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不穏と無謀4

「――――――」

 それは闇の中で声を出す。しかし、それは音にはならず、世界に何の変化も与えない。
 誰にも知覚しえないはずのその声に、闇の中から反応があった。返事があった訳ではないが、視線を向けられたのがそれには判った。

「――――――」

 それは闇の中、視線を向けてきた者へと声を掛ける。相変わらず世界に対して何の変化も及ぼさないそれではあったが、闇の中から面白そうな響きの声が届く。

「そうだね。それもいいだろう。でも、もう少し待ってくれないかな?」

 聞く者の心を押し潰すような雰囲気のあるその声に、それは少し不満げな雰囲気を醸すも、しょうがないとばかりにその言葉を受け入れる。
 それが受け入れると、声の主はそれを察したのか闇の中で満足げに頷いた。

「まぁ、時が満ちるまでは僕が相手をしてあげるから、その破壊衝動は適度に宥めといてよ」

 その声が愉快そうにそう告げると、それはその声の主へと攻撃を開始した。





 討伐任務は、そこそこの成果で終了する。
 途中で落とし子達を発見したものの、大分育っていた以外は変わりなく、一時期怖気ていたのが嘘のように活き活きとしていた。
 それはそれとしても、あれは少々強気になり過ぎていたような? 気のせいならいいのだが、妙な気を起こさないように祈ろう。
 そう思いながら観察したが、強さの面でいえば確かに育ってはいたものの、以前ほどの成長速度は無く、育ち方も火力に重点が置かれているかのような成長だった。
 それを視て嫌な予感はしたものの、だからといって何か出来る訳でもない。プラタ達がナン大公国ごと監視しているし、いちいち気にしていてもしょうがないだろう。何かあれば連絡が来るだろうし。
 そんなことがありはしたが、概ねいつも通りで討伐数もなんとか目標に到達できた。
 そして今日。久しぶりの休日である。前回ゴミに邪魔されたが、今日は駐屯地を無事に出ることが出来た。
 そういえば、頭の片隅で監視しているあのゴミだが、家に元凶が居たので、あれはジーニアス魔法学園を退学したのだろう。
 結果として今頃になっての嫌がらせだったのだろうが、頼みの親は軽く記憶を改ざんしてあげたので、円満解決したことになっている。そのことを伝えられたクズは、何やら反発していたが、その程度で記憶を改ざんされた者が意見を変える事はない。結構がっつりと効いていたからな。
 そういう訳で、クズの言葉はゴミには届かず、この件は終わった。しかし、納得していないようだったクズの動向が気になったので、世界の眼の対象をゴミからクズに変えておいた。その結果、クズが別の誰かに泣きついているのを確認した。
 それを視て、また邪魔されるのも癪なので、そろそろ妨害しておくことにする。どうやったものかと考えて、真っ先に思いついたのが元凶の抹消。世界の眼で捉えている以上、離れていても魔法は発動可能なのだから。
 しかし、その場合は死体が一つ出来るのだが、離れているからまぁ、問題ないか。泣きついた先も動くようなら潰せばいい。邪魔する奴は排除せねばならないだろう。
 とはいえ、それは手段の一つ。一番いいのは、クズにも精神干渉魔法を発動させる事だが、精神干渉魔法は繊細な操作が必要なため、かなりの遠距離からだと結構難しい。失敗すれば相手の精神が壊れかねないからな・・・・・・ん? それに何か問題があるか?
 少し考え、クズの精神が崩壊したところで問題ないという結論を出して、遠距離から精神干渉魔法を試す事にした。いい実験になるし丁度いい。
 そう結論付けたのがつい先程。なので、とりあえずクリスタロスさんのところで研究が終わって宿舎に帰ってから試す事にして、今は一旦横に措く。
 駐屯地を出て人気のない場所まで移動すると、周囲を確認してから転移装置を起動させる。
 意識の漂白と浮遊感を瞬間経験すると、

「いらっしゃいませ。ジュライさん」

 優しい声音が出迎えてくれる。
 直ぐに意識と視界が戻ると、そこには柔らかい微笑みを湛えたクリスタロスさんが立っていた。

「今日もお世話になります。クリスタロスさん」

 挨拶を済ませると、場所を移す。
 目の前にお茶の入った湯呑が置かれ、クリスタロスさんにお礼を言う。そのまま向かいにクリスタロスさんが腰掛けたのを確認したところで、雑談を始めた。
 いつもであれば、同じことの繰り返しなので話すことも単調になってしまい申し訳なく思っていたのだが、今回は前回のゴミの話や様子が変わった落とし子について話が出来た。といっても、一から十まで事細かに話すわけではないので、ある程度は端折ったり濁したりして話す。
 日常の話を織り交ぜつつ話せる部分を話すと、すっかり昼も過ぎていた。
 とはいえまだ時間はあるので、話を終えると訓練所を借りて場所を移す。まずは設置している罠の様子を確かめないとな。
 訓練所に移動すると、設置していた罠の様子を確認する。とりあえず起動することなく設置したままの状態なので一安心だ。それを確認したところで、そこから離れて研究の準備に取りかかる。
 研究と一言に言っても様々に在る。魔法の研究の次は召喚の模様の解析だ。これもそろそろ終わるので、同時に最適化を図っていく。
 現在手元にある資料はもう調べたものの、次の発想は中々思い浮かばない。今でもシトリーから新しい情報は齎されているが、それを解析して自分の知識に組み込む日々。それもたまになので、暇つぶしぐらいの気軽さだが。
 そうして日々研究しているので、自分なりに創った模様の魔法は少しずつ洗練されていってはいるものの、新しい情報を得る度に最適化していっている気がするな。

「さて、どうしたものか」

 模様魔法の深淵は果てしない。退屈しなくていいのだが、一つぐらい模様魔法を完成させたいものだ。
 そんな事を考えながら解析を進めていく。解析するだけならば既に得た知識を駆使すれば結構簡単に行えるようになった。世界を繋ぐ召喚の模様魔法であろうとも、その複雑さと規模故に時間が掛かってはいるが、もうそこまで難解というほどではなくなっている。

「まぁ、解析は問題ないんだがなー。解析は」

 知識を活用すれば、世界を繋ぐほどに複雑な模様でさえ読み解くことが出来るというのに、自分が求める模様についての発想は未だに身についていない。
 閃きを身につけることが出来るのかという疑問はあるが、身につくことを願うしかないか。きっと頑張っていれば、内なる能力が目覚める日が来るに違いない。そうに決まっているのだから。
 ・・・そんな益体もない現実逃避を行いつつも、しっかりと解析は行う。そのおかげで、なんとか解析が終わる。時間を確認してみると、既に日は沈んでいた。

「今日はこの辺りにしておくか。とりあえず区切りとしてはいいだろうし」

 立ち上がり伸びをすると、一息吐く。
 その後に片付けを済ませると、罠の様子を確かめてから訓練所を出る。
 クリスタロスさんの部屋へと移動すると、クリスタロスさんはお茶を飲みながら優雅に読書を嗜んでいた。相変わらずそんな姿が絵になるものだ。
 訓練所を貸してくれたお礼をクリスタロスさんに伝えてから、転移装置を起動させる。
 一瞬の浮遊感と視界が白く染まる感覚を味わい、転移前に居た場所へと戻った。
 夜空が頭上に広がるなか駐屯地へと移動して、そのまま足早に宿舎を目指す。
 宿舎に到着したのは日付が変わる少し前であったが、そんなことなど気にせず自室のベッドで着替えて目を瞑る。
 明日からまた日常の始まりだが、その前に明日は朝に遠距離精神干渉魔法を試してみるか。まあそんなことよりも、とにかく今は寝よう。





 翌朝。
 まだ暗いなか目を覚ました後、頭を振って強引に脳を起動させると、頭の片隅で監視していた世界の眼に意識を集中させる。

「・・・ふむ。流石に今は寝ているか」

 視界のなかには眠っているクズの姿。意識が無い状態なので、こちらとしては都合がいい。
 そういう訳で、早速遠距離からの精神干渉魔法を試すことにする。

「・・・・・・・・・・・・」

 流石にかなり精神を集中しながら魔法を行使しなければ成功しないので、ベッドの上で胡坐をかきながら目を瞑って意識を世界の眼の方へと集中させていく。
 そうして意識を集中させることで、まるで目の前にクズが居るような錯覚を起こす。
 そこまでいけば、後は普通に魔法を行使するような感覚で精神干渉魔法を行使する。
 いくら失敗しても構わないとはいえ、実験なのだから成功するに越した事はない。
 今回の目的は意識の改ざんなので、慎重にかつ丁寧に魔法を行使していく。
 魔力に距離は関係ないので、遠隔でも魔法の行使は可能だ。ただし、魔法を自在に行使する為には正確に空間を認識していなければならないので、こういう風に世界の眼を用いた方法であればそれも可能だということになる。理論上は。

「・・・・・・」

 それを証明する為にも今回は成功させたいところだが、とりあえず精神に干渉するところまでは上手くいった。後はこのまま改ざんしていくだけだが、ここからが本番であろう。
 人間に限らず、生き物の精神というのは中々に複雑な構造をしている。それこそ異世界間を繋ぐ模様魔法が単純に思えてくるほどに複雑だ。
 今回は相手の意識が薄い状態なので、精神への干渉もしやすくなってはいるが、遠距離なのを考慮すればそれでも難度は高い。いくら精神干渉魔法が特別な魔法とはいえ、魔法というものは術者から離れれば離れるだけ威力が弱まってしまうのだから。
 少しずつ少しずつ意識をつくり変えていく。あの時ダンジョン内外で起きた出来事は、全てクズが悪いことをしっかり自覚させるように。

「・・・・・・そうだな」

 実際にこちらは悪くはないので、それを正しく認識できるだけでも問題ないが、折角なので自覚させて芽生えさせた罪悪感を増幅させて、おまけで更にそれを強化して、しっかりと自責の念に苛まれるように仕向ける。何なら自滅してくれた方がこちらとしても楽だしな。
 とはいえ、やりすぎて簡単に壊してもつまらないので、再発しない程度に調整しなくてはならないが。これは遠隔魔法でも微細な調節が可能だという実験にもなるから丁度いいか。
 そう思い精神に干渉したまま調整していく。そうして調節を終えた後は、ゆっくりと精神干渉を終えて魔法の行使を終了させた。後は経過観察次第で成否が判るだろう。これが上手くいくようであれば、かなり色々と出来るようになるな。
 そんな期待を抱きながら、集中させていた意識を戻して息を吐き出す。世界の眼は変わらず監視を継続させておくが。
 意識を戻すと、一気に部屋の中が明るくなっていた。それでもまだ早朝なので、起きるにはいい時間かな。
 意識を戻した後に軽く身体を解すと、静かにベッドを降りて食堂へと移動を始める。
 食堂ではいつもの食事を済ませて、宿舎を出て南門へと移動していく。
 まだ薄っすらと暗さを残す空を視界の端に収めながら、駐屯地内を足早に移動する。宿舎から南門まで距離があるので、到着した時には完全に明るくなったが、まだギリギリ朝と呼べる時間であった。

「・・・ふぅ」

 問題なく時間内に南門前に到着すると、平原に出る人が集まっているのを横目に、今回所属する見回りの部隊が待つ場所へと歩いていく。
 見回りや討伐など、任務ごとに集まる場所は決められているので迷うことはない。そこで更に細分化されているが、見回りの場合は事前に集まる場所が決まっていた。この辺りは南門に配属された当初に所属する部隊の目印を教えられるので、南門に居る間自分が所属する部隊の目印を探して合流する。
 三本の棒を組み合わせて描かれた鳥の足をのような模様を三角形で囲ったその目印を見つけて、その部隊に合流を果たす。
 今回の部隊は兵士と生徒が半々のようで、やや女性の比率が高い。といっても十人しかいないので、その内男が四人というだけだが。その四人の半分も兵士であった。
 ボクがその部隊に合流して直ぐにもう一人の生徒が合流したことで十人全員が揃う。時間的にも丁度良かったらしく、防壁上に移動して見回りが開始された。
 見回り自体はいつもと変わらず退屈なものだ。研究について考えながら従事するのもいつも通り。
 頭の片隅で監視しているクズの動向もしっかりと把握できている。現在は起床後、朝食を終えて何やら出かける準備をしているようだ。さてはて、意識の改ざんは上手くいっているのかどうか。
 その監視を頭の片隅で行いつつ、研究について思考していく。研究と言っても、現在は罠についての比重が大きい。異世界と繋ぐ魔法の模様について解析が終わったから当然だが。
 罠についても、現在の感圧式の罠以外にも色々な罠を創りたい。それに模様のみで罠が出来るようにもしたいところだ。それらについて思考しつつも、一番は現在研究中の罠をより進歩させることだろう。
 それにしても、軽く実験した限りでは結構いい火力が出せているが、これが本当に死の支配者に効果があるのかが心配だ。自分の力にはなるが、効果があって欲しい相手に効果がなければ無意味に等しい訳だし。もっとも、予想では現状の火力では効果がないと思われるが。
 まぁ、その時はその時か。あの絶対的な存在に対抗するには、どう転んでも今のままでは駄目だろう。どうにかもっと効率よく高火力を出せないものか。

「・・・うーん」

 小さく唸りながら考える。勿論ちゃんと見回りをするのも忘れない。とはいえ、警戒するほどの相手も居ないのだが。大結界もしっかりと機能しており、綻びは確認出来ない。
 見回りをしている人達も、顔に余裕が見られる。それは大結界の頑強さを理解したからなのだろうが、まだ気が緩み過ぎというほどではないから大丈夫だろう。しかし、これもいつまで続くか分からないな。直に気が抜けて適当になるかもしれない。
 とはいえ、そんなこと知ったことではないので、思考を戻す。
 脳内で現在の罠の構成を組み立て直していく。新しい情報の構成も参考にしよう。
 それにしても、こちらとしてはありがたいのだが、ナン大公国は未だに模様の研究を続けて何をしようとしているのだろうか? 異世界と繋げて終わりではないのか? それとも、単純に模様の可能性に着目して研究しているだけなのかもしれない。
 個人の研究よりも国を挙げての研究の方がずっと効率がいいだろうから、後塵を拝している身としては、先に進んでくれるのであれば都合がいい。遠慮なく研究の成果を拝借できるし、それを利用できる。今はまだ先に進むのは難しそうだ。
 そうして様々な研究情報を活かして罠としての模様魔法構築していく。魔法も併用させているのでそちらも力を注ぎたいが、魔法に関しては模様以上に完成しているから、そこまで心配はない。魔法の可能性に挑戦するなら果てしなく遠いものの、そういう訳ではないからな。
 罠の維持に関しては現在調べている最中ではあるが、経過観察としてはあまり変化はみられないので、今のところ数年ぐらいは問題なさそうだと予想している。
 その辺りはもう少し観察してみれば答えが出てくると思うので、今は横に措いておいて、それよりも罠の改良だ。まぁ、正直この改良した罠も耐久試験を行った方がいいのだが、改良は頻繁に行っているので、まだそれを試す段階ではないだろうと判断している。
 少し脱線したが、とにかく罠の改良について頑張ってはいる。成果が出ているので問題なく続けられているも、完成はまだ遠そうだ。

「もう少しで一応の区切りがつきそうなんだけどな」

 完成はほど遠いだろうが、試作段階としては十分な成果が出そうなんだよな。
 とりあえずの目標はその辺りとして、研究をしていくとするか。見回りもそう掛からずに終わるだろう。
 茜色に染まる世界を眺めながら、そう思ったのだった。
 それにしても、もうすぐ到着する詰め所で今日は宿泊するのだろうが、これでは本当にただの散歩だな。





 散歩はいつも通りに三日で終わった。
 翌日からは反対側への見回りだが、内容は大して変わりはしない。まあそれはいいのだが、もう少し変化はないものか。そのせいで見回りする部隊全体が多少緩んできて、見回り中の雰囲気も緊張感はあるが、最早散歩と然して変わらない。ただでさえ欠伸が出そうなほどなのに、そこまで緩むとな・・・。
 一応警戒はしているようだし、その辺りはボクの関知するところではないが、より退屈になるので他人事とも言い切れない。

「・・・はぁ」

 宿舎に在る自室のベッドの上で、横になりながらそっと息を吐く。
 まあこれ以上考えてもしょうがないので、一旦頭を切り替えて別のことについて考えるか。
 現在頭の片隅で監視しているクズについてだが、どうやら少し前に泣きついた相手に謝罪に行ったようだ。まあ改心したということなのだろう。
 他にもゴミと和解したりしていたので、こちらの監視はもういいだろう。そういう訳で、次の監視対象に眼を向ける。次の監視対象は、クズが泣きついた相手。
 それの見た目はやや肥えたおじさん。背丈は高くも無く低くも無く、目測だが身長百七十センチメートルぐらいか。綺麗に整えられた髭が目を惹くが、それ以外には特質すべき点は無い。人がよさそうに見えなくはないが、見えるだけだろう。現に今視ているその人物は、何やら紙束を手に嫌らしい笑みを浮かべている。音声までは取得していないので何を言っているのかまでは判らないが、ろくでもない事は確かだろう。

「さて、どうしたものか」

 このまま放置していてもいいのだが、クズの泣きつきがあったので、それがどう変化するか分からない。それに関してはボクにも関係あるからな・・・。

「うーん・・・やはり同じように対処するべきかな」

 実験体は一人だけでは不足だろう。実績を積み重ねてこそ精度が高まるというものだ。そういう訳で、折角なので実験に協力してもらうことにしよう。
 今回は相手が目を覚ましている時の実験の情報を収集するとするか。丁度よく被検体は一人で部屋に籠っているので、実験する環境は整っている。こちらも魔法を行使するには丁度いいので、早速意識を集中して試してみる。
 世界の眼へと意識を向ける。ここまでは前回と同じなので滞りなく終わった。
 さて、ここから被検体の精神に干渉していくのだが、今回は起きて意識の在る相手なので、前回以上に慎重に集中して実行していく。
 世界の眼越しではなく実際に目にして魔法を行使したならば、こんな状況でも問題なく精神に干渉出来るのだが、やはり直接見ているのと世界の眼越しでは勝手が違う。
 それでも取っ掛かりを直ぐ創って精神への干渉を開始した。
 精神状態は個人差があるが、このおじさんはそこそこ精神力というか我、いやこの場合は欲だろうか? とにかくそういったものがそこそこ強いようで、少し干渉に時間を要した。しかし、少しでも干渉できた時点で、後はそこまで苦労しない。
 最初の干渉を足場に、そこから傷口を拡げていくように一気に干渉の度合いを拡げていく。遠距離というのもあって少し手間取りはしたが、最初に干渉してから全てを掌握するのに一分ほどで済んだ。
 精神を掌握していても変に弄っていないので、外から見れば本人は至って普通通り。なので、遠隔で魔法を行使している場合は直ぐには気づかれないだろう事が判明した。
 少し観察した後、早速記憶を弄り始める。といっても、まずはこのおじさんが何をしていたのかの確認から始めるとしますか。
 掌握した精神を辿り、そのまま記憶を覗き見る。膨大な量の記憶があるので、全てを確認するには途方もなく時間がかかる。なので、直近の記憶のみを探っていく。

「ふむ。なるほどね」

 記憶を覗き見た結果、どうやらこの対象は中々に強欲なのが判った。貴族の弱みを収集するのが趣味みたいなものらしい。
 そんな相手によく泣きついたものだと、クズの無能さを哀れに思い。それを利用としていたらしい記憶を見つける。
 その記憶を調べてみると、どうやらボクのような一般人は相手にするつもりはないようで、標的はクズの家の様であった。まぁ、その過程でボクにちょっかいをかけてくる予定だったようなので、ここで始末して正解であった。後はこれに加担している者が居ないか調べてから終わらせるとするか。
 そうして記憶を精査していくと、何やら監視を始める直前に接触した人物の存在を確認。その人物の情報を収集すると、どうやら宮殿で働く者らしい。もう少し詳しく調べてみると、国主たる大公に近い人物の腰巾着のようだ。
 その人物は大したことなさそうだが、立ち位置が微妙に面倒くさい。顔も記憶から判明したので、この後探して記憶を改ざんしないとな。今日は時間もないし、精神的に疲れるので無理そうだが。
 という訳で、記憶は調べたのでもうこの対象には用は無い。もう少し記憶を探ってもいいが、この対象には別に興味は無いからな。
 そういうことで、早速記憶の改ざんを行う。ついでに意識の改ざんも行って、予想される周囲の反応との差を調節していく。まぁ、周囲も直ぐに慣れるだろう。
 後は残った次の対象の記憶を弄ってしまえば問題ない。これ以上広がらないことを願うばかりだ。
 そう考えながら、一通り対象の記憶と意識を弄り終えると、精神干渉を終える。その後は少し経過観察をする必要があるも、それは片手間で問題ない。今は別枠で新しく世界の眼を起動させて、新しい対象の居所を探すのが先決だろう。
 世界の眼を同時に行使するのは大変ではあるが、世界の眼から得られる情報をかなり絞って、世界の眼だけに集中することでなんとかなる。それでも長時間は辛いが。
 なので、出来るだけ素早く対象を捕捉出来るように、まずは先程記憶を弄った対象の記憶の中に在った、新たな対象の家の場所までもう一つの世界の眼を飛ばす。
 場所はナン大公国の宮殿近くに在る、宮廷勤めの者達が住まう区画。その外側近くに建っている、区画の中では平均的な家。しかし、一般的な家と比較すればかなりの豪邸だ。
 庭は無いものの、家の周囲を人の背丈ほどの石壁が囲んでいる。立派な門も在るので、宮廷勤めは結構重用されているのだろう。
 そのまま家の中の様子を探るも、夜だというのに中には目的の人物は居ないようで、家人が働いている様子だけを捉える。
 目的の人物が不在だったので別の場所を探す。探す場所は、勿論宮殿だ。
 宮殿の方に世界の眼を移し、目的の人物の探索を始める。とはいえ、そこは五大国の一角を成す国の宮殿なだけあり、途轍もなく広い。いくら階層を貫通して調べられるとはいえ、感知範囲が狭いので、調べるだけで一苦労だ。
 調べた記憶の中に在った宮殿の大雑把な見取り図を思い出し、対象が居そうな場所を予測して狙い撃つ。
 しかし、見つからない。
 幸い取得できる情報量を制限しているので、要らない情報を取得しないで済んでいるので変に負担が掛からないからいい。見事に時間は浪費しているが。
 どんどん時が過ぎていくことに軽く焦りを覚えながらも、宮殿内を探していく。

「入れ違いになったとかはないよな?」

 中々見つからない為に、家に帰っている可能性が頭に浮かぶも、まだ探していない場所も多く在るので、もう少し宮殿内を探ってみることにした。
 それからも居そうな場所を探していくも、発見は出来ない。対象も動いているだろうから、これなら端から探っていった方が早かったんじゃないかと感じるも、諦めずに探していく。
 目星をつけた場所を全て探しても見つけられなかったので、次は他の部屋を探していく。まずは大公が居る場所でも探してみるかと思い、大公の執務室があるという場所を覗き見る。すると、そこに目的の人物が居るのを発見した。
 苦労して探したというのに、いきなりの発見で拍子抜けしたものの、やっと発見できたので、この際それはどうでもいい。既に日付は変わっているのだから。
 とりあえず対象以外は興味ないので、対象に絞って顔を確認すると、確かに前の対象の記憶に在った人物のようだ。
 それを確認したところで、それも頭の片隅に置きつつ監視を終える。明日は記憶を弄った対象の様子を確認した後に、こちらの監視に切り替えればいいだろう。頭の中でそう考え、寝ることにした。
 そして翌朝。
 まだ薄暗いなか目を覚ますと、まずは記憶を弄った対象の様子を確認する。対象は既に活動を始めていた。
 見た目には大して変わっていないような気がするが、周囲の人達が微かに驚いているような雰囲気があるので、多分微細な変化はあったのだろう。
 しっかりと記憶は弄ったので、観察を終えればもう興味も湧かない。変化したということで監視から外した。後は次の標的だけなので、今夜にでも終わらせておこう。見回りの夜も暇だしな。
 それが終わればこの面倒な連鎖も終わるだろうか? 多分そう上手くはいかないんだろうな。まぁ、遠距離魔法の実験が行えるから悪くは無いのだが。
 それにしても、中枢近くまできたが、思った以上に大事になってきたな。そこまでの話ではないと思うのだが、一応あれも貴族らしいので、やはり国としても沽券にかかわるのだろうか? もしそうであれば、本当にしょうもないな。
 こうなっては、大公まで精神干渉しなければならないと覚悟しておかなければならないかもしれない。それでも、流石に大勢の相手はきつすぎる。
 その場合どうしたらいいのだろうか? 個人であれば精神干渉でどうにかなるが、大勢だと一気には難しい。二三人なら同時でも何とかなるんだけれど。

「うーん、困った」

 大したことではないはずなのに、こんなに悩まされるとは。
 とはいえ、内容が内容なだけに公にはならないと予想はついているのだが。
 それとは別に、大衆に対しての対処法も考えていた方がいいか。とりあえず多人数精神干渉魔法の方法でも考えてみるかな。こういうのも用意していた方が、何か在った場合の対処として役に立つだろう。そういうことにして、起きてベッドから静かに降りる。
 極力音がしないように注意しつつ部屋を出ると、食堂でいつもの朝食を摂って宿舎を後にする。
 朝の涼しい空気の中、駐屯地内を足早に移動して南門前を目指す。
 今日からは東側の見回りだが、これももうあと少しだな。見回りは早く終わって欲しいが、東門が特殊なので、南門では見回りは任務期間一杯まであるのだ。
 南門前に到着後は、東側の見回りの部隊が集まっている場所まで移動して合流する。
 そのまま全員が揃うまで待機していると、時間が来る少し前に部隊員全員が揃ったので、防壁上へと移動を開始した。

しおり