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 前日までに筋切りを終えて、適度な大きさにスライスした分厚い肉を用意。

 下味もつけて、いい具合に柔らかくなってるから大丈夫。

 これをカツにすべく、メンチカツとほぼ同じ衣の準備も忘れない。違うのは、片栗粉じゃなくパン粉。


「おじいちゃんやお父さんもだけど、お肉屋さんの仕事って大変だったよね……」


 スバルは昔から、筋の多い肉の塊がどんどん綺麗なお肉になっていくのを見てきても、実際に触らせてもらえたのは高校生も半ばの頃。

 筋力とそれなりに包丁捌きが安定しないと出来ないと祖父に言われてたが、本当にその通りだった。

 オークや一角虎なんて未知の魔物でも、肉は肉。

 筋切りの工程は結構骨が折れ、美味しい部位を残すのも大変であった。

 パン屋よりステーキ屋とかの仕事でも、こだわり過ぎた祖父達の技術のおかげだったが。


「衣は出来たし、次は野菜だね」


 野菜を切るまえに、油鍋を高温にさせておくのも忘れない。

 キャベツ、サンチュに似た葉野菜の水洗いと水切り。
 キャベツは千切りにさせてからザルに取っておく。

 油鍋が高温になってきたら、パン粉を少量落とし、シュワっと泡が立ち始めてくるまで待つ。


「まずは、虎肉の方から」


 虎肉は牛肉に近いので、高温で表面をきつね色に揚げるだけで大丈夫。

 薄過ぎると、とんかつのように火が通ってしまうので、適度な分厚さにしても表面をカラッと揚げるだけでも十分。

 揚げ終わってバットに移したら、余熱で火を通せば生焼けにはならない。

 これは、スバルが専門学校時代に先生に教わったコツだ。


「とんかつの方は、きちんと火を通してじっくり」


 唐揚げのように二度揚げする工程で行く。

 これも厚さによるが、スバルの店では贅沢なくらい脂身の多い厚さにしてるので二度揚げがちょうど良い。
 なにせ、豚肉もだがオーク肉は生では食べれなくて寄生虫とかが怖いからだ。

 最初は低温でじっくり、最後に高温で衣をカリッと。

 出来上がったら、この揚げ物達をよく冷ますのがポイントだ。


「家で作る分には出来立てもいいけど、冷ます意味もちゃんとあるからねー」


 ラティストがいなくても、ひとり言を言ってしまうのも癖だ。

 あとは、口に出してでの確認のためでもある。

 揚げたてを挟むのももちろん美味いが、揚げ物の油、蒸気の水分がパンに染み込んで、バターやマヨネーズを塗ったパンをしなびさせる原因になってしまう。

 急ぎだと、冷蔵庫で適温になるまで冷やすが、時間がかかるとシェリー達に伝えてあるので、出来るだけ常温で冷ます。

 試作段階で試した結果、常温の方が効果の具合も良かったからだ。もちろん、この間に片付けと次の挟む準備もしておく。


「パンは……6枚切り」


 あらかじめ適度に乾燥させた食パンを、カッターがないので波刃包丁で丁寧にスライスしていく。

 パン屋に行くと時々目にするカッターは、現在ロイス伝に開発を頼んでいる。

 出来上がれば、作業効率が上がるのはもちろんだが、この街にある他のパン屋でもきっと役に立つはずだと思い。


(あれがあると、ラスク作りも楽だからなぁ……)


 最近、売れ残りが増えてきたので対策を考えているパンを思い浮かべてしまう。

 それはさておき、必要な枚数のパンをスライスして、揚げ物達も冷めてきたら挟む準備に取り掛かる。


「粒マスタードを混ぜたマヨネーズ塗って、千切りキャベツ、カツ、中濃ソース、葉野菜」


 自家製のソース達を惜しげもなく使い、仕上げていく。

 二つずつ出来上がったら、重石がわりの木のまな板で上から圧をかけて味を馴染ませる。

 間に乾燥しないよう、ラップがないのでガーゼのような薄い布を使う。

 シェリー達の分以外にも多めにどんどん作っていき、最後に波刃包丁で半分に切ると頭の中に声が聞こえてくる。


『錬金完了〜♪』


 お馴染みの音声と、出来上がったパンの上にステータス?画面が表示されてく。





【スバル特製サンドイッチ】



《ビーストカツレツ》

・一角虎の肉を使用した効果付与により、二時間ほど瞬発力が向上
 →盗賊(シーフ)隠者(アサシン)には引っ張りだこ間違いなし

・自家製粒マスタード入りのマヨネーズと、濃厚な中濃ソースを惜しげもなく使って、味に飽きることがない
・肉はレアに見えるが、きちんと熱処理をしてあるので問題なし! 筋取りも丁寧にされてるので歯で噛みちぎれる程の柔らかさ!





《ビーストカツ・オークカツ》


・オークの肉を使用した効果付与により、消費後の体力を75%まで回復させてくれる
 →体力勝負の冒険者にはもってこい、職業(ジョブ)問わず

・自家製粒マスタード入りのマヨネーズと、濃厚な中濃ソースを惜しげもなく使って、味に飽きることがない

・揚げたても美味いが、冷めてソースとよく絡んだ脂身の多いカツは絶品! 肉にも下味がついてるのでカツだけでも食べたくなるほど!

・腹持ちがいいが、野菜と食べるとなお良し






 それぞれの効果については、ヴィンクスの見解によると一角虎の方は虎の特性上瞬発力が高いからか。

 オークの方も、ロイズ曰く『体力馬鹿』と評されるほどスタミナが半端ないらしい。

 この二つについては、ロイズとルゥが訓練場で試しに使ったところ、ビーフカツの方はあり得ない速度で走れたとか。

 オークカツについては、ヴィンクスが持ち帰った話を聞くと、しおしおになっていたカーニャの体力が一気に回復したらしい。

 以前から確認は取れていたが、精霊にも効くとなるとラティストにも効果は出ていたのだろうか。


「あ、師匠が言ってたけど……ラティストが手伝ってくれるから、数値以上に効果が出ちゃうんだっけ?」


 本当に気にせずに作ってしまってたが、ロイズも結局は承諾してくれてたから販売は続行。

 攻撃付与でもなく値は低いので主に店で売ってたが、メンチカツとは違う肉のサンドイッチとあってか、ものの数分で売り切れた。

 早速、イートインで定着してる窓先で食べた冒険者からの感想を聞くと『もっと買いたい!』といたく褒めちぎってくれた。

 それから噂が伸びに伸びて、メンチカツに負けないほどの看板商品になったのだ。


「けど、待たせてるから早く渡してあげよっと」


 キャベツがこぼれないように、丁寧に薄紙で包装してからスバルは厨房を後にした。

 途中、仕込みと並行して作っておいたピザパニーニも忘れずに。


「お待たせしました、シェリーさん……えっと」
「ジェフだ。そういや、名乗っていなかったなぁ?」


 未だ名を聞けずじまいの男性から、やっと名前を教えてもらえた。


「僕も直接は名乗ってなかったですね? 店長のスバルです、ビーストカツサンド二種とピザパニーニお待たせしました」

「び、ビーストって、なにか普通と違うんですか?」


 もう他を選び終えていたシェリーがやってくると、ジェフにも見えるようにトレーに乗せたカツサンド達をひとつずつ彼女のトレーに乗せてあげた。


魔獣(モンスター)の肉を使ってるんです。だから、ビーストって名前をつけてるんですが」
「モンスターのっ」
「お肉、って、食べなくはないですけど……固く、ないですか?」


 さすがは冒険者達。

 炊事は野営でもこと欠かさないなら、経験は豊富だろう。もちろん、説明はする。


「筋切りって工程をきちんとやれば、柔らかくて美味しいですよ? うちの看板商品を追い抜くかもしれない商品です」
「そいつぁ、期待出来るなぁ?」
「いくつ買います?」
「全部……って言ったら?」
「構いませんよ? ビーフが380ラムでオークが390ラムですが」
「買った!」


 値段も、クリームパンより100前後高いだけで決して赤字ではない。

 オークもだが、一角虎も比較的手に入りやすい食材でがあるのでほとんど下処理の手間賃だけだ。

 他に客もいなかったので、全部をラティストと一緒に袋に詰めて会計し、他のパンも分けて袋に入れてから二人に渡した。


「ほ、ほんとに、ありがとうございます」


 腰の魔法袋(クード・ナップ)に入れてから、シェリーは深く腰を折った。


「皆きっと喜ぶと思います! けど、出来立て全部買ってしまって」
「気にしないでください。よくありますから」
「今朝もそうだったしな?」


 ラティストの言う通り、シェリー達とすれ違いで出て行った若い冒険者がパーティーメンバーのためにすべて購入したのだ。

 それをきちんと説明すれば、シェリーも少し安心したのか息を吐いていた。


「だから、気にしないでください。むしろ、他にもたくさん買っていただきありがとうございます」


 クリームパンは元より、『ピザパニーニ』『からあげパン』『焼きそばパン』『生クリームサンド・マンゴラー』『厚焼き卵サンドイッチ』『ナポリタンドック』『生クリームサンド・いちご』などなど。


 メンバーが多いのか、ほとんど男なのか、かなりの量を購入してくれたのだ。


「うちは男以外に大食らいのやつがいるからなぁ? これでも少ない方だぜ」
「アクアはいっちばん食べるもんねー?」


 ではこれで、と二人が並んで帰ろうとした時にスバルはある事を思い出した。


「あ、シェリーさんっ。虎肉の方はレアに見えても火は通ってるので、大丈夫ですから!」
「あ、わかりました!」


 メモには書いてあることだが、初見だと勘違いするだろうから伝えられて良かった。

 今度こそ、二人が帰っていくと、一緒に見送ってたラティストが面白いことを言い出した。


「あの二人……互いに好意を持っているな?」
「…………そんな事までわかるの?」


 同じパーティーだし、ジェフはシェリーの指導係と言っていたから仲は良いと思ってはいた。

 しかし、大精霊と言うのは色んな事がわかって、凄いと同時に大変だと感じた。


「おやつにレーズンクリームサンド作ってあげようか?」
「是非」


 今日は比較的客足も少ないから、それぐらいのんびりはしようと決めたのだった。

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