追放から一ヶ月過ぎた【前編】
「フラン! フラン! チーズを作りましょう!」
「はあ?」
家が新しくなり、牛舎が出来た事で牛が飼えるようにようになった。
おそらくそれでラナがこんな事を言い出したのだろう。
まあ、牛がいれば牛乳が採れる。
俺も牛を飼うのは全く反対しないけど……。
「あとバター! ヨーグルト! ホワイトソース!」
「……、……とりあえず牛を飼うところからじゃない? それに、チーズやバターって作り方知ってるの?」
「この間レグルスにレシピ本をもらったのよ! というわけで!」
キラキラの瞳。
ずっと眺めていたいくらい可愛いんだが……今回は嫌な予感がした。
ま・さ・か……。
「自動乳製品生産機作って」
「…………。それは多分大型竜石が必要」
「大丈夫、発注済み」
「…………。オッケー、分カッタ、作ッテミヨー……」
「やったぁ! さすがフラン! 頼りになるぅっ!」
……くそぅ、可愛い。
惚れた弱みというやつなんだからな。
やってやろうじゃないか。
「じゃあその乳製品の作り方が載ってる本貸して」
「はい! よろしく! 大型竜石は近々届くらしいから!」
「……はぁ……。でも、その前に牛を飼わなきゃいけないんじゃないの?」
「うん! だから明日町に行こう! そろそろ食糧も心許なくなってきたし、畑の方はまだ収穫出来ないしね」
「ん、まあ、確かにそろそろ町に買い出しに行ってもいいかもね」
新しく耕した畑に蒔く種も欲しいし!
などとガッツポーズするラナは本日も大変に元気。
いや、元気なのはいい事だけど、落ち着いてきたら緊張がほぐれて体調を崩すのではと心配した俺の気持ちはどうしたらいいのか。
いや、元気ならそれに越した事ないんだけど。
「……」
それに、そろそろカールレート兄さんも来る頃だな。
レグルスがドゥルトーニル家と商売やってるから、近いうちそういう話もしたい、って言ってた。
明日うっかり遭遇したりして。
ハハハ、なーんてね。
……とか、思って内心笑っていた自分をまさか翌日殴りたくなるとは思うまいよ。
「よう! お二人さん! 仲良くやってるか!?」
「カールレートさん! お久しぶりです!」
謎のバッチーン! というウインク。
暑苦しい声とポーズ。
ボックス型の馬車から颯爽と現れたカールレート兄さんは、無駄に爽やかな笑顔で挨拶してきた。
はあ……殴りてぇ。
「聞いたぞ、二人とも! レグルスと共同で珍しいものをバンッ! バン! 開発してるって!」
「ほほほ、全てはフランの才能のおかげですわ」
……ラナがお嬢様モード。
そうか、そういえばカールレート兄さん貴族だった。
忘れてた。
「だよなぁ、フランは天才だと思ってたんだ!」
「あのさぁ、道のど真ん中で叫ぶのやめたら? あと、ついでに食糧買い込むの手伝ってよ兄さん」
「うーん、おねだりが可愛くない! やり直し!」
「カールレートお兄ちゃん、フランにご飯の材料いっぱい奢って欲しい~」
「…………(フランってノリがいいのかヤケクソになりやすいのかどっちなのかしら?)」
「100点!」
「…………(マジすかカールレートさん……)」
「ヤッター」
カールレート兄さんちょろい〜。
かなり身を切った気はするけどー。
「俺とラナは牛を買ってくるから」
「おお、ついに牛を飼うのか! ははは! 嫌がってた割にいよいよ牧場っぽくなってるな!」
「……言わないでよ、本当にそうなりつつあってへこんでるんだから」
元々あの土地は廃牧場。
それなのに、なんだかんだと立て直してしまっている気がする。
鶏に馬。
そしていよいよ牛。
広大な土地の一部には畑が出来て、近くの川では魚も釣れる。
……なんかもう、立派に牧場だな。
稼ぎは竜石道具の設計図だったり、これまで売ってきたシュシュや石鹸、ドライヤーの売り上げの一部とかなんだけど。
「それに、エラーナ嬢の開発した新しいパン! 小麦でパンを焼くなんてすごすぎる! 俺も食べたが本当にあれは美味い! 今度専門店をやる話がレグルスと出ているんだが、監修は是非エラーナ嬢にやって欲しい!」
「は、はい。そのお話は頂いています」
「楽しみだな! 今はメニュー開発中だろう? 試食会とかもしてみたいんだが」
「兄さん! 俺たち牛を見に行くんだってば!」
「うっ、すまん」
盛り上がっちゃってもう……。
その話はまた今度!
ラナの側をべたべたウロウロと……不審者かよ。
「じゃあ、あとでな!」
「はい」
「……はあ、ほんとうるっさいんだから……」
これは多分レグルスやクーロウさんも交えてパン屋計画の話し合いにラナを取られる流れだな。
めんどくさい……。
「……そういえば、もしかしてあの小麦で作るパンはラナの前世の知識ってやつ?」
「そうよ! 冷蔵庫や洗濯機もね!」
「じゃあこれから開発していく小麦パンも……」
「そう! ……まあ、だから私の発明ってわけじゃないのよね。自分の手柄にしてるみたいで、ちょっと心苦しいんだけど……」
「なんで? いいじゃん。ラナが教えてくれなかったら俺たちは小麦パンにありつく事なんて一生なかったんだから」
「……そ、そうかな?」
「うん、そう」
あんな美味しいパンを知らない人生には戻れないよ。
ああ、それに……ラナがこうして側にいない人生にも、戻りたくない。
横を見れば嬉しそうな笑顔に見上げられる。
……うん、その笑顔のままでいてもらいたい。
「あのね、あのね」
「なに?」
「私、チーズが作れるようになったらその『小麦パン屋さん』に卸そうと思ってるの。私の前世で好きだったサンドイッチを売ったりしたいのよね」
「はぁ、サンドイッチ?」
「そう、お茶会やパーティーの時に出されるやつじゃなくて、もう少しガッツリ系の!」
「ガッツリ系?」
「えっとね、クリームチーズやハム、レタスやトマトを挟んだり、他にもポテトサラダとハムを挟んだり……色々挟むのよ!」
よく分からないけど、なにやらラナの中には色々構想があるんだな。
そして、それにはチーズが必要。
なるほど、それでチーズチーズと言ってたのか。
ふむ、それなら……俺も頑張らないと、かな?
「でも、そんなに色々レシピを知ってるならラナ自身でお店出した方が儲かるんじゃないの?」
「……いやぁ、実は牧場が軌道に乗ったら牧場カフェ的なものをやってみたかったりするのよね〜」
すでに計画済みだった。
そして牧場が確定した。
俺の抵抗はなんだったんだろうか。
いや、ラナがやりたいんならもういいけど。
「でも、そうなるとコーヒーや紅茶が欲しいじゃない?」
「うん? コーヒーって……あの苦いやつ?」
「そう。あれが甘いお菓子にぴったりなのよ」
「え? お菓子出すの?」
「そう、パン屋さんはレグルスさんに任せて、私は軽食とお菓子やお茶やコーヒーを出すカフェをやりたいの」
「……ふーん?」
なんかいまいちピンとこない。
でも、ラナがウキウキ楽しそうなのでやればいいと思う。
……それに、お菓子かぁ……。
「フランはどんなお菓子が好き?」
「いや、あんまり……」
「え! 甘いもの嫌いなの!?」
「嫌いじゃないけど……」
お菓子というのは贅沢品だ。
特に俺の実家は下にたくさん弟がいる。
親父の安い給料では滅多に食えない。
なので、俺は実家では『甘いものが嫌い』という事になっていた。
その方が、弟たちが気兼ねなくお菓子を堪能出来るから。
ラナにまでそれを主張するのは……まあ、しなくてもいいんだろうけど……。
「別に食べなくてもいいかなって感じ?」
「えー、お菓子美味しいじゃない! あ、さては本当に美味しいお菓子を食べた事ないわね? いいわ、そこまで言うならフランに『美味しいお菓子』を食べさせてやるんだから!」
「……そ、そういうわけじゃないんだけど? お茶会で一応お菓子は食べるよ?」
「ああ、でも私の前世の記憶のお菓子の方がぜっんぜっん美味しいから! ……作り方は漫画で読んだし……きっとなんとかやるわよ!」
「…………」
あ。これはダメだ。
スイッチが入っている……。
まあ、けど、ラナの言う『本当に美味しいお菓子』は純粋に気にもなるし……いいか。
「あ! いらっしゃーい!」
そんな話をしながら歩いていたらあっという間に家畜屋にたどり着いた。
まだ幼いながらも腰の悪い父親に代わり、家畜屋の看板を守るワズが俺たちの姿を見るなり駆け寄ってくる。
可愛い。
このワズは、母親の誕生日に流行りのシュシュを贈りたいと、俺たちに『ひよこ一羽とシュシュを物々交換して欲しい』と持ち掛けてきた、小さいながらもやり手だ。
まあ、まだ小さい分レグルスのように腹黒くはないけど。
「いらっしゃーい! どうしたんだい? 今日は。鶏の餌?」
「ううん、牛を見せて欲しいの」
「おお! いよいよ牛を飼うんだね? いいよ! こっち!」
ああ、でも鶏の餌と干し草も買い足して置きたいな。
追加購入決定。
というわけでラナと二人、ワズについて奥の放牧場に向かう。
柵で区画分けされており、その中には牛、羊、豚、山羊、馬、鶏がそれぞれに放牧されていた。
「すぐに乳が出る牛が欲しい? 大人の牛は銀貨五十! 山羊は少し安くて銀貨三十!」
「ああ、そういえば山羊もミルクを出すんだっけ」
「そうだよ。牛よりもサッパリ濃厚!」
「サッパリ濃厚って、意味逆じゃ……」
「んー、正確に言うと山羊は餌によってミルクの味に差が出やすいんだ。青草ばっかり食べさせると、青臭い味になってあんまり美味しくない」
え、そうなんだ。
……って、ラナが俺と同じ事考えてるような顔になってる。
「だから、穀物をすり潰した中心の餌にすると濃厚で美味しいミルクになるよ。うちのオススメはこれ!」
「……お前ホント商売上手だなぁ」
山羊買うとは言ってないのに。
ラナを見ると、かなり興味津々。
まあ、ですよね。
作ってもらった牛舎は結構広いし、山羊の一匹や二匹増えても構わないだろう。
「じゃあ、草を食べさせる用にオスの山羊を一匹とミルク用にメスの山羊も一匹。あとは牛」
「まいどあり! 牛もミルク用だよね?」
「ああ」
「今連れてくる!」
あんな小さな体で牛や山羊を連れてこれるのだろうか、と心配したが、全くの無用な心配だった。
ワズは「セバス!」と名前を呼ぶと、コーギーらしい犬と共に放牧場を駆けていく。
間もなく、牛が一頭と山羊が二匹、柵の側に近づいてきた。
「名前はないからつけてあげて。牛は一歳の女の子。ローロンドっていう品種で、妊娠出産してなくてもメスはお乳が出るんだ。この子は大人しいし賢いから、初めて牛を飼う人にはオススメ」
「「へー……」」
「山羊はクロッドっていう品種。こっちも名前がないからつけてあげてな。ストレスに強い品種で、群れるのが嫌い。でも、なぜか寝る時は引っついてないとダメ。高いところが好きで、気がついたら屋根に登ってたりするから気をつけてね」
「「へ、へぇ〜……」」
ええ……山羊って屋根に登るの?
降りられるの、って聞いたら満面の笑みで「ううん!」っと否定された。
登んなよ、じゃあ……!
「あ、そうだ。あとさ、もしよければなんだけど……セバスの奥さんが子犬を産んだんだ。一匹もらってくれないかな?」
「「え!」」
「頼むよ! 三匹生まれたんだけど、まだ一匹も貰い手が見つかってないんだ……。このままじゃ山に捨てられちゃう」
「「っな!」」
山に捨てられる!?
そ、それはちょっとあんまりなんじゃないの?