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表と裏とその奥に

 迷宮都市の跡地をプラタとシトリーと一緒に歩き回る。
 国が出来ていたほどに広大な土地なので、一日二日で見て回れる訳もないが、しかし広大な地だが跡地でしかないので、残念ながら何も無い。
 観光地ではないとはいえ、せめて都市の跡とかあればよかったが、まあ巨大生物の上に在った都市で、その巨大生物ごと消滅したのだからしょうがないか。それに消えた巨大生物が居ただけだから、草の一本も生えていないんだよな・・・消滅してから時間が少し経ってるから探せば見つけられるとは思うが、そういう意味ではない。
 何も無さ過ぎて変な思考が混ざっているが、暇というのは強敵だな。周囲には何も無いので散歩にしても酷いが、幸いなのが独りではない事だろうか。

「ここも広いんだから、何か造ればいいのにね」

 荒野ほどの広さはないが、それでも都市が幾つか出来ていたぐらいの広さだ。すっと狙っていた訳だし魔族が砦でも築きそうなものだが,
やはり今はそんな余裕は無いのだろうか?

「そうで御座いますね。このままいけば、荒野から出てきた異形種辺りが住み着くかもしれません」
「異形種か。数も多いから、その可能性も在るのか」
「はい」

 人間界の周辺を囲んでいる森でも、北の森から出てきた蟲が、戦いで空白地になっていた西の森に進出しているからな。あれと同じ感じだろう。

「・・・・・・うーん。そうだねー」

 そんな事を考えていると、後ろで悩むようなシトリーの声が聞こえてきたのでそちらに顔を向けると、こちらに目を向けながら小首を傾げているシトリーの姿があった。

「ど、どうしたの?」

 その瞳におかしな色の光が宿っているような気がして、少したじろぐように問い掛ける。そうすると、少し考えたシトリーが口を開いた。

「これだけ広い誰のものでもない土地がここに在る訳だよねー?」
「う、うん」
「それでジュライ様はここに何か造ればいいと思った訳だー」
「そ、そうだね」
「うん。じゃあここに、ジュライ様の国を創ろうかー!!」
「はぁ!?」
「おや? シトリーにしてはまともな事を言いますね」
「はははー! 私は心が広いから人形もどきの言葉は聞き流すとして、そこまで大仰に受け止めなくても、ここにジュライ様の拠点を築くという事だよー。根無し草もいいけれど、帰る場所が在ってもいいと思ってねー」
「ま、まぁ、拠点となる場所は欲しいけれど・・・」

 現状は人間界を出た事で拠点が無い。世界を見て回るつもりでいたからそれもいいかと思っていたが、帰る場所が在るというのは精神的な安定に繋がるだろう。しかし、だからといって国を創るは大げさすぎるな。
 確かにここに拠点を築いた場合、他には誰も居ないので自分の国と言えなくもないかもしれないが、それはお山の大将といったところだろう。所謂言ったもの勝ちというやつだ。
 だがそれは別にしても、拠点というのは魅力的だ。そろそろ足が伸ばせるお風呂を作る計画も実行に移したいし。

「でしょ! じゃあ、ここにジュライ様の国を創ろうよ! 国の護りは私かフェンかセルパンがすればいいしさー!」
「私をお忘れでは?」
「んー? 必要かなー?」

 挑発する様な、それでいて揶揄う様な声音と表情でシトリーがプラタに問い掛ける。それに一瞬ムッとしたような表情を浮かべたプラタだったが、少し考えて感心した様に頷いた。

「なるほど。つまり私はご主人様の御傍に侍って御身に気を配れと?」
「さぁーねー。まぁ、たかが拠点の警固程度、私達で十分って事さー」

 クスクスとおかしげに笑うシトリーに、プラタは何処か呆れた様に小さく笑う。

「それで、どうするの? ジュライ様」

 笑いを引っ込めると、シトリーが小首を傾げて可愛らしく問い掛けてくる。隣に目を向ければ、プラタもどうするのか問う瞳を向けてくるが、どちらも期待に満ちたモノ。それも否定的な色は一切みられない。
 つまりはここに拠点を築く事に一切の否はないのだろう。もっとも、ここにというよりも拠点を築く事にだろうが。

「・・・・・・まぁ、そうだね。拠点があれば転移地点としても機能させられるし、のんびりも出来るからな」
「はい。拠点に転移装置の片方を設置しておきましたら、あとはもう片方の転移装置を起動させるだけで何処からでも拠点に帰ってこられます」
「その設置した方の転移装置の護りは私達に任せてくれていいよー」
「それで、拠点はどのような造りに致しましょうか?」
「地下と地上どっちがいい? 両方も在りだよねー。あとは規模かな?」
「そうですね。ご主人様の拠点なのですから、それに見合った偉容でなければなりませんので――」
「それもいいけれど、堅牢さも忘れちゃいけないから――」
「それでしたら、周囲に護りの為の家を建てて城塞の様に――」
「地上ばかりではなく、敵は地下や上空からも襲撃してくる事も忘れてはならぬからして――」

 まだ拠点を造るとは言っていないのに、何故か拠点を築く前提で話が進んでいく。それもいつの間にかフェンとセルパンまで出てきて話し合いに加わっている。
 いや、正直拠点を築くのは吝かではないのだが、ここである必要はない。転移の起点にもなるのだから、もっと利便性も考えて選んでもいいと思う訳で。しかし、目の前の光景を見ているとそんな事も言い出しにくい。
 そうして迷っている間にも話し合いはどんどん進んでいっている。というか、もうそのまま図面を引けるんじゃないかってぐらい細かなところまで決まっていっている。ここで拠点は造らないとか言い出せるほどボクは図太くない。むしろそれが言えるのであれば、既に言っているだろう。
 傍から見ている分には、今すぐにでも拠点の構築を始めればいいのではないかと思えるぐらいに話は進んでいるのだが、しかし当の四人は納得がいっていないのか、先程から細かいところを散々話し合っては詰めている様だ。

「そろそろ日が暮れるな」

 天上を見上げてそう呟く。
 別段疲れてもいないし、何だかお腹も空いていないのでこのままでもいいのだが、話し合いはいつ終わるのだろうか? 朝には終わっているといいのだが。
 足下に風を集めて圧縮する事で空気の層を敷くと、そこに腰掛けて話し合いの行方を眺める。一体どんな拠点が出来るのだろうか? 個人的には足が伸ばせる浴槽が在る以外は、狭い部屋が一部屋あればいいのだが。それこそ手足を伸ばして眠れる程度の広さがあれば十分だろう。
 なのだが、漏れ聞こえる四人の会話は、既に城塞規模の話にまでなっている。朝には本当に国の規模の話まで発展していそうだが、そんな訳はないよな・・・。
 月明かりが周囲を優しく照らすなか、四人は周辺の変化など気にも留めずに話し合いを行っている。
 そんな四人を少し離れた場所から眺めながら、どうしたものかと思案する。眺めているだけなので手持ち無沙汰だ。かといって、あの話し合いに参加しても役には立たないし、ボクの意見は反映してくれなさそうだからな。
 お腹も空いていないし、水を飲みながら現状について考える。現実逃避でもあるが、現状の確認は必要な事だろう。
 現在の目標は特にないが、せっかく人間界の外の世界に出たのだから、世界を観て回りたいとは思っている。それに今後も外の世界で生きていく為にも、死の支配者達が何をしているのかも調べないといけないだろうし。
 話し合っている四人を眺めながら考えていると、四人は何処からともなく板を取り出してきて地面に置くと、その上にこれまた何処から取り出したのか、紙と筆記用具を取り出して何やら書き込んでいっている。離れたところから眺めている限り、どうも図面を引いている訳ではないようだ。
 何を書いているのかは気になったが、まあいいや。妙な事に巻き込まれたくないし・・・そろそろ現実を見た方がいいのだろうか? もう少し逃避させてほしい。
 さて、世界を観て回るといっても、相応の実力は必要だろう。この身体にも慣れてはきたところだし、そろそろ修練はしないとな。
 修練で思い出したが、ここからクリスタロスさんのところへ転移出来るのだろうか? 転移する為の道具は手元にあるのだが・・・流石に遠いかな?
 転移装置を取り出して目を向けた後、未だに話し合いを行っている四人の方に視線を移動させる。あれはまだ続きそうだな。このまま待っていても手持ち無沙汰だし、少し試してみるとするか。
 そう決めたところで、手に持つ転移装置を起動させてみる。
 そうすると、一瞬浮遊感を覚えたが転移まではしなかった。どうやら効果範囲外だったようだ。
 一瞬感じた浮遊感は、もう片方の道具を探したのだろうか? 魔力に距離は関係なくとも、二点を繋げているのはあくまでも魔法で紐づけしているだけに過ぎないので、これは術者の技量が大いに関わってくる。もっとも、ではこの転移装置を創った者は未熟かと問われれば、多分むしろ逆で優秀なんだと思う。だって、荒野の途中までは問題なく使えていたのだから。
 途中までしか使用していなかったので、実際に有効な効果範囲がどこまでかは分からないが、多分荒野の奥地では既に効果範囲外だったんだろうな。
 そう思いつつ、改めて手元の転移装置を調べてみる。

「・・・・・・凄いなこれは」

 改めて視たそれは、人間界では破格過ぎるほどに複雑で緻密な転移装置であった。
 この転移装置を貰ってから大分時が過ぎたので、その間に成長した事でより理解出来たが、これを組んだ者は余程転移装置に精通していたのだろう。今のボクなら不可能ではないが、それでもかなり集中しなければ、これと同じ物は創れない。情報体にして複製できれば容易いのだが、もうその力は失われた。

「これはクリスタロスさんが創ったのかな?」

 そういえば、この転移装置についてクリスタロスさんからあまり詳しく話を聞いていなかったな。今度行ったら尋ねてみよう。
 でも今はその前に、これを参考に自分でも転移装置を創造するところからだろう。離れたところで話し合っている四人が拠点を築いたら、そこに転移装置を設置するのだから。これは最初に自分で決めた事だ。
 まずはどんな転移装置にするかだ。効果範囲が広いモノが理想。欲を言えば、世界中どこからでも使える転移装置を目指したい。

「機能のほとんどを設置する側に組み込めば、持ち運ぶ側の小型化が出来るから・・・」

 クリスタロスさんのところでも、設置している側はそれなりに大きかった。
 基本的に転移装置は、転移機能や紐づけなど必要な機能は持ち運ぶ側ではなく設置側に組み込む。その分大きくなるが、拠点に設置するのでそれは構わない。あまりにも巨大になったら考えものだが、流石にそこまで巨大にはならないだろう。
 もう片方の持ち運ぶ側は、設置している側との繋がりを維持して解けない様にするだけでいい。あとは持ち運ぶ側を起動させるだけで、設置側の魔法が起動してくれるのだから。
 今手元に在るこの転移装置は、離れ過ぎてその設置している側と繋がっていない状態になる。しかし、これは効果範囲内に戻れば勝手に繋がってくれるので、そこまで心配する必要はない。魔法道具の維持はちゃんと個別に組み込まれているのだから。

「それでも、このままだと危ないか・・・」

 手元に在る転移装置の状態は、反対側の転移装置を探している状態だ。魔力を流して起動させなければ、品質の維持のみしか機能しないのだが、それでも転移の有効範囲が分からない以上、次の起動は気をつけなければならない。
 繋がっていないので片側を探すのは転移装置の負担になるというのもだが、改めて視て気がついたが、先程感じた浮遊感の正体は魔力変換のようで、大本である設置部分と繋がっていない以上、下手をすれば魔力から戻れない可能性も在る。
 一応こちら側にも対象を魔力に変換して再構築するぐらいの機能は組み込まれているが、設置している側に比べれば補助的なモノにすぎない。なので、その分失敗する確率は上がっている。
 まぁ、確率が上がっているといってもそこまで高くはないのだが、気をつけるに越した事はない。むしろ先程は少々軽率だった。

「しかし、何度視ても凄いな」

 転移装置に眼を向けながら、その組み込まれている魔法を確認していく。
 この転移装置に組み込まれている魔法は、維持系の他は対象を魔力に変換する魔法と再構築する魔法。それと、疑似的な起点を構築する魔法。これは転移した際にその場に起点となる部分を一時的に構築する事で、戻ってくる時に問題なく戻ってこられるようにしているのだ。

「これがなぁ、難しいんだよな」

 疑似的な起点を構築するのもだが、その起点を維持する時間も考えなければならない。しかし転移装置を創るのは、この維持がかなり難しい。魔力が散るのを抑制しなければならないのだから。

「それにしても、これだけ視えても繋がっているかどうかは起動しなければ判らないんだよな」

 起動しなければ繋がらないのだから当然だが、起動しなくても判るようにしたいところ。まぁ、常時繋がっていたら外から視えてしまうからしょうがないのだが。とはいえ、視えないようにしながら繋がった状態を維持する方法があるとも聞くが。

「繋がっているかどうかの確認用の魔法を組み込むとかした方がいいのだろうか? そうすると重くなるからな・・・情報体に出来れば常時繋がっているような仕様でも問題なかったんだけれども」

 情報体にした場合、全ての魔法は意味をなさなくなる。情報として保管されるのだから当然だが、そうなると常時起動の魔法を組み込んだとしても情報体から構築しない限りは魔法が起動しない。その場合は必要な時に構築すればいいだけなので、常時起動型の魔法でも問題なく組み込める。
 常時起動型の魔法と適宜切り替わる魔法だと組み込む際の容量が異なる。といっても、切り替えを自動にしなければある程度は軽量化できるのだが。
 その辺りで軽量化しなければ、転移装置は組み込む魔法が重すぎる。

「疑似的な転移起点は必要だからそこは残すとして、魔力化と再構築は設置する方の転移装置任せにするというのもひとつの手か? そうすれば、繋がっていなかった時に魔力化するのを防げるが・・・しかしそうなると、帰りが難しい? いや、それも設置する方に全て任せればいいのか? それに、疑似的な転移の起点にも力を割り振るとか・・・いや、そうなると余計な魔力を使用するし、魔力の維持が難しくなるな。そうすると、そちらの方を改良するべき? 持ち運ぶ方は小さい方がいいが、疑似転移起点の維持で結構な力が必要になるから、設置する方に色々と任せるにしても限度があるか。大きさとしては・・・・・・片手に収まるぐらい? この転移装置ほど小型化は今のボクでは難しいな」

 手元の転移装置を見つめながら、声に出して考えを纏めていく。しかし、こうして考えを纏めてみると、改めてこの転移装置の凄さが分かってくるな。もしも今でも兄さんの身体のままであったならば、ボクもこのぐらいの魔法道具は創れただろうが・・・情報を読み取れるというのはかなり有用な能力だったな。もうすぐ情報を組み直せそうな感じもしていたし。

「はぁ。この身体にも慣れてきたが、もう少し魔力に馴染ませないと魔法道具の作製は難しいかもしれないな」

 以前までの感じで魔力を操作しようとすると、感覚とずれが在ることが判る。細かい作業でないのであれば問題にはならないが、これは転移装置の創造には致命的だろう。
 転移装置の構想を練りながら、簡単な魔法道具を創造しては分解していく。幸い既存の物に魔法を組み込む技術までは失われていないので、魔法の組み込みのやり直しも簡単に出来る。分解も構築した物を壊すだけなので、情報が読み解けなくても自分で作製した物であれば問題ない。
 そうして魔力操作の修練をしていると、気づけば夜が明けていた。その事に気がついた後に四人の方に顔を向けるも、話し合いは続いているようだ。
 それに呆れつつも、明るくなる世界を眺める。時折四人の方から城壁とか国家とか聞こえてくるが、気のせいだろう。どこどこを従属させるべきではとか、何処かから民を連れてくるとか言っている気がするが・・・うん、やっぱり気のせいだろう。だって、最初は転移装置を設置して旅の拠点にする場所を構築する話だったはずなのだから。
 明るくなった空を眺めながら、ははっと乾いた笑いを上げると、視線を四人の方に戻す。
 四人は楽しそうに語り合っていて、そこだけ見れば実に微笑ましい。たが、四人が囲む中央辺りに置かれた板の上には色々と書き込まれた紙が何枚も置かれている。
 最初は一枚だったんだがいつの間にと思いつつ眺めてみると、細かい文字がびっしりと書かれた紙の他に、地図や見取り図のようなモノまでが並べられている。他にも何かが書かれた紙が在るが、別の紙の下敷きになっていて確認はできない。
 一夜で随分と増えたなと思いながらも、もうどうしようもないかと諦める。今更ボクが何か言ったところで意味がないだろう。
 嬉々として語り合う四人を見ていると、何か言う気も失せていく。話す内容はあれだが、結局はボクの為の話し合いな訳だし。
 それに、もう迷宮都市が在った場所に国を創るかどうかという話から世界を制するには、に改題されているからな。死の支配者対策をかなり真面目に議論している。それは大事だとは思うが、各種族を統治したうえでの対抗論は机上の空論というのではないだろうか?

「・・・・・・うーーん、そろそろ止めた方がいいのだろうか?」

 もう諦めたとはいえ、流石に議論が飛躍し過ぎている気がする。聞いてくれるかどうかは別にしても、一応制止しておいた方がいいような気がしてきた。
 いやまぁ、死の支配者を止める方法の議論については必要だとは思うのだがね。そう思いながら、四人に声を掛ける。

「えっと・・・ちょっといいかな?」
「如何いたしましたか? ご主人様」
「ジュライ様どったのー?」
「何で御座いましょうか? 創造主」
「如何されましたか? 我が主」

 声を掛けると、四人が一斉にこちらに顔を向けた。
 それに少し驚きつつも、少し話が飛躍し過ぎているのではないかという事を伝えてみたのだが。

「ご主人様の御言葉に意見する愚を御許し下さい。現在話し合っているのは、必要な事で御座います。どうすれば死の支配者を止められるか。それを考えますと、どうしても現有の力では足りませんので、幾つもの力を集結させる必要が御座います。しかし、ただ集めればいいという訳では御座いません。死の支配者に対してただ数を揃えるだけなど被害を拡大させるだけですから。ですので、いかにして死の支配者に対して有効な攻撃をするか、そして防御をするかになりますが、現状では死の支配者の魔法について判っている事が少ない為に、こうやって情報を持ち合って精査し、そのうえで必要な力について話し合っていたところです」
「そ、そうなの? それで何か結論は出たの?」
「いえ。今まで確認出来た魔法に対して有効そうな防御魔法についてでしたら少し光明が見えてきたところですが、それでも確実ではありません。私達ですと問題ありませんが、他の者に使わせますとどれぐらいの人数が必要かを、種族ごとに検討していたところでした」
「あ、そうなの・・・それは邪魔をして悪かったね」
「そんな! ご主人様が邪魔などあろうはずがありません!!」
「左様。我が主は吾らに対して遠慮は無用で御座います」

 思ったのと違った議論の内容に申し訳なく思ったのだが、セルパンの言葉に三人も同意とばかりに揃って頷いた。
 それがより申し訳なく思う。正直ボクには過ぎた四人だ。特にプラタとシトリーに関しては、何故未だに一緒に居てくれるのか謎なんだよな。もうこの身体は兄さんの物とは別物だし、中にも兄さんは居ない。

「そ、そう?」
「はい」
「う、うーん、まぁ、覚えておくよ」
「是非に!」
「邪魔して・・・あー、話の途中に悪かったね。話し合いを続けて」
「はい」

 四人はボクに一礼すると、話し合いを再開させる。

「ふぅ」

 そんな四人を眺めながら、思わず息を吐き出す。ちゃんと聞いていないのに、思い込みで話をするものじゃないな。
 自分の不甲斐なさが嫌になる。しかし、気が緩んだところでぐぅと腹の虫が鳴く。

「・・・・・・朝食にするか」

 落ち込んでいようともお腹は減るようだ。昨夜は変に気を張っていたのかもしれないな。
 背嚢の中を漁って、中から干し肉を取り出してそれを噛む。食料に関しては肉が結構な量背嚢の中に在る。というのも、ボクはこの身体になっても食は細い方だというのに、向かってくる敵は身体が大きい相手が多いのだ。
 その肉をそのままにしていても、その時に周囲に居た誰かが回収するので問題なかったのだろうが、それでも勿体なく感じたので、食べられる肉は解体して回収しているのだ。その結果として大量の肉を在庫として抱える状態になった訳である。
 さてどうしたものかと考えるも、肉が不味かったのは最初のあれだけ。その後は砂トカゲを再度狩る機会があったので、その後で再度焼いて食べてみたが、その時は中々に美味であった。本当にあれは何だったのか不思議なほど。
 その内にかなりの量になった肉の処理に困っていたところ、プラタが一部の肉を回収して何処かへと持っていってくれたのだが、数日して持って帰ってきた。その時に生肉が干し肉に加工されていたという訳だ。

「あの時に持っていったのが二体分だったか、三体分だったか」

 あまりにも大量に持っていってくれたので正確な数は分からないが、それぐらいだったと思う。おかげで一気に減ったのだが、代わりに大量の干し肉となって帰ってきた。
 この背嚢は中の時がほぼ完全に止まっているし、どれだけ仕舞っても背嚢自体の重さ以外は感じない。それに容量も限界が判らないほど入るので問題はないのだが、それでもあの時は多少嵩が減ったぐらいではと思ったものだ。
 しかし、こうして調理せずに食せるので、干し肉は良いモノだった。後でプラタに改めてお礼を言っておかないとな。
 干し肉を噛みながら、残りの食料についても思案していく。
 大量に確保出来た肉を除けば、後はほとんどが果実。苦い実から甘い実まで色々な種類が在り、硬さも様々。
 残りは数匹の小振りな魚ぐらいで、野菜は無い。主食となるパンや米も無いが、調味料だけは調達してもらったので、塩や胡椒を筆頭にそれなりに数が在った。もっとも、種類はあっても量の方はそれ程でもないのだが。
 食料に関しては自分で調理する事もあるのだが、プラタに渡すと現在食べている干し肉の様に、何かしらの加工をして持って帰ってきてくれる。大抵は後は焼くだけとか、そのまま食べられる物になっているが、聞いた話だと何処かにプラタがそれを依頼している者達が居るようだ。
 まあそれはどうでもいいのだが、肉を除けば食料が心許ない。というよりも、手持ちの食料を確認すると栄養面で心配になってくるな。
 以前までの兄さんの身体であればそんな心配も要らなかったが、今の身体ではその辺りの心配もしていた方がいいだろう。身体能力以外は普通の人間に近そうだし。

「しかし、この辺で野菜ねぇ・・・」

 周囲を見回してみるも、周辺には何も無い。木の一本も見当たらないので、何か食料をとなると育てなければならないだろう。今すぐ食べるならば、何処からか持ってこなければならない。周囲には動物も居ないようなので、肉の確保も大変そうだな。

「まぁ、ここを拠点にするのであれば何かを育てるのだが、何がいいのだろうか? この辺りでも生育出来る植物で、食用になる物を探さないとな。この辺はプラタに訊けば分かるだろうけれど、やはり時間が掛かるよな」

 植物の生育にはそれなりの時間が必要だ。たとえ成長が早い植物を育てたとしても、今日明日で食べられる訳ではないのだから。
 プラタの方に視線を向ければ、未だに論議を重ねている四人の姿。もう口出ししないようにしているが、あれは一体いつになったら終わるのだろうか? 四人は不眠不休でも問題ないし飲食も不要なので、その辺りが心配だ。

「直ぐに身体に異常も出ないだろうが」

 干し肉は長く噛んでいられるからいいな。味も噛めば噛むほど滲むように出てくる。
 四人から視線を外すと、干し肉を噛みながら周辺を探索する事にした。
 といっても、見渡す限り何も無い大地が続くばかり。ここに何か興味深いモノでもあるのだろうかと思いながら、とりあえず一人で探索していく。
 世界の眼は使えなくとも、周辺の警戒は出来る。というよりも、元から世界の眼で警戒なんてしていないので、問題はないだろう。防御結界も常時展開しているし、死の支配者やその側近にでも出くわさない限りは危険はない。
 適当な方向へと足を向けて進んでいくが、どれだけ進んでも何も無い。迷宮都市の基礎であった巨大生物は一体どれだけ大きいというのか。呆れるばかりである。
 それにしても、これだけ巨大な生き物なんて存在しているんだな。よく身体を維持出来たものだ。直接見てみたかったものだ。もう消滅してしまった生き物なので、死骸すら残っていない。この痕跡だけで想像する他ない。

「・・・・・・しかし、この穴は綺麗なものだな」

 気づけば巨大生物ごと迷宮都市を消し去った魔法の跡の近くまで移動していたので、ついでに穴の中を見下ろしながらそう思う。
 削られた地面の表面は、まるで土に何か硬い物でも押しつけて型でも取ったかのように綺麗なものだ。穴も綺麗な半円で、上部が虚空なので跡は無いが、きっと跡が残っていたら綺麗な球体だっただろうと容易に想像が出来るほど。

「こんな跡が残るほどの魔法ね・・・記憶には無いな」

 球状の魔法というのは存在するが、ここまで大規模で綺麗な球状の魔法は見た事がない。
 単に球状の魔法を大きくすればいいというものでもないだろう。その場合はどうやってもどこか歪な球体になってしまい、ここまで綺麗にはいかない。
 また威力の方も問題だ。しゃがんで地面を確認してみるがここの地面はかなり固く、家が何件も積み重ねられそうなほど深く削り取るにはかなりの威力が必要だろう。
 仮にボクが同様の跡を残そうと思った場合・・・無理だな。規模や威力の方は何とかなるが、この綺麗な穴は難しい。別々に魔法を発現させれば問題ないのだけれど。

「うーーん。この魔法の防ぎ方ね」

 現在プラタ達四人が行っている議論について思い出し、目の前の跡を残した未知なる魔法への対策を思案してみる。情報は少ないのだが全く無い訳ではないので、何かしら思いつかないものか。

「話に聞いた魔法と、この魔法の痕跡。ここから判る事は・・・凄い魔法という事ぐらい?」

 ・・・・・・いや、それでは駄目だろう。まずは観察から始めないと。

「・・・・・・・・・」

 目の前の魔法跡を細かく観察していく。きっと何か発見が在るはずだと信じて。

「・・・・・・・・・・・・うーーむ」

 情報は読み解けないが、それでも魔力視で魔力は視える。それに普通に見ていて何か気づく事が在るだろうと思って観察しているが、何も発見は無い。
 しかしそれもそのはずで、ボク程度が観察してあっさり見つかるようなモノであれば、プラタ達がとっくに気がついているはずだろう。
 それでも諦めずに観察を続けていると。

「まぁ、そこからじゃ大した事は判らないだろうね」

 背後から少女と女性の間のような声音で声を掛けられた。

しおり