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密室


 早くも遅くも折り返し、4日目の朝。 
 何か糸口になる発見、まさかの見落としはないかと島の探索を、地道に続けていた探偵マーヴェル。

 収穫は皆無。人の隠れている気配も、いた痕跡もなし。
 この孤島に第三者が介入する余地、例えて挙げるならば、懲役数百年の脱獄犯や、誰かに雇われたヒットマンが後半になって急に登場するなどという事態は有り得ない。

 第一の殺人事件は言うに及ばず、その後の事件も全く防ぐことのできなかった事実に強烈に打ちのめされていた名探偵。
 あまりの落ち込み具合の酷さに、推理の目も曇ってきているのではと心配になってきた相棒クリスが、声をかける。

 「お~い…」

 「……」

 「まったくもう! こういうことは、たまにあるんやっ、人生長かったら。サルも木から落ちるんやで! ……まあ…ちょっと今回は落ちすぎやなぁ」

 「……」

 「って…もう!! 冗談やんか!」

 今朝は朝食も口にせず、もう時刻は昼前。だが思ったほど空腹感は感じない、重い足取り。

 (何か一つでも、おかしなことはなかったか?)

 屋敷だけではなく、隣接して立つ倉庫や電気室も一通り捜索した。一般的に想像するプレハブのような簡単な造りではない、しっかりとした倉庫。日用品などあらゆる必要なものがきちんと整理されて貯蔵されていた。

 気づいたこと。
 ドクターを殺害した手斧は倉庫に在ったものであろう、誰にでも持ち出し可能。建物としても素晴らしく立派な蔵という倉庫があるが、ここに立つ倉庫もそういった印象を受けた。ただ単にモノを仕舞うだけではなさそうな造り、必要十分以上の手の込みよう。

 (金持ちの道楽……シェルター代わりになりそうな分厚い壁……凝った内装の装飾……普通なら不必要なコスト……)

 コスト面で言えば電力もしかり、確かに大きな屋敷だが、あの出力なら島全体が要塞でも賄えるのではと思える高出力タービン。

 「お決まりの、おもろないハリウッド映画なら最後は爆発やな……」

 こっちこそお決まりの、クリスの口の悪さが出たところでちょうど館の前まで帰ってきた。何の気なく客室の窓を見上げる。

 おとめ座の間で、何かがマーヴェルの頭に引っかかる。あそこはクガクレの泊っている部屋、カーテンが開いている。……それは問題ではない。もうすっかり日も登った昼なのに、明かりがついている。……別に珍しいことではない、おかしくはない。


 い、いや…………シャンデリアが変だ。僅かばかり曲がっている。

 「ちょっと遠くて、よくわからへんな……近くによると…………角度で見えへん!」

 「み、みんなを呼ぼう」

 嫌な予感、非常に嫌な予感がする。背中に脂汗が落ちて行くのを探偵は感じた。

 「ん? なんで!? すぐ行こう」

 「いっ……いや…………単独で駆け付けるべきではないと思う」

 マーヴェルは最悪の事態を想定した。この判断は本当に正解だったのか、その想定は正しいものなのか、疑問符を付けたままではあったが、今回はそっちの道を取った。

 「……誰もが別行動をとるのは……だめだ……」


 屋敷に入ると、ちょうど厨房の方から歩いてくるメイドのウルフィラと会った。相変わらずの穏やかな元気さを漂わせている。決して忘れてはいけないのが、雑用、片付け、嫌な仕事、縁の下の仕事、現在それらすべて彼女が一人で文句の一つも言わずやってくれているのだ。
 
 クリスは優しい目で彼女を見つめながら独りごつ。偶に言う良いことを。

 「み~んな簡単に物や食べ物を壊し、捨てるやろ……あれな…忘れてるねん……積み上げてくれる人の存在を……」

 「あ! 探偵さん、朝は食べました? ちゃんと食べないとだめですよ……」

 「そ、それより! ウルフィラさん…みんなを集めてください」

 ただならぬマーヴェルの様子にすぐ気づいたメイド。

 「はい、すぐ呼びに行きます」

 と、二つ返事で行動に出ようとする。

 「い、いや、そうだ……放送、館内放送、執事さんの部屋に会ったマイクで呼びかけましょう」

 何の異を唱えることなく了解しましたとなり、探偵たちは今はだれも主のいない執事の部屋へ向かった。壊され外された扉をくぐり、室内へ入る。
 テーブルのマイクのスイッチをオンに、周りのボタンの印字を頼りに押していく。館内全体に届く設定になったようだ。

 『この放送をお聞きの皆様、マーヴェル様が至急ラウンジへ降りて来てほしいとのこと、恐れ入りますがどうぞ……』

 ウルフィラが何度か繰り返し伝える。初日の晩餐に流れた不気味な声と打って変わり良く通る美しい声が響き渡った。


 直後の中央ラウンジ、メイドより先に向かった探偵が最初についたが、それとほぼ同じくして、老婦人クナ・スリングが険しい顔で最初におりてくる。

 メイドも合流し、言葉交わさず階段前でしばし待つ。

 マジシャンのミスターモリヤと、カメラマンのオオツ カズフサが僅かばかり遅れてやってきた。

 最初の朝から姿を見せない執事のクロミズ アキラ、最初の殺人が起きてから姿を消した青年マーティ・アシモフ、彼らの姿はいくら待ってもなかった。


 ……そして、やはり、彼女……クガクレ アマコも。


 「お嬢ちゃんがおりてこないねぇ」
 クナが、静かに口を開く。

 「嫌な予感…というか…予測、いいえ……確信……クガクレ嬢の部屋まで、つ、ついてきてくださいませんか、皆さんご一緒に」

 汗ばんだ顔、やつれ、疲れも明らかなマーヴェル。

 そんな様子をまじまじと見て、よりいっそう暗い影の差す顔で同意したみんなは、無言で後に続いた。


 おとめ座の間の前、ドアを二度三度ノックして探偵が室内に向け呼びかける。

 「クガクレさん! クガクレさん!」

 反応がない。

 「モリヤさん! 鍵をお願いします!」

 「わ、分かった。でも…ど、どうしたってんだ」

 少し戸惑いながらも、執事の部屋のカギをピッキングしたように、クガクレにもらったピンをもう一度使い、さっそく開ける動作に入り言う。

 「外の窓から見えたんです、シャンデリアが……」

 「どういうことだい」
 老婦人が問う。

 「……わずかに、曲がってました」

 「それが、何か問題でもあるのか?」
 オオツにはさっぱりぴんと来ない。

 「おい! 開いたぜ」
 見事にカギを解除したマジシャン。

 「ん!?」

 ドアを開けようと、そのままモリヤがノブを回し押すが動ない。

 「なんでだ?」

 ガシッ、少し動くが
 「何か…何かに引っかかってる?」

 「と、扉を開けられないように……してるんですね…彼女が」
 様子を見た探偵がつぶやく。

 「おい! 大丈夫、モリヤだ。みんなもいる、開けてくれ」

 隙間から室内に向け大声で問いかけるが、またも反応がない。

 「何か、何かをドアに噛ましてるんだ」

 扉を幾度か押しながら感触を感じていたマジシャンが原因を突き止める。

 「……わ、わかりました。…オオツさん、…モリヤさん、少し強引ですが。……お二人で……力任せに押してもらえませんか」

 探偵の要請に、任せておけとカメラマンが答える。
 「よし。いっちょやるか」

 力仕事は本来自分の担当すべき仕事ではないと言わんとばかり、しぶしぶマジシャンも。
 「……しかたない」


 二人はドアに体重をかけ押した。ギシギシ、ーズッ、ベギャリ! ガシャ!!

 木の軋む音がして、急に抵抗力が消え、やっとドアが押し開けられた。
 床のすり跡などから判断すると、扉に旨い具合に衝立となるよう噛ませた木製の椅子が外れて転がっていた。

 確かに、シャンデリアは曲がっていた。

 彼女の体重で。

 首を吊られ絶命した、クガクレ アマコの死体によって。 

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