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文化祭とクリアリーブル事件⑦③




「おい、誰か救急車を呼んだか?」
クリアリーブルのアジトを出た結人は、振り返りながら仲間たちに尋ねる。 問いに対し、近くにいた後輩はすぐさま返事をした。
「はい! 将軍に言われた後、すぐに呼びました!」
「そうか」
それを聞いて一安心し、気を失いかけている悠斗の方へ足を進める。 彼は今椎野の背中に乗せられており、そのまま外へ運ばれたらしい。
そして、優しく地面に下ろしていくのを見ながら声をかけた。
「悠斗、大丈夫か?」
「・・・」
悠斗は何も言わずに目を薄っすらと開け“自分は大丈夫”だということを証明する。 そんな行為を見て、少し微笑みながら言葉を返した。
「よかった、完全に気を失ってはいないんだな。 いいよ、目を瞑って大人しくしておけ」
それを聞くと、安心したのか再びゆっくりと瞼を閉じる。 目を瞑ったことを確認すると、彼の腰に巻いてある小さなバッグを手に取った。
刺激を与えないようゆっくりと取り外しながら、近くにいる北野に向かって声をかける。
「北野。 明日になったら、悠斗の体調は元に戻るのか?」
「完全には戻らないと思うけど、今すぐ救急車を呼んで検査や応急処置をしたら多少はね。 今よりもよくなると思うよ」
「分かった」
その返事を聞いた結人はしばらくの間考え込み、あることを確信して仲間に向かって命令を言い放った。

「みんな、聞いてくれ。 悠斗が明日無事に目を覚ましたら、みんなには悠斗の病室に集合してほしい。 そん時に真宮。 お前には全てを話してもらうからな」

仲間よりも隅にいる真宮へ目を向けながら、静かに口にする。 悠斗が今動けない状態なら、自分たちが彼の病室へ足を運んだ方がいい。
真宮の件は一刻も早く解決したかったため、そう判断し仲間に言い渡した。 だがその命令に、口を挟む少年が一人。
「でも、こんな大人数病室に入らなくないか?」
「え? あ、そうか・・・」
夜月に冷静に突っ込まれ、言葉が詰まり黙り込んでしまう。 そんな結人を見た後輩は、慌てて彼らの会話に割って入った。
「せ、先輩! なら俺たち後輩は、病院の前で待っています。 話した結果を教えてもらえば、俺たちはそれだけで十分です」
彼のその発言を聞いた後、後ろにいた残りの後輩たちも小さく頷いた。 そんな彼らの優しさに感謝しつつ、その案を素直に受け入れる。
「分かった。 ありがとな、お前ら」
明日は悠斗の病室に集合しそこで真宮の話を聞くということが決定した直後、救急車の音が彼らの耳に届いてきた。
「あ、来ましたね」
後輩もその音に気付いたのか、淡々とした口調で言葉を発する。 続けて結人も、仲間に向かって声を張り上げた。
「お前らは近くに隠れていろ! そんな姿を救急隊に見られたらマズいからな。 それと、誰か悠斗に付き添っていってほしい。
 俺が行きたいけど、どうせ向かう場所は沙楽総合病院だろ。 俺がここで見つかってもマズいから、誰か頼むよ」
「分かった。 俺が悠斗に付いていく」
北野がいち早くその頼みに承諾し、付き添い人が彼だと安心して微笑みながら礼を言う。
「おう。 ありがとな。 頼んだぜ」
「・・・俺も、行く」
その言葉を聞いた瞬間、慌てて振り返った。 その声の持ち主が未来だと分かると、結人は優しく微笑みながら言葉を返す。
「分かった。 ・・・悠斗を頼んだよ、未来」
だがそんな彼は俯いたまま目を合わさず、その場にずっと立ち尽くしていた。

―――自分がこんな状態でも悠斗のことを心配しているなんて、流石幼馴染だな。
―――それだけ悠斗を、大切に思っているっていうことか。

二人の関係を羨ましく思っていると、救急車が結人たちのもとへ到着した。 それと同時に結黄賊のみんなは近くに隠れ、悠斗が運ばれるのを静かに見守る。
そして彼が救急隊により運ばれ、北野と未来も乗ったことを確認し救急車はこの場を後にした。

「みんな、出てきていいぞ」
救急車が見えなくなるまで待機した後、結人が先導して彼らの前に立つ。 その言葉を合図に、他の結黄賊のみんなも姿を現した。
「よし。 じゃあ今からみんなの手当てをしてやっから、一人ずつ俺んところへ来い。 あ、後輩からな」
「どうして後輩から何だよ」
「だから先輩であるお前らは、後輩を思いやる気持ちをしっかり持て!」
頬を膨らませながらわざとらしく口にする御子紫を見て、笑いながら返した。 そして結人は、一人ずつ丁寧に後輩を手当てしていく。

「先輩、この救急セットはどこから持ってきたんすか?」
「いや、さっき悠斗から借りたんだよ。 借りたっつーか、まぁ、無断だけど」
「大丈夫なんすか、それ」
「相手は悠斗だし大丈夫だろ。 それに救急セットに入っている物は、全て俺たちから出しているんだからさ」
一人、また一人と手当てを手際よく終わらせていく。
「先輩ー、今日俺たちはこの後、どうしたらいいんすか?」
「今日はもう遅いし、このまま解散する予定だ。 明日は日曜日だから、お前らは先輩である俺たちの家に泊まっていけばいい」
「え、いいんすか?」
「当たり前だろ? 文化祭の時もそうだったし。 後で俺から、みんなに伝えるよ」
「ありがとうございます!」

そして後輩らを手当てし終えた後、次は先輩である御子紫の番になる。
「あ、椎野ー。 お前もついでに来てくれ」
御子紫を手当てする前に、椎野も呼び寄せた。 命令を素直に聞き、彼はすぐさま結人のもとへと足を運ぶ。
「ん、何だよ?」
椎野が来たことを確認し、御子紫の手当てをしながら二人にある質問をした。
「あのさ。 この後はこのまま解散する予定なんだけど・・・。 お前らはこの後、何かすることでもあるのか?」
「何ってー・・・。 まぁ、今日は後輩もいるしこのまま飯でも食いに行くかな。 前もそうだったし」
淡々と返事をする椎野に、一つの頼み事を口にする。
「そっか。 ・・・そん時さ、真宮も一緒に連れて行ってほしいんだ」
「え?」
「は!? ちょ、ちょっと待てよユイ! 今は真宮と、そのー・・・。 一緒にいると気まずい、っていうか・・・」
御子紫の慌てた反応を見て、結人は彼の気持ちを察する。 

―――御子紫は、真宮のことを許していないっていうわけか。

確かに今、真宮と一緒に行動を共にするのは気まずいだろう。 それは先輩である御子紫たちだけでなく、後輩らだってそうだ。
場を盛り上げるのが得意な二人だからこそ頼めるお願いだったのだが、そんな反応されては結人でも一瞬戸惑ってしまう。
だけどそんな彼らに向かって、必死に言葉を紡ぎ出した。
「でもさ。 今こん中で一番気まずいのは、お前らじゃなくて真宮の方なんだよ。 だから、少しでもアイツに居心地のいい空間を与えてくれたらそれでいい。 ・・・無理か?」
「・・・」
「俺もお前らと一緒に行けたらいいんだけど。 もうそろそろ時間だし、病院へ戻らなきゃいけねぇんだ」
彼らとは目を合わさず黙々と手当てをしながら口にする結人に対し、椎野は優しく微笑みながら返事をする。
「いいよ、分かった。 俺らに任せろ!」
「は? 椎野・・・」
「大丈夫だって。 明日にはこの件について解決するかもだし、今日我慢すればいいだけのことじゃん。 一応これも、ユイからの命令だぞ?」
「・・・ッ、分かったよ」
二人の会話を静かに聞いていた結人は、優しく笑みを返しながら礼の言葉を綴った。
「ありがとな、二人共。 助かるよ」
御子紫は“結人からの命令”という言葉に弱く、それを聞いてはすぐに自分が折れ素直に従ってしまう。
そんな彼に“申し訳ない”と思いつつも、二人には感謝の言葉を述べた。 

そして残りの仲間も手当てしていき、全員の手当てをし終えたところで結人は一度伸びをする。
―――あー、疲れた。
―――手当て係の北野と悠斗がいねぇと、一人じゃ大変だな。
改めて二人の大切さに気付いた結人は、この気持ちを忘れないまま仲間に向かって言葉を発した。
「それじゃ、もう遅いから俺はこのまま病院へ戻るよ。 先輩たちは、後輩を今日家に泊めてやってくれ。 明日、忘れずに悠斗の病室へ来いよ」
「「「はい!」」」
彼らの返事を聞き、この場を立ち去ろうとすると――――突然背後から、呼び止められる声が聞こえた。
「ユイ! 俺も一緒に、病院へ行っていいか?」
そう口にした夜月に、結人は振り返って苦笑しながら返事をした。
「別にいいけど、俺は一人でも大丈夫だぞ?」
「ユイのことも心配だけど、悠斗のことも心配なんだよ」

―――あぁ・・・悠斗か。

悠斗への思いやりを持っている夜月の頼みを快く承諾すると、もう一人の少年が結人に向かって口を開いた。
「ユイ、俺も行く」
その声の方へ振り向きながら、小さな声で言葉を返す。
「あ・・・。 コウもか?」
「優の見舞いに、行きたいしさ」
―――そういや今日、みんなは優の見舞いに行く時間がなかったもんな。
「分かった。 いいよ」
彼の頼みにも承諾し、結人は仲間に向かって再び口を開いた。
「そんじゃお前ら、また明日な。 気を付けて帰れよ」

―――もうこれで、クリーブル事件は起きなきゃいいんだけど。

クリアリーブル事件を起こした者は先刻結黄賊が全員倒したので、そのことを僅かに期待しながら結人たち3人は病院へ向かって歩き出した。
だが――――夜月は何かを思い出したかのように突然その場に立ち止まり、再び仲間の方へ振り返る。
「そういや、今からお前らは飯でも食いにいくんだろ? だったら飯食い終わってから、俺たちと合流な。 未来と北野も連れてくるから。 
 それから誰の家に泊まるのか、決めような」
最後に彼らをまとめるようそれだけを言い残し、結人たちはこの場を後にした。


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