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文化祭とクリアリーブル事件⑦②




―――・・・未来。
真宮の目の前で跪いている一人の少年を見て、ここにいるみんなは何も声をかけられずにいる。 
今すぐにでも未来を支えに行きたいのだが、何という言葉をかけたらいいのか分からない彼らはどうすることもできなかった。
励ましたらいいのか、それとも真宮を刺さなかったことに対し褒めてあげたらいいのか――――
ここにいる結黄賊のみんながそのようなことを考えていると、背後から突然大きな物音がした。 それにいち早く気付いた一人の後輩は、結人に向かって声を張り上げる。
「しょ、将軍! 他のクリーブルが攻めてきました!」
ドアの向こうで何人かの人が通る足音と結黄賊を罵る言葉を聞いた後輩は“残りのクリーブルが攻めてきた”と瞬時に判断し、結黄賊であるリーダーの命令を待つ。
その声を聞いた後、少しの間黙り込み彼らに向かって力強く命令を下した。
「分かった。 アイツらの相手は後輩たちに任せる。 いいか? 無傷で帰ってこいよ」
「「「はい!」」
流石に残りのクリアリーブルでも人数は少ないと思い、10人の後輩らだけに任せた結人。 
そしてその命令を何一つ文句を言わずに承諾した彼らは、勢いよくこの部屋から飛び出した。 
仲間の背中が見えなくなるまで見送った結人は再び視線を前へ戻し、今もなお跪いている一人の少年の背中を見つめる。
しばらくした後、意を決して足を前へ一歩踏み出した。 そしてそのまま未来のもとまで歩いていき、彼の背中をさすりながら自分もゆっくりとその場に腰を下ろす。
「未来、大丈夫か? ・・・ッ!」

―――未来・・・!

小さく声をかけながら顔を覗くと、未来が今泣いていることに気付いて言葉が詰まり何も言えなくなってしまった。
“未来はあまり泣かない奴だから驚いた”というわけではなく、結人はただ今の彼の気持ちが何となくだが分かった気がしたのだ。

―――未来・・・お前、苦しかったんだな。

今の未来の感情は、きっと色々な感情が混ざり合いどうしようもなくなっているのだろう。
本当は真宮を刺したいのに身体が言うことを聞いてくれないこの気持ち。 椎野の言葉だけで、こんなにも心が動かされるなんて思ってもみなかったこの気持ち。
そして今、自分はまだ真宮のことを仲間だと信じていたというこの気持ち。 
これらが複雑に混ざり合い、最終的に一つの感情に辿り着かなかった結果――――彼はきっと、涙を流してしまったのだろう。
―――未来。
―――真宮を刺さないでくれて、ありがとな。
口には出さず心の中だけでそう思い、優しく未来の背中をさすり続ける。 彼が真宮を刺そうとした時、本当はみんな今すぐにでも止めに行きたかった。
もちろんそれは、結人だって同じことを思っていた。 
だがどうして、彼らの光景を黙って見ていたのかというと――――今の未来なんて、誰も止めることができないと思っていたからだ。
一度彼が暴走してしまうと、結黄賊のみんなにとってはもうどうしようもできない。 
リーダーの命令も聞かない未来なのだから結人でも止められないのは確かで、幼馴染である悠斗が止めると何とか抑えられるくらいだ。
だから真宮にナイフを向けている中、悠斗は今自分が苦しい状態でいながらも止めようとしてくれていた。 
そんな彼の行為に結黄賊のみんなは一度一安心するが、結局は未来の気持ちに変化はない。 
そしてみんなは“もう未来を止めることはできない”と諦めかけた時――――椎野が口を開いてくれたのだ。 彼のおかげで、この状況を止めることができた。
だから未来が跪いた時誰も声をかけてあげることができなかったのは“椎野の言葉でも止めることができたんだ”と、思いもよらなかった出来事に遭遇し動けずにいたとも言える。

―――未来、お前は偉いよ。

今もなお背中をさすりながら、彼に優しく微笑みかけていると――――突如目の前にいる少年が、動き出したことに気付く。
前かがみになり、落ちているナイフを手に取ろうとしたところを見て――――結人は瞬時にその手を振り払い、その場に勢いよく立ち上がって少年の頬を平手打ちした。
「ッ! おい、ユイ・・・」
“パチン”といった甲高い音がこの部屋中に響き渡り、再びこの空間に緊迫とした空気が張り詰める。
その行動を終始見ていた夜月は思わず声を出してしまうが、構わず目の前にいる真宮に向かって大声で怒鳴り付けた。
「真宮! お前ふざけんなよ! ここで死んだら逃げられるとでも思ってんのか! 逃げられるわけがないだろ!」
彼を睨み付けながら怒鳴ることにより、その迫力に圧倒された他の仲間は何も口を出してこない。 そんな中、結人は声を張り上げ続けた。

「未来の今の気持ちを考えろよ! いや、お前なら分かっているはずだろ! お前を刺そうとしたけど、自らその気持ちを抑えたんだ。 
 なのにどうしてその気持ちが、分からないんだよ・・・ッ! 未来が救った命を、無駄にする気かよ!」

「・・・ッ」

真宮はその発言を俯いて聞いているだけで、何も言葉を発してこない。 そんな彼に、結人は自分の思いを更に吐き続ける。
「俺だって・・・お前の苦しさに、気付けなかったのは悪いと思ってるよ。 こんなことを、言える立場じゃねぇっていうのも・・・。 だけど、逃げるのは違うだろ!」
そして――――落ち着いた口調で、命令を言い渡した。
「お前が今までしてきたことを俺らに全て話すまでは、絶対に死なせないから。 分かったな」
そこで一度真宮から視線を外し、更に言葉を続けた。
「お前は今、3回も命を救われたんだ。 俺はともかく、悠斗と未来には感謝をしろよ」
言い終えた後、再び結人はその場にしゃがみ込み未来の背中をさすり出した。 なおもピリピリとした空気が張り詰める中――――突然一人の少年の声が、この部屋に響き渡る。

「ッ、ユイ! 悠斗が!」

椎野のその言葉を聞いたと同時に結人は悠斗の方へ目をやり、他の仲間に急いで命令を下す。
「悠斗、気を失いかけてんのか。 誰か急いで救急車を呼べ! ここじゃマズいから、外の広いところまで出るぞ。 みんな急げ!」
それを聞いて、北野と椎野は悠斗を抱き上げ外へ行こうとした。 そんな彼らの光景を見て、御子紫はドアを開け後輩らに向かって声を上げる。
「おーい! お前ら大丈夫かー?」
「はい! ばっちりです!」
どうやら相手は10人程だったらしく、一対一で喧嘩をしていた後輩らは残りのクリアリーブルをあっという間に倒していたようだ。 
そんな彼らに向かって御子紫は微笑みを返し、仲間の方へ顔を向ける。
「みんな! 外に出るなら今のうちだ!」
その一言を合図に、ここにいる結黄賊たちはこの場を後にした。 


だが――――彼らより一足遅く、このアジトを後にする者が3人。
「とりあえず、真宮の服は取り返しておかないとな」
コウ、夜月、真宮は広い空間である先刻まで抗争を起こしていた場所まで戻り、偽真宮の目の前まで来てコウは静かにそう口にした。
そして相手が着ている服を、器用に脱がしていく。 その光景を横目に、夜月は隣にいる真宮に声をかけた。
「真宮、俺の上着を腰にでも巻いておくか? 流石に、コイツが着たのをそのまま履くのも気持ち悪いだろ」
そう言って上着を脱ぎ、彼に手渡した。


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