文化祭とクリアリーブル事件⑦④
数十分後 沙楽総合病院
結局結黄賊の仲間と別れた後、結人、夜月、コウは一緒に病院へ向かうが一度も口を開かなかった。
真宮に気を遣うよう御子紫たちには促したが、結人たちは別の目的があるため、やすやすと軽口を叩ける状況ではない。
3人は互いにそのことを察しながら、この重たい空気の中何とか自我を持ち堪えていた。
そして――――やっとの思いで、目的地である病院へ着く。 気まずい雰囲気の中辿り着いて一安心するが、彼らはまだ緊張を持ち合わせていた。
「じゃあ俺、優のところへ行ってくるから。 悠斗の方は、頼んだよ」
「あぁ、分かった」
コウが優の病室へ足を運んでいくのを見つめながら、隣にいる夜月に向かって静かに口を開く。
「よし、早速俺たちは悠斗の様子でも見に行くか。 もしかしたらまだ検査や手術をしているかもだから、行くとしたらあっちかな」
結人の言葉を合図に、二人は手術室前のロビーへ足を進めた。 その間も何も話さず、ただ足を前へ前へと進めて行き――――
「あ、ユイ」
手術室前のベンチに座っていた北野が二人のことに気付き、その場に立って迎えてくれた。
「おう。 悠斗の様子はどうだ?」
結人たちが来たのにもかかわらず、ベンチに座って俯いたままでいる未来を横目に問いかける。
「悠斗は見ての通り、今手術をしてもらっている」
「そっか・・・」
“手術中”という赤い文字を見ながら口にする彼を見て、再び不安の中へと沈んでいった。
だが暗い表情をしている結人に気付いた北野は、フォローするように慌てて言葉を付け加える。
「あぁ、でもさ。 さっき悠斗、目を開けたんだよ。 救急車に乗っている時は目を瞑ったままだったけど、手術室に運ばれる前に気が付いたみたいで、少し目を開けてくれた」
―――よかった、まだ完全に意識は失っていないんだな。
その一言で安堵した結人は、優しく微笑みながら言葉を返す。
「そうか。 なら安心したよ」
悠斗の様子を聞き終え今度はベンチに座っている未来の横へ足を進めていき、そっと隣に腰を下ろした。
「未来、大丈夫か?」
「・・・」
声をかけてもなおも俯いたままでいる彼を見て、先刻の出来事を思い出しながら静かに語り始める。
「悠斗、さ・・・。 真宮を守るために、自ら刺されに行ったんだよ」
「・・・は・・・ッ!?」
その一言で未来はゆっくりと顔を上げ、結人のことを見た。 だけど結人は前を向いたまま目を合わさず、更に語り続ける。
「俺は最初から最後まで見ていたよ。 真宮は一度、俺のことを刺そうとしたんだ。 いや・・・クリーブルの連中にそう命令されて、俺を刺そうとしたっていうのが正解かな」
「・・・」
「このままだと自分が刺されるっていうことが分かっていながらも、俺はその場から動けなかった。 怖くて、足がすくんで動けなかったんだ。
でも目の前に来て俺を刺そうとした瞬間・・・真宮は自分の方へ、刃を向けてさ。
“真宮は自分を刺して死ぬつもりなんだ、早く止めなきゃ”って思った時には・・・悠斗が俺の前にいて、真宮に刺されていた」
「どうして・・・ッ!」
隣で次第に感情的になっていくのをオーラだけで感じ取り、両手を握り締めながら震える声で言葉を放った。
「俺が二人を止められなかったんだ。 ・・・悪い」
「・・・」
未来はこれ以上何も言わず、自分を自ら制しこの場を静める。
それ以降は互いに口を開かず、互いにどんな感情を持ち合わせているのか分からないまま、結人はこの気まずい状況に耐えられなくなりこの場を後にした。
北野もそんな結人には何も言わずに静かに見送り、夜月は何も言わずにその後ろを付いていく。
そして二人は、優の病室の目の前まで来た。 ノックし、何の躊躇いもなく病室の中へと足を進めていく。 夜月も入室後静かにドアを閉め、みんなのもとへと足を運んだ。
「わぁ、二人も来てくれたんだね! 嬉しい!」
ベッドの上で安静に座っている優の隣にはコウもいて、コウは優しい表情をしながら結人たちを迎え入れる。 優も体調がいいのか、元気よく第一声を上げた。
「優、調子はどうだ?」
「もう凄くいいよ! 悪いのは足だけ! でもそんなことより、悠斗の様子はどうだったの?」
「・・・」
夜月の問いに淡々と答えた後、突然悠斗の話を持ちかけられ思わず二人は黙り込んでしまう。 そんな気持ちを察したのか、負担をかけないようそっと言葉を紡ぎ出した。
「コウから聞いたよ、悠斗が・・・真宮に刺されたって。 それは本当なの?」
心配そうな面持ちのまま尋ねてくる優に、結人は目を合わさず小さな声で返事をする。
「一応・・・な。 でもまぁ、これは事故だ事故。 真宮は悠斗を刺そうと思って、刺したんじゃないんだから」
「そうだよ。 真宮は悪い奴なんかじゃねぇ。 悠斗が身体を張って守っただけさ。 悠斗は今手術中だけど、意識はまだあるみたいだから大丈夫だ」
その言葉に付け加えるように、真宮にフォローを入れながら言葉を並べていく夜月。 悠斗は無事だと聞き安心したのか、話題は優によって真宮のことへ切り替えられた。
「でもユイや椎野、悠斗に怪我をさせたのは真宮なんでしょ・・・?」
「「ッ・・・」」
先刻起きた未来と同じような発言をした優に、何も言い返せなくなった結人と夜月は同時に黙り込む。
確かにこの3人に怪我をさせたのは自分だと自ら告白していたため、こればかりは真宮をフォローすることができなかった。
そんな中、優は不思議そうな顔をして言葉を綴り出す。
「おかしいなぁ・・・。 だったら俺も、真宮にやられるはずなのにね」
「え?」
突然意味の分からない発言をし出し聞き返すと、彼は表情を変えぬまま発言を続けていく。
「俺をやったのは、真宮じゃないんだよ。 階段から突き落されたのは昼間だったし、明るかったから俺をやった犯人はこの目でばっちり見た!」
「は・・・?」
混乱する結人と夜月をよそに、コウも続けて言葉を放つ。
「あぁ、確かに真宮じゃないよ。 さっきアジトへ行った時、優を突き落した男に会ったから真宮じゃない。 その男が自ら言ってきたんだ。
『あの日歩道橋から結黄賊を突き落したのは俺だ』って」
「・・・?」
もう理解不能だと思ったのか、夜月は考えるのを諦め呆れつつあった。 そして結人もあまりにも理解ができなく考えることが嫌になり、溜め息交じりで小さく呟く。
「まぁ・・・明日にはどうせ解決するだろうし、今は無理に結論出さなくてもいいか」
夜月がその言葉を聞いて頷くのを確認すると、そのまま夜月とコウに向かって口を開いた。
「じゃあこの後は、お前らに後輩を任すから。 1人の家に2人くらいを目安に泊まらせれば大丈夫だろ。 あぁ、真宮は今一人にすると危ねぇから誰かに頼むかな・・・」
真宮の今の状態が気になり出した結人は、しばし一人で考え込む。
―――やっぱり場を盛り上げられるあの二人のどちらかに頼みたいところだが・・・。
―――御子紫は見た感じ無理そうだよな。
―――ならここは、椎野に任せるか。
試行錯誤した結果、椎野に真宮を任せることに決め夜月に向かって口を開いた。
「真宮は今一人にさせたくないから、椎野の家に泊まらせるよう頼んでおいてくれ。 俺からの命令って言えば、おそらく大丈夫だから」
「分かった」
「優は明日、悠斗の病室に集合するっていうことはコウから聞いたか?」
「うん、聞いたよ!」
その問いに元気よく返す優。 コウも帰る準備ができたのか椅子から腰を上げ、結人の方へ身体を向けた。 そんな彼らに、優しく言葉を紡ぎ出す。
「未来と北野もちゃんと連れて行けよ。 それじゃあ後輩と真宮を、お前らに任せたぞ。 また明日な」
そうしてこの日は――――結人の思っていた“今日一日が今の空のように、清々しく終われたらいいな”とまではいかなかったが、何とか無事に終えることができた。
―――でも・・・悠斗があんな状態じゃ、無事とは言えないか。
悠斗と真宮のことを心配しつつ、結人はこの長い一日を振り返りながら眠りについた。