表と裏とその奥に3
暫く思案していたオーガストは、デスの方に顔を向ける。
「始まりの神をもう少し追う。しかしデス一人の破壊の速度では、世界の創造の速度には追い付けないか。もう少し数を増やさないといけないな」
「よーろしっくデース!」
「ああ。挟間の住人は今のところお前だけだからな。それが視える者も今のところ居ないから、世界を亡ぼすのも容易いだろう?」
「簡単デースが、たまに物足りなくも感じますネー」
「そうか。なら、直ぐに同胞を創造してやろう。あとはそれと競えばいいだろう」
「マスターはどうするのデスカー?」
「世界を探訪しながら始まりの神を探す。こちらもたまにはするが、基本的に世界の破壊はそちらに任せるよ」
「おぉ! お任せくだっサーイ!!」
「・・・・・・しかし、何でそんな妙な口調になったんだ? 最初の頃は普通に喋っていたよな?」
「マスターの記憶の影響デスかーら、おかしくはなーいと思いまーすが?」
「・・・そんなものか? 時々流れを外した喋り方をするのも?」
「ワッターシが意図したものではありまセーン!! ヨ?」
「そうか・・・少し、自分が解らなくなった気がするよ」
「誰しもそんな時期がありマースよ。お気になサーラずに!」
「・・・もう何も言うまい。とにかく、破壊の方は任せたよ」
「任されまーしたー!!」
「ああ、それじゃあな・・・」
オーガストは調子が狂うといった感じで片手で頭を押さえると、反対側の手を振って話を終えてから姿を消す。
「お疲れとは、珍しいデースね! マイマスター」
ある意味オーガストの天敵になり得そうなデスは、そんなオーガストの姿を見送ると、変わらぬ調子でそう呟く。
その後に自分の役割を思い出したデスは、嬉々として別の世界へと移動していく。それは自らを生み出した親の願いを叶える為にではなく、自らの欲望に従っての行動であった。
◆
記憶の中にある魔法の調査をある程度終えて意識を戻す。
意識を戻すと、大して時間は経過していなかった。意識の中では一日ぐらい経った感じがしていたが、実際は十分ぐらいだったようだ。
それでも意識を戻すと、周囲にはプラタ達が待機していた。
「待っていてくれたのか」
「はい。それで、どうでしたか?」
記憶を探っている間は無防備になる。その事をすっかり忘れていたので、正直有難かった。
プラタの問いに、どう答えたものかと思案する。
情報の共有化が出来ればいいのだが、現在のボクではそこまでは無理だ。記憶を取り出して何かに記録する方法でも見つければ別だが・・・何かあったかな? とはいえ、仮に記憶から記録を取り出せたとしても、それを外部の何かに記録するにもまずは自分の記憶から記録を抽出して外部に出す必要があるので、結局はやる事は同じだろう。
それにしても、記憶を外に抽出する方法か・・・出来ればいいんだがな。
「高密度の魔法なのは知っていると思うけれど、どうもあれは魔法というよりは魔力に近いようだね」
「はい。純度が高すぎますので、あれはほとんど魔力です」
「そうだね。それでいてやはり魔法なんだよ」
「はい。魔力ではあれほどの威力は望めませんので」
「そうだね。あの破壊力はそうなるように組み替えられた魔法だね。だけどあれ、魔力の質が微妙に違う感じなんだよね。波長がぐにゃぐにゃしているというか」
「ぐにゃぐにゃ、ですか?」
「そう。魔力なんだけれど、周囲に在る魔力とは性質が異なるというか、歪んでいる感じがするんだよ」
「歪んでいる、ですか・・・・・・」
ボクの言葉を聞いたプラタは考えるように俯いた。
観察してみて分かったが、改めてあの魔法はおかしかった。いや、ここは異様と表現するべきか。
まずは性質。これはプラタに話した通りに、歪んでいた。
最初は密度が高すぎるのが原因かと思ったのだが、多分あれはそうではなく、最初から歪んだ魔力を用いているのだろう。もしくは歪ませているか。
だが、あれは思うに、魔力自体がボク達が使用している魔力とは根本が違うのではないのだろうか? 何というか、世界が違うような感じがしたのだ。
そんなはずはないのだろうが、あれから感じる妙な雰囲気は不自然でありながら自然だったので、そう思わせるには十分だった。とはいえ最も異様なのは、やはりその魔力密度の高さだろう。
プラタから話は聞いていたが、ボクにはそれ以上に思えた。まぁ、ボクには正確な数値までは判らないから断言はできないが。
それに今回は、死の支配者側の刺客ではなくソシオの魔法を参考にしているので、もしかしたら本当に密度はこちらの方が上なのかもしれない。
それらを踏まえたうえで考えてみても、あれを防ぐ魔法何てあるのだろうか? 勿論それ以上の力で防ぐというのを除いてだが。
とりあえず考えてみるも、まずは既存の防御魔法について。前提として同等の魔力だとして考えてみるが、おそらく防ぐことは無理だろう。あの魔法は性質自体が異なるので、既存の防御魔法ではまず防げないと思う。あの魔力を既存の魔法で防ぐには、かなり魔力量を込めないといけない。それこそ防ぐ魔法よりも断然多い魔力が必要。
「相性というやつなのかな?」
考え込むプラタを眺めながら、自分でも思考に耽る。意識の中でも色々と考えたが、それでもまだ答えは出ていない。
そもそも体感でだが、一日記憶に在る魔法を観察してみたものの、まだ答えは出ていない。それぐらいに異質で異様な魔法なのだ。
それはそれとしても、相性か。魔力の波長から相性を考えるというのも面白い試みだろう。
今回の様に混沌とした性質の魔力はそもそも例外としても、波長によって有利不利はあるような気がする。でなければ、同調魔法の際に波長を合わせる必要がないような気もするし。
だが、この優劣というか相克を調べるのは大変そうだ。様々な性質に変化させるか、それだけ多くの者に協力してもらわなければならないのだから。
少なくとも、ボクが変えられる波長の幅はそこまで大きくはない。合わせるだけならそこそこいけるかもしれないが、それはその魔力に引っ張られているだけだ。
まぁ、この辺りはプラタにでも頼めば解決するだろうが。その前に自分で出来る事から先に試そう。
とはいえ、それは周囲に誰も居ない時の方が望ましいだろう。プラタ達四人であれば問題ないだろうが、何が起きるか分からないのが実験だ。もしかしたら偶然誰かの魔力と相性の悪い波長の魔法を発現してしまい、それが暴発して怪我をさせてしまうかもしれない。
そうなっては申し訳ないし、可能性は限りなく低いとは思うが、それが原因で死んでしまう事になったらボクの心は折れてしまうだろう。
なので、まずは一人になれる環境を整えなければならない。幸いここの周囲には何も無いので、四人と離れるだけで十分だ。
もしくは荒野の方まで戻ってクリスタロスさんのところに転移するかだが・・・これは転移が難しい今の状況では、荒野まで移動するのに時間が掛かるから駄目だな。
ならば、ここに拠点を築くというのであれば、その時に訓練所を併設してもらうのもいいだろう。そうすればいつでも修練が積めるというもの。
他にはクリスタロスさんのところへの転移装置を改造する事だが、これはもう少し転移装置について造詣が深くなってからだな。
まあとにかく、今は自重するとしよう。脳内で実験しても、魔力の波長については情報が少ないので正確性に欠ける。
さて、少々思考が本筋から逸れてしまったが、確かあの魔法を防ぐ方法だったな。
同量の魔力でという前提条件の基に考えると、既存の魔法ではあれに勝てそうにもない。単にボクの知識が足りていないという可能性も大いにあるが、それでもあれに勝つには同量の魔力程度では勝てないだろう。
ではどうするかだが、まずは力押し以外でとなると搦め手というか、正面から事を構えないというのに尽きる。あの魔法は正面から受けてはいけない部類のモノだろう。せめてもう少し研究が進めばそれも可能になるかもしれないが。
ではどうするかだが、これが難しい。前提条件を変えれば幾つか候補は上がるが、基本的に一対一で同量の魔力という状態ではお手上げだ。せめてどちらかは変更しなければならない。
多人数で同程度の魔力か、一対一で相手よりも多量の魔力であればやり方はある。まあそれも当然か。同調魔法などを使う必要も在るだろうが、結局はどちらも魔力の総量で相手に勝っているという事になるのだから。
結局は魔力の量での力押し。勝つ方法はそれしかないという訳ではないが、条件を一度見直さなければならないな。
現状であの魔法を防ぐには、まずは何かしらの方法で対象の魔法を弱らせる必要が在るだろう。そのうえで防ぐのだが、魔法を弱らせる方法は、魔法の速度にもよるが、攻撃魔法を当てるというのは中々に難度が高い事だろうから、もう少し簡単に出来る方法として何重にも防御壁を構築して弱らせていくという方法がある。これであれば誰でも出来るが、しかしそれで上手くいくかな?
考えるも、そもそもこんな事で防げるのであれば、プラタ達が長々と話し合いもしないだろう。それにプラタに聞いた魔法の様子を考えると、弱らせる前に術者ごと呑み込まれてしまいそうだ。
という事は、やはり攻撃魔法で対処するべきかとも考えたが、結果は同じな気がする。それに、確か相手の魔法は周囲の物を呑み込んで強化されるとか言っていたような? それには魔法も含まれるだろうから・・・対処のしようがないような?
結構な難題ではあるが、プラタ達は何かしらの答えを出したのだろうか? そう思ってプラタの方に目を向けると、いつの間にか考えるのを終えたプラタが正面からこちらを見上げていた。
それに少々驚いたが、丁度良いので先程考えた話をしてみる。それと共に、プラタ達が現在至った考えも聞く事にした。
一通り説明を終えると、プラタの話を聞く。
「現在最も魔法を防げる確率が高い方法は、魔法が完成する前に妨害する事です。しかし、流石にそれはかなり難しいですので、現状では多くの力を合わせて封じる事が最善と考えております」
「ふむ。まぁ、魔力量で上回るしか方法はないからね。しかし、あの魔法は魔法も呑み込むんじゃないの? それに多くの力を合わせるにしても、魔力を同調させるのは難しいのでは?」
「はい。確かに魔法も呑み込みますが、威力に関してはそこの跡ぐらいしかありませんので、引き寄せる力に抗えるだけの力があれば耐える事が出来ます。そして、その力で破壊の範囲外から魔法を囲み、魔法が効力を失うまで封じるのです。それに力を合わせる方法ですが、これはここに居る私達四人に力を集束させ、こちらで強引に同じ波長に変換してやれば問題ありません」
「そんな事が可能なの?」
「私達であれば、多量の魔力の波長を同一に変換するぐらいは問題ありません。四人に分散させれば量も減りますから」
「それは、そうだけれども・・・」
それは未だに自分と相手の魔力の波長を合わせるぐらいしかした事がないボクにとっては、未知の世界だ。ボクでは頑張っても十人ぐらいで一杯一杯な気がするな。
それにしても、やはり魔力量の多さを武器に押すしかないのか。この場合は護るの方が言葉としては最適かもしれないが、それでも力押しだ。
「しかし、封じる事は出来ても、積極的に魔法を攻める事は出来ないの?」
「その場合ですと、必要な魔力量が更に増えてしまいますので、かなりの人数を用意する必要が御座います」
「なるほど。封じる方が楽って事か」
「はい。ですが、結局これも机上の空論の類いです」
「そうなの?」
「はい。魔法を放った術者が魔法を封じられている間大人しくしているとは限りませんし、術者が一人とも限りません。仮に一人でも魔法が一発のみとは限りませんので、結局は現状では防ぎ切れないというのが結論になります」
「そうなるのか」
「ですが、方法が無い訳ではないというのは判りました」
「そうだね。これから魔法の解明が進めば更に別の解決策が見つかるだろうからね」
「はい。ですが、その前に死の支配者側に何かしらの動きがあるでしょうが・・・」
「ああ、そうだね。ソシオがそんな事を言っていたか」
「はい。しかし、調べているのですが、まだその動きは掴めておりません」
そう言うと、プラタは申し訳なさそうに頭を下げる。
それに謝る必要はないと頭を上げさせると、死の支配者の動向について思考を巡らせてみる。
といっても、そこまで情報がある訳ではない。ソシオに訊ければよかったのだが、向こうに話す気が無かったからな。
しかし、宣戦布告後に何故今まで大人しくしていたのだろうか? そして、何故今動き出したのか。この辺りについては情報が無いのだが、何となく知らねばならない事の様な気がしている。
そう思ってはいるのだが、さて、何処から手を着ければいいのやら。プラタでさえ動向を把握できない相手だからな。
推測するには圧倒的に情報不足。これも情報収集が困難というのが大きい。であれば、まずやるべきは・・・ここを、迷宮都市跡を調べる事なのかもしれない。
ふとそんな事を閃き、足下に目を向ける。死の支配者の目的が分からないし動向も掴めないのであれば、痕跡を調べてそれから目的を探ればいいだろう。暫くは後追いになるが、それでもこれはこれで進展に繋がるだろう。
ここを攻撃したのも何かしらの意味がありそうだしな。
その事をプラタにも伝える。プラタであればそれぐらい既に気づいていただろうが、感心したように頷いてくれた。
「それで、ここが狙われた心当たりは何かある?」
考えた事の説明を終えて問い掛けると、プラタは悩むように視線を魔法の破壊跡に向ける。
「巨大生物が関係していたのではないかと愚察しておりますが、それ以上は何とも」
「ふむ」
「ただ、巨大生物はどこからともなく突然現れ、長い事ここに居座っておりましたので、もしかしたらその辺りが関係しているのかもしれません」
「なるほどね。という事は・・・・・・その巨大生物が目的だったのかな? しかし、ただ大きいだけの生き物が何で? ・・・いや、突然現れたような生き物が普通な訳ないか」
「もしくは迷宮都市か、この土地かでしょう」
「そうだね。迷宮都市は違うだろうけれど、この地という可能性も在るのか」
「はい。迷宮都市は巨大生物の上に築かれた街ですので、その可能性は限りなく低いでしょうが、実際に被害に遭ったのがその三つですので、一応可能性として挙げてみました」
「そうだね。可能性があるなら考えてみるべきだね。しかしそうなると、仮に土地が目的であった場合は、あの魔法跡がある場所が目的の場所という事になるのかな?」
「おそらくは」
「あそこに何が在ったかは、流石に判らないよね?」
「はい。申し訳ありません」
「いやいやそれはいいんだけれど、もしもそうなると、次の標的も土の中という事になるのかな? でも、ドラゴンの王も同じ感じなのだとしたら、そんな場所が?」
「ドラゴンの王の時は、周囲に変化はあまりありませんでした」
「そっか。繋がっているとは限らないから何とも言えないけれど、とりあえず今はここを調べてみようか」
「はい」
頷いたプラタと共に魔法跡の中へと下りる。その後にシトリーとフェンとセルパンも続く。
魔法跡は表面がツルツルとしているので、表面を滑るようにして下りていく。転びそうでちょっと恐かった。
表面を滑っていき、魔法跡の底に辿り着く。振り返って縁を見上げてみると、思っていたよりも結構高い。ここの深さはどれぐらいだろうか? 少なくとも十メートル以上はあるだろうが、正確な距離は判らないな。
まあそれは今は関係ないので、気にする必要はない。
底まで下りてきたが、おかしなところは何も無いな。空気もちゃんと底まで届いているようだし、変なモノが留まっているという事もないようだ。
プラタが何も言わなかったのでそこは信用していたが、それでも少し安堵する。
そのまま周囲を見回してみるが、綺麗な表面の穴というだけで何かある訳でもない。魔力の反応も至って普通だ。
それでも何か痕跡があるのではないかと思い、調べてみる。ちらりとプラタ達の様子を窺ってみると、プラタ達も各自のやり方で調べているようだった。
それから魔力視で注意深く視たり、表面を叩いてみたり削ったりしてみたが、おかしなところはない。
何か埋まっている様子もなければ汚染されているとかも無いので、この不自然なまでに大きくて綺麗な魔法跡が無ければ、ここで何かあったとは思わなかった事だろう。
過去が視えるとか出来ればいいのだろうが、そんな事は出来ない。情報も読み取れないし、ボクの調べる方法など魔力視で魔力の様子を読み取るのがせいぜいだな。
以前よりも役立たず感が増した事に気を落としながらも調べていると、削った土に含まれている魔力の波長が何処かおかしい事に気がつく。
うねうねとした感じなのがあの魔法の影響とすると、この潰れたような波長は何だろうか? この影響で表面がツルツルしているのかな?
「・・・うーん?」
もう少し何か判らないかと別の場所の土も削って調べてみると、表面を少し削った辺りにそれは残っているも、表面には例の魔法の痕跡が残っているだけ。逆に掘り進めた奥には普通の波長の魔力しか確認出来なかった。
「つまりは・・・・・・どういう事だ? ここに何か在ったが、それを魔法が破壊。その名残が僅かに残っていたという事か?」
考えを纏めてみると、大体そんな感じだろう。という事はこの魔法を行使した者は、ここに在った何かの影響が及ぶ範囲までもを正確に理解したうえで魔法を放ったという事か。
それだけの技量と眼が在るというのは脅威だな。ボクではそこまでは無理だ。精々が魔法の威力を調整する事ぐらいが限界。
それにしても、ここには何が埋まっていたというのだろうか? 流石にここまでくれば、それが死の支配者側の目的だったのは察しがつく。
この潰れた感じの波長が何を示すのかは分からないし、類似するモノに記憶もない。だが、普通ではこうはならないだろう。そもそもどうやったらこうなるというのだ?
土を手にそうして悩んでいると、隣まで近づいてきたプラタがこちらを見上げながら声を掛けてきた。
「何か御座いましたか?」
プラタの問いに、ボクは手にしていた土をプラタに見せる。
「これの魔力の波長が独特でね」
「・・・・・・なるほど、確かに。これは魔力が強大な力で潰されたようですね」
「強大な力で潰された? 魔力って潰れるの?」
「普通は不可能です。ですが、魔力を過度に圧縮し、それを長期間維持すれば可能性が在るかと存じますが・・・」
そこまで口にしてプラタは難しい顔で考え込む。それだけ不可能に近いという事なのだろう。波長ごと魔力を圧縮するなど聞いたことがない。重力球でもそこまでの圧縮ではない。しかもそれを長期となると、どれだけの力が必要になるのだろうか? 想像もつかないな。
暫く考えていたプラタが視線を上げる。考えがまとまったのだろうか?
「おそらくといいますかほぼ確定でしょうが、それの破壊が死の支配者側の目的だったのでしょう。そして、それだけの力を持つ何かですから、この世界にも何がしかの影響を及ぼしていたと愚考致します」
「そうだね。でも、それが何の力だったかは判らないよね?」
「はい」
「じゃあ、それえがいい影響だったか悪い影響だったかは判らない。しかし、死の支配者側の攻撃だから・・・うーん、判らないな。もう少し情報が欲しいところ。他にこんな感じになった場所は在るの?」
「現状では御座いません。ドラゴンの王が住んでいた場所にもこれ程の物は確認出来ておりません」
「そうか・・・この情報から、他に似たモノが在るかどうか調べられる?」
「現在調べておりますが、成果が出るまでは今しばらく御待ちください」
「そうか」
まあ今まで判らなかったのだ、そんなに直ぐには判らないだろう。
それでも、それに注視して調べるのであれば話は変わってくると思う。それに、もしかしたらその途中で死の支配者側の動向が掴めるかもしれないし。
とりあえずこの件は結果待ちという事で横に措く事にする。たとえ見つかったとしても事を構える訳にはいかないので、接触は極力避けるべきだろう。せめて一発だけでも死の支配者側の攻撃が防げるぐらいの力が欲しいところだな。
「しかし、何で土の中に在ったのだろうか? それに巨大生物が居たのも偶然とは思えないし、一体何が埋まっていたのやら。それにしても、魔力を圧し潰すほどの力が腹の下に在って、巨大生物はよく無事だったな。もしかしたら地表には効果が及んでいなかったのか? そこそこ深い場所に在ったようだからな」
穴の深さを考えれば、その穴の中央付近にあったと考えるのが普通か。効果範囲ぎりぎりまで削られていたから、地上まで届かなかったと仮定すれば、効果範囲はそこまで大きい訳ではないという事になる。
その分密度が高い魔法という事だろうから、厄介なのは変わらない。
それでも死の支配者側に滅ぼされるまで何の影響もなかった感じだから、悪しき魔法という訳ではないような気もするな。
ではそれを消した死の支配者側は悪かといえば、そうでもないだろう。あちらはあちらで何かしらの信念を持って行動しているだろうから、それを悪と一方的に断じるのもなんか違うと思うし、難しいものだ。話し合いは・・・無理だろうな。何も譲る気がない相手とは、そもそも話し合いにはならないだろうし。
◆
人間界からはるか東。そこにある海の中。そこに奇妙な生き物が居た。
球体を縦に二つくっつけたような真っ白な姿に、何処となく鳥の羽に似ている羽が生えたそれは、羽以外にも幾本もの触手を体中から生やしている。
球体の一つには大きな亀裂が縦に入っていて、もう一つの球体には何かの記号のような模様が大きく刻まれていた。
その奇妙な姿の生き物は身体が大きく、高さ二十メートルほど。幅も十メートル以上は在る。その巨体を波に流されるように浮かばせ、触手をたまに動かすぐらいしか動きがない。
そんな巨体へと水中から堂々と泳いで近づく一つの影があった。
その影は爬虫類を思わせる艶やかな肌を持つ女性で、退屈そうな表情のままその巨体に泳いで近づいていく。それに気がついた巨大生物は、触手を鞭のように伸ばして女性へと攻撃を始めた。
触手は水を切り裂いて結構な速度で女性へと迫るも、それを女性は難なく躱していく。まるで空を飛んでいるかのように軽やかに回避していくので、水の中とは思えないほど無駄のない動きだ。
幾重にも横を通り過ぎていく触手の中で、内一本が女性を正面から突き刺す軌道で迫る。しかし、それを女性は避ける素振りも見せずに、むしろ突っ込むように速度を上げる。
迫る触手に女性は変わらず退屈そうな表情のままぶつかる。衝突した触手は女性を傷つける事無く撓み、力なく女性の後ろに流れていく。
それへと意識を向ける事無く女性は巨体の許へと到達すると、そっとその巨体へと触れた。
女性がそうして巨体に触れた瞬間、触れた巨体がより一層大きくなったと同時に、今度は急速にしぼんでいく。
「くだらない」
その巨体に目を向けながら、女性は小さく吐き捨てるように口にする。
「強固な呪いさえ解いてしまえばこうもあっさりいく。実にくだらない。残りの楔の呪いも直に解けるだろう。防護などとたいそうな名だが、やはり呪いだな」
女性は終始退屈そうにしながらそう言葉にすると、一瞬考えて泳いで戻っていく。その速度は相変わらず途轍もなく速かった。
◆
光が無い真なる闇の中、ソシオは油断なく周囲を窺いながら通路を進んでいく。
(強さが変わるだけで、ここから受ける印象はこうも違ってくるものか)
周囲を警戒しつつ進みながらも、ソシオは何処か拍子抜けしたような気持になっていた。
(昔は死を覚悟するほどに気を張ったものだが、今ではここも散歩気分で歩けるな。何の脅威も感じない・・・奥から感じる気配以外は、だが)
ソシオがこの地に居る事は、当然ながらその地の主は感知している事だろう。それでも何も起きないので、ソシオはそれを招待されていると解釈して奥へと進む。
この地の主が居る部屋へと歩みを進めて行くソシオは、歩みを進めながら、さてどんな風に声を掛けて中に入ろうかと思案していく。
ソシオは今まで何度かここを訪れた事があるが、前回ここを訪れてから大分間が空いていた。
(やはりここは『やぁ久しぶり』 と気楽な感じで声を掛けるべきだろうか? それとも『久しいな』 とか偉そうにするとか? いや、流石にそれはない。別に敵対する為にここに来た訳ではないし。では『おっひさ~!』 とか? ・・・これは軽すぎるな。それとも『随分と色々と暗躍しているようだね』 とか牽制しちゃったり? いやだから、敵対する為にここに来た訳ではない。ここへは情報収集が目的なのだから、もう少し穏便に、それでいて友好的な雰囲気を演出して情報を引き出した方がいいな)
目的を再認識したソシオは、それに沿った印象を相手に与える為の演出を考える。
(友好的な雰囲気を醸し出す必要はあるが、あまりそれを表に出さない方がいいだろう。あいつの事だ、あまりに友好的過ぎても猜疑的な視線を向けてくるに違いない。性格がひねくれているからな、猜疑が極まって殺意すら向けかねん。あいつはオーガスト様以外には基本的に冷たいからな。配下には多少温情を与えるが、それ以外は敵としか見ていない。全く厄介な存在だが、それでも現在の世界の中心に居るのだから関わらない訳にはいかないんだよな。ああ、面倒くさい。世界の
悲しいような空しいような儚げな表情を浮かべたソシオだったが、直ぐに頭を振って考えを戻す。
(この世界を縛っている軛さえ無くせば、世界は勝手に変化していくだろうに。そこから先は急ぐ必要はないだろう。あいつもぼくら同様に寿命が無いのだから、長い目で見なければならないだろうが・・・まぁ、あいつは生まれてからさほど経っていないからな)
困ったような表情を浮かべたソシオは、小さく息を吐く。
(さて、そんなひねくれ者に掛ける第一声は、やはり『やあやあ、久しぶりだね』 辺りでいいか。以前までと似たような感じで話しかけるのが無難なところだろう。急に接し方を変える方がやはり不自然だからな。それにしても・・・)
ソシオはもうすぐ到着する最奥の間の方へと目を向けながら、何処となく引き攣ったような苦笑を浮かべる。
(なんだ、この感じは? あいつの近くにあいつ以上の存在が居るのだが、また面倒な事態になっているな。それにこの感じには覚えが・・・ああ、あの半身か。育ったのか、この微かに感じる懐かしくも愛おしい感じからして、オーガスト様に何か頂いたのだろう。・・・羨ましいものだ)
一瞬僅かな嫉妬と殺意を抱いたソシオだが、直ぐにそれを霧散させる。これから面倒な相手と会うというのに、そんな感情を抱いている訳にはいかないのだから。
それからややあって、ソシオは最奥の間に到着する。そして中に入ると、中に居る者達へと気楽な感じで声を掛けた。
「やあやあ、久しぶりだね」