14、放せ!!
その日の夜、俺達はマリアの言う村に到着した。入口で止められるかと思ったが、驚くほどすんなりと入ることができ、今は村唯一の宿に身を寄せている。
「あら、だって通信水晶なんてこの領にはないもの。通達は全て早馬か鳥を飛ばすのよ。だから、足止めをされるとしたらこの村を出るときかしら」
ベッドに腰かけて足をぶらつかせながらマリアは言う。
マリアの言う鳥は鳩のような可愛いやつじゃなく、鷹に似た鋭い嘴の大きな鳥だ。村の入り口近くに大きな鳥舎があった。
「鳥は夜飛べないから、報せが届くのはたぶん早朝ですよね。夜明けと同時に出られると良いのですが」
「それは無理だな。どこの集落でも日のないうちはモンスター対策で門を開けない」
『逆に言えば、追手が来ていても夜が明けるまでは村に入れないわけだ』
ルシアちゃんの意見をアルベルトが否定する。
俺達が来たのは閉門ギリギリであったから、後から追いかけてきた者が門内に入れたとは思えない。そもそも、歴戦の冒険者であるアルベルト達が勘づくような距離には誰もいなかったしな。
「そうだと良いけどね。俺は人間相手に戦えないから」
「襲われても、ですか?」
申し訳なさそうにベルナルド先生が言う。例え自衛のためであってもその力を人間に向けることはできないのだと。アルベルトの方をチラリと見ると、俺の視線に気づいて頷いた。いかなる場合でも魔法を人に向けた時点でアウトなのだと。
「それでもいざとなったら肉壁くらいにはなれるからね」
「バカ言うな。いざと言うときは俺が相手をするから二人を連れて逃げてろ」
笑えない冗談を言うベルナルド先生を一喝し、アルベルトはもしもの時の行動などを指示していく。一瞬ルシアちゃんが凄いにやけたのは見なかったことにしておく。
はぐれた場合の待ち合わせ場所、連絡手段などを決めていく。これでも十分とは言い難いそうだが何もしないよりはマシだろう。1号は念のためルシアちゃんに貼りついていてもらう。
「まぁ、嬢ちゃんの言う通りついてくる奴はいなかったし、大丈夫だろう」
万が一があるとしても村を出る時だろうと、脅すような物言いをして悪かったとルシアちゃんの緊張をほぐすように謝る冒険者の面々。
が、それは杞憂でもなんでもないということを俺達は知ることになる。
バンッ、と荒々しく窓が開けられびっくりして目を覚ますと、切羽詰まった顔のルシアちゃんと目が合った。逃げてと短く言うと、そのままルシアちゃんは俺を窓の外に投げた。
慌てて翼を広げ羽ばたく俺が見たのは、ルシアちゃんを突き飛ばし窓から身を乗り出す見知らぬ男。
「リージェ、こっちだ」
眼下にはベルナルド先生が手招きをしていた。
降りてきた俺を素早くローブの中に隠すと、そのまま宿を離れる。
「ベルナルド先生、ルシアちゃんがっ!」
「大丈夫だよ、リージェ。ルシア様の所にはアルベルトが行っている」
駆け出すベルナルド先生に慌てると、宥めるように説明してくれた。
どうやら先回りをされていて、夜中に奇襲されたようだと。狙いはまず間違いなく俺であろうと。俺がルシアちゃんに窓から投げ捨てられる直前まで起きなかったのは夕食に一服盛られたようだ。
「どこへ行く気だ? そっちには壁が!」
ベルナルド先生は風の魔法で高く跳躍すると村の外へと飛び出した。
凄い勢いで遠ざかっていく村の入り口を囲むようにかがり火を持った集団が見える。
取り敢えずここで隠れていればそうそう見つかることもないでしょう、とベルナルド先生が村の近くの畑にあった倉庫に身を潜める。俺が村の方へ戻ろうとするのを全力で掴んだままだ。ちょっと痛い。
『放せ!!』
「ダメです。行って何するつもりだ?」
『何って、決まっているだろう。ルシアを助けるのだ』
「人間に危害を加えると黒の使徒の称号が進化してしまうよ」
「!」
そうだった。ベルナルド先生は鑑定が使えるんだった。俺の称号もお見通しか。
「暗黒破壊神の欠片が吸い込まれていただろう? その昔、四代前の勇者も同じ体質だったんだ」
一体何の話だ? と疑問に思う俺を尻目にベルナルド先生は続ける。かつて俺と同じように暗黒破壊神を倒した勇者がいたと。その勇者は、暗黒破壊神を倒した次の瞬間暗黒破壊神に変化したと。
そういや、ルシアちゃんに持たせた指輪の説明にそんな事が書いてあったな。それに、聖女の愛によって浄化された暗黒破壊神の話も昔ルシアちゃんが読み聞かせてくれた絵本にあったな。
「憎しみで以て誰かに危害を加えると、その称号が進化するんだ」
決してこれ以上暗黒破壊神に連なる称号を育てるなと念押しされた。が、俺にとっては朗報だ。だって、このまま欠片を集めて、人間共を倒してってやれば暗黒破壊神になれるんだろう?
彼らの狙いが竜である俺なのは首飾りの件からも明白で、だからこそルシアちゃん達が体を張って俺を逃したんだから何もするなと何度も念押しをされた。レベル90以上のアルベルト達を倒してまでどうこうできるような人間はいないから信じて待てと。
でも、夜が明けても彼らが戻ってくることはなかった。