scene:04 逆襲の牙
チェルノート城から
城に避難した平民たち。彼らが
それをリチャードがみとめたのは【断罪式】の余波で生み出された雲がようやく薄れ、三日月が顔を見せた頃だった。弱々しい月明かりの下では強化された視覚でも細かい所までは見ることは出来ない。しかし、何かが始まろうとしている事は確かだ。
「ようやく、ですね」
リチャードの隣で、
「ったく、今になって覚悟を決めたのか平民どもは」
「
「まったくです。町人たちが事を起こしたら、さっさと降りて
「ああ、そうだな。いい加減、腰を落ち着けたい」
騎士たちはそう言って笑い合う。
もとより、彼らはチェルノートの住民を生かしておくつもりなど
だが、
「――少し待て」
リチャードのその言葉に、笑い合っていた三人の騎士は不思議そうな表情を浮かべる。険しい表情を浮かべるリチャードへ、物問いたげな視線を送った。
それを無視して、リチャードは〔身体強化式〕を眼球へと集中させた。
頼りない月明かりの下で、
彼らは一様に城の中へと吸い込まれていく。順当に考えれば、町人たちは数の優位に任せて公女を殺しにかかるのだろう。
だが。
――気のせいか?
リチャードは眉をひそめる。
これでも炎槌騎士団の団長であるリチャードは幾度となく
そのリチャードの勘が告げているのだ。
お前は今、
◆ ◆ ◆ ◆
リチャードの視線の先。
チェルノート城のエントランスホール一階では、ダリウス・ヒラガは神経を研ぎ澄ませていた。
エントランスホールでは城内部へ退避してきた町人たちと、作戦の準備を進めるシュヴァルツァー子飼いの商会員が駆け回っている。
その慌ただしいエントランスホールの端で、ダリウスは
ダリウスの正面で瞳を閉じているのは、バラスタイン辺境伯公女――エリザベート・ドラクリア・バラスタインである。
ダリウスとエリザが腰を下ろしているのは、蓄魔石を精製して作った
「公女さん、
「はい――」
途端、ダリウスとエリザの手の隙間から光が
――それは、エリザの
エリザとダリウスに魔力の経路を作り、ダリウスはそこから更に幾つもの魔導陣へと魔力を飛ばす。そうする事で
言ってみれば、今のダリウスは『生きた魔力分配器』とでも言うべき存在である。
ダリウスは自身とエリザの魔力経路が成立した事を確認して、目の前の少女へ笑って見せた。
「よし、これで完了だ。公女さんは持ち場に行ってくれ」
「ありがとうございます」
いつかとは違う
そしてエントランスホールで同じように作戦準備をしていたメイドへと顔を向けた。
「マリナさん、また後で」
「おう」
複雑な表情を浮かべている公女とは対照的に、メイドの返事はそっけない。
だが、むしろ安心したかのように公女は「エンゲルスさん、行きましょう」と、荷役の一人を連れて城の外へと駆け出して行った。
――それじゃあ、俺も始めるとするかな。
公女の背中を見送ったダリウスは、自身の魔導神経を流れるエリザの
刻んだ魔導陣はメインのものが五つ。
まず〔重力制御式〕が一つに〔力量制御式〕が三軸。1800キルムはあるという
そして問題は最後の一つである〔雷火式〕だ。これはメインが一つと、そこから分配するサブが複数。武器を動かす
ダリウスはそれら全ての魔導式を起動させ、それらの効果を安定させる
立ち上がり、床の魔導陣から離れて魔力が遠隔でも流れるか確かめる。
――問題無し。やはり俺は天才だ。
ダリウスは満足げに
「それじゃ、失礼するぜ」
「頼みます」
言って、メイドは胸元のをはだけさせ、
中にあるのは現代の技術では精製不可能なほど高純度の蓄魔石。――魂の座である。
ダリウスは胸殻の中へ手を突っ込み蓄魔石に触れる。――途端、蓄魔石がダリウスの魔力を吸い上げた。それを
これはメイドの身体能力を引き上げる
ただの
「よし
ダリウスの言葉に応じるように、赤髪の
そのまま大理石を踏みつけ――――た足が、
メイドは足を地面から引き抜きながら
「問題無さそうです」
「――そ、そうか。良かった」
大理石に出来た足跡を見ながら、ダリウスは
なんにしても、強くなったのは良いことだ。
――しかし、とダリウスは眉をひそめる。
公女様の
いくら貴族とはいえ、これだけの数の魔導式を起動し続ける事ができる魔力量というのは尋常ではない。しかも
しかも魔導神経から返ってくる感触からすれば、公女様はまだ
本来なら公女の
とても
だがこれなら。
そう、ダリウスは期待する。
本当に、炎槌騎士団に勝てるかもしれない――。
そして
ダリウスの魔導神経が、チェルノート城の魔導干渉域発生器から
魔導干渉域発生器の暴走。
開戦の
もう、後には退けない。
「メイドさん、頼んだぜ」
「……ダリウス様、ひとつ訂正を」
「ん?」
「
言って、メイドはスカートから緑と茶色の
――ダリウスには知る由も無いことだが。
帽子の名は88式鉄帽、黒い棒状のものは
かつてマリナが夜間戦闘の際に使っていたものだった。
そして、仲村マリナは隣に鎮座する
「
◆ ◆ ◆ ◆
「何だ?」
最初に気づいたのはアンドレだった。
魔導神経を持たぬ騎士ですら感じ取ることのできる魔力の奔流。
それが、チェルノート城の地下から
――途端、リチャード達が
変化はそれだけで収まらなかった。何かが
だが、魔導式を魔力に還元した際のものとは違う。
むしろ騎士同士がぶつかり合った時に生じるような――
「――まさか」
アンドレは暴れる
「これは、魔導干渉域か!?」
魔導式が折り重なり生命として成立している幻獣は当然、魔導干渉域の影響を受ける。騎士の魔導干渉域の影響を免れているのは、そのように発生器を調整しているからだ。それ以外の魔導干渉域に触れれば、幻獣の根幹魔導式は分解される。だからこそ炎槌騎士団は、チェルノート城が作る魔導干渉域の外で待機していたのだ。
だがもし、魔導干渉域発生器を暴走させる事が出来たのならば。
発生器の自壊を代償に、干渉域の範囲は極限まで広げる事が出来る。
果たして、アンドレの仮説を肯定するように――
――幻獣たちが魔力へと還元された。
突如として足場を失くした騎士たちは、地上600メルトに投げ出され――そして自然の摂理に従い落下した。「ぐぉ!?」予想外の出来事にアンドレたち炎槌騎士団は
しかし、
「なるほど――」
同じく宙に投げ出されたリチャード・ラウンディア・エッドフォードは、むしろ喜ぶかのように口角を上げていた。
この展開は、悪くない。
リチャードは暗く静まり返ったチェルノート城を見つめて
「あくまでも抵抗するのだな」
◆ ◆ ◆ ◆
「公女様ぁ! 騎士が落ちてきますぜ!」
エリザベートの隣でエンゲルスが叫んだ。
その顔にはマリナが用意した暗視ゴーグルが乗っている。
二人がいるのはチェルノート城の城壁の上だった。
戦況を把握する
作戦の第一段階はクリア。
これで万が一の事があっても、町人たちを避難させられる。
だけど――
と、エリザは背後を見やった。
城壁の上からでも、城内に避難した町人たちの姿が見て取れる。彼らは窓際に集まってこちらの様子を見守っていた。表情までは見えなくとも、互いに身を寄せ合う姿からは彼らの不安が伝わってくる。
だというのに。
誰一人として、逃げようとしていない――――!
ならば、
「マリナさん!」
『おう!』
エリザの念話を受けて、正面エントランスの扉が開かれた。
魔導灯の逆光の中で
「お客様のお相手をッ」
『承知ッ!』
――瞬間、雷光が如く黒い影が飛び出した。
飛び出したのは
ふと、エリザは思い出す。
かつてこうして、戦いに赴く人を見送った事があった。そして、その人――父、ブラディーミア十三世はそのまま帰らぬ人となったのだ。
エリザは願う。
今度こそ、大切な人を失わぬように――と。
◆ ◆ ◆ ◆
城壁を何かが飛び越えてくる。
ガブストール・アンナローロは落下しながらも視力を上げて、その姿を確認する。黒いロングスカートのワンピースに白いエプロン。眼鏡に赤髪の
生きていたのか。
そう驚くと同時に、ガブストールは違和感を覚える。
そして
――何か仕掛けてくる。
ガブストールがそう直感したのと同時に、リチャードから「ガブストール」と声をかけられた。
「お前が先陣を切れ」
「は!」
まあ、何だって良い。
俺には
ガブストールは背中に掛けていた
その槍の名は【輝槍:カインデル】。
固有式は【限定予知】――敵の攻撃を予知し、所有者へ伝える魔導式。
槍の柄についた金環が回転し始め、近似平行世界線全てと同調。所有者の因果律から敵の攻撃を逆算する。――途端、視界に浮かび上がる光点。それは【限定予知】によって導き出された敵の攻撃がやって来る場所だ。
「ニコライ、狙われているぞ」
「ったく、俺からかよ……」
そう吐き捨てながら、ニコライ・ジャスティニアンも自身の魔導武具の固有式を起動させる。彼の魔導武具は【不滅剣:デュリンダーナ】。【概念忘却】によって『壊れる』という概念そのものを忘れた魔剣は、その太い身幅を利用すれば盾にもなる。どんな攻撃が来ようとも問題無いだろう。
と、
「む、こちらもか」
ガブストールの目の前にも光点が現れる。今度は二つ。
どうやら矢か何かを連続して放つ魔導武具らしい。
だが、そんなものが騎士に通用するものか。
ガブストールはもう一つの固有式を起動させる。固有式【凝集光手】は、槍の内部に
「何だか知らんがこれで――」
――
そう言いかけたガブストールの言葉が止まった。
一つ、二つと増えていた未来を示す光点。
今やその数は、視界を埋め尽くすほどに膨れ上がっていた。
――なんだ、これは。
その光点の正体をガブストールが知ることは、
未来を示す光点の向こう側から現れた鋼鉄の
視界を埋め尽くすほどの矢が、彼の甲冑を
甲冑の〔結合強化式〕の限界を超えて甲冑の中に飛び込んだ
そして「ボギュン」と。
小気味よい音と共にガブストールという名前だった首が、手足が、花火のように爆裂した。
「ガブス――」
戦友の末路に驚き、思わず剣を下げた
雨のように炎槌騎士団へ降り注ぐ
その降水量は毎分3900発。降り注ぐのは劣化ウラン弾芯の竜の牙。
牙の名は30㎜
牙を放つは全長6mを越える鉄塊。
――
◆ ◆ ◆ ◆
果たして、四人の騎士は
マリナは右肩に担いでいた機関砲を止め、騎士たちが落ちた位置を見つめる。
GAU-8――『アヴェンジャー』は、航空機に搭載される機関砲だ。
戦車の上部装甲を貫ける威力を持つそれを、マリナはかつて『ニッポン』で陣地防衛の
――だが、そんな苦い記憶も、今となっては良かったと思える。
その時に仲間達と行った改造の経験が無ければ、こうして担いで扱えるようにする事も出来なかったからだ。
だが何より、シュヴァルツァーが手配した職人たちは完璧な仕事をしてくれた。肩に担げるよう馬車職人が台座を作り、鍛冶職人たちは
魔導式が『ニッポン』にあれば、と悔しく思うほどだ。
――ふと、背後から歓声があがった。
暗視ゴーグルで状況を見守っていた何人かだろう。
そしてマリナの頭に念話が届く。
『やりましたねマリナさん!』
マリナはそれには応えず、単眼暗視装置を調整する。
見つめるのは、
『本当に騎士を倒せちゃいましたよ! これで――』
「いや」
『――? マリナさん、何か』
マリナは不思議そうなエリザの念話には答えず、空いている左手だけでスカートの中からRPG-7を生み出し――間髪入れずに発射した。
数百メートルの距離を瞬時に
――突如として現れた
成型炸薬の爆風の向こうを見つめて、マリナは
「
『マリナさん、アレ……』
エリザも気づいたのだろう。
念話から
マリナは自身も感じるソレを振り払うように、ニヤリと笑った。
「――まさか、30㎜でも抜けねえとはな」
闇を
その向こうから、二人の騎士が現れる――――。