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13、貴様こそ黙れ!

 勇者の墓は郊外にあるとはいえ、夜間の方が良いだろうとのことで日暮れまで待った。
 その間、この世界に召喚された勇者は一人ではないはずだが何か知らないか、と聞いてみた。
 フリストは何も知らないようで、各国一名ずつだからあと三名いると答えてきた。
 その返答に対する俺達の反応を見て首を傾げていたから、たぶん本当に知らないのだろう。

 こちらに来ているのはきのこの話だときのこを除いて35人。あと34人か。先は長い。
 ここの墓に入っているのが誰かは知らないが、遺体を見ればわかるだろうから名前とかは聞かない。


「こちらです」

 道を照らすのは二つの月。心なしか昨日より右側の月が離れて言っている気がする。
 他に灯りが無い中、フリストに連れられて街外れの墓地へとやってきた。日本のような整備されたような墓ではなく、盛り土にバラバラのサイズの石が置いてある。

 そこからさらに奥、一つだけ他と一線を画すほど大きな石が置かれ真新しい花がその周りを埋め尽くしている墓があった。

「黒髪とはいえ勇者ですからね」

 何でも、助けられた人達がこっそり墓参りをしに来るのだという。
 エミーリオとフリストが胸の前で手を組み祈りのポーズを取る横で俺とちびきのこは手を合わせる。そして、エミーリオが徐に土を魔法でめくり上げた。

 そこにあった遺体は、死後数ヵ月経過しているとは思えないほどに綺麗だった。
 そんでもって、やっぱり俺じゃなかった。

『え……と、竹…なんだっけ?』
「武谷な」

 そうそう、そのたけたにさん。
 俺にも何かとおせっかいを焼いてくれてたなぁ。

 武谷さんはいつだって耳の下辺りでツインテールにしていた。処刑されたときに切れたのか、右半分は縛ったまま、左半分はほどけて短くなっている。いかにも真面目そうな、とても美人とか可愛いとは言えない眼鏡女子。
 血の気はなく蒼白い肌になってはいたがどこも腐ったり虫に喰われている様子はなく、数日前に死んだと言われても信じてしまいそうなほどの状態だった。

 左肩から袈裟懸けに斬られたらしく、血に染まる白い制服のシャツが痛々しい。
 腐乱していたり白骨化してたりを覚悟していたが、まるで死にたてのその状態を見てホッと胸を撫で下ろす。グロくなくて良かった。


「水色か……」

 切り裂かれた制服から覗く控えめな胸を覆う小さな布。その血に汚れていない部分の色をポソリと呟いたらちびきのこに思いきり頭を叩かれた。

『何をする貴様』
「いや、何となく」

 エミーリオが遺体を穴から出す時、裂けた腹からデロリと腸が飛び出した。前言撤回。やっぱグロいわ。




「そこまでだ!」

 墓を元に戻そうとしていたその時、静寂を引き裂く大声と共に、ガシャガシャと金属がぶつかり合う音を響かせて武装した男達に突如囲まれた。

「墓を暴き盗んだ遺体をどうするつもりか!?」

 取り囲む男達の間からそう怒鳴りながらすいっと前に出てきたのは、この場に似つかわしくないひらひらのシャツを着た偉そうなおっさん。
 双子でも入ってんのかと突っ込みたくなる腹からはあの豚教皇と同類の臭いがプンプンする。

 偉そうなおっさんは、俺達が呆気に取られて何も言わないのを観念したからと勘違いでもしたのだろうか。満足そうに重力を無視して左右に跳ね上がる髭を撫で付ける。

「どうするって……親許に帰してやるんだが」
「なっ、モンスター?! おのれ、遺体を盗むだけでなく、街中にモンスターを連れ込むとは!」

 ちびきのこの言葉に目を見開いたおっさんは、俺達を指差しこの暗黒破壊神と信徒共を皆殺しにせよと叫ぶ。
 一斉に向けられる剣先にフリストとちびきのこがひぃっと悲鳴を上げて身を固くするが、俺は何故かどこか他人事のように感じていた。

『1つだけ聞きたい。勇者を弑したのは貴様か?』

 俺の言葉に、取り囲む兵士からざわざわとドラゴンが喋った? まさか、聖竜? といった声が聞こえてくる。
 指示に従わない兵士に苛立ったのか、ええぃ役立たず共が、と近くの兵士に蹴りを入れて俺に向き直る。

「黙れ! 誰の許しを得て儂に話しかけている! 第一、儂は勇者など殺しておらんわ。儂が斬ったのは、そこの儂に不敬を働いた生意気な黒の使徒たる小娘だ!」

 そう武谷さんを指さして宣うおっさん。やっぱりお前じゃねぇか!
 黒の使徒ってのはあれか。暗黒破壊神の信徒の俗称か。長いもんな。


『貴様こそ黙れ! 我が同胞にして暗黒破壊神を倒すべく呼ばれた勇者を黒の使徒呼ばわりし弑逆した豚が! 自分が何をしたかわかっているのか。人間の敵は貴様の方なり』

 俺の怒声に周りの兵士達が後退り、おっさんから距離を取る。
 フリストの話によればこいつは民を無駄に殺す、他人を人とも思わない屑だ。フリストとエミーリオをチラリと見ると、二人とも俺が何をしようとしているかわかっていないだろうに頷く。

『天罰!』

 俺の翼に光が集まるのを見て、兵士達がやはり聖竜だ、と武器を捨てて平伏する。
 それを見て顔を青褪めさせたおっさんに向けて翼を動かすと、ジュッ、と音を立てておっさんの上半身が蒸発した。
 静寂が包み込んだ丘に、ドサリ、と残された下半身が倒れた音が静かに響いた。


『――経験値2500を入手しました――』


 虚しい。こんな屑をいくら殺したって死んだ者は帰ってこないし、世の中から屑がいなくなることがない。
 いっそ、暗黒破壊神より先に人間どもを皆殺しにしてしまおうか。そんな考えがふとよぎる。
 そんな俺の頭をぽこりと叩いて我に返らせたのはちびきのこだった。 

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