追放から一ヶ月過ぎた【後編】
「「…………」」
ラナと顔を見合わせる。
……まあ、ね。
俺たち、ある意味国に捨てられた身だしね……。
「わ、分かったわ。……実は犬って飼ってみたかったし」
なぬ!?
「あ、そ、そうなんだ。そうだね、俺も……」
「! そうなの!?」
「ああ、うんまあ、どっちかというと好きだし」
本当は好きでも嫌いでもない。
で、でも飼うって……。
俺、世話の仕方なんて分からないんだけど。
「じゃあ飼いましょうよ!」
「くっ……! ……う、うん。じゃあ、ラナ、選んでおいでよ……」
「うん!」
……眩しすぎて霧散するかと思った。
「ありがとう! 犬小屋はこっちだよ!」
ワズが嬉しそうにラナを犬小屋の方に案内する。
ま、待て待て待て待て。
犬小屋って……俺の作業小屋ぐらいあるんだけど!?
「……もしかして犬小屋も作らないとダメなのか?」
小さいのなら木材があれば俺でも作れそうだけど……あんなに大きいのとなるとちょっと不安だなぁ。
それに、草食の生き物はルーシィで慣れてるんだが……犬ってなに食べるんだ?
ちらりと柵の横を見ると、呑気にもしゃもしゃと牧草を食べる牛と山羊たち。
「!」
その横に羊が一頭近づいてきた。
丸い目がキラキラと俺を見上げている。
……なに、この子。
「…………」
「…………」
キラキラ、キラキラと……なにか、期待されてる?
なんで?
え? なに、本当になに?
「…………」
「……っ」
なんなの、その『ボクも連れてってくれるんですね』みたいな顔……!
ま、まさか?
予算は潤沢だけど、予定はない。
つーか山羊二頭も予定になかったのに……!
「…………」
「フラン〜!」
ハッと顔を上げる。
ラナが犬小屋の方から手を振っていた。
俺たちが飼う予定の牛と山羊は柵にロープで繋がれているので、羊を無視して犬小屋へと向かう。
一体なんだったんだ、あの羊は。
「ねえ、この子にしようと思うの」
「あ、ああ、いいんじゃない?」
と、言ってはみたものの……なにこれ可愛い〜!
耳が大きく、目がさっきの羊並みにキラキラしてるっ!
鼻はぺたんこ、短い尻尾プリプリ……これ、犬?
犬的な生き物とかじゃないの?
「んめぇ〜」
「!?」
「あら?」
真後ろに羊……さっきの羊だ。
柵の中からこちらを見ている。
「あ、お前! ……さてはこの兄さんたちに飼われたいんだな?」
「んめぇ〜」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ。予定にないってば」
「飼い方は牛や山羊とほとんど同じだよ。三ヶ月に一度毛を刈ってもらわないといけないくらい!」
「いや、だから……」
「んめぇ〜」
……すっごい主張してくる……!
「つーかなんで、この羊は飼われたがってんの?」
「性格が群れの奴らと合わないみたいで、孤立してるんだよ。兄さんたち、半額にするからこいつも連れてってやってくんないか?」
「「え、ええ!?」」
「毛刈りハサミと糸紡ぎ機も古いやつでよければつけちゃうから!」
「っ、ちょ、ちょっと待て、なにを企んでる」
確か羊は銀貨五十枚。
その半値。
その上、毛刈りハサミと糸紡ぎ機だと?
絶対なにか裏があるだろう?
「えへ、バレた? あのさあのさ、兄さんたち、最近美味しいパンを作れるようになったんだろう? 町は今その噂で持ちきりなんだよ」
「ああ、小麦パンの事?」
「そうそうそれ! ……作り方とか、教えてくれない?」
「「…………」」
ゴリ押しのようにサービスしてきたり、子犬を押しつけてきたり……その理由が小麦パンのレシピ。
でも、レシピはすでにレグルスに売り払っている。
レグルスがレシピをどう扱っているのかは分からないが、悪いようにはしないはずだ。
なにしろ元値が高い。
「ラナの物だったんだし、ラナが決めなよ」
「あ、うん……ごめんね、ワズ……レグルスさんとの契約で、無料で教える事は出来ないの。今度小麦パンの専門店を立ち上げる事になってるから、その時まで待ってくれないかしら」
「! ……そっかぁ……母さんと父さんに食べさせてやりたかったんだけどな〜」
「「ぐっ……」」
しゅん、とした子どもを見てしまうと、逆に俺たちは天を仰いでしまう。
そんな事を、そんな事を言われたらぁ!
「つ、作り方は教えてあげられないけど、作ったものを分けてあげる事は出来るわよ?」
「ホント!?」
可愛……ッ!×2
「来週また来るわね」
「うん! あ、いや! 明日牛たちを届けに行くから、その時にもらってもいい!?」
「おっけー、了解。いっぱい作っておくね」
「やった! あ、動物たちの事でなにか質問ある?」
「えーと……つーか、これって羊も買う流れ?」
「も、もう買っちゃえば? 自動糸紡ぎ機とか自動染色機とか自動機織り機とか……フランなら作れそう」
「……作れそうだけど……。いや、そうか、それは面白いかも?」
なるほど?
その手があったか。
ラナって本当天才なんじゃないの?
「羊も買ってくれる?」
「ええ、いいわよ」
「良かった! やったな!」
そう言ってワズは羊の頰を撫でる。
羊は「んめぇぇぇ〜」と嬉しそうに鳴いた。
……なんつーか、動物が一気に増えすぎではあるまいか?
「そうだ、この犬の事なんだけど……」
「離乳は済んでるよ! 今日連れて帰る? それとも、明日牛たちと一緒に連れてく?」
「……う、うーん、そうね……いっぺんに全部は不安だから、この子だけ先に連れて帰りましょうか……」
「……俺としては全部の面倒が見きれるのか不安だよ」
「あ、あはは……」
ラナ、笑い事ではない。
動物の世話は結構大変なのだから。
ルーシィ一頭でも毎日餌を与えて水を交換するのに。
「牧草地を作っておけばいいんじゃないかな」
「牧草地?」
「そう。そこを放牧場にするんだ。あと三ヶ月ぐらいしたら、この子をうちに連れてきてよ。牧羊犬の訓練をつけてあげる! そうしたら、放牧と牛舎に戻すのは犬にやらせたらいいよ!」
「……なるほど……。で、その訓練っていくら?」
「あはは、タダやるよー。この子を貰ってくれるだけで助かるんだから」
「…………」
ラナと顔を見合わせる。
うん、それなら……だいぶ負担は軽減されるし牛たちは自由にご飯を食べられるな?
あれ、でも山羊は餌によってミルクの味が変わるって言ってなかったか?
「メスの山羊は……」
「あ、うん、メス山羊だけは別にして餌箱に餌を入れておくといいよ。で、昼間は外に放牧する。それだけでもミルクの味はかなり違うから!」
「ふーん」
そういうものか。
まあ、干し草は買って行くつもりだったからいいけどね。
「じゃあ、そういう感じで。他にも気になる事があったら、また聞きに来るよ」
「うん! なんでも聞いて!」
……牛一頭、山羊二頭、羊一頭、犬一匹が我が家に加わる事になりました。
さて、うっかり予定にないものを買ったり押しつけられたりしましたが。
俺たちはクーロウさんちに来ていた。
ラナがレグルスと『小麦パン屋さん』をやる事になっているので、その諸々の打ち合わせ。
俺は暇なので、馬車で子犬の番。
そういえば、と持ち上げてみる。
「……お前メスか……」
「ヒゥン」
そっと床に下ろす。
まあ、だからどうという事もないのだが。
「名前かぁ、どうしよう」
「キャン!」
指でお腹をこしょこしょとして、子犬に構う。
割と容赦なく引っ掻いてくるし、ガブガブと噛んでくる。
ワズが「生後半年くらいは歯が生え変わるから、めっちゃあちこち噛むよ!」と言ってたが……容赦なさすぎではないだろうか。
軽く血が出てきたんだけど。
「あ、そうだ。クーロウさんに犬小屋も頼んでおこう」
それは帰りでいいとして、こいつの名前だよな。
ラナにも相談しなければいけないから、いくつか候補を決めておこう。
ぶっちゃけラナの方がネーミングセンスあるから、俺は……。
「シュシュ」
「キャン!」
ネーミングセンスで思い出した。
ラナが最初に髪留めを名づけた時の事。
……ラナが最初に俺の作ったものに与えてくれた名前。
「……いいんじゃない? シュシュ」
「キャン!」
「お前も気に入った?」
「キャン!」
分かっているのかいないのか。
とりあえず俺の鼻を狙って噛みつこうとしてくる。
床に下ろすと、またウロウロと動き出す。
もしかしてシッコかな?
馬車から下ろすと、植木の横でチー、とやらかした。
……クーロウさんちの庭だけど、ヤバいかな?
水掛けておけばバレない?
「げっ!」
シッコのみならず大きい方も!?
さすがにこれはどうしたら!?
「し、仕方ない、植木の根元にこっそり埋めてしまえ。肥料になっていいだろう、ははは……は……」
肥料……。
「なにしてるの」
「あ、ラナ? いやぁ、そのう……」
見つかってしまった。
しかし、なにも言わずぽいぽいと葉っぱでシュシュのやらかしたものを植木の根元に埋める。
「フーラーン?」
「…………。実は……」
観念して、吐いた。
するとラナが頭を抱える。
でも次の瞬間ハッとして顔を上げた。
これはなにか思いついた?
「フラン! 肥料業者の事を思い出した!」
「は? はあ?」
「あの人たち、汚物を回収して肥料にするって言ってたわよね!? 自動で汚物を肥料にしちゃう竜石道具作れない!?」
「……肥料生産機って事? …………」
肥料業者。
彼らは人の汚物を集めて、加工して肥料にするんだとか。
この国は元々緑が豊かだから、肥料を与えると倍以上に収穫が見込めるらしい。
俺たちだけでなくルーシィや、明日からは牛や山羊、羊も増える。
なんかこう、そういう汚物が肥料になるやつとかあれば肥料は買わなくてもいいし畑は潤う。
収穫量も増し増し……おお、なるほど!
名案! ラナ天才!
「いいね、それなら多分小型竜石ですぐ作れる」
「やった! ……ってこらこら! 広いんだから迷子になるわよ!」
「あ、ラナ。この子の名前、シュシュはどう?」
「! なにそれ可愛い! 賛成! むしろ決定!」
……良かった、ラナにも気に入ってもらえた。
一安心して、しかしそういえば、と首を傾げる。
「ラナ、どうして戻ってきたの」
「あ! ヤバ! そうだった! レシピを馬車の中に忘れてたのよ! すぐ戻らないと……」
「探すの手伝う?」
「大丈夫!」
慌てて馬車に乗り込んで、紙の束を持ってくるラナ。
一番大事なもの忘れてるのかよ。
「……ねぇ、フラン、牧場カフェの事なんだけど……」
「ん? ああ、さっき話してたやつ?」
「コーヒー豆の種とお茶の種買ってきたから、うちの畑で作っていい?」
「…………。もう買ってきてるんでしょ? なにその確信犯な質問。もはや確認じゃん」
「えへへ!」
などと笑って駆けていく。
預けられたシュシュはうごうごしていたが、段々と眠そうに胸にもたれかかってくる。
……ラナに貸す前にシュシュが使うか、俺の胸。
「……牧場カフェねぇ」
本当にこの国に根づくつもりなんだな、ラナ。
いや、彼女の話を思えば、それも致し方のない事なのかもしれない。
疑うわけではないし、彼女がそうだと言うんならそうなんだろう。
だが……不安なんだよなぁ。
少なくともラナの父親、宰相様はラナがこの国に根づく事を……どう思うのだろう。
爵位継承権利放棄の申請を願い出る文書とは別に、前世云々は伏せてラナの意思を宰相様用の手紙にしたためたが……。
それに……正直そろそろ俺に対して暗殺者の一人や二人差し向けられてもおかしくないんじゃないかなぁと思っている。
なので、一人の時間は増やそう、と勝手に考えていた。
ラナを巻き込みたくないし。
しかし意外にもその類は全く来ない。
逆に気味が悪いんだけど。
「……アレファルドが俺を見逃す? ……まさか」
ありえない。
あのプライドの塊みたいな男が。
プライドの高さだけなら学生時代の、記憶が戻る前のラナとどっこいどっこいだろう。
器のでかさを示す為に外面は完璧に振る舞うが、他の貴族の目の届かない場所にいる裏切り者になんの処置も行わないなんて考えづらい。
だから、覚悟はしているんだが……一向に来ない。
気味が悪い。
大事な事なのでもう一度呟くよ。
気味が! 悪い!
『本当に美味しいお菓子を食べさせてあげる!』
……気味が悪い、けど……ラナとまた新しい約束をしてしまった。
肥料生産機とかも作らないといけない。
シュシュももらっちゃったし、明日は牛たちが届く。
ラナの夢も、それが叶う瞬間も見てみたい。
だから、アレファルド。
俺は……生きるのをもう諦めない。
お前がもし俺を殺そうとするのだとしても、暗殺者は返り討ちする。
悪く思わないでくれ。