは思えない。いくらセフィラ達を国へと送っていたとはいえ、それも直ぐには終わるだろうし、何よりプラタは何処に居ようとも世界を視る事が出来るのだから、知っていてもおかしくはないだろう。
 まぁ、それはどうでもいいか。とりあえず説明は終わった。あとは決意を口にするだけだ。強くなりたいとただ一言付け加えるだけでいい。
 正直まだどうやって強くなればいいのかの展望はない。この想いは漠然としたモノではあるが、これを形にするのも自分の役目なのだと思う。これも何となくではあるが、それぐらいは出来ないと駄目なような気がしている。なので、伝えるだけ伝えて、必要になるまではこれに関してプラタの力は借りない方がいいのかもしれない。
 そう考えつつ、プラタにその想いを伝えた。

「だから、ボクは今よりもっと強くなりたい。あんな最期を迎えずともいいように。皆を護れるように」

 もしかしたららしくないのかもしれないし、夢想に過ぎないのかもしれない。それでもやはり力には憧れる。兄さんほど圧倒的なものは流石に無理だとは理解出来るが、何故だか死の支配者にならまだ手が届きそうな、そんな不思議な感覚が胸に在った。

「御立派な御覚悟かと。その為に必要であれば、私の微細な力、ご主人様の御随意に御使いください」

 そう言ってプラタが頭を垂れる。いつも通りのプラタの反応。のはずなのだが、そこには何だか普段よりも真摯というか、心の底からの想いのようなモノが込められているような気がした。それが何かは今のボクには解らないが、きっといつかは理解出来るようになるのだろう。
 そう思い、プラタにその時はよろしくと声を掛けた。
 それにプラタは「はい」 と一言だけ返したのだが、それが妙に重たい一言で、知らず何かに一歩踏み込んだ様な気がしたが、きっと気のせいだろう。それになんであれ、強くなるという目標に変わりはない。
 そう改めて決意した時、ああそうかと理解した。どうやらボクは、ウィッチヒロ・ジャニュ・デューク・レイド・ワイズいや、ジャニュという人物を結構気に入っていたのだと。
 だからこそ、ああも苛立ったのだ。もしもあの場に居たのがジャニュ姉さんだけだったなら、もしくはジャニュ姉さんとウィリアムさんだけだったならば、きっとジャニュ姉さんはボクの差し出した手を取ったかもしれない。しかし、あの場には役立たず達が居た。いちいち囀る耳障りな邪魔者達が。
 だって、あんな雑魚達でもクロック王国の国民だ。護るべき相手の前では、どうしたってジャニュ姉さんは、クロック王国の最強位であるウィッチヒロ・ジャニュ・デューク・レイド・ワイズでなければならなかったのだから。
 それを最期まで貫いたんだ。それが無意味な意地と知っていながらも、国民の前だからと虚勢を張って。
 だからボクはああも苛立ったんだ。今にして思えば、その苛立ちの矛先はジャニュ姉さんではなく、その周囲でこちらを窺っていた顔の無い者達に向けられていたんだ。
 何故お前らはいちいち騒ぐのかと、何故そうも役に立たないのかと、何故ジャニュ姉さんの足を引っ張るのかと。何故なぜナゼ、お前らはそこに居るのかと。
 ああやっぱり。こうも明確に違和感の正体を理解したからよく解る。やはりボクはジャニュ姉さんの事を気に入っていたのだろう。少なくとも、あんな場所で死なせたくなかったぐらいには。
 ボクのボクとしての記憶は、正確には兄さんの身体からこの身体に移ってからなのだろう。であれば、ボクは今日初めてジャニュ姉さんに会った事になる。
 しかし、元々兄さんの記憶もごく一部だけだが保有していたし、兄さんの身体を借りていた時の記憶もある。ボクはそこまで物覚えが良くはないから、忘れている事も多いだろう。それでもジャニュ姉さんの事は覚えていた。
 そんなボクにとってジャニュ姉さんは、近しい他人。方向性は違うが、友達とか友人とかそういった類の距離感だったと思う。何と言うか、長年慣れ親しんだ物語の登場人物の一人みたいな感覚だ。
 何だか親近感はあるのだが、家族かと問われれば、何だか違う。やはり兄さんの家族といった感じで、間に一枚壁のような隔たりがあるというか、そんな何とも言えない微妙な感覚。
 何とも奇妙なものだが、そうなのだからしょうがない。それでも、兄さんの身体を借りていた時の記憶があるので、ジャニュ姉さんの事は知っている。それに、かなり朧気ながらも兄さんの記憶も残っている。いや、これは記憶というよりも感情と言えばいいのだろうか?
 兄さんは基本的に誰にも興味を示さない。もしも誰かに対する感情を数値で表せるとして、5を基準に、10が最高で0が最低とした場合、兄さんはほぼ全員が5の興味なしだ。
 そんな中にあって、兄さんの感情が動いた相手は僅か五人。
 まずは父さんと母さん。この二人は何をしたのかまでは分からないが、唯一兄さんが嫌った存在。それでも数値でいえば4だ。普通の人間でいえば、なんだか嫌い程度だろう。それでも誰に対しても興味を示さなかった兄さんが僅かでも嫌った人物だ、余程の事をしたのだろう。
 残りがジャニュ姉さんとオクトとノヴェル。この三人は数値でいえば6。普通の人間でいえば、何となく好き程度。だが、こちらも兄さんが僅かでも好ましいと思った相手なので、かなり貴重だ。
 そんなジャニュ姉さんである。兄さんのその僅かな感情も相まって、ボクは結構気に入っていたのだろう。
 記憶でも確かに変な人物ではあったが、それでも何だかんだで楽しかった気がする。
 そもそもここで死なせるにはおしい。そう思ったから助けに来た訳だし。ああ本当に、気分が悪い。自覚してしまったから余計に。
 しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。プラタへの説明も終わった事だし、次に向かわなければ。次はオクトとノヴェルだ。二人、いや三人になるのか? は助けたいところ。
 今は国主としてのボクではなく、ただのボク、ジュライとして向かうとしよう。今はまだ国主としての責を負えるほどの覚悟は決まっていない。それはこれが終わって戻ってから改めて考えるとしよう。ボクはそこまで器用ではないしな。
 プラタにその時は頼む旨を伝えてから、ハンバーグ公国まで転移してもらう。一瞬の浮遊感と意識の漂白の後、色が戻った世界を見回して、ここがハンバーグ公国だと認識する。

「場所は駐屯地から少し離れた場所か」

 見覚えのあるその場所にそう零したところで、何か引っ掛かる。目の前の光景が何だか現状にそぐわないような・・・あ。

「あれ? 駐屯地が無事? というか、防壁も崩れていない?」

 そう、その光景は見慣れた光景なのだ。ここに居た時に見た光景とあまり変わっていない。

「なんで? 他の国は防壁を突破されたどころか、国が落ちそうなんだけれど・・・?」

 今まで見た二ヵ国、ナン大公国とクロック王国は、既に魔物達に駐屯地すら突破されていた。通過したマンナーカ連合国はまだ例外としても、おそらくユラン帝国も似たような現状だろう。だというのに、ここハンバーグ公国は普通なのだ。静かというには遠くから大きな音がしているが、それでも長閑なものだ。
 防壁は崩れていないし、背後からも魔物は迫っていない。遠くの音に耳を塞げば、ここに在るのは日常だ。それにどういう事かとプラタの方に顔を向ける。プラタなら知っているはずだから。

「ご主人様の妹君達のおかげで御座います」
「オクト達が?」

 ここで言う妹達とは、オクトとノヴェル。それに加えて、二人と行動を共にしているクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様の三人だろう。・・・いや、今更だがボクはもうハンバーグ公国の国民ではなかったな。まぁ、どうでもいいが。
 とにかくその三人だ。三人で連携されるとボクでも苦戦すると聞いていたから無事だとは思っていたが、それにしても三人で国を護るのは・・・流石に無理じゃないか? 防壁側だけではなく、他国方面から侵入してくる事も想定しなければならないので、そちら側にも気を配らなければならない訳だし。そして、攻めてきている魔物の数は非常に多い。そう思ったのだが。

「はい。各自創造した魔物も動員して、各方面に散って魔物の脅威から国を護っているようです」
「魔物もねぇ」

 どの程度の魔物かは知らないが、数は一人一体か二体だろう。であれば、最低でもオクト達三人と各自が創造した魔物三体で数は合計六。という事になる。確かに数の上では倍以上になった訳だが、それで国が護れるものだろうか? いくら人間界に在る一国だけとはいえ、結構な広さが在るはずなんだがな。
 ハンバーグ公国以外の国が陥落寸前である現状、護りは防壁側だけではないので、単純に計算すれば、一人が護る範囲は一国を六等分した内の一つという事になるのか。
 その創造した魔物がフェンやセルパンぐらいの強さであれば余裕で護れるだろう。というか、フェンやセルパンであれば一人でハンバーグ公国ぐらいは護れそうだが。
 ともかく、オクト達の強さが三人でボクが苦戦するぐらいと仮定して、そこから個々人の戦闘力を考え、更にそこから創造される魔物についても予測していく。
 自分で言うのもなんだが、人間界に於いてであれば、ボクはかなり強い。周辺の魔物でも敵はほとんど居ないほど。
 そんなボクが三人相手で苦戦するらしいのだから、三人の個々人としての強さも相当なものだろう。それこそ、現在人間界に攻め込んでいる主力である中級の魔物程度であれば、百や二百ぐらいでは相手にもならないだろうと容易に予想出来る。
 その三人が創造した魔物だ。つい最近ボク自身が創造したタシを参考にするとすれば、中級でも中位から上位の魔物だと思われる。
 魔物も成長するので、オクト達が魔物を創造したのは、まだボクがギリギリ人間界に居る頃だったから、創造からそれなりに経っている事を考慮し、更にはその間も平原で戦っていたらしいので、おそらく現在のタシよりも数段強いだろう。人間界の物差しで測れば、上級の魔物の仲間入りをしている可能性が非常に高い。
 そんな魔物であれば、創造主であるオクト達と同じぐらいの強さと仮定しても問題ないだろう。そんな六人で一国の守護・・・それでも不可能ではないだろうか? 魔物に広範囲の敵を一掃出来る攻撃か広範囲を護る魔法でもあればいけそうだが。
 ただし、護れたとしてもこれは長期間は維持出来ない。何故なら、六人の内三人は人間だからだ。
 魔物は飲食不要だし、疲れ知らずで睡眠も不要。周囲に魔力がある限り戦い続ける事が可能なので、魔物だらけのここでは、むしろ魔物を倒せば倒すほどに元気になっていく事だろう。魔物の消滅は魔力への還元なので、魔物を倒せば、周辺の魔力濃度が一時的にではあるが、ごく僅かながらに増す。
 それが現在は途方もない数の魔物を相手にしているので、魔力濃度も襲撃前よりも濃くなっているのは確実だろう。
 だが、人間はそうはいかない。人間は魔物と違い、腹も減れば喉も渇く。疲れもするし、睡眠だって必要だ。オクト達は大人というにはやや微妙な年齢なので、少しは無理が出来るかもしれないが、それでも二日が限度だろう。いや、相手の数を考えれば一日で限界が来そうだ。
 仮にオクト達三人が交代で休んだとしても、その間は五人体制でハンバーグ公国を守護しなければならない。やはりそう長くは続かなそうだ。
 創造した魔物の数がもう少し居たとしても、成長の度合いは最初に創造した魔物には劣るだろうから、薄氷の上である事には変わらない。
 つまり今は何とかなっているが、ハンバーグ公国も数日中には落ちるだろうといったところ。そして、これは現状維持を前提に想定している。

「現在人間界に攻めているのは、中級以下の魔物達だけ?」
「はい。上級以上は奥の方で待機しているか、アルセイドの討伐に赴いていましたから」
「なるほど。そういえば、アルセイドの方はどうしたの?」
「あれは変わり種なので何かに使えるかと思い、一応保護は致しました。その際にアルセイドを攻めていた上級の魔物は全て処理しておきました」
「なるほど。しかし、このままだと遠からず上級の魔物も参戦するだろうね」
「はい。それは確実かと」
「じゃあ、ここの均衡も直ぐに崩れるね」
「はい。それで、いかがいたしますか?」

 プラタの問いに、どうしようかと考える。
 現在オクト達はハンバーグ公国を護っているし護れているので、普通に行ってもジャニュ姉さんの時と同じだろう。であれば、均衡が崩れた時まで待つべきかと思うも、そうなったらそうなったで手を差し伸べる瞬間の見極めが難しい。
 ハンバーグ公国の民ごと連れていけば解決するが、それはこちらからお断りする。成長せずに弱いままの人間など邪魔なだけで不要だ。何か画期的な発明をするとかなら別だが、現在まで人間界でそういったモノは確認出来ていない。なので、これから先でそれを成す可能性は低いだろう。つまりは無駄に食い扶持を増やすだけ。それは国主としてでなくとも却下だ。
 じゃあどうするか。それが悩みどころだった。少なくとも、オクト達を連れていくには現在の均衡は崩さなければならないのは確かだろう。
 だが、こちらから手を出すと、バレた時が面倒だ。わざわざ助けようと思った相手なのだから、敵対は積極的にしたくはない。どうしても必要ならばするのは構わないが。
 結局のところ、オクトとノヴェルに感じる親しみも兄さんの影響を受けているからだと思う。ボクにとってオクトとノヴェルは、やはり近しい他人でしかないのだから。
 一応三人で行動しているらしいので、その二人と一緒として扱っているが、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様、さんに至っては他人だ。
 顔と名前を知っているだけだし、兄さんの身体を借りていた時に少し言葉を交わしはしたが、それだけだ。親しみは・・・そんなにない。そこらの見た事も聞いた事もない人間よりかは親しみが沸くが、しょせんはその程度。オクトとノヴェルと三人一組という認識でなければ捨て置くところだろう。
 まあ何にせよこちらから手が出せない以上、今は現状の確認をしながら暫し静観するとするかな。その間に何か妙案でも思いつけばいいのだが。

しおり