西の森
ジーニアス魔法学園の六年生以上と五年生以下の最大の違いは、探索可能な範囲の違いだと思う。
五年生までは平原までしか出る事が許されなかったが、六年生からはその先、森まで行動範囲が拡がる。勿論その先も許可は出ているが、行く者は少ない。正確には行ける者は少ないだろうが。
ジーニアス魔法学園の六年生以上の生徒の生存率は極端に下がっていく。途中で学園を自主的に去る者も多いが、ジーニアス魔法学園を卒業出来る生徒は、年間で一パーティーも居れば多い方。大体卒業生が出るのが数年に一回あるかないかという少なさだ。
そんな異常さなので、卒業生はかなり優遇される。職だけではなく、地位も名誉も何もかもが思いのまま。
過去に各国最強の護り手たる最強位を輩出した事もあるが、現在の最強位の中にはジーニアス魔法学園の卒業生は存在しない。
西のユラン帝国は、ジーニアス魔法学園が創設される前からシェル・シェールさんが最強位に就いているので、代替わりするには倒さなければならないのだが、シェル・シェールさんは文字通りの人類最強と評されている傑物。いくらジーニアス魔法学園を卒業したとて、倒す事は容易ではない。
クロック王国は先々代がジーニアス魔法学園の卒業生だったと記録に残っているが、病で倒れた為に在位期間は短い。現在はハンバーグ公国から嫁入りしてきたウィッチヒロ・ジャニュ・デューク・レイド・ワイズ、つまりはボクの姉が就いているが、姉さんもまた傑物である為に、それを越えるのは難しいだろう。
ハンバーグ公国にも何代か前に卒業生が居たと聞くが、よく分からない。現在の最強位であるクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様は、五体国の中で最も年若い最強位なだけにまだまだ粗削りだが、それでも十分資質はお持ちであった。
ナン大公国は先代がジーニアス魔法学園の卒業生だったとか。今代についてはいまいち知られていないが、プラタ曰く、ナン大公国の最強位の正体は、国主である大公であるらしい。それを聞いた時には驚いたが、それだけだ。
人間界の中央に位置するマンナーカ連合国については謎が多く、現在の最強位についてもほとんど情報が無い。ただ、最強位は代々自国の魔法学園の卒業生から選ばれているとも言われているので、歴代の最強位の中にもジーニアス魔法学園の卒業生は居なかったかもしれない。
そんな訳で、五大国の現役最強位の中にはジーニアス魔法学園の卒業生は存在しない。それでも数少ない卒業生は、各国で重要な地位に就き活躍していると聞く。
・・・話が大分逸れてしまったが、六年生からは平原の先に行けるようになるのだ。そして、ボクは先日進級して六年生になり、早速西門へと赴任した訳である。
そういう訳で、現在ボクは西の森に入る為に平原を進んでいる。勿論一人で、だ。邪魔な監督役など付いていない。
六年生での目的は、森の中の探索。実際には平原から先の探索なので、別に森のその先でも構わないのだが、先程違いについて考えた時に思い出した通り、行ける者が少ないので、大体は森の浅い部分の探索になる。
時折その探索で新発見があったりするのだが、基本的には森の現状の確認と、人間界側の情報の更新。
森に生息している生物の分布などはこういった時に調べられている。
まあつまりは、何かしらの情報を持って帰って、探索した証拠を提出しろという事だ。監視球体は秘匿されているので、六年生からは記録用に何かしら持っていく者も多いと聞く。
なので、ボクも監視球体みたいな記録する為の魔法道具を用意した。記録用の魔法道具自体は高価ながらもその存在は認知されているので、持っていてもおかしくはない。
記録用の魔法道具にも四種類在り、音だけを記録する『録音』 と呼ばれる魔法道具。無声の動画だけを記録する『録画』 と呼ばれる魔法道具。静止画を記録する『撮影』 と呼ばれる魔法道具。最後に有声の動画を記録する『収録』 と呼ばれる魔法道具の四種類だ。
この内、監視球体は収録の魔法道具だ。つまりは最高級の記録用の魔法道具という事になる。それを生徒全員分。途中で退場者が続出するとはいえ、常軌を逸しているお金の掛け方だ。
そしてボクが用意したのは、その収録と呼ばれている魔法道具。本当は撮影か録画辺りでいいかと思ったのだが、都合が悪ければ後で編集すればいいかと考えて、収録にした。
この映像記録は個人的に記録として残して、そこから録画か撮影で記録したように音を取り除いてから、提出するかどうかを決めればいい。探索した証拠を提出すればいいだけだしな。
そういう訳で、監視球体みたいに姿を隠して周囲に浮かせておく。早々壊れないようにしているが、もし壊れてもまた創ればいいしな。撮った記録はそのままボクの方で記録しているから、魔法道具の方が壊れたところで痛痒は無い。
「さて、エルフ達はどうしているのか」
寄るつもりは全くないが、西の森の代名詞ともなっている種族なだけに、ついそんな事を考えてしまった。
とりあえず、森を軽く探索して提出する記録を収集したら、森の先に少し出てみようかな。今回から期間は無いから楽でいい。一応各門に赴任する期間は変わらず六ヵ月だが、それまで駐屯地に一度も戻らなくても問題はない。
時間の使い方は任意。実に素晴らしいものだ。これで少しは楽しめるようになればいいな。
◆
平原を進むこと数日。やっと到着した西の森に入っていくと、空気が変わる。
森の中は枝葉で日の光がある程度遮られているからか、外と比べて涼しい。それでいて少し湿り気があるので、暑い日には快適だろう。
平原よりも緊張感がある気がするが、ボクには大して変わり映えはしない。西の森も久しぶりだな。
ここの森は死の支配者の襲撃により勢力図が変わったので、森から少し入った場所は以前のようなエルフの勢力圏ではなくなった。
では今は誰の勢力圏かと言えば、誰のものでもない。一応蟲が勢力圏を築いているらしいが、それも盤石なものではないらしく、移ろいやすい。
しかし今はまだ蟲の勢力圏のようで、目の前に固そうな甲殻に覆われ、巨大なハサミを二つ携え、太く鋭い毒針を尾の先に備えた蟲と遭遇していた。
確かジャイアントスコーピオンと呼ばれている敵性生物で、以前までは森のそれなりに深い場所でしか見掛けない生き物だったはず。それも北側近くでたまに見かける程度だったような? 現在は西の森の浅い部分だ。位置的にはやや北寄りとはいえ、生息地からは離れている。勢力圏が変わったというのはこういう事か。
そういえば、北の森も大変な事になったんだったな。
それにしても、森に入る人間にとって注意すべき敵性生物と言われていたはずのジャイアントスコーピオンとこんな森の浅い場所で遭遇するというのも難儀なものだ。
もっともボクの敵ではないので、関節部分の柔らかい場所を狙って、高速で回転させた水の刃で切り刻んでさっさと倒す。
それで死んだのを確認した後、ジャイアントスコーピオンの亡骸をそのままにして、森の更に奥へと進んでいく。
そうして暫く進んでいると、前触れもなく横にプラタが現れる。久しぶり過ぎて驚いたものの、直ぐにプラタだと判ったので、そこまで大きくは驚かなかった。
「どうしたの?」
とりあえず驚きを隠しつつ、現れたプラタに問い掛ける。
「ご主人様が森に入られましたので、以前のように御一緒出来ましたらと存じまして」
「ああ、なるほど」
二年生に進級して西門に赴任した時に特例で平原ではなく森に入ったが、その時はプラタとフェンの三人で森に入ったのだったか。あれからシトリーとセルパンが仲間入りしたりと、振り返れば色々とあったものだ。
「そういう事なら、またよろしくね」
「ありがとうございます。全力でその御期待に応えられるよう努力致します」
歩きながら恭しく頭を下げるプラタ。こうして二人で歩くのも久しぶりだな。
「シトリーはどうしたの?」
「その辺りに居るかと」
「そう?」
プラタの言葉に周囲を丁寧に探ってみるも、シトリーの存在は感知できない。単にボクが感知できないだけか、シトリーが遠くに離れているのか。
別に用事がある訳でもないし、離れていても話は出来るので感知を通常のモノに戻す。丁寧にすると普段以上に疲れるからな。
そういえば、現在ボクの影に居るのは丁度フェンだったか。奇しくもあの時と同じ三人組という訳だ。
今回は以前と違い何かしらの任務を負っている訳でもないので、記録用の魔法道具で適当に森の様子を記録しながら散策する。一応森の奥を目指してはいるが、目的らしい目的はない。
森の様子は変わっても、森そのものに大きな変化は無い。とはいえ、ボクの目から見れば何処も似たような光景なので、目的があっても迷っていただろう。その時はプラタに案内を頼むのだが、そうならなくてよかった。
まあ今回は散歩なので、平原で敵性生物を討伐していた時のように、昼夜別なく移動する必要はない。なので、日が暮れてきたので木の根元で休む事にする。
以前のように空気の層を敷くと、その上にプラタと共に腰掛ける。
夕食は情報体として保存していた乾パン。一度情報を読み取ってしまえば複製可能だが、今回再構築したのは、三年生の時に情報体で保存した乾パンの残りだ。情報体にしてしまえば劣化しないので、やはり情報体で保存する方法は便利なものだな。
その事を再度実感しつつ、構築した乾パンを齧る。湿気る事もなく、変わらず堅い。味はまぁ、食べられなくないから文句はない。
プラタは食事をしないので、食事は一人でする。その間もずっとプラタに見られているが、これも懐かしいな。
食事を手早く済ませると、水魔法で水を創造する。
「・・・・・・」
「如何なさいましたか? ご主人様」
創造した水を眺めながら思案していると、横からプラタの声が掛けられる。
「ん? いや、この水って何なんだろうと思ってね」
「どういう意味でしょうか?」
「ほら、創造した魔法は魔力の塊であって、属性は無いでしょう? でも、これは魔力ではなく水として飲めるわけだし、どうなんだろうと思ってね」
「それでしたら、魔法にもしっかりと属性は付与されていおります。ただ魔力が活性化されている状態ですと、属性が抑制されてしまっているので、魔法が魔力に戻る際に与えられた属性が開放されるのです。そして、その水は飲む際に属性が解放されると同時に、飲んだ者が水として認識しますので、それは水としての役割を与えられるのです」
「ふぅん?」
解ったような解らないような。つまりは、認知したから水になったという事か?
「それなら、これで攻撃した場合に水ではなく魔力になるのは?」
「役割や規模などによって必要な認知の広さが変わってきますので、その為かと」
「ふむ。まるで幽霊だね」
「幽霊は魔力の集合体ですから」
「ああ、そういえばそうか」
すっかり忘れていた。これも死の支配者の影響かねぇ。彼女は幽霊を一つの存在に昇華させたからな・・・。よく考えなくても凄い事だ。
改めてそう認識するとともに、厄介なものだと再認識させられた。
魔法は想像を創造する。
思えば今のはおさらいの様な内容だったと思うが、初歩的過ぎて忘れていたのか、はたまた考えるまでもなく身についていたからわざわざ認識する必要が無かったのかもな。そんな事を知らなくとも、水として飲めるわけだし。
創造した水を飲みながらそう思う。理屈も大事だが、そればかりでも駄目だろう。
しかし、森の中というのは何だか澄んだ感じがするな。
前にプラタに体験させてもらった純度の高い魔力の神聖さとは違うが、これはナイアードの影響なのだろうか? ナイアードの住む湖はまだ結構離れているのだが。それにナイアードの周辺の感じともまた違うから、これは魔力の純度に由来するものではないのかも。
まあこれもまた、理屈はどうだっていいか。たまには頭を使わずにボーっとする時間も必要だろう。
周辺の警戒は一応やってはいるが、この辺りに脅威となるような敵は居ないし、何より隣にはプラタが影にはフェンがいるのだから、そこまで厳重に警戒する必要もない。この二人を抜けるような相手となると限られてくるし、そうなったらボクでは勝てない。
諦めの境地という訳ではないが、気を張る場面でもないからな。
「・・・ふぅ。こうのんびりするのも久しぶりな気がするよ」
木の幹に背を預けて息を吐く。背負っている背嚢は中に何も入っていないので、下ろす必要はないだろう。余計な金具などは付いていないから、多少違和感が在るだけで背中は痛くないし。
目線を上げれば、枝葉に区切られた薄い藍色の夜空が目に映る。
「世界の方はどう?」
視線をプラタの方に動かすと、現在の状況を尋ねる。
ボクが六年生に進級する前、迷宮都市と呼ばれていた迷宮の中にある都市の全てが死の支配者側の攻撃によって壊滅した。それと共に、迷宮を形成していた生き物も殺されたらしい。
死の支配者側の攻撃が始まって、迷宮側が殲滅されるまでに要した時間は一日。・・・実際には数秒だったとか。
「静かなものです。あれから死の支配者側の攻撃は確認しておりません」
「そうか。今回も少しずつ攻めていく予定なのかな?」
「おそらくは」
「・・・それで、迷宮都市を迷宮を形成していた巨大な生き物ごと吹き飛ばした魔法について何か判った?」
迷宮を形成していた巨大な生き物ごと迷宮都市を吹き飛ばした魔法。
たった一発で長年魔族ですら攻略出来なかった場所を強引に攻略したその魔法は、プラタでも判らない新しい魔法だったとか。
国境のように横たわっていた生き物を吹き飛ばせるほどに大規模な魔法にも驚きだし、それを行使したのが一人というのもまた驚きであった。
どうやら五年生最後の討伐任務を終えて宿舎に戻る際に聞いた遠雷は、迷宮を吹き飛ばした魔法の爆発音だったらしい。
話を聞いた限りでは、人間界から迷宮までかなりの距離があるので、それでも届くほどの大音量を発する大規模魔法。近くに居たら、いくら防御魔法で身を護っていても、衝撃波で吹き飛ばされていただろうな。
「魔力を使用した魔法ではあるようでしたが、その使い方は不明。やはり天使とも違う系統の魔法の様で、私達が使用する魔法ではありえないほどの威力を出しているようです」
「一人で巨大生物を吹き飛ばすほどだからね」
「はい。どうも変換率と申せばいいのか、私達が使用している魔法に比べて効率がいい様なのです」
「ふむ。変換率、ね」
魔力で魔法を構築する際の損失が少ないという事かな? 例えば百の魔力で魔法を構築したとして、ボクの場合は最大で大体九十四の魔力の魔法が構築出来る。残った六の魔力は、消滅したのではなく霧散していると考えられているが、詳しくは不明。元々人間は魔力というモノにそこまで関心がある訳ではないからな。
その為、ボクの九十四パーセントでもかなりの高水準であったりする。
ボクが今まで視てきた一般的な人間の魔法使いでは、大体良くて六十パーセントから七十パーセントぐらい。まぁ、全体的に変換率というモノが半分は超えているぐらいであった。
因みにだが、ペリド姫達は八十パーセント前後で、ジャニュ姉さんが八十五パーセント前後。クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様も似たようなもので、オクトとノヴェルはペリド姫達と最強位の二人の中間ぐらい。
そして落とし子達だが、最後に視た時は九十パーセントにやや届かないぐらいの高水準であった。もっとも、プラタやシトリーなんかの九十六パーセントに比べればボクでもかわいいものだ。しかもそれが常時なのだから、そもそもの格が違う。
つまりはそういう事だと思うが、では、その魔法の変換率はどれぐらいなのだろうか? そう思い、ボクの変換率の解釈が正しいかどうかの問いと共にプラタに訊いてみると。
「はい。その解釈で正しいかと。その解釈で御答えするのでしたら、九十八パーセントだと推測しています」
「九十八パーセント、か」
その変換率の高さに驚愕する。
当然の事ながら、変換率が百に近ければ近いほど無駄がないという事になる。そして、当然ながら威力も変わってくる訳だが。この変換率、百に近くなればなるほどに、一の数字に対しての威力が桁違いに跳ね上がっていくのだ。
つまりは、プラタ達の九十六パーセントとその魔法の九十八パーセントの二パーセント差と、ペリド姫達とオクトやノヴェルなんかの間に在る二パーセント差では、同じ二パーセントでも威力の次元が違うという事。
それにしても、九十八パーセントか。もしもそれが死の支配者だとどうなるのだろうか。恐くて気軽に訊けないな。
そもそも変換率というものは、魔力に精通していなければ上げる事は出来ない。
まあ当然の話だが、これが中々に難しく、九十パーセント程度であれば、魔法を使い続けていれば何とか到達出来る事もある。
それ以上となると、魔力について研究していかないと上げるのは不可能に近い。ボクの場合は元々研究は好きだったし、プラタも居たから大分上げる事が出来た。
それでも、落とし子達の九十パーセント近くは異様に高い。何か魔力に精通する知識や感覚でも有しているという事だろうか? 落とし子達は異世界から来ているので、その可能性は高いかもしれない。
まあそれはともかくとして、変換率というのは、一般的に言えば魔力密度であろうか。
同じ百の魔力からでも魔力密度の違いで魔法の強さは変わってくるが、完成する魔法の大きさは、意図した場合を除き、極端に魔力密度が違わない限りは変わりはしない。
人間界で言えば、どこも似たり寄ったりなので、魔力密度は軽視されがちだ。この辺りは魔力密度か魔力についての研究が深まっていけば解決してくれるだろう。
まあ今は人間についてはどうでもいいのだが、その変換率九十八パーセントの魔法というものは脅威でしかないが、同時に知的好奇心を刺激する。
「しかし、そんなに変換効率を良く出来るものなの?」
「不可能ではありませんが、かなり困難です」
「だよね」
そんな事が可能であれば、既にプラタが行使しているだろう。なにせ魔力を生み出し循環させている存在なのだから、誰よりも魔力に精通しているはずだ。
「因みにだけれど、天使の魔法はどれぐらいの変換率なの?」
「個人差はありますが、高くて九十七パーセントぐらいでしょうか」
「そんなに高いんだ!?」
「はい。付け加えますと、あのダンジョンの奥に居る天使が以前行使した魔法は九十五パーセントの変換率でした」
「クリスタロスさんってそんなに強かったのか!」
強いんだろうな。とは思っていたが、そこまでだとは思わなかった。
「天使の魔法は総じて変換率が高いので、別段驚愕すべき数値では御座いません。ただ、数値が高いから強いという訳ではありませんので」
「そうなの?」
「はい。勿論変換率が高いに越した事はないのですが、それは魔法の威力が高まるぐらいですので、他までが軒並み数値が高いという訳では御座いません。強さとは、魔法の威力だけで決まるものでは御座いませんので」
「まぁ・・・それもそうだね」
一概に強さと言っても、魔法の強さ、身体能力の高さ、戦闘経験、地形や相性などなど様々な要素が絡んでくるので、その一つが突出しているからといって、必ずしも強者とは限らない。それに、今回の迷宮都市や巨大生物は動かない対象なので、強力な魔法が活躍しやすかっただけとも言える。
「プラタの言う通りだ」
「それでも、やはり脅威である事には変わりありませんが」
「まあね」
プラタの言葉に頷く。
確かに強さには様々あるが、都市などの動かない物が対象であれば、強力な魔法というのはそれだけで脅威になるというもの。
つまりは、身軽に動ける分にはまだ勝機はあるという事か。しかしそれも、前提としてプラタぐらいの強さがあれば、だろうが。
「詳しい事が判らない以上、防御魔法と探知を強化しておくしかないね」
「はい。情報収集は引き続き行います」
「うん。よろしくね」
「御任せください」
プラタが頭を下げたところで、休憩を終わりにする。
「さて、そろそろ先に進もうか」
「はい」
立ち上がり空気の層を散らすと、森の奥へと進んでいく。
休憩したといってもそこまで長々と休憩した訳ではないので、現在はまだ空は暗い。つまりは森の中も暗いのだが、その辺りはボク達には関係ない。
地面から飛び出した根っこや、木から伸びた半端な高さの枝など、障害になり得るモノは幾つも在るも、それらに妨害されるような事はないので、サクサクと森の中を進んでいく。勿論襲ってくる敵性生物は脅威ではないので、倒すのにあまり時間も必要ない。
そうして進んでいると、空が明るくなってくる。
西の森は南の森と違って適度に太陽の光が届くので、朝になれば森の中はやや暗い程度。ナイアードが住まう湖やその周辺は森が深くなっていたが、他はそうでもないらしい。
エルフが勢力圏を縮小して、そのナイアードの住まう湖辺りに移住したおかげで、エルフと遭遇する事も、前回のように視線を感じる事も無い。ただそれだけで随分と快適なものだ。やはり監督役の事もあるし、視線に晒され続けて精神的に疲れていたのかもしれないな。
森の清々しい空気を吸い込みながら、そんな事を思う。
誰にも邪魔されない環境というのは快適なものだ。こういう時間もたまには必要だろう。研究の時も邪魔されないが、あれとこれとはまた別だ。
もっとも、一般的な人間では快適なんて言っていられないのだろうが。
現状でも森の浅い部分に入っている者達が居るようだが、中々奥へは進められないようだし。まぁ、浅い部分でジャイアントスコーピオンなんてモノが出てくるぐらいだからな。死ななように頑張って欲しいものだ。
それからも森の中を進んでいく。
今回は森の中を散策して記録をしていくのが目的なので、適当に歩いているだけで起動させている記録用の魔法道具である収録が勝手に森の様子を記録してくれる。
折角だから森の奥の様子でも記録しようと思っているので、現在は森を適当に進みながらも奥地を目指している。ついでに森の先に在る荒野に出てみようかな。前回は森との境界付近までしか行かなかったから、森の先にはまだ行った事がないものな。
まぁ、一応そのつもりで進んではいるが、急ぐ必要もない。六ヵ月は意外と長いのだ。
そういえば、確かこの森からでもクリスタロスさんのところへの転移装置は起動すると聞いているが、どうなのだろう? どこかで試してみようかな。
隣を歩くプラタをチラリと見遣る。相変わらずこちらをずっと見てはいるが、足取りは危なげない。実際に視ている眼は別のものとはいえ、それでも常にこちらを捉えているというのに。
プラタはあまり自ら進んで喋らないのでとても静かだ。影の中のフェンもこちらから話しかけない限りは基本的に無言なので静かなものだ。
しかし、大分森の奥へと進んだからか、視界のギリギリにエルフの反応を捉える。そろそろナイアードの居住地である湖も近くなってきたからだろうが、もう少し道を逸らすべきか・・・。
「プラタはナイアードに何か用事がある?」
プラタとナイアードは知り合いのようなので、一応訊いてみる。知り合いと言っても、妖精と精霊なので主従関係の様な感じらしいが。
「御座いません。御心配り感謝致しますが、ご主人様の御心のままに御進みください」
首を横に振ると、立ち止まったプラタが恭しく頭を下げてくる。
「そう? なら好きにさせてもらうよ」
「はい」
まあプラタであれば、何か用事が出来たら直ぐに赴けるだろうから、無用な心配だったかな。
そう思い、歩みを進める。直ぐにプラタが隣に並ぶ。
プラタの方が背が低いので歩幅は違うが、歩く速度はそこまで速くもないので、忙しない感じにはなっていない。
ナイアードが住まう湖から逸れるような軌道で森の奥を目指して進んでいく。
前回と違う道ではあるが、ボクは森の中の違いなんていまいちよく判らないので、あまり関係ない。
遭遇する敵性生物に変化は在るも、それの原因は別に在るから関係ないし、東西南北の平原出たうえに、以前西の森と北の森の境界辺りまでは探索したので、北の森に棲む蟲も粗方遭遇しているんだよな。
それに姿形で言えば魔物の方が多様だから、そちらの方が楽しめる。
「しかし、ここも結構広いよね」
のんびりとした移動では、往復で六ヵ月必要といわれても不思議ではない距離。むしろ全く急がないのであれば、余裕で足りないぐらいだろうが、この辺りの調整は転移で簡単に出来るので、そこまで気にするほどではない。
「そうで御座いますね。内側の森ではそこそこ広い部類に入るかと」
「そっか。外でも広い方なのか」
「はい。他は開拓が進んでいる場合も在りますから」
「ああ、なるほど」
人間は森まで手を伸ばせていないし、森に住まう者達は森と共生している。なので開拓なんてろくにされていないであろうから、ここは未開の地といっても差し支えないだろう。
ならば何かあるかもしれないなと思うも、期待はしない方がいいか。
そんな事を考えながら散策していると、日が暮れていく。暗くなってきたので休憩を取る為に近くの木の根元に空気の層を敷いて、プラタと並んで腰掛ける。
「ふぅ。森の中は涼しいね。夜中になると魔法で保護していないと寒くなるけれど」
まだ雪が降る季節ではないが、そろそろ降ってもおかしくはない。日中はまだまだ過ごしやすいのだが、夜になると急に冷え込んでくるからな。
その辺りも魔法で断熱しているから何とかなってはいるが、温度の変化は苦手だな。ついつい魔法に頼ってしまう。何でもかんでも魔法頼りではいけないと思うのだが、魔法が便利過ぎてそれも難しい。
「そうなのですか?」
「うん。森の外だと太陽光で温められる分、まだ温かいんだけれどもね」
プラタは妖精だが、現在憑依しているのは人形。
その人形の身体では、痛みも感じなければ熱も感じない。最近は触覚がやや機能しだしたようだが、それでもかなり鈍感で機能していないのと変わらないらしく、痛みや熱は未だに感じられないらしい。
こういう時は便利な身体だが、痛覚などを感じる身体を持つ身としては、それは少し寂しい気がした。それに退屈だろう。
しかし、プラタは妖精の頃も似たようなモノだったらしく、それをおかしいとは思っていないようだが。
「そうなのですか」
不思議そうにするプラタが少しおかしくて、小さく笑ってしまう。
そんなボクに、プラタはどうしたのかとより不思議そうな雰囲気になった。
「ふふ。何でもないよ。まぁ、今はゆっくりしようか」
「はい」
エルフの反応は依然としてあるものの、それは大分離れているので気にする必要もない。
現在のエルフ達は行動範囲をかなり縮小しているので、あまり遠くまで足を延ばす事はなくなっているのだから。