表と裏とその奥に2
その声に驚いて振り返ると、そこには身長百五十センチメートル後半ぐらいの人物が立っていた。
顔立ちはどちらかと言えば女性寄りだが、それでも女性とも男性ともつかない中性的なモノ。それでいて面立ちにはまだあどけなさが残っている。
人間でいえば十七か十八ぐらいだろうか? 声の印象同様に、大人とも子どもとも言えないような微妙な年齢に見える。
どれだけ見ても、見た目は人間の女性といった感じだが、こんな場所に人間が居る訳が無いので、人間とは別の種族だろう。
「あ、貴女は・・・?」
周囲の警戒は怠らずにしていたというのに、声を掛けられるまで気がつかなかった事に内心では動揺しているが、それを悟られないように努めながら問い掛ける。すると、女性は少し呆れたような表情を浮かべた。
「・・・まぁ、いいか。ぼくの名前はソシオだよ。ジュライ君」
「え!? ボクの名前・・・」
突然名前を呼ばれて思考が一瞬止まりかけたが、ソシオという名前に聞き覚えがあったので、何とか思考停止までは至らなかった。
「・・・ソシオって、確か兄さんと一緒に居る」
「そうだよ。ぼくはあの方と共に歩む妖精のソシオさ」
「でも、え? なんでここに?」
兄さんの中に居るはずの相手の出現に、戸惑いを覚える。外に出られるなど聞いた事はなかったはずだが・・・。
「・・・・・・ふむ。昔からずっと見てきたけれど、君は相変わらずしょうもないな」
戸惑うボクを眺めながら、ソシオは馬鹿にするというより呆れたといった感じで息を吐いた。
「ぼくはさ、実は君の事が大嫌いだったんだよ」
「え?」
「まぁ、あの方と離れた今の君に対しては、もうそういった感情は抱いていないけれどもね」
そう言ったソシアは、確かにボクに対して嫌悪感の無い目を向けているが、代わりに興味のない目を向けている。つまりは兄さんと離れたボクはもう興味の対象ではないのだろう。
それは分かったし、それはいいのだが、では何故こうして目の前に姿を現したのだろうか? 興味が無いのであれば、ボクに話し掛けた意図が解らない。
「それで、どうして私に声を掛けてきたので?」
「気まぐれさ。君達があれについて調べているようだからね、ちょっと助言に来ただけさ」
「助言?」
「ああ。それについて知りたいのだろう?」
そう言うと、ソシオはボクの背後を指差す。そこには死の支配者側の攻撃の跡が在るだけ。つまりはこの魔法について教えてくれるという事だろう。
「何か知っているので?」
「まあね。だって――」
そこで言葉を切ると、ソシオは手のひらをこちらに向ける。その瞬間、ソシオの手元に高密度の小さな球体が発現した。
「ぼくも同じ魔法が使えるからね」
ソシアはそう告げた後に顔を横に向けた。その視線の先に、話し合いをしていたはずの四人が現れる。
「ようやく来たか。随分と遅かったね? プラタ」
「ソ、シオ様?」
「そうだよ。久しぶりだね。でも、随分と不用心じゃないかい? もしもぼくが彼女だったら、今頃君の愛しいご主人様は死んでいたよ?」
「・・・・・・」
何処か冷たい響きのソシオの言葉に、プラタは困惑するように顔を伏せた。
「しかしまぁ、君達も強くなったよね。特に君。今はシトリーだったかな?」
「そうだよ。視た感じ、元々はティターニアと呼ばれていた妖精ででいいのかな?」
「ああ。今はソシオだよ。それにしても強くなった。とはいえ、あの方が期待したほどではないけれど」
「・・・まあねー」
「しかしそれもしょうがない。それは理解力の無い無能が一番の原因なのだから」
肩を竦めると、一瞬ソシオがこちらを見た気がした。
「それで、どうしてソシオ様がここに?」
「単なる気まぐれさ」
「気まぐれ、ですか?」
「そう、気まぐれ。君達が彼女への対策を練っていたようだから、それを覗きに来たのさ」
「彼女・・・死の支配者の事ですか?」
「そう。君達が死の支配者と呼ぶ存在の事さ。あれの対策をしていたのだろう? もっとも、強くなったとはいえ、今の君達ではあれの側近にも勝てないだろうが。雑兵には勝てるぐらいかな」
思案したソシオの言葉に返す言葉が無い。ノーブルと会った事があるので、側近の強さが凄まじいのは分かっているのだから。
「それでも十分だろうがね。あそこの雑兵は単体でかつてのドラゴンの王よりも強いのが結構混じっているし」
「現在のドラゴンの王について何かご存知でしょうか?」
「知っているよ。あれはドラゴンではないが、以前の王よりも遥かに強い。彼女の側近には劣るが、それに準ずるぐらいの強さは在るからね」
「どのような存在なのでしょうか?」
「・・・そうだね。翼が生えた狼さ」
「翼が生えた狼?」
「そ、翼が生えた狼。まさかあんなモノを引っ張り出してくるとはねぇ。それもわざわざ手を加えて強化しているし」
ソシオが呆れたように呟くも、何となくそこには忌々しげな響きが混じっているような気がした。
「あんなモノですか? それは一体・・・?」
「・・・フェンリル」
「「!!」」
その一言に、プラタとシトリーが反応する。それも酷く驚いている様子だ。その原因となったフェンリルとは一体何なのだろうか?
「それは、最果ての・・・」
ボクが記憶を探っていると、プラタが信じられないといった感じで言葉を紡ぐ。
「そうだよ。最果てに住む二つの内の一つさ。あいつはわざわざ出向いてまでそれを狩って、配下にしていたからね」
「それは――」
「因みにもう片方もあいつの手の中さ」
「「ッ!!」」
ソシオの気楽な口調での言葉に、プラタとシトリーは息を呑む。それと同時に、苦い表情を浮かべた。
「ヨルムンガンドの方は、今でも地下に居るようだけれど」
そんな二人の様子を無視するかのように、ソシオはそう言って呆れたように肩を竦める。
「そこまで、ですか」
「むしろ何故その可能性が思い浮かばない? あいつが居る場所は、最果てに最も近い場所なんだよ?」
プラタの呟きに、ソシオは心底不思議そうな表情を浮かべる。それにしても、ソシオもプラタと同じ妖精だというのに表情が豊かだな。本心かどうかは別にして、表情から容易に感情が窺い知る事が出来るほどだ。
流石は兄さんが与えた肉体という事なのか、それともソシオがプラタとは違った性質を持っているからかは知らないが。
「まあ面倒だが、正直そんなモノは脅威でも何でもない。君達でも五人が協力すれば一体には問題なく勝てるだろうさ」
「そうなのですか?」
「ああ。強いといっても、今の君達の成長具合には劣る。結局は旧時代に囚われた存在でしかない訳だし」
「旧時代ですか?」
「プラタもあいつから少しは聞いているだろう? あの二体はその旧時代の頂点。だが、新時代ではよくて中堅どころだね」
興味なさげに説明を続けるソシオ。しかし、説明している前提の知識が欠けているので、何となくでしか理解出来ない。とりあえず、額面通りに受け取るとしよう。
「で、君達は新時代の住民という訳で、旧時代の頂点ぐらいは越えられるという訳。まぁ、それでも今の実力では五人で一体分といったところだが・・・多少あいつに改造されているが、それぐらい些細な事か」
「・・・ソシオ様は」
「ん?」
「現在のソシオ様でしたら、死の支配者に勝てますか?」
説明を聞き終えたプラタが、恐る恐るといった感じでそう問い掛けると、ソシオはどう答えたものかと思案するようにプラタを見詰める。
それから程なくして一度視線を外したソシオは、再度プラタに視線を戻して口を開く。
「一対一なら可能性は在るだろうね。現在のぼくとあいつの力はほぼ同等。だけれども、ぼくは単独で相手は軍隊。つまりは勝てないだろうさ。それに、今は面倒な相手があれの近くに居るし」
「面倒な相手ですか?」
「ああ。あれの半身とでも言えばいいのかな? あれと同等の存在が増えたんだよ」
「なっ!?」
衝撃的なソシオの情報に、プラタだけではなく全員が驚き固まる。ボクも同じ気持ちなので、四人の気持ちがよく理解出来た。あんな存在が増えたなど、冗談にしても質が悪い。
しかし、残念ながらソシオの様子を見るに冗談ではないらしい。ソシオはただただ面倒くさそうに頭をかいている。
「だからま、プラタの問いに改めて答えると、ぼくじゃあれには勝てない。少なくとも、側近と半身を相手出来るような存在がこちら側に居ないと無理だね。最低でもぼくが三人必要・・・ね? 勝てないでしょう?」
お手上げとでも言いたげな口調で答えたソシオ。であれば、ここに来たのは本当に気まぐれなのだろう。ボク達では側近の相手にさえならないのだから。
そう思っていると、ソシオが一瞬ボクの方に視線を向けた。しかし直ぐに視線を外して息を吐き出す。
「プラタ達ももっと強くなるんだね。そろそろあちらも動く頃合いだが、まだ派手な動きは無いはずだから。強くなるなら今だけだよ」
それだけ言うと、手をひらひらとさせてソシオは背を向ける。
「そろそろ動くとは? ソシオ様は死の支配者の目的を御存知なのですか?」
その背にプラタが問い掛けると、ソシオは肩越しにプラタに目を向ける。その目は何処か作り物めいた硬質な光を湛えている様に見えた。
「当然だろう? あれはあの方の意志を継いでいると思っているようだが、実際は勝手に解釈しているだけだ。まあそんな事はどうだっていい。いやよくはないが、そこから予測はついている。そして、その予測から考えられる行動を監視していたら動きがあったからね、ほぼ間違いないだろうさ」
「どんな目的なのでしょうか?」
プラタが重ねて問うと、ソシオは答えた方がいいのだろうかと考えるように黙るも、少しして口を開く。
「・・・世界の再編さ」
「世界の再編、ですか?」
「そう。世界の再編。この世界を創り変えるのさ」
「・・・・・・それで新時代と旧時代」
ソシオの答えを聞いたプラタがそう呟くと、ソシオは一瞬考えるような素振りをみせる。
「・・・そうだね。そういう感じだよ」
「違うのですか?」
「いや、間違ってはいないよ」
「ですが、合ってもいないと?」
「・・・いや、間違ってはいないさ。それも間違いではない」
「そうですか」
「そう。間違ってはいないさ」
プラタの言葉にそう返したソシオは、少し思案してから歩みを再開させると、何処かへと歩いていった。
◆
途中で転移してジュライ達の許から去ったソシオは、先程までの事を思い出す。
(ジュライ、オーガスト様の弟。あの方より可能性を授けられた存在。そして、その可能性を活かせない愚か者・・・)
その中でも最初に考えるのは、ソシオの想い人であり全てを捧げている存在のオーガスト。その弟であるジュライ。
(あの方の慈悲により、ぼくやあいつと並ぶ可能性を授けられているにも拘わらず、それに気づかない。それは以前まであの方の玉体をお借りしていた時でさえ、悉く可能性に気がつく事もなく現在に至っている。もしもあの時にその可能性に一つでも気がついていたならば、こうはならなかったんだが・・・それこそ、あいつはもう居なくなっていたかもしれないのに)
残念そうに内心でそう呟くと、ソシオは僅かに苦々しい表情を浮かべる。
(元々あれには多少は力があったようだが、それを活かす才能が欠如していた。であれば、仮に最初から生きていたとしても大した人物にはならなかっただろう。しかし、もしもそうであれば、オーガスト様も今みたいにはなられなかった可能性も在るか・・・それはいい事なのかどうかは分からないけれど)
少し考えたソシオは、もしもオーガストが周囲に関心を持つように育っていた場合を考えて首を横に振った。
(関係ないか。それは関係ない。どんなオーガスト様でも、ぼくは常に傍で仕えるだけなのだから)
そう結論付けたところで、思考を切り替える。
(あの愚者の事は、まあいい。今でもまだ可能性が在るというのにそれに気がついていないのだから。あのままだと、追い付けなくなった頃に気がつくかもしれないな。次はプラタ。かつてシサノーネと呼ばれた妖精の英雄。ぼくなぞ足下にも及ばなかった存在。しかし今では取るに足らない存在。成長はしていたし殻は破ったようだが、それでも足りない。あれではあいつの側近に軽く殺されるだろう。それでも成長を続けているようだし、少なくとも愚者よりは知恵が回る)
かつての同胞に思いを馳せるも、そこに懐かしむような温かさは皆無。その代り、何処までも分析だけするような冷たさがあるだけ。
(あれが使い物になるにはまだ時間が必要か。情報も収集しているようだが、それでもろくな情報が手に入らないだろう。必要な情報はこの辺りでは手に入らないだろうからな・・・まぁ、向こうで情報を収集しようとするならば、あれの目を盗んで情報収集をする必要が在るから難しいだろうが。とりあえず、今後に期待といったところか。今は手が足りていないからな。オーガスト様のおかげで強くはなれたが、それでもあれとほぼ同等。相手の数が多すぎるのがきつい。正直側近だけならまだ何とかなるかもしれないが、あの半身を同時に相手にするのは無理だ。上手くはいかないものだな。次はあのスライム・・・いや、その前にあの二体の魔物か)
ソシオがジュライ達と会って話をした際、プラタの近くに居ながら喋らなかった二体の魔物の姿を思い出す。
一体は金色の瞳をした漆黒の狼。もう一体は薄緑色の表皮を持つ大蛇。どちらも圧倒的な存在感を放っており、かなりの強者である事が容易に窺えた。それに、終始無言でソシオを威嚇していた。
(しかしあんな弱いのに、主人の為に必死で威嚇しているのだから可愛いものだ)
とはいえ、ソシオにとっては大した事はない。なにせ強さで言えば二体とプラタがほぼ同等なのだ、ソシオにとっては全く脅威に感じない。
(それはそれとして、ぼくは両方を直接見た訳ではないが、あれはやはり話に聞く最果ての二つと似たようなモノという認識でいいのだろうか? 少なくとも片方はあの山に君臨している狼に少し似ていたが)
二体の魔物の姿を思い出しながらソシオはそう考える。
(もしもそうだとしたら、やはりあれの名残か。神を気取った哀れな男の妄執の残滓・・・しかし、それが今のオーガスト様を誕生させるきっかけになったのだから、否定もしきれないが)
複雑な表情を浮かべたソシオは、立ち止まって空を見上げる。気づけば既に夜になっていたようで、すっかり暗くなっていた。
(愛する者の為、ね。分からなくはないが、愚かなものだ・・・)
哀愁を感じさせる雰囲気で暫く夜空を見上げていたソシオは、顔を戻して歩みを再開させる。
(あの二体も今後に期待といったところか・・・さて、最後にあのスライムだ。あのスライムだけは成長が桁違いだったな。あの中では一番強かった。あれが居るから四人で戦えば現在のドラゴンの王に勝てるぐらいな訳だし。一対一で戦えばプラタですら勝てないだろう。それでもプラタとあの二体の魔物を同時に相手取った場合は勝てないぐらいだから、まだ脅威にはなり得ない。しかし、最古の魔物にして、自我を得て独立した者。当時は確かブロブと呼ばれていたか。私よりも古くから生きている存在・・・・・・という設定の魔物。確かに最古の魔物ではあるが、私もこの世界が創られた当初から存在しているのだから、創られた歴史を無視すれば、同期という事になる。まぁ、そんな事よりも重要なのが、オーガスト様が僅かでも期待していた存在の一つであるという事か)
少し昔の事を思い出したソシオは、やや険しい表情を一瞬だけ浮かべた。
(あの時、もっとも大きな可能性を秘めていた者。オーガスト様が微かでも注目していた存在)
現在のソシオにとって、オーガストこそが全てであった。その中でも自分に注目して欲しいという欲求が最も強いので、僅かでもオーガストが意識を向けた相手というのは嫉妬の対象でしかない。
それでも自制は出来るので、嫉妬に狂って相手を惨殺するような凶行には及ばない。それに既にシトリーはオーガストの興味の外に居るので、現在はそこまで強い感情は抱いていなかった。
(その可能性もあの愚者が潰したのだが。しかし、遅ればせながらそれに自力で辿り着いたのは評価すべきか。あれであれば、多少は使えるかもしれないが、やはり今後に期待でしかないか。餌を与えてみるのもいいが、オーガスト様の話通りであれば、最適な餌はやはり・・・)
ソシオは疲れた表情で息を吐き出すと、頭を振って考え直す。
(とりあえず、あの四人は今後に期待といったところか。愚者は要観察程度に留めておこう。後は裏で動いている向こう側の奴らだが、そろそろ次の楔を壊すところかな? 哀れな男の妄執も、ここまでくれば執念だな。いや、執念よりも怨念の方が適切か。それを破壊して引き剥がすのは賛成だから邪魔する気はないが、その後の行動は警戒が必要だろう。楔はまだあるとはいえ、それまでじっとしているという保証はどこにもない訳だし)
何処か遠くに目を向けたソシオは、難しい顔でどうしたものかと考える。
暫くそうして考えた後、難しい表情のまま次の行動を決めた。
(このまま外から探っていても何も掴めないか。であれば、もう一度あの地を訪ねてみるべきだろうな。あれも、オーガスト様が手ずからお創りになられたこの身体にはそうそう手は出せまい。それはこちらもだが、とりあえず話をしてみるだけなら問題ないだろう。ぼくでもあいつから情報を盗むのは大変だからな。盗めないのであれば、直接赴いて情報を収集すればいい・・・面倒だが)
深刻そうな表情のままそう決めたソシオは、ため息と共にその場から姿を消そうとして、思い出した。
(あ! そういえば、あの魔法について教えるのを忘れていたな・・・まぁ、いいか。あれぐらい自力で辿り着いて欲しいものだ。あれだけの顔触れなのだから、辿り着けるはずだしな)
一瞬どことなく恥ずかしげな苦笑を浮かべたソシオだったが、直ぐにその笑みを引っ込めて姿を消した。
◆
ソシオが去った後、落ち着いたところで思い出す。
「あ! この魔法について教えてもらっていない!!」
迷宮都市の跡地に残っている巨大な魔法の跡へと目を向けながら、ボクは思い出して声を上げる。
「確かにソシオ様は似たような魔法を放っておられましたね」
思い出したようなプラタの言葉に、頷きを返す。
あの時のあれはプラタ達を呼ぶためにわざとだろうが、あの魔法を知っていたのは事実だろう。見せてくれた魔法が同じ物だったかはボクには分からないけれど。
「あの時、この魔法について教えてくれると言っていたんだけれども」
「そうでしたか」
「でも、結局その前に何処かへ行っちゃったから聞きそびれてしまったよ」
お道化るように肩を竦めると、プラタは何処か申し訳なさそうな表情を浮かべた。
一瞬なんでそんな表情を浮かべるのだろうかと考えたものの、先程の話を思い出したところで理由に思い至る。
「別にプラタのせいじゃないよ。もしかしたら元々教える気が無かったのかもしれないし」
「そうでしょうか?」
「そうだよきっと。それに、教えてもらわなくても自分達で探ればいい訳だし」
笑みを浮かべてそう告げると、プラタは一瞬考えた後に頭を下げた。
「そうで御座いますね」
「うん。頑張って見つけようね!」
「はい」
そう言って頷いたプラタは、小さく笑みを浮かべた。それでもう大丈夫かと思ったところで、視線を魔法の跡に戻す。
「それで、これがどんな魔法かだけれども・・・」
眼を向けて考えるも、やはり手掛かりらしい手掛かりは見当たらない。
「密度の高い魔法という事しか」
「ソシオが発現させた魔法は、これと同じ魔法?」
「確実な事は申せませんが、似た魔法だとは感じました」
「そっか。という事は、やはりあれを参考に考えればいいのか」
そうであれば、実物を視たという事になるので、参考になるだろう。しかし、思い出してみても高密度の魔力の塊としか覚えていない。性質を詳しく調べるにはあまりにも時間が足りなかった。情報を読み取る事が出来ないと、分析にはある程度の時間が必要なようだな。
情報を読み取る眼を失ってからは、どれだけ助けられていたかを何度も痛感させられるな。あの眼は本当に便利過ぎた。そして、あれが兄さんが視ている世界の一端なのだろう。
それはともかく、それでもあれが重要な情報なのには変わりはないが。
「はい。ですが、未知の魔法ですので未だに法則が解明できておりません」
「まぁ、あれは複雑すぎたね。それに魔力の密度が高すぎて、細かく分析するにも、まずはそこを視慣れないといけないから、知るには回数が必要そうだ。攻撃の僅かな時間ではそれも難しい・・・とはいえ、回数をこなすにも幾つ国が亡びればいいのやら」
苦笑気味にそう言葉にするも、これが冗談ではないのが恐ろしい。今回みたいに誰かが披露してくれる機会など、そうそうあるものでもないのだから。
それでも知らなければならない。ではどうするか、記憶を頼りに解析していくしか方法は無い。
記憶を辿れば確かに魔力の塊としての記憶だが、しかしもう少し集中して記憶を探ってみると、その先が視えてくるだろう。記憶を調べるのは得意なのだから・・・それがたとえ自分の記憶でもやる事は同じだ。
ただ問題があるとすれば、自分の能力を調べている過程で判明したのだが、どうやらボクの精神干渉系の資質自体は失われていないようなのだが、その才能は劣化しているらしく、以前ほどの性能で精神に干渉できなくなっていた。
世界の眼が使えなくなっているので試していないが、たとえ世界の眼を使えたとしても遠距離では不可能だろうし、見える範囲内でだと意識の表層を少し読み取るのが精一杯。近くでも直近の記憶を読むのがギリギリ出来るぐらいまでに性能が落ちていた。
それでもプラタに言わせれば世界有数の実力者らしいが、以前までの力を行使していた当人としては、あまりにも弱体化した事になる。
しかし、能力が下がったとはいえ、以前に積んだ感覚まで失われた訳ではないので、記憶を調べるのは可能。それも自分の記憶なので、他人に施すよりも深く読む事が出来た。
「流石にそう何度も魔法を視る機会も無いだろうから、まだ記憶が新しい内に自分の記憶を読み取ってみよう」
独り言っぽくプラタへそれを告げた後、早速とばかりにボクはその場に腰を下ろして目を瞑り、意識を奥底へと沈めていく。
水の中を揺蕩う様な感覚が全身を包み込むと、それから手足の感覚が曖昧になっていく。そのまま自分が周囲に溶けていくような感覚を最後に、意識が朦朧としてくる。
しかし、意識が完全に途絶える直前に視界が閃光に包まれて急速に意識がはっきりしてきた。それと共に記憶が映像として頭の中に流れ込んでくる。
その膨大な量に目眩がしてくるが、この辺りは慣れたもので、直ぐに気合いを入れて記憶から目的の記憶を探していく。
「・・・・・・」
以前に比べて吐き気の様なものを強く感じるようになったし、気を抜くと意識が飛びそうになるのだが、それでも以前に何度もやっていた作業だけに、何とかなりそうだ。
「・・・・・・しかし、こんなにもキツイものだったのか」
自分の記憶でこれなのだから、他人の記憶だともう無理かもしれないな。それこそ少し試した通り、浅い部分の記憶の直近数分程度が限界だろう。深く読むには、もう少し自分の記憶でこの感覚に慣れた方がいいな。
そんな事を頭の片隅で考えながら記憶を探り、目的の記憶を引っ張り上げる。
「さて、この魔法だな」
どうにか目的の記憶を探り当てて、それを元に魔法の検証に入る。映像越しでも直接視た記憶なので、色々得られる情報は多い。
「まずはこの高密度の魔力に眼を慣らさないとな。そうしなければ魔法の性質を見極められない」
感覚的に言えば、あの魔法は光球とでも言えばいいのか。眩しくて直視できないような感じ。調べるにはそれに慣れるか、光を取り除くかしなければならないのだが、それがまた一苦労。
「やはり魔力密度が高すぎるんだよな。変換効率がそれだけ高いという事なんだが、高密度の魔力がこうも厄介だとは思わなかったな」
魔法に変換する前の純粋な魔力なら世界に満ちているのだが、それとこれではまた違う。密度も全く異なるので、周囲の魔力のみでは視界は遮られない。
それ以前に、魔力の密度の違いで何がそこに在るのかある程度捉えるのが魔力視なのだ。それでも現在調べている様な高密度の魔力など自然界では存在しない。魔力密度が比較的高い、魔力を大量に保有しているような存在でも、直視できないほどに塗りつぶすような密度などしていないのだから。
「同調魔法の時のように、魔力の波長が読めるか試してみるか。その次はこれの系統を調べてみよう」
まずやる事を決めたところで、記憶にある魔法を調べていく。まずは波長だが、これはかなり限定して視ていけば視えてくるだろう。幸いこれに情報を読む力は必要ないようだし。
「・・・・・・・・・・・」
集中して魔力の波長を調べていく。ジッと眺めていると、少しずつだが視慣れてきたような気がする。
徐々に魔力を視認出来るようになってきたところで、その一部に集中して魔力の形を捉えていく。魔力の波長を読み取れるようになるまで、そう掛かりはしないだろう。意識を内に沈めている今の状態では思考が加速しているので、外の世界の時間はほとんど経っていないのだから。
◆
何も無い虚無の世界で、オーガストは周囲を見回してから面倒そうに一つ息を吐いた。
「仕事が早いのはいい事だが、ただ破壊するだけというのは味気ないな」
少し前までここに在った世界を滅ぼした者について考えたオーガストは、あの性格ではこうなるかと納得する。
「どんな破壊でも、破壊は破壊デースヨ?」
その言葉にオーガストがちらりと横に視線を向けるも、そこには何も存在しない。しかし、オーガストはそこに居る何者かを視界に捉えているので、呆れたように肩を竦めた。
「そこまで拘っている訳ではないが、破壊の美学というものもあるのだよ」
「そんなモノに美学を見出すなんて、無意味デースヨ?」
「まぁ、僕は破壊よりも虚無の方が好きだけれど」
「はっはー。マスターは相変わらずデースネ!」
「そうか?」
「ハーイ。元より変わった方デースが、相変わらず何も無い事を好むんデースネと思っただけデースヨ」
「世界の終焉は美しいだろう?」
「サァ? ワッターシは、悲鳴の方が好きデースから!」
「その方が変わっている。それに悲鳴が好きと言いながら、甚振る事なく滅ぼすだろう?」
「そんな大々的な歌唱よりも、小規模な悲鳴を少し聞ければ十分デースから!」
「そうか・・・しかし、その妙な喋り方はどうにかならないのか?」
「無理デースね! もう身についてしまいまーしたから!!」
「そうか。ま、デスデス煩いからそのまま名前に付けた訳だし、その妙な話し方も今更か」
オーガストは諦めて遠くを眺めると、デスに問い掛ける。
「で、次は何処へ?」
「近くの世界を二三ヵ所デースかね?」
「そうか」
「マスターはどうしーますカー?」
デスの問い掛けにオーガストは思案するように遠くを見つめた。