スカウトしよう!
大学には入ったものの、勉強内容に興味が持てず、講義がかったるいものと化している。今日自分が受ける講義が全て終わり、夕方となった。
さて、本日は或斗と勧誘活動を行う予定だ。待ち合わせは大学キャンパスの購買近くにある休憩スペースである。そこには椅子や机が結構な数あって、講義の終わった学生、半分ニートをやっている学生が結構な数いる。男同士・女同士で下らない話をしていたり、爆発しろといいたくなるようなラブラブなカップルもいたり、なにやらおかしなモーションをつけ、変な台詞を吐きながらカードゲームをやっているやつらもいた。或斗は先に来ていないかなと周りをきょろきょろと見てみると、急に自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「セームく~ん!! 」
声のする方に綺麗な女子学生もとい、女装子がいる。あれ、学生達の多い中、綺麗な子に自分の名前を呼ばれるってシチュエーションって、自分がかなりかなり目立つんじゃないか?
周りの学生が「誰だセームくんって?」、「あの二人ってどういう関係だろ~?」、「あの娘綺麗だ~」、「メガネくんあの娘よりすんごい小さいなとか」とか完全に自分達の事話しているじゃん!
自分は顔を赤くし、うつむきながら、学生たちやシートや椅子などの隙間をかきぬけ或人のもとにたどり着いた。
「遅い、待ったわよ!」
「こういう場所で名前をデカイ声で呼ばんでくれよ、目立つし、恥ずかしいじゃないか!」
「へぇ、私ね。Sなの。なんならもっとはずかしいことしてあげる? あんなこと、こんなこと、いっぱいしてあげるわよ♪」
メロディをつけながら、かつ悪魔じみた微笑みで、自分に或斗が話かけてきて、背筋がゾクッとするものを感じた。
周りのおたくっぽいやつらが「なにそれご褒美じゃん」、「セームよ俺と変われ」とかふざけたことをぬかしている。
「すいません、勘弁してください、なんでもしますから」
「さて、可愛いジョークはこのくらいにしてと」
今の一言がジョークには思えなかったんだが、という暇もなく会話はすすんでいく。
「今日は女の子を誘おうと思っているの。セームくんはそのお手伝いね。あなたがこない間に休憩スペース周りを見たけど、ぴんとくる娘がいないのよね」
「適当に誰か入れてしまえばいいんじゃないかなもう」
「適当にしても、ソプラノかアルトをちゃんと歌えそうな女の子がもうひとり欲しいのよね……。よし! あそこへいってみるか! セームくん、一緒に二階に行くわよ!」
「二階? 二階に何があるんだ?」
「二階でうちの大学の合唱団が毎週練習しているの。見学しに行くわよ!」
そういえば合唱団は大学に昔からあったみたいで、入学式の時に校歌を歌っていたな。素人の耳でも、技術を持った合唱団だなと感じる歌だった記憶がある。今の時間は練習中のようで、発声練習らしい音色が二階から聞こえてくる。
「なるほど、大学の合唱団の練習を一度は覗いてみてもいいかもな」
「ん? 何か勘違いしてないかな? 私の目的は合唱団から女の子をスカウトしてくることよ」
「あっ、そういうことか……は? いやいや! それは常識的にやばいだろ! そんなことやったら合唱団から何言われたり、されたりするか!」
「合唱団と仲良しこよしもいいけど、そのうちライバル関係になりそうな団体だから、それでもいいんじゃない? いざとなったら私にまかせなさい。あなたは私のサポートをするだけでいいわ!」
大丈夫かよおいおい……。
自分と或人は二階に上がり、合唱団の練習スペースにお邪魔した。
或人は室内に入るなり元気よく挨拶する。
「よろしければ素晴らしい歌をお聞かせくださ~い♪」
合唱団にとっては突然の訪問者とはいえ、綺麗な人が来て、おまけに褒め言葉もついている。当然のことながら団員に歓迎されていた。
対して自分は声のボリュームを抑えぎみに挨拶をする。
「け、見学させてくださ~い……」
団員は自分の顔を見て少しトーンが下がった感じである。団員の人に誘導されて、室内にあった椅子に自分と或斗は座った。ちょうどウォーミングアップが終わり、合唱団の曲の練習がはじまるところであった。
ガチャリ
一人の女性が入ってきた。見た目から年齢を察すると50代あたりだろうか? ぱっと見はしゃべるのが好きそうなおばちゃんに見える。自分が呑気にその人の顔を見ていたが、団員の顔、そして或斗の顔つきも変わった。自分もこの状況を察して周りに合わせる。
「あの人は|若桜《わかさ》さんと呼ばれる指揮者さんで、県内の合唱界では力のある方よ、かつてこの合唱団を全国大会に導いた事もあるわ。練習風景よく見といた方がいいわよ」
或斗が隣に座っている自分に話しかけてきた。
「うん、分かった」
若桜と呼ばれる指揮者さんは自分達の方に気付いたようだ。
「あら? 見学かしら?」
「はじめまして、岸 或斗と申します。若桜さんの合唱界での活躍は良く存じております。若桜さんがどのような練習をさせているのか気になって見学させて頂きたいと思いました」
「見学は大歓迎しますわよ。合唱団に興味を少しでも持っていただけたら光栄です。団員さんもお金をとらないとはいえ、お客さんの前ですから気合いも入るでしょう」
もしかして、この人遠回しに下手な歌を歌ったら承知しないぞと言ってないか?
「あなたも分かったようね」
或斗も自分と同様の事を思っていたみたいだ。
さて、合唱団の練習が本格的に始まると、やや体育会系が入っているなと思った。ある程度団員に曲を歌わせるとストップさせ、はっきりと悪いところをずばずば言っていく。
「男子ベース、ここの音程・リズムが怪しいわよ。皆と合わせる練習までにちゃんと全部歌えるようにしなきゃいけないのよ。あなた達のために他のパートの練習時間も奪われる事を意識しなさい!」
「はい!!」
この合唱団、自分なんかが入ったら一週間で辞めちまいそうだな……。怒鳴るまではいかないけど、容赦ねえ……。でも、若桜さんが指摘されたところは、気持ち音色が良くなった気がする。傍から見れば厳しい人に見える。ただ、時には良い歌声を出した人には褒め言葉もでる。ここまで見た感じ、指導者としてはなかなか良さそうな人だと思う。
しばらくして、事件は起こった。女性4人が高音で歌うパートの練習の時である。自分は男性だから女性の歌の事はよく分からないが、かなり高い音を出させているなと思う。
「これきついわね。あの中に音の不安定な子もいるみたい」
或斗がぼそりとつぶやく。その言葉を聞いて、なるほど女性でも結構きついところだなと確信できた。歌っている女子たちを見るとなんとか高音を出そうという感じがすごい出ている。指揮者が歌をきき、ひと呼吸おいてからこう言った。
「アデルちゃん、ここはあなたは歌わなくていいわ」
その言葉が出ると、突然ひとりの女子がぼろぼろと涙を流し始めた。
「ご、ごめんなさああいい!!」
タタタタタ
大きな声でごめんさいと言って、泣きながら走って練習場を飛び出した。部員や指揮者さんはあっけにとられたようだ。泣いた理由は分かる。歌わなくていいという一言は、あなたにはこの歌を満足に歌える力はないですと言われたのと同等の発言だ。そりゃあ自分でもショック受けるわ。あそこまではしないけどな。
「すいませ~ん、あの娘、私の友達なんで様子見に行ってきま~す。皆さんは練習を中断せずに頑張ってくださ~い♪」
「あら、助かるわ。あとでなにかお礼をさせていただくわね♪」
「では、今度開かれる合唱団の定期演奏会のチケットを一枚無料でくださると助かります♪」
「なかなかしっかりしているわね♪ まあいいですわよ♪」
どうも嘘くさい。或斗がこれはチャンスと思ったのかもしれない。或斗が自分に目配りをした。あなたも来なさいといっているのだろう。
「えぇと、すいません。トイレしたいので行ってきます」
自分も適当な嘘をついて、部屋を後にした。嘘ついて部屋を出るって、漫画やアニメでよく見かけるけど実際にやるとは思わなかったな。
さて、あの二人より遅れて外を出たもんだから見失ってしまった。どこへいったのかな? と思いながらあたりを見回す。この建物の二階で、他に人が話せそうなスペースというと、売店と喫煙室とトイレがある。ただ、どちらにも人がいる気配がない。時間帯が夕方なのでどちらもあいていないし、明かりはついておらず真っ暗だ。
「なら一階だな」
自分はそう思って1階へと降りた。学生がいつも集う休憩スペースも夜になると明かりが消されて人もいない。隅で二人ほど人がいる気配を感じた。或斗とあの娘だった。
ひっう ひっく くひ
歩いて近づくと、あの娘がまだ泣き止んでない声が聞こえてくる。
或斗もなにか優しく語りかけているようだ。さて、自分は生まれてこのかた、泣いている女の子を慰める場面に出くわしたことがない。ゆえに近くで傍観しているのが妥当かと思う。
「セームくん、あなたもなにかいってあげて」
うん、予想してた。或斗にあんたもなにか言いなさいと言われるだろうなと思っていた。しかしこういうむちゃぶりされてどういうことを言えばいいのか良く分からん……、よし、もしも自分だったらで何とか話題を作るか。
「その~、もし……自分も同じ立場だったら、練習場を出てはいきはしないけど、家に帰って悔しんでいるとは思う。あれって要は、お前に満足に歌える力がないって言われたようなもんだからさ。でも、時間はかかっても練習していずれあの高音を出せるようになって、しっかりと自分の仕事を任されるようになりたい、そう思うんだ。だからさ、すんごくありきたりな言葉だけど、頑張れ」
我ながら拙い言葉で話したとは思うが、自分の考えはなんとか言えた。
或斗も無言で頷いてくれた。
女の子が顔をあげた。あまり意識して見なかったが、この娘かなり可愛い。長い金髪・青瞳・幼い顔立ち・イギリス系の容姿、胸はぺったんこ。完全にロリコンのお兄さんが反応しそうな見た目をしている。
「えっ、もしかして私にフラグを立てようとしているの? 君ってタイプじゃないから嫌だな~。どちらかと言えばそちらの女装しているお兄さんの方が良いな~。というかさっき似たような事言われたし~」
なんだこいつ。初見の奴にこの態度って腹立つなおい。可愛いとか思ったが前言撤回だ。
「セームくん、あなたの仕事はここで終了。あと、申し訳ないんだけど、2階に行って彼女が今日の練習は早退することになったって伝えてもらえる?」
「了解」
うん、こういう雑用の方がやりやすいな。こういう雑用しかできないところに自分の無能さを感じる。ていうか、自分はなにをしに来たんだろうか、と疑問を感じてしまう。2階の練習場に行き、まだ練習中で中断しづらいタイミングだったのでしばらく待った。唐突に指揮者から、お二人はどうしたのと聞かれ、早退の旨を伝えた。指揮者さんは了解しましたと平然とした対応をとる。やや情がない対応かと思ったが、よくよく考えれば一人のために練習の雰囲気を崩すわけにはいかない。予想通り、周りからは心配そうな様子が見受けられたが、指揮者さんが気を取り直してやろう! と一声かけて練習は再開した。これ以上、余計な受け答えをしたくなかったので、さっさと、練習場から出て行った。1階に降り、或斗達のところに戻る。
「やっほー♪ おちび君♪」
さっきまで泣きべそをかいていた娘はどこかへ行ったしまったようだ。つけ抜けるような笑顔がこちらに振りまかれた。
「私も君と同じ合唱団に入る事になったよ♪ よろしくねセーム君♪」
彼女も合唱団を辞めて、うちのサークルに来るのか。一体短時間の内に何があったんだとツッコミたい。
「私の名前は|聖《ひじり》アデル。医学部の一年生。イギリスと日本人のハーフなの♪」
「うんそうか。しかし、よくまあこの得体の知れない合唱団に入る気になったな」
「いや~、アルちゃんが可愛すぎて、フラグを立てたいなと思いましてね、きゃっ!」
この娘は聖と呼ぶ事にしよう。両手で顔をおさえて、女の子らしく恥じらう動作をする。
「なるほど、ところで合唱団辞めて気まずくならんか?」
「いいもん! 私は歌は好きだけど、完全に全国大会目指してますっていう合唱団向いてないもん! ていうか泣いて出て行ったし尚更戻るの気まずいし!」
「それについては自分も賛成しよう。自分も多分あの手の合唱団は一週間も持たないタイプだわ」
「分かるでしょ! 分かるでしょ!」
ここに来てようやくこのクソ生意気な娘と意気投合できたようだ。
「セーム君を呼んだ甲斐あったわね♪」
或斗が自分ににっこりとほほえんだ。
「まさかこういう役回り要因って事か?」
「そういう事♪」
なるほど、どういう役目で自分も来いとはっきり言われたら、絶対今日の勧誘活動に一緒に来なかったわ。
「では後日、馬上君も含めてのメンバー紹介も改めて行いましょうね。時間も時間だし、帰りましょうか」
自分は心の中でため息をついた。これでやっとほっとできる。
ドス ドス ドス
唐突に、4つ足の生えたものが歩いているのを目撃した。自分の心の中で恐怖心と好奇心が両方が生まれてきた。暗いので姿がぼんやりとしている。
「ねえねえ、行ってみようよ!」
聖が興味深そうに近づいていく。自分や或斗も近づくと、獣だと分かり、顔つきを見て、シカ、牛、ヤギを混ぜた顔をしているなと思った。
「あれはカモシカだわ、この大学でカモシカを見ると留年するという言い伝えがあるわ」
或斗がカモシカに伝わる噂話を話してくれた。
「えっ、なんだそのおかしい話は。だれが言い始めたか分からんが、そんなの迷信だろ」
「ちなみに2回見れば留年の運命からは逃れられるみたいだよ」
この話に聖も参戦してきた。
「講義にも出て、最低限の勉強をすれば単位は落とさないし留年もないだろう」
「ちっちっち、私もそうは思うんだけど、摩訶不思議な力が働くみたいなんだよ。テスト直前の日に交通事故で入院したり、あげくのはてに時戻り効果で4年生だったのに1年生になっていたとか」
「もはや非現実的で訳の分からない話になってきているわね」
「確かに、でも時戻りって名作のアニメ・漫画でよくあるネタだから結構好きなんだよね」
「……なんか、私、あなた達に遠い昔に会った記憶がある……」
「へ? 何を言っているんだ或斗?」
「ここではないどこかの世界で、当時大学四年生の私が留学を決めた時、私に行かないでくれとセーム君が泣いてお願いして」
「は? 自分が?」
「挙げ句の果てに愛しているから行くな! と言って」
マジなのか……。或斗が冗談を言っているような態度に思えない……。
「そして私達の元にあのカモシカが現れたんだよ。今度は皆で海外に留学行けるように1年生からやり直して英語の勉強しようねと……」
聖の目もマジだ。自分には全くその記憶がない。でも、二人の態度を見ると本当の事のように思えてきた。
「うっそ~♪」
「きゃははは♪ セーム君本当に信じちゃっている~♪」
「って、嘘かよ!」
自分とした事がこんな嘘にひっかかるとはマジで悔しかった。