是正5
それは朝になって少しして始まった。
最近魔物による侵攻が増えてきて、平原に在った砦は悉くが陥落していった後も、結界を挟んでの攻防が続いていた。
それに伴い新しく駐屯地には大きな鐘が設置され、何かあった時はこれを鳴らして
それを聞いた銀髪の青年であるセフィラは、夜勤明けで眠っていた意識を無理矢理覚醒させて、上体を起こす。
「・・・うるさいな」
彼が宿舎に戻ってきたのは、ほんの二時間ほど前。寝たのがそれから少ししてなので、意識を手放したのは一時間ちょっとぐらい前か。セフィラはあまり上等とは言えない寝床で上体を起こしたまま、恨みがましく窓の外に目を向ける。
「どうやら敵襲のようですね。それもこの狂ったような鳴らし方は尋常ではない様子」
「遂に本格的に魔物が襲撃を仕掛けてきたのでしょうか?」
そんなセフィラが寝ていた寝床の傍らに立っていた同じ銀髪の女性が、セフィラと同じように窓の外に目を向けた後に呟く。
その女性、ティファレトの言葉に、その隣に立っていた男性が心配そうに問い掛けた。
「この鐘の乱打から、その可能性は大いにありますね。ここも慌ただしくなってきましたが、セフィラさんは夜勤明けですから、配慮して召集は掛からないのでしょうか?」
「誰かが来る気配はないですね」
廊下側へと顔を向けた男性が、そこを忙しなく駆けていく人達を視界に収めながらそう言葉にする。
実際、鐘が鳴り響き、外からは建物が僅かに揺れるほどの轟音がしているというのに、忙しなくあちらこちらに行き来している者達は、セフィラが寝ている部屋にはやってこない。セフィラが寝ている部屋は相部屋だが、現在はセフィラ達三人しか部屋には居なかった。
「・・・ふぁ。直ぐに誰か来るさ。今日は騒がしすぎるからね」
ティファレト達の会話に、セフィラは眠たそうにしながら参加して寝床から出ると、のんびりとした足取りで制服を用意して着替えていく。
「それにしても騒がしい。これはここもおしまいかな」
眠たそうな目をしながらも、身体を解すように動かしながら、セフィラが覚悟を決めたようにそう口にした。
「おしまいですか?」
「ああ。魔物の本格的な侵攻さ。元々戦力差があったんだ、もしも本格的に攻められれば、ここも一日と保たないだろうさ」
「そうですね。平原に出ていた時にはそこまで強くなかった魔物達も、最近は日増しに強い個体が混じり始めたらしいですからね」
一通り身体を解したセフィラは、誰も呼びに来ないことをいい事に荷物を纏める。といっても、ほとんどが趣味の機械部品やそれに関連した工具類だけだが。それでもあまり荷物が多くても身動きがとりにくいという判断から、荷物の量はそれほど多くはなかった。
「元々森の中には、人間ではほぼ勝てない個体が生息していたのだから、それもおかしな事ではないさ。むしろ今までがおかしかっただけで」
荷物を大きめの背嚢に纏めると、それを背負ったセフィラは自ら忙しなく往来している人混みのなかに突っ込んだ。
その後に続くティファレト達だが、鐘が鳴り始めて時間が経過したからか、少し人の数が減った宿舎内では、セフィラを見失うなんてことはなかった。
そうしてセフィラが向かったのは食堂。まだ朝だが、中には誰も居ない。よく見れば厨房にも誰も居ないようだ。
「避難した後でしょうか?」
「だろうな。料理はそのままだ。流石に火は消してあるようだが」
調理場の方に顔を向けたセフィラは、一度周囲を見回した後に調理場の方へと勝手に入っていく。
勝手に入った調理場にも誰も居ない。ただ料理が未だに湯気を上げているところを見るに、料理人がここを出てからそう経ってはいないのだろう。少なくとも温かい食事にはありつけるかと、セフィラは食器を幾つか持ってきて、好きなように料理を鍋から移していく。
「ちゃんと野菜も食べるのですよ」
偏った料理を皿によそっては盆の上に載せ始めたセフィラへと、ティファレトがそう注意する。
それに子どもっぽく唇を尖らせたセフィラだったが、口答えしたところでティファレトには敵わない事は知っているので、大人しく「はーい」 と返事をして他の料理にも手を出していく。
そうして完成した献立を眺め、セフィラはこんなものだろうとひとつ頷く。しかし、隣でそれを見ていたティファレトは、やや疲れたように息を吐いた。
それでもそれ以上何も言ってこないので、ギリギリ許容範囲なのだろう。
セフィラは盆の上の料理を零さないように注意しながら、併設されている食堂の方へ持っていくと、適当な場所に腰掛ける。
その後に黙々と食事を摂っていくと、遠くの方でドガンと一際大きな破裂音が響いた。
それを聞いてもセフィラは気にせず食事を続けるが、外がより騒がしくなった事を気にして、男性がティファレトに問い掛ける。
「何があったのでしょうか?」
しかし、まだ現状が把握しきれていないので、ティファレトもそれには予測しか返せない。それでもいいだろうかとティファレトが考えたところで、セフィラが料理を口に運ぶ合間に答えた。
「あれは多分防壁が壊された音だと思うよ」
「え!?」
そのセフィラの返答に、男性は驚いたような声を上げて固まってしまった。
「そんなに驚くほどかな? 予想通りでしょう」
固まった男性へと、セフィラは食事を続けながら声だけを掛ける。
「そ、それは驚きますよ!? 防壁が破られたということは、内側に侵入されたようなものではないですか!?」
「そうだね」
「そうだねって、大丈夫なんですか?」
「大丈夫って街が? それなら大丈夫じゃないよ」
興味なさげに返された言葉に、男性は再度固まってしまう。
「であれば、ここも安全ではありませんね」
「そうだね。というより、元々ここも安全ではなかったよ」
「それもそうですね」
そんな男性を放っておいて、セフィラとティファレトは納得したように言葉を交わす。
それから少しして、セフィラは食事を終える。
食事を終えたセフィラの食器を片付けようとティファレトが手を伸ばしたところで、また大きな音が鳴り響く。今度は大分近いようだ。
「これは門かな?」
「おそらくはそうでしょうね」
軽く同意しながら盆を持って食器を下げるティファレト。
セフィラ達は食堂の出入り口の所まで移動してティファレトを待つと、合流して宿舎の外に出る。
宿舎の外は騒がしく、門の方角は特に騒々しい。魔物の気配も濃く、防壁の内側に侵入されているのが嫌でも解った。
「意外と脆かったですね」
「そうだね。この国でこれでは、ユラン帝国辺りはもう終わっているかもね」
そんな現状でも、セフィラとティファレトは気楽な調子で言葉を交わす。正直二人にとっては人間界などどうだっていい事なのだ。なので今考えるべきなのは、自分達の身を守る方法。
「このまま平原に出ても魔物の団体がうろついているようだし、流石に脱出は難しいか」
「はい。まだここで防衛している方が幾分かマシかと」
「それでもじり貧だからな。かといってこの周辺に隠れる場所も無いし、困ったな」
セフィラは頭を掻くと、どうしたものかと思案する。現状では八方塞がりで打つ手がなかった。
とりあえず防衛しやすそうな場所に移動することにして、門とは反対側に移動する。
三人が移動したのは、資材置き場の一角。そこには現在ほとんど何も無く、僅かな資材が置いてあるだけであった。
「最近消耗が激しかったからね。この何も無い広さなら丁度いいかな」
「あとは簡単な柵や砦でも造れば、一瞬ぐらいは保つでしょう」
残っている木材などの資材を勝手に使用して、素早く簡易的な防衛地点を構築したセフィラ達は、そこに陣取り今後について話し合う。
「あの魔物の群れには、ぼくらが手を貸しても意味がないからね。数だけではなく実力差もありすぎる」
「はい。であれば、どうしますか? 何処かに避難場所でも構築しますか?」
ティファレトの提案に、セフィラは首を振る。今からでは現実的ではないし、なにより魔物の群れ相手に避難できる場所など心当たりがない。
かといって、ここで座していても死を待つだけ。それでも今から援軍に行くよりは少し長生きするぐらいは効果があるし、平地で迎え撃つよりかは、構築した防衛設備を使って護った方が数秒長生き出来るだろう。
しかし、結局はその程度。根本的な解決策ではない。というよりも既に詰んでいる。人間界で魔物の群れから生き延びれるほどの場所はおそらくは存在しない。中央の地下とて一月も保てば十分過ぎるだろう。
それでも考えるが、やはり難しい。人間界を脱しても魔物犇めく平原に出るだけだし、その先も魔物犇めく森だ。エルフが現在どうなっているかは不明だが、何にせよ敵対している以上どうしようもない。
そんな森を抜けると人間には未知の世界。情報が一切ない以上、予測など立てようもない。つまりは、どれだけ考えても結論は同じという事。
「何をしても結果は同じか」
「そうですね。空に逃げれば可能性が僅かに在るかもしれませんが、そんな兵装はありませんから」
「飛行兵装はまだ実用段階ではないからね」
「はい。ですので、現状では打てる手は一瞬の延命程度です」
「やはりそうか。魔物から隠れても見つかる可能性が高いからな・・・それでもそちらの方がいいか?」
「その場合、見つかった時は逃げ場が無くなりますが、生き延びられる確率としましては、ここで防衛するよりは若干高いでしょう」
ティファレトの言葉に、セフィラは「うーん」 と唸る。魔物達が近くまで来ているので時間はあまり無いが、それでも穴を掘って隠れる程度の余裕はあるだろう。
しかし、その程度で魔物から隠れることが可能かと問われれば、非常に低いとしか言えない。だが、全くない訳ではない。仮にここで防衛しても生存出来る確率が全く無い事に比べれば高い方だろう。
そう考えたセフィラは、先程構築した防衛施設の下に穴を掘る。こうしておけば、何かあった時に崩れた防衛施設の下敷きとなって隠れ場所を覆い尽くしてくれるかもしれない。という淡い期待を抱いて。あと、それだけ時間がなかったというのもあるが。
すぐさま三人が余裕をもって入れるだけの穴を魔法で掘った後、その上に魔法で補強した木の板を載せて、更にその上に土を被せて完成だ。念の為に出入り口は狭くしているが、時間がなさ過ぎてあまりにもお粗末な出来。
それでも無いよりはマシと思い、三人は地上部分の整備を済ませて、急ぎ穴の中に身を隠す事にした。
三人が穴の中に身を隠してそう経たずに、誰かがやって来たのが分かった。
「魔物、ではないですね」
穴の中からやってきた者達の様子を探りつつ、ティファレトが呟く。
「魔物に追われてきた何者かが上に造ってあった施設に身を隠したといったところだね。無意味なのに」
「そうですね。あれは魔物達にとっては大した障害ではないですから、あの施設を活用するにも最低限魔物と戦える程度の力がなければ、何も無いのに等しいでしょうね」
「そうだね。そして、上の連中にはそれが無い」
ティファレトが冷静に状況を分析して事実を述べると、それにセフィラが同意と頷き無情に告げる。
しかしそれは正しい認識で、魔物にとっては防壁ですらただ高いだけの壁でしかなく、実際既にいたるところで防壁は破壊されてしまっていた。魔法一発で吹き飛ぶような物を防壁と呼ぶのは考えものだが。
とにかく、そんな魔物を相手にするのだ、大部分を木で組んだだけの簡易拠点など何の意味があるというのか。
セフィラ達がそう思っていると、遅れて魔物が到着する。その数は三体と少ないが、どれも今まで平原で戦ってきた個体よりも強いものばかりのようだ。
「ギリギリ中級辺りの魔物か。十分脅威だな」
地下から魔物の様子を窺ったセフィラは、魔力視で大まかに相手の強さを測ってそう告げる。
中級というのは、人間が定めた強さの目安である下級・中級・上級の大別した三段階の一つで、中級ともなれば人間界で対処出来るような者は限られてくる。
そんな相手が複数である。というか大量に人間界へと攻めてきたようで、それは守りを抜かれるだろうと三人は心の中で納得する。むしろそれを防げるのであれば、今までのような停滞も無かった事だろう。セフィラの知る限り、こんな状況でも防衛が出来そうな国は一国だけ。
(ハンバーグ公国というよりも、あの三人が護っているハンバーグ公国か。あの三人であれば、上級の魔物でも相手が出来るだろうからな)
セフィラの頭に浮かぶのは、ハンバーグ公国で防衛の任に就いた時に見た三人の少女。
三人とも種類の違う美しさを持つ少女達であったが、セフィラにとってはそんな事などどうだってよくて、それよりも注目すべきは、その圧倒的なまでの強さだった。
その三人は個々人でも上級の魔物と問題なく戦えるだろう実力を有していながら、三人で連携して戦うことに非常に長けていた。その強さは単純に三倍という訳ではなく、連携さえすれば上級の魔物の群れとすら戦えたかもしれない。
(そんな三人に加えて、三人がそれぞれ使役する魔物の強さだ。術者並みの強さの魔物が、ぼくの知る限りで三体。この六人だけで人間界ぐらいは落とせるだろうな)
少女達が使役する魔物は、術者同様強力な存在であった。
見た目は羽の生えた人間で、羽の部分を除けば人間と大差ない。しかしその強さは圧倒的で、三体ともに平原で魔物を蹂躙しつくして絶対者として君臨していたほど。
その六人だけで、ハンバーグ公国程度の広さであれば絶対の平和を享受出来た。なにせ、六人ともに単独で上級の魔物と戦えるほどなのだから。
そんな者達が護る国である。いくら中級とはいえ、群れできても問題ないだろう。上級が混じっていても、数が多く無ければ大した問題ではない。
そのうえで下級程度の魔物であれば、後ろに流して防衛の任に就いているだろう兵士達に任せれば、六人の労力も軽減可能だろう。
なので、セフィラはハンバーグ公国の防衛は大丈夫だろうと考えた。しかしそれも時間の問題であろうが。
(いくら個の強さが圧倒的でも、数が居なければ国は護りきれない。それに時間が経てばハンバーグ公国の防壁は護れても、他国の防壁を破った魔物達が内側から攻めてくるだろうし)
どう考えても詰んでいる。せめて倍も居ればそうそう落ちないだろうが、ハンバーグ公国全体を護るとなると難しい。
世界的に見ればそこまで広くはない人間界だが、それでも人一人では、そんな人間界を構成する一国ですら手が回らないほどには広い。
それでも護るというのであれば、国としての規模を縮小するしかないが、それが今から間に合うとは思えなかった。故に詰み。幾つかの街の者を護るので精一杯だろう。
それでも十分過ぎるとセフィラは思う。本来であれば、上の方で蹂躙されている者達のような悲惨な末路を皆が歩むはずなのだから、その一部でも護れるのであれば十分過ぎる。
セフィラは内心で、ここにもそんな存在が助けに来てくれればと諦めながら自嘲するも、そんな都合のいい夢は訪れない。
上部で追われながらも逃げてきた者達が魔物に蹂躙されている様子を捉えながら、そのまま過ぎ去ってくれと心の中で祈る。誰に対して祈る訳でもないが、それでもそう念じていると、魔物の数が少しずつ減っていく。
そうして残り二体となったところで、魔物達はその場で寛ぐようにして横になった。それは完全に予想外の行動。
このままでは外に出るに出られない。そう思い僅かに焦ったセフィラが、何か対策はないかと思考を巡らせた時、地上で寛いでいた魔物達が動き出した。
僅かに動揺した事でセフィラの抑えていた魔力が少し外に漏れたのか、魔物達は的確にセフィラ達が潜んでいる部分を掘り始める。
それを察知して、これはいよいよ不味いなと考えたセフィラだが、どうする事も出来ない。補強も可能な限りしているので、精々が開通直後に魔法を放って先制攻撃をするぐらいだろう。
一応地下空間は、三人が何とか寝起きできる程度の広さには拡張しているが、戦闘するには狭すぎる。大量の魔物を相手取ると考えれば、一度に相対する数を絞れる狭い方がいいのだろうが、それもセフィラに膨大な魔力があればの話だ。
(周囲から魔力を集めるにしても限度があるし、そもそもそんな魔法では中級の魔物には効果が薄い)
魔力というものは、自身の内側から発生する内包魔力と、世界に漂っている外部魔力とがある。そのどちらを使用しても魔法は使えるが、外部魔力のみを使用した魔法は、内包魔力のみを使用した魔法に比べて著しく弱くなってしまう。
それに外部の魔力を集めるにしても、呼び水となる魔力は自前で用意しなければならない。これは少量でいいのだが、魔法を一発発現させる度に必要なので、それなりの量が必要になってくる。
魔力を集めた後であれば、内外の魔力量の配分は結構自由に行えるが、それでも外部の魔力が僅かでも混じってしまうと威力は一気に落ちてしまうので、保有魔力量が多い者はあまり外部の魔力は使いたがらない。もっとも、人間は元来そこまで保有魔力量が多くはないので、どうしても外部から魔力を融通しなければならないという事情は在るが。
セフィラは一般的な人間の魔法使いの中では保有魔力量は多い方ではあるが、それでも中級の魔物相手では、内包魔力だけで正面から数体も倒せば魔力切れを起こしかねないだろう程度。
しかし、この場にはセフィラ以外にも二人居る。ティファレト達二人は一見普通の人間に見えるが、実際は人間どころか生物ではなく、機械仕掛けの存在である。
なので、人間のように疲れる事もお腹が空く事もない。だが、それでも無限に動ける訳ではなかった。
ティファレト達は動くと熱を発するので、それさえどうにか出来れば多少長くは動けるが、それでも一日中戦闘し続けるのは難しい。
例えばの話、ティファレト達が魔物と戦い、セフィラが水魔法でも氷魔法でも風魔法でも何でもいいので二人を冷却し続けたとしても、結果は変わらないだろう。セフィラが周囲を調べたところ、魔物の増援が次々と到着しているようであるし。
因みに、ティファレト達の動力源は電気。主に雷魔法を組み込んだ少々高度な魔法道具で電気を起こしている。
それはセフィラが製作した魔法道具なのだが、まだまだ荒く、改良の余地が大いにある。しかし、人間界の技術では限界があり、今のセフィラではあまり上は望めないだろう。
あとはその魔法道具の補佐として、動くと電気を発生させる機構も組み込んでいた。それらのおかげでずっと動くことは可能。ただし、設計時の想定としては日常生活で支障がない程度なので、戦闘を続けるほどの出力は無い。
セフィラの魔力量や、ティファレト達の活動時間など様々な部分を検討してみても、やはり詰んでいる。保っても一日程度だろう。
そうセフィラが最期の時間について考えたところで、地上との道が開通した。
開幕の一撃として、セフィラが下りてこようとした魔物目掛けて魔法を放つ。その魔法は勢いよく上空に放たれ、運よく二体の魔物を巻き込み消滅させた。だが、たった二体程度では焼け石に水でしかない。
次の魔物が下りてくると、ティファレトが戦斧を薙いで魔物を殴るようにして斬る。ティファレトの得物である戦斧は大きいので、狭い地下空間では取り回しが難しい。それでも重量がある分、薙ぐだけでも十分な威力が出ているようで、その一撃だけで中級の魔物が瀕死にまで追いつめられた。
そんな弱った魔物へと、男性が横から槍を突いて止めを刺す。
狭い地下に開いた穴もまた小さく、精々が二体の魔物が下りてくるだけ。それでも次々と止まることなく下りてくる魔物はしつこく、次第に攻撃が追い付かなくなってきた。
今は生じた隙を埋めるようにセフィラが魔法を放っているので何とかなっているが、それももうそろそろ限界だろう。
何体も何体も魔物を倒していったところで、ああ、そろそろやばいなとセフィラがそう思った時、魔物の一体がティファレトに飛びついた。
ティファレトは戦斧の側面を使って何とかその攻撃を防いだものの、押し返すのがやっとで体勢も崩してしまう。それを狙って次の魔物がティファレトへと飛び掛かってきたが、それは男性が槍を横から突きつけて迎撃する。
だが、もう限界だった。一日は保てるだろうか。などと甘く考えていたが、実際は数時間程度でこのありさまだ。もうあとニ三回の攻撃で完全に崩されてしまうだろう。
三人ともにそう思った時、地上の魔物へと強力な魔法が放たれ、一掃されたのが分かった。それはセフィラ達だけではなく魔物達も同様で、明らかに地上に居る何かへと怯えた様子を見せている。
その隙を逃さず、ティファレト達は地下に居た魔物達を掃討していく。元々地下に居た魔物は数が少なかったので、それは直ぐに済んだ。
魔物の掃討を終えたセフィラ達は、安堵する余裕もなく地上を警戒する。するとそこへ、男の声が届く。それは記憶にある声より少し大人びてはいるが、聞き間違えるはずがないほどには聞き慣れた声。
その声の主の名前を、セフィラは地下から声を出して呼んだ。
「ジュライ!!」