15、待ってろルシアちゃん!
「遅すぎる……」
夜明けから暫く経った。畑の持ち主と遭遇しないよう夜明け前に倉庫を脱出し、村から離れた街道脇の茂みに身を潜めている。事前打ち合わせではここで待ち合わせるよう決めていたはずだが誰かが近づいてくる気配はない。
「何かあったのか? 先行して王都に行って通信水晶をお借りして陛下に1号と連絡を取ってもらえば……」
「俺ならここにいるぞ」
「『え?』」
ルシアちゃんにつけていたはずの1号が何故かベルナルド先生のローブのフードにいた。何してるんだお前ぇぇぇぇぇ!
「いや、ルシアちゃんがお前を投げるときにツルッと落ちたんだって! 不可抗力!」
マスコットのような手をブンブン振って1号が弁解する。確かに指もない手じゃ掴んでいられないか。落ちた時たまたま俺の尻尾にしがみ付くことができて、そのまま俺にくっついてきたらしい。
『先生、魔法で姿を隠すことできる?』
「できるけど……意識を逸らす程度だから音を出したり相手の探査能力が強ければ効果がないよ」
『なら、俺様が村の様子を偵察してくるから、先生は行き違いにならないようここで待機。明日の朝になっても誰も来ないようなら王都に先行して報告してくれ。1号は……』
「おう、任せろ。ベルナルドのフードに入って待機しているぜ!」
『ばかたれ、貴様は俺様と来るのだ!』
何を決め顔でサムズアップしているのだ。先生は王都に先行する可能性がある以上、連絡手段としてこちらについてくるのが道理であろう。
嫌だぁぁぁぁ! と騒ぐ1号を後ろ脚で掴み、俺は村へと飛び戻った。
入り口の前に先日と違い物々しい武装をした男が二人立っていたが、まさか空から舞い戻るとは思ってもいないのだろう。俺は気づかれることもなく空から村の様子を伺う。
宿屋の他は店らしい店もない、建物が数軒だけの小さな集落である。ほんの少し上空に上がっただけで村全体が見える。
逃げた俺達を探しているのか、竹槍のようなものを持った男達が茂みを掻き分けたりしていた。
「で? どうすんだ?」
『ふむ……取り敢えず宿の方に行ってみるか』
俺達の馬車はそのまま宿の裏手に二台とも残されており、上から見た感じでは村の中にまだいるのか村の外に逃げたのかはわからない。まず馬車から調べよう。
馬車の見張りは眠そうな顔の子供が一人。一応索敵も使うが俺のスキルの場合敵意や殺意を俺に向けていない存在は探知しないからあまり信用できない。
上空からこっそり御者台へと降り立ち、中に入る。
『! 大丈夫かエミーリオ?』
「……リージェ様……申し訳ありません……」
馬車の中には傷だらけのエミーリオが後ろ手に縛られ転がされていた。
見張りを意識してか声を潜めて謝ってくる。結構な出血だったようで服の腹の部分が裂け、血に染まっていた。
『喋るな』
何か言おうとするエミーリオを黙らせ、回復魔法をかける。青かった顔に血色が戻ってきた。これで一安心、か?
血だらけのエミーリオに気を取られて気づかなかったが、他の男連中も同じように縛られて転がされていた。やっぱり傷だらけなので回復してやり、爪でロープを切ってやる。
いつの間にか1号が居なくなっていると思って探すと、外からトサッと軽い音がした。
何事かと思ってそっと覗くと、1号がスタタタと忍者走りで戻ってくる。
「見張りは眠らせたぜ」
そのまま身軽にジャンプを繰り返し馬車の中に戻ってくると、1号は胸を張ってそう言った。
ふむ。1号、お前暗殺者になれるぞ。と言ったら殴られた。解せぬ。
皆から詳しく話を聞くと、あの時俺を逃したルシアちゃんが殴られ昏倒した所にエミーリオ達が駆けつけたらしい。
エミーリオ達の部屋にも村人が現れ、足止めされたため遅くなったと。
で、その倒れたルシアちゃんを盾にされて手も足も出せなくなった所を袋叩きにされたのだと。
「ルシア様とマリア様が……申し訳ありません」
女性二人は領主の所に連れていかれたそうだ。村人が寝静まる夜を待って村を脱出し、ルシアちゃん達の救出に向かおうとアルベルトが作戦を立てていく。
今にも自決してしまいそうなほど沈痛な顔をするエミーリオ。もしここで村人に囲まれたら特攻してしまいそうだな。よし。
『エミーリオ、取り敢えずそのことをベルナルドに伝えて欲しい。で、そのままベルナルドと待機。戦えないベルナルドを守ってやれ』
エミーリオだってレベル30を超える強者だ。本来であれば並みの冒険者より強いし、村人程度に負けるはずがない。だが、王族を守る近衛であったにも関わらず元王女であるルシアを目の前で攫われたことが堪えたのだろう。
役目を与えてやることで暴走を防ぐ。俺の考えをアルベルトも察したようでベルナルドを頼むと頭を下げてくれた。ベルナルド先生ならきっとエミーリオの悩みを聞いてやれるだろうし、これが最善だと信じたい。
ルシアちゃん達を助け出すため、この村を脱出し夜通し領主のいる街まで走る。馬車は捨て馬だけで行くのだと。
到着は同じく夜になるだろう。そのまま夜闇に紛れて奇襲するのだ。
決戦に向け仮眠を取り始めた一同を尻目に俺は馬車を抜け出し空高く飛び上がる。
「作戦は確かに完璧なのだろうけど、それじゃ時間がかかりすぎるんだよ……!」
馬を使ったって片道一日の距離だ。そんな長い時間、ルシアちゃんに妾になれなんてほざきやがった野郎の所で過ごして何も起きないはずがない。
方角を確認し、俺は全力で羽ばたく。
待ってろルシアちゃん! 俺が絶対助け出すからな!