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scene:05 鉄壁の紫雷

「リチャード様、ご無事ですね?」

 アンドレは雷神槌(ミョルニア)を構えたまま、背後の主人(あるじ)へ問う。
 対して彼の主人――リチャードは「あまり馬鹿にするなよ、アンドレ」と笑った。

「だが礼は言おう。――友よ、助かった」
「当然のことをしたまで」

 言って、二人は顔を小さく笑い合う。
 だが、明るい声色と対照的に、その(そう)(ぼう)は油断なく()を見据えていた。
 既に、騎士二人に油断はない。

 その()――メイドの(かつ)(こう)をした魂魄人形(ゴーレム)は、仲間の騎士を殺した魔導武具の切っ先をこちらに向けたまま動かない。かの魔導武具の固有式がいかなるものかは分からないが、矢にも似た何かを大量に放出したのは見えた。その速さは騎士の()を持ってしても捉える事が難しく、避けるなどもってのほかだ。おそらく音の速さの数倍はあるだろう。

 そして何より、その矢は大騎士クラスの騎士甲冑(サーク)を貫くことができるらしい。

 アンドレは自身の騎士甲冑(サーク)への衝撃を思い出す。甲冑を貫くほどではなかったが、一撃一撃ごとに〔結合強化式〕に負担がかかり大量に個魔力(オド)を消費してしまった。何の対策もせずにあの矢を浴び続ければ、いつかは個魔力(オド)が枯渇してしまうだろう。
 あれはもはや――ただの家畜ではない。

「アンドレ」

 アンドレの背後で、リチャードが炎剣(レイバティーネ)を抜き放つ。

「アレは、俺がやる」

 そう言った主人を、アンドレは片手だけで制した。
 
「いえ、リチャード様。ここは私にお任せ下さい」
「お前一人でか?」

 リチャードの問いに、アンドレは無言で(うなず)く。
 相手は大騎士二人を(ほふ)った強敵。本来であれば二人で対処すべき敵だ。実際、強敵を相手にした時には二人一組になって相手をする事になっている。

 だが、リチャードとアンドレは相性が()()()に悪い。

 問題は二人の固有式だった。
 どちらも広範囲へ効果を及ぼすものであり、協力して戦うとなればどうしてもお互いの魔導干渉域が邪魔をしてしまうのだ。魔導干渉域は、固有式の先端に触れただけで内包する魔導式に干渉――その発生源まで遡って成立を阻害する。()(すが)に魔導武具を破壊される事は無いが、固有式はその度に魔力へ還元されてしまう。一瞬の隙が命取りになる戦場(いくさば)で、それは致命的だ。
 
 アンドレとリチャードの本来の相方はニコライとガブストールであり、彼らであれば互いの魔導式を阻害せずに連携も取れた。だが彼らが討たれてしまった以上、それぞれが単独で戦う方が()()なのだ。

 であるならば、ここは実力で勝るリチャードに任せた方が確実なのは理解する。自分は身を引き、その勝利を目に収めるべきなのだろう。
 ――だが。
 と、アンドレは(おの)が不遜を告げる覚悟を決めた。

「リチャード様。どうか、私の(わが)(まま)を聞いてはくださいませんか?」

 私は誓ったのだ。

「私は()()()()()――アンドレ・エスタンマークでございます。
 この身はリチャード様の盾。
 リチャード様の道を照らす雷光。
 主人(あるじ)に守って(もら)ったなどとなれば、一族に合わす顔がありませぬ」

 彼――リチャード・ラウンディア・エッドフォードにこの身を(ささ)げると。

 リチャードという男は、アンドレを友人として扱ってくれた。
 家格がモノを言う貴族社会で、ただの騎士侯の子供と対等に接してくれた。
「信頼できる男が欲しい」と、戦場へ連れ出してくれた。
 結果を正しく評価し、副官として取り立ててくれた。
 お陰でエッドフォード伯爵の家臣団の中でも落ち目だったエスタンマーク家は持ち直し、暗い顔ばかりだった家族に笑顔が戻った。

 アンドレには、リチャードへ返しきれない程の恩義があるのだ。

 その恩義を返す(ため)に努力を重ね、やがてアンドレは二つ名を賜るまでになった。その過程で得た雷神槌(ミョルニア)のせいで共に戦う事は出来なくなったが、それでもこの身はリチャード様の(ため)にと考え、陰に()(なた)に尽くしてきた。

 であるのに――
 大騎士を(ほふ)るほどの()()()()()()()()に背を向け、主人(あるじ)に守って(もら)うなど、どうしてできようか。

 それは、アンドレにとって自身の否定に他ならない。
 どうしても譲れない一線だった。

 そして、

「ふ――」

 アンドレの背後で、リチャードが小さく笑った。

「……思えば、お前が(わが)(まま)を言った事など一度も無かった」
「リチャード様、」
「であれば、その奉公に報いるために()えて試練を課そう」
「! ――では」

 アンドレの問いに、リチャードは(おう)(よう)(うなず)く。

()け、我が友よ」
「御意! ――あの()(らち)なメイドに(ちゆう)(ばつ)を!!」

 宣言。
 ――そしてアンドレは(はじ)()ぶように突進した。
 その速さはまさに雷光。
 雨でぬかるんだ土を巻き上げながらアンドレは駆ける。
 標的は正面、リチャード様へ仇成す魂魄人形(ゴーレム)メイド。

 途端、メイドの持つ鉄塊が(ほう)(こう)した。
 まるで竜の吐息(ドラゴンブレス)。竜の口から吐き出される(やじり)の豪雨がアンドレの騎士甲冑(サーク)(たた)く。一撃一撃が重く突き刺さる。まるで騎士槍(ランス)による突きのよう。騎士甲冑(サーク)を貫けなかった矢が砕け散り、その度に激しく燃え上がる。小さな〔爆裂式〕でも仕込まれているらしい。確かにこれでは並の騎士では防げまい。

「だが――ッ」

 この身は()()()()()である――!!

 アンドレは(やじり)の雨をものともせずメイドへと突進。止められぬと悟ったのか、メイドはアンドレから離れるべく()()()跳んだ。その動きは騎士にも匹敵する速さ。なるほど、何らかの方法で身体能力を底上げしているらしい。そして側面から(やじり)(ほう)(こう)を放つ。側面であれば隙があると考えたのだろう。

 ――だが、アンドレの騎士甲冑(サーク)はその全てを(はじ)(かえ)す。
 それこそ、アンドレが『鉄壁』と呼ばれる理由だった。

 アンドレ自身は特別、個魔力(オド)の生成量に恵まれているわけではない。
 当然、騎士本人の個魔力(オド)の量によって性能が上下する騎士甲冑(サーク)も相応のもの。順当に行けば、どれだけ努力してもアンドレは『大騎士』止まりだっただろう。

 だから、アンドレは騎士甲冑(サーク)にある工夫を施した。
 通常なら五~六つほど刻まれる魔導式を、最低限の三つにまで減らしたのだ。
 自身の個魔力(オド)を、〔結合強化式〕〔身体強化式〕〔魔導干渉域〕の三つだけに集中させる事で、それらの効果を限界まで引き上げる。

 そうする事で、アンドレは『鉄壁』の二つ名を得るほどの甲冑を得た。

 そして――
 
「ぜぇいッ!」
「……、」

 メイドは再び、アンドレの突進を避けるように()()()()()。大きく距離を取る。

 やはり接近戦は嫌いなようだ。
 アンドレはメイドの動きと対応を冷静に見つめる。

 ――つまり、こちらへの対抗手段は、右肩に担ぐ6メルトはある巨大な鉄塊しか無いのだろう。距離を取ってこちらの打撃を避けつつ、遠距離からひたすら矢を放ってこちらの消耗を狙うつもりか。一度に生成できる個魔力(オド)に限りがある以上、策として間違いではない。

 だが、と。
 アンドレは牛を(かたど)った(かぶと)の下で、ニヤリと笑う。
 ――それは、相手に遠距離武器が無い前提でしか成立しない。

「はぁッ!」

 アンドレは雷神槌(ミョルニア)個魔力(オド)を注ぎ込み、固有式を発動させる。魔力を〔雷火式〕へ変換。大気の絶縁破壊を起こすほどの超高電圧による雷撃を放った。
 雷の鞭が地を割り(つち)(ぼこり)を巻きあげる。そして土の中に含まれる微量な鉄分を雷撃が起こす磁気が吸着し――砂鉄を雷撃へ(まと)わせた。

 赤熱する鉄を(まと)った雷撃。
 その名を【雷鋼鞭(らいこうべん)】。
 雷神槌(ミョルニア)が持つ固有式の一つだ。

「そらぁ!」
「……、」

 逃げ回るメイドを鞭のようにしなる雷撃が追い立てる。
 対してメイドは、頭に被っていた緑色の斑模様をした帽子を投げ捨てた。途端、雷撃がメイドから()れて帽子へと直撃。どうやら自身より伝導性の高いものを盾にしたのだろう。電気の性質を知るという事は、錬金術士の素養まであるのか。

 その隙にメイドは更にアンドレから距離を取り、鋼鉄の矢を放ち続ける。

 アンドレはそれを【雷鋼鞭】で弾きながら、メイドへ雷撃を放った。
 だが、雷撃はメイドがスカートから生み出した〔爆裂式〕仕込みの鉄球に()らされてしまう。【雷鋼鞭】は、扱いが難しい〔雷火式〕に砂鉄を(まと)わせる事で精密な操作ができるようにする固有式。それが〔雷火式〕を騎士の武器として昇華している。

 しかし同時に、ただの〔雷火式〕には意味の無い〔爆裂式〕が、(まと)った砂鉄によって弱点へと変わってしまった。

「チッ」

 ――(らち)が明かない。
 いつまでもこうして雷撃を放ち続けるのはマズイ。
 アンドレ自身の個魔力(オド)生成量はそこまで多くない。故に一回の戦闘で扱える固有式の量や回数も限られている。騎士甲冑(サーク)へ送り込む個魔力(オド)の量を減らすわけにもいかない以上、無駄に固有式を連発するわけにもいかない。

 ――仕方ない。
 相手がこちらから距離を取るというのなら、それを逆手に取ってやる。
 これだけ離れていれば、()()を発動させる隙もある!

 アンドレは、雷神槌(ミョルニア)個魔力(オド)を注ぎ込み、新たな固有式を起動させる。

「――(いかづち)よ。私を束縛する城壁となれッ!」

 途端、アンドレを中心とした上空と地上に魔導陣が展開された。
 直径100メルトの巨大な魔導陣。それがアンドレと――そして地を駆けるメイドを挟むように、天と地へ広がったのだ。
 二つの魔導陣は雷神槌(ミョルニア)の固有式によって生み出されたもの。
 上空の魔導陣は()()()()を持った雷雲を形成し、同時に地上の魔導陣は地中の()()()()を集める。
 強烈な電位差を持った二つの魔導陣の間に強い電圧がかかり、そして――

「――昇雷(しょうらい)!」

 アンドレは、雷神槌(ミョルニア)を地上に(たた)きつけた。
 地上に流れ込んだ大量の電流がトドメとなって、絶縁体である大気を破壊し、魔導陣の間に放電現象が起こる。
 地上から天空へと、数百もの(いかづち)(きつ)(りつ)した

 固有式――【雷檻城塞(らいかんじょうさい)】。
 自身の周囲100メルトに稲妻の檻を展開し、攻防一体の城壁と成す固有式。
 あらゆる物理的攻撃は超高電圧の雷撃によって蒸発させられ、効果範囲内にある全てを焼き尽くす。
 なおかつ魔導陣が作り出すのは、あくまで()()()()()()()()()()()――立ち昇る雷そのものは自然現象である(ため)に、騎士の魔導干渉域を持ってしてもこの雷の檻を破ることは(かな)わない。不用意に飛び込めば、騎士甲冑(サーク)と共に焼かれるだけだ。
 
 これこそがアンドレ・エスタンマークの切り札。
『鉄壁の紫雷』の二つ名を(いただ)くに至った絶技である。

 これで生意気なメイドを――、
 アンドレは焼き(ただ)れたメイド服を探す。

 が、
 
「それは存じております」
「な――!?」

 雷の檻の中を、メイドが駆けている――!
 メイドはアンドレを中心に右回りに走っている。当然、そこは【雷檻城塞】の効果範囲内。――であるというのに()()()()()()()()()()()()
 それどころか、雷撃の柵がメイドに道を譲るように避けている。

 馬鹿な。
 多少、鉄球で雷撃を()らしたからといって、避けられるようなものではない。むしろ鉄球を介してメイドへと雷撃が集中するはずだ。
 なのに、何故(なぜ)!?

 アンドレは答えを求めるように周囲を見渡し、ふと、自身の足下に突き立てられた金属の(かぎ)(つめ)を見つけた。その(かぎ)(つめ)には金属の縄(ワイヤーロープ)がくくりつけられており、その縄は()()()()()()()()()()()
 メイドはその縄を遡るように、雷柱の間を駆けていた。

 ――まさか、

 固有式【雷檻城塞】は、上空と地上に電位差のある環境を作り出して(いかづち)を起こす魔導式。雷自体は魔力で生成したものではなく自然現象である(ため)、騎士の魔導干渉域では防ぐことができない。

 つまりそのままでは、雷撃がアンドレへも(きば)()く事になる。
 故に、この固有式には発動者(アンドレ)を守る(ため)の仕掛けがあった。

 発動者の周囲半径6メルト。この範囲だけは、上空の魔導陣と同じ電位を持つように調整する魔導陣が展開されているのだ。電位差によって電流が流れる以上、同じ電位を持つものに電流は流れない。その空間だけは雷が立ち昇ることはないのだ。

 また、空間外の地面との電位差によって発動者へ雷撃が引き寄せられる事を防ぐために、電子同士の(つな)がりを阻害する魔導式も付与される。
 
 そしてその効果は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまり地面に刺さった(かぎ)(つめ)を通じて、メイド自身も上空の魔導陣と同じ電位を得ているということ。金属の縄(ワイヤー)を通じて地面にも同様の効果が現れる(ため)、メイドの身体が金属の縄に1箇所でも触れている限り、(やつ)には雷撃は当たらない――!

 (やつ)め、どこでこの特性を知ったのだ。
 いやそれよりも、いつの間にこんなものを用意して――

 アンドレは記憶を探り、左回りに延びる金属の縄(ワイヤー)の道筋を見て気づく。

 そう、左回りだ。
 メイドも、ひたすら()()()()()()()()

 金属の縄(ワイヤー)は、メイドが逃げ回った足跡に沿っている。
 そして、アンドレが今立っているのは最初にメイドが立っていた場所。
 つまり。
 最初からこうするつもりで金属の縄(ワイヤー)を垂らしながら逃げ回り、アンドレをこの場所へ誘導したという事――。 

 そしてその推測が正しい事を証明するかのように、(らい)()の森を抜けたメイドが鉄塊の切っ先をこちらへ向けて一直線に駆けてくる。

 アンドレは鋼鉄の矢を迎え撃つべく、雷神槌(ミョルニア)を構えた。
 まあいい。接近戦を挑むというのなら望むところ。
 どうせ(やつ)は鉄塊が放つ(やじり)でしか攻撃出来ないのだ。ギリギリまで引きつけて、その後で雷神槌(ミョルニア)を直接(たた)()んでやる。

 そして、6メルトある鉄塊の切っ先が――
 ――アンドレの横を通り過ぎた。

 おかしい。
 アンドレは雷神槌(ミョルニア)を構えてメイドを(にら)む。
 接近戦を仕掛けたのは、至近距離で鉄塊の(やじり)を放つ事で騎士甲冑(サーク)を貫くつもりではなかったのか。
 
 アンドレの視線の先で、雷撃の雨を割って駆けるメイドがスカートを翻す。そこから(やり)のような鉄棒を生み出し、先端をアンドレへと向けた。

 あれは、町でリチャード様を狙った〔爆裂式〕仕込みの(かぶら)()――!
 なるほど、コイツの狙いはソレか。
 何度も放ってくるという事は、恐らく騎士甲冑(サーク)を貫く自信があるのだ。遠距離では避けられてしまう(かぶら)()も、至近距離でならば当たると考えたか。
 (かぶら)()が放たれる。
 しかし、

「近づいたところでぇッ!」

 放たれた(かぶら)()を、アンドレは身を(ひね)るだけで避けてみせる。
 音の速さを超えぬ矢など、どれだけ至近距離であろうと当たりはしない。
 アンドレはそのまま雷神槌(ミョルニア)をメイドへ(たた)きつけようと振り上げ――
 ――それを見たメイドが()鏡の奥で()()

「それも、存じ上げております」

 アンドレの背後で、(かぶら)()が爆発した。
 ()()()()()()()()()()()()()()()時限信管によって、TBG-7V(サーモバリック弾頭)が起爆。
 ばら()かれた気化燃料の炎がアンドレを包み込んだ。
 
 無論、この程度の爆圧と熱では騎士甲冑(サーク)の守りは破れはしない。
 ――だが。
 アンドレの視界は炎によって奪われた。

「やはり贈り物は――」

 赤い髪と丸()鏡が、炎を割って現れる。
 その左手には(かぶら)()の先端が握られて、

「――手渡しするのが礼儀でございましょう」

 (かぶら)()の先端が、アンドレの胸元へ(たた)きつけられた。
 ――それは異世界(ファンタジア)でRPG‐7と呼ばれる兵器の弾頭。
 強化された魂魄人形(ゴーレム)の腕力をもって騎士甲冑(サーク)(たた)きつけられた弾頭は、信管の圧電素子によって成形炸薬を起爆。爆発はメタルジェットを形成。およそ260㎜の装甲板を貫くソレが、騎士甲冑(サーク)の〔結合強化式〕の負荷限界を突破してアンドレの騎士甲冑(サーク)に大穴を空けた。

 穴から内部へ侵入したメタルジェットと高熱のガスが、騎士甲冑(サーク)の中身を焼き尽くす。

 ――果たして、雷鳴は()み、地上に静寂が戻った。


    ◆ ◆ ◆ ◆


 爆風の中から立ち上がり、マリナは右手だけで機関砲(アヴェンジャー)を構え直した。左肘から先は、手の中でHEAT弾頭が爆発した事で(うしな)ってしまったが、魂魄人形(ゴーレム)の身体は出血もしないから問題はない。不思議なことに()()だけはたっぷりと感じるのが、少しだけ困ったところだ。

 ――ひとまず、ここまでは作戦通り。
 想定の(はん)(ちゆう)で事を進められている。
 
 本当ならGAU-8(アヴェンジャー)の砲撃で、リチャード以外の騎士を排除しておきたかったのだが、残っていた雷を放つ騎士(アンドレ)も、なんとか排除できたから良しとしよう。
 遠距離からの砲撃で(あお)り、早期決着を図って【雷檻城塞(らいかんじょうさい)】を生み出した敵に接近戦を挑む。
 ――それが『憂国士族団』との協議で(みい)()した、アンドレに勝つ唯一の道だった。

 マリナがそれに気づけたのは、似たような敵と戦うアニメーションをかつて()たことがあったからだ。
 メイドではないが『皇女に仕える侍女』という設定に()かれて()ておいて良かった。武装戦闘メイドでは無いが、年端いかぬ少女ながら勇敢に戦う素晴らしい侍女だ。こうしてオレの事も助けてくれたのだから。そう――わざと戦闘以外の思考を巡らせ、マリナは精神を落ち着かせる。

 ともあれ、これで後はクソ野郎一人。
 マリナは残った赤いマントを羽織る騎士を見据える。夜風にマントをたなびかせ、(かぶと)隙間(スリット)からこちらを見つめている。
 憂国士族団から聞いた名前は『リチャード』。
 アレを倒せば、ひとまず危機は去――

 隣にリチャードがいた。

「――ッ!?」

 慌てて、マリナは斜め後方へと跳躍する。

 何だ今のは!?
 いつの間に横に立たれた?
 そもそも行動の起こりが見えなかった。
 あいつ、まるで瞬間移動でもしてきたみたいな――。

 (きよう)(がく)しつつも、マリナは機関砲(アヴェンジャー)の砲口をリチャードへ向けなおす。だが引き金(トリガー)は握れない。震える手が拒否している。
 ()()()()()()()と、マリナの魂に刻まれた戦闘本能が告げていた。

 対してリチャードは、マリナに何の興味も無いかのように立ち尽くしていた。
 その隙間(スリット)は、地面に(ぎよう)()する騎士(アンドレ)へと向けられている。

「アンドレ――やはり、行かせるべきではなかった」

 騎士の独り言が、マリナの耳にまで届く。
 力なく悲嘆に暮れるその姿は、戦闘意欲など(かけ)()も感じられない。
 しかし、

「ならば、せめて仇は俺が取ろう」

 (かぶと)が起こされる。
 ゆらりと面の隙間(スリット)から(のぞ)(へき)(がん)がマリナを見据え――

 ――次の瞬間には、機関砲(アヴェンジャー)の間合いの()()に踏み込まれていた。

 砲口は既に、リチャードの背後にある。

 (はや)――、

「――エリザぁッ!」
『3番、切って!』

 マリナの意図を察したエリザが、ダリウスへ指示を飛ばす。
 途端、GAU-8(アヴェンジャー)に施されていた()が消え去った。 

 引き金を握る。
 途端、マリナの身体が背後に吹き飛んだ。

 これまで〔力量制御式〕によって打ち消されていた反動がマリナを襲ったのだ。毎分3900発の速度で発射される30mm徹甲焼夷弾の反作用は、40キロニュートン以上。これは機関砲(アヴェンジャー)を搭載する攻撃機の、()()()()()()()()()()()()()である。

 当然、機関砲(アヴェンジャー)と固定具で(つな)がったマリナは、その全てを受け止めて吹き飛ぶ事になる。
 急激なGと共に遠ざかっていく景色と、リチャード。

 ジェット機が如き速度で、マリナはリチャードから距離を取る。白木の身体は今にもバラバラになりそうだったが、何とか()(こた)えた。これもエリザからの魔力供給があるからか。

 マリナは一度機関砲(アヴェンジャー)引き金(トリガー)を戻し、慣性のままに飛ぶ。

 何だったんだ今のは。
 マリナはこちらをゆったりと見つめる白銀の騎士を(にら)む。
 笑えねえ速さだ。(やつ)め、どうしてこの泥土の上をあんな速さで走れる。
 ――だが、それでもやりようはある!

 マリナは機関砲(アヴェンジャー)の砲口を下へと向け、そのまま引き金(トリガー)を握った。
〔力量制御式〕は後方のものだけが切られている。砲身のブレを抑える〔力量制御式〕は働いたままで、かつ、機関砲(アヴェンジャー)自体の重さも20分の1。マリナの体重を含めても成人女性二人分程度の重量。

 つまり、使いようによってはジェットエンジンそのものとして使うことも可能――
 
 (ほう)(こう)する機関砲(アヴェンジャー)は、その巨体ごとマリナを上空300mまで引きずり上げた。

 そのまま、マリナは地上にいるリチャードを狙うべく、白銀の甲冑を探す。
 上から重力も上乗せして(たた)(つぶ)して――

 と、そこでようやく気づく。
 ――(やつ)は、どこだ?

「どこを見ている、メイド」
「――ッ!?」

 すぐ隣から聞こえた声。
 マリナは確認もせずに引き金(トリガー)を握って、更に上空へと逃げる。
 ――だが、それをリチャードは許さない。
 何もない空に平然と立っているリチャードは、マリナを見上げるとそのまま()()。マリナへと追いすがった。

 ――コイツ、なんで!?

 マリナはスカートから(しゆ)(りゆう)(だん)をばら()き、機関砲(アヴェンジャー)を水平に(ほう)(こう)させた。爆発を盾にして、マリナは機関砲(アヴェンジャー)をエンジン代わりに強引に()(しよう)する。
 
 勝つ(ため)ではなく――逃げる(ため)に。

 だが。

 爆風を斬り裂いて、白銀の騎士が空を駆け上がってくる。
 その速度はミサイルが如き速さで飛ぶマリナと同等か、それ以上――

「チ、」

 コイツどうして。
 聞いてないぞ、こんなの。
 あいつ()からの情報には、何も――!

 ――そう。
 確かにグラマン(たち)は、自分たちが知り得る炎槌騎士団の全てをマリナへ伝えていた。『憂国士族団』が調べ上げたリチャードの能力。かの騎士が戦った全ての戦場での情報を集約した、彼らの努力の結晶だった。

 しかし、それらはあくまでリチャードが戦場で見せたものだけだった。
 無論、ただの騎士ならそれで充分。むしろ実際に扱う所を見ることで、その弱点を知ることもできる。アンドレが良い例だろう。

 だが、憂国士族団は前提からして間違っていた。
 そもそも、リチャードは戦場において自らの能力を全て使った事など一度もなかったのだ。

 彼は(いたずら)に自身の能力を(さら)すことの危険を、よく理解していた。故に、その場で負う傷と能力を知られるリスクを冷徹に(てん)(びん)にかけ、その上で必要最低限の能力で勝利することを自らに課していたのだ。

 その戦い方を支えていたのは、十三騎士の血を引く(ラウンディア)が故の、その膨大な個魔力(オド)
 それは炎剣(レイバティーネ)のみならず、騎士甲冑(サーク)の能力をも向上させた。一般的な騎士が甲冑に刻む魔導式は、〔魔導干渉域〕、〔結合強化式〕、〔身体強化式〕を含めて五つほど。多くても十を超える事は(まれ)だ。それ以上は個魔力(オド)が枯渇してしまう。

 対して、リチャードが騎士甲冑(サーク)へ刻み込んでいる魔導式の数は()()()
 戦場によっては更に魔導式を刻み込んだ騎士甲冑(サーク)を用意することもある。
 
 そしてリチャードが今見せているのは、個魔力(オド)を放出し、凝固させて足場とする魔導式。万が一、(また)がる幻獣が破壊された時の(ため)の、危急の備え。
 誰にも見せる事のなかった、奥の手である。

「――クソがぁ!」

 マリナは新たに(しゆ)(りゆう)(だん)をばら()く。
 今度はXM84(スタングレネード)を48発。
 全てピンを抜いた状態で放られたそれは、即座に爆――

「それはもう見たぞ」

 ――発する前に、リチャードはその全てを斬り捨てる。
 だが、その僅かに足を止めた隙に、マリナは機関砲(アヴェンジャー)をリチャードに向け30㎜徹甲焼夷弾(A P I)を放った。
 しかし、劣化ウラン弾芯の砲弾は白銀の甲冑を(かけ)()も傷つけない。

 ――チクショウ、

 マリナは機関砲(アヴェンジャー)から手を離す。右手でパンツァーファウスト3をスカートから生み出し、発射。
 首を()らすだけで避けられる。

 ――チクショウ、

 バレットM82を生み出して撃つ。リチャードは避けもしない。

 ――チクショウ!

 こんなもんが効くかっ! 何をやってるんだオレは!
 マリナはM82を投げ捨て、再び機関砲(アヴェンジャー)引き金(トリガー)を握った。無論、効果が無いのは承知している。
 だが距離を取らねば死――

 ――機関砲(アヴェンジャー)(ほう)(こう)()んだ。

「――弾切れ!?」
「終わりか」

 ()前に、騎士の(かぶと)
 その隙間(スリット)の向こうから、(へき)(がん)がマリナを見つめている。

 瞬間、腹に突き刺さる衝撃。
 それがリチャードに蹴りだと気づく前に、マリナは地上へと墜落した。
 (ごう)(おん)と共にまき散らされる泥交じりの土。あまりの速度に身体が地面へとめり込む。幸い魂魄人形(ゴーレム)の身体が壊れる事は無かったが、身動きが取れない。
 ――早く、逃げなくては。

 マリナは右腕を機関砲(アヴェンジャー)の固定具から引き抜く。
 ――だが、次の瞬間には落下してきたリチャードが、マリナの両脚を切り落としていた。

「――ぐが、!」

 下半身から駆け上がる、喪失の痛み。

「痛かろう」

 リチャードが、感情の籠もらぬ(へい)(たん)な声で告げる。

「それは魂が削られる痛みだ。人形(ひとがた)に錬成された魂は、蓄魔石が破壊されるまで、どれだけ素体が破壊されようとも死ぬ事はできないそうだ。
 ――さあ、(たの)しんでくれ」

 右腕が切り落とされる。

「がぁ――、」

 残っていた左肘から先を、細かく千切りにされる。

「つぅ、あ、ひぃ――」

 ふくらはぎを踏みつけられ、砕かれる。

「じゃ、ぶが、は、は――」

 腹に、剣を突き刺される。
 何度も繰り返し、突き刺される。

「はぅあ、あッ、あッ、あッ、あッ、あッ、――――――」

 何度も。
 何度も。
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――

 素体の白木が砂になるまで粉砕されていき、その全ての痛みがマリナを襲う。
 既にマリナにまともな思考は無い。口はただ「あッ、あッ」と苦鳴を漏らすだけの器官に成り果てた。魂魄人形(ゴーレム)の身体に脳髄が無い以上、意識を飛ばして限界を超えた痛みから心を守ることも出来ない。際限のない痛みがマリナを(さいな)む。身体が1㎜ごとに薄く切り落とされていくような、痛みを超えた何かが提供され続ける。今や痛みこそが、マリナの(すべ)てだった。

 そして。
 切り刻まれ続けた魂魄人形(ゴーレム)の身体が頭と胸だけになった頃、ようやくリチャードは剣を振り下ろすのを止めた。

「良い悲鳴だ」

 仲間の騎士が倒されてから一度も浮かばなかった笑みが、リチャードの口元に現れる。 

「その痛みは我が同胞たち、そして我が盟友の痛みだ。心ゆくまで楽しみたまえ」

 リチャードは炎剣(レイバティーネ)を、空に掲げる。

「では、我が友へのせめてもの手向けに、俺の最大の(わざ)をもって貴様を葬ろう。
 ……その魂、一片とて冥界へなど落としてやるものか」

 リチャードの個魔力(オド)炎剣(レイバーティーネ)へ注ぎ込まれ、剣に埋め込まれた九つ全ての宝玉が光を放つ。
 途端、剣に亀裂が走り、太い刀身が扇のように五(また)に展開した。

白火(びゃっか)収斂(しゅうれん)――」

 リチャードが持つ膨大な個魔力(オド)が、五叉に分かれた刀身の間を循環する。逃げ場を無くして際限なく密度を増していく魔力は、当然の帰結としてその熱量も増大。やがて魔力そのものが熱を放ち始め陽炎(かげろう)のように空へ立ち昇り――長大な白炎の刀身を形作る。

 その刀身の表面温度をマリナの居た世界の基準で表すならば――摂氏150万度。
 極小の太陽が、剣の形を成してここに顕現した。

 ――これこそが炎剣。
 通常状態の刀身はこの()()を封印する(さや)であり、固有式を内包する九つの宝玉は錠前(リミッター)に過ぎない。かつて『炎の枝』とも呼ばれ――人魔大戦以来、リチャードが手にするまで誰も解放することが出来なかった炎剣()()()姿()

 その剣先で()でられたが最後、肉体を構成する物質は蒸発し一陣のプラズマと化す。魂魄すら高密度の魔力によって純粋魔力へと昇華し、冥界の渦に逃げ込むことすら許さぬその(やいば)。その者が存在した痕跡を、この世だけでなくあの世からも消し去る固有式。

 故にソレを――【滅却式】と呼ぶ。

「恨むのなら、貴様を魂魄人形(ゴーレム)に変えた公女を恨むのだな」

 元の数十倍のサイズにまで巨大化した炎剣(レイバティーネ)を掲げ、リチャードはもはや残骸に等しいマリナを見下ろす。
 答えなど期待していない、ただの宣告。
 
 そしてその宣告が――魂魄人形(仲村マリナ)の意識を覚醒させた。

 痛みは消えず、(いま)だ全身を硫酸で溶かされているようだった。今すぐ思考を放棄してしまいたい。全てを受け入れ諦めてしまいたい。耐えるのも、(あらが)うのも、ウンザリだ。

 だが――、
 ()()()()()、だって?
 それは、聞き捨てならない。

「――冗談じゃ、ない」

 マリナの口から、自然と言葉が漏れた。
「ほう、」リチャードは感嘆の声を漏らす「まだまともに話せるとは」

「魂だけの生命体と言えど、()(すが)にここまで痛みを与えれば心が壊れるかと思ったが、よほど強情な魂らしい」
「なに言ってる――。オレはな、幸せ、だよ」
「幸せ?」

 リチャードは鼻で笑い、

「痛みに塗れるのが、貴様の幸せなのか。
 貴様の主人はお前を盾にして、仲間の平民(かちく)どもは遠巻きに見ているだけ。自分たちに不幸が降りかからなければそれで良い。貴様の死で足りなければ、他の不幸な誰かを(いけ)(にえ)にして逃げ去る。誇りなぞ(かけ)()もない。
 そんな(やつ)()(ため)に死ぬことが、貴様の幸せなのか?」
「そいつは、見当、違いだな」

 マリナはリチャードの問いを、鼻で笑い返した。

「エリザはオレの希望、だ。
 人間も捨てたもんじゃ、ねえって、思わせてくれた……。
 オレ自身に絶望せずに、済んだ。
 それだけでオレには充分、だった。
 満た――された。
 だからッ! オレはエリザの願いを、(かな)えて――」

「もう良い、聞き飽きた」
 
 リチャードはマリナの言葉を遮り、炎剣を振りかぶる。

「これより天罰を下す」
「――お言葉ですが、リチャード様」

 マリナは精いっぱい、小馬鹿にした笑みを浮かべてみせる。

「天罰が下るのは、貴方(あなた)の方です」
「――死ね」


 ――そして、天罰がくだされる。

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