バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

独立した世界5

 そんなことを考え、試しに幾つか描いていく。
 飛び地で反応させる両側の二つは変えずに、間に挟む記号の反応の強さだけを変えて調べていくと、やはり反応の強さが飛び地の条件で、更には仮説通りに反発しているような様子も観測できた。
 その後も色々と試してみたところ、どうやら反対の性質を持つモノ同士でも連鎖反応はするようだが、連鎖しようと魔力が繋がる前に、反対の性質を持つモノ同士ではそれを弾いてしまうらしい。その際に一つ先に親和性の高いモノが在れば、そこへと魔力が吸い込まれるように移ってしまうようだ。そして、この飛び地は一つ先辺りまでしか伸びないようで、間に反対の性質を持つモノを並べたとしても、二つ先では遠すぎて途中で魔力が霧散してしまった。
 ならば飛び地に何も関係の無いモノをとなると、飛び地に連鎖さえしてくれない。つまりは、飛び地は限られた距離で親和性の高いモノに限るということ。
 さらに実験を続けた結果、この範囲も基点となる記号の反応の強さに拠るようで、こちらが弱いと一つ先にも届かなかった。これは考えてみれば当然の話ではあるか。

「途中で増幅・・・は無理か。その場合、そっちと連鎖反応を示してから次へと繋がる訳だし」

 増幅記号は魔力に反発して押し上げる役割ではなく、より反応を強くするための中継点でしかないのだから、魔力を連鎖させずに増幅は無理だ。そもそもからして、増幅記号に属性という概念は存在しない。一部例外はあるようだが、あれはまた少し違うようだし。
 その辺りまで掴めたところで、息を吐いて僅かに休憩を挿む。

「まあそれ以前に、飛び地ですら必要性が分からないのに、その更に先まで考えたところで実用性は皆無か」

 一つの模様に複数の系統を混ぜるというのは理解できる。しかし、それを模様の中で住み分けるのではなく、混在させるという意味がよく分からなかった。発現の結果にどう影響があるというのか。
 一度それが気になり、配置を整えて住み分けた模様を描いた事があったが、結果的にそれが本当に住み分けただけかどうかはともかくとして、示された答えは然して変わりはしなかった。
 確かに混ざり具合は違ったが、この模様での混ざるというのは液体同士を混ぜるのとは違い、どちらかと言えば固形同士を混ぜる・・・いや、重ねると表現した方が正しいのか。
 魔法が層のように重なっていくのだ。綺麗な層かどうかは目的次第だろうが、大体は一色で塗った絵に一本か二本線を引いたようになるだけだ。
 それが住み分けずに混在すると、そのまま魔法が発現するからか、住み分けて発現した時よりも層が多くなる。しかし、違いらしい違いはそれだけ。増える層も本当に僅かなので、わざわざ混在させる理由がよく判らない。

「まぁ、元から層自体多くはないから、一層や二層増えただけでも一気に増えたように見えるのだが」

 効果というか結果で言えば、両者はあまり変わらない。威力という意味でも、応用性という意味でも。

「層が増えた方が都合がいいのか、それとも混在させることに意味があるのか、はたまた他に理由が在るのか・・・」

 その答えは未だに出ていない。この模様が完成形だったと仮定しても、模様自体まだ完全に解析しきれていないというのもあるが、部分的に切り取っても、意図が読めないところが多いのだ。

「ふぅ。やることが多いな」

 しかし、その分退屈しなくて済むので、言葉とは裏腹に声音は楽しげなものになってしまったが、それも致し方ないことだろう。
 退屈な日常の中でも、やることは山のようにある。それを毎日淡々と消化していく日常の中に、やりたいことが加わるだけで退屈の度合いもかなり薄まっていく。この刺激は中々に得難いものだ。
 心の底から知りたいと、確かめたいと思えることがどれだけ幸せなことか。今になって本当に解ったような気がするが、おそらくこれでさえもまだ理解は浅いのだろう。

「道は果て無く続けども、されど足は止まる事なし」

 現在の心境的にはそんな感じだろうか。思えば、兄さんという存在の背を追うのもそれに似ているな。もはやこちらは半ばまで諦めてはいるが。流石に影さえ見えないほどに遠いと、不安になって、己が矮小さをまざまざと見せつけられる思いになってしまうからな。あれは精神衛生上あまりにもよろしくない。

「・・・あれに比べれば遥かにマシか。兄さんは、あまりにも遠すぎる」

 別に追う必要もないのだが、やはり現在オーガストとして生きている以上、せめてその本人には比肩したいのだ。

「いや、それは流石に望み過ぎか」

 兄さんと比肩する。そんなこと、世界を敵に回して戦うより何倍も困難だろう。
 それに、もうオーガストとして生きなくてもいいとも言われている訳だし。

「・・・・・・」

 ボクはどうしたいのだろうか? ジュライとして生きたいのか、このままオーガストとして生きていたいのか。

「いや」

 前者は直ぐにでも叶うだろうが、後者は直に醒める夢だ。兄さんがいつまでもこの状況を許容する訳がない。なんというか、今の兄さんからは何かしらの意志を感じてきているのだから、そう遠くないうちに強制的にボクはジュライとして生まれ変わることになる。
 ならば考えるだけ無駄のように思うが、それでも考えてしまう。ボクは一体どうしたいのだろうかと。
 暫く思案してみるも、ジュライとして生きたいという気持ちの方が大きい。ただ、同時に不安も大きく、未だに決断できずにいる。

「・・・・・・」

 どうしたものかと悩んでみたところで、答えは最初から出ているのだ。しかし、それを実行に移す決断が出来ない。なので、そういう意味でもどうしたいのかなんて考えるだけ無駄のような気もしてくる。

「・・・いや、脱線しているな」

 頭を振ると、前を向く。今考えることはそこではない。幾つもの系統を混在させる意味の方だ。

「幾つも層を築いて魔法を構築したとして、それで攻撃した場合は数種類での波状攻撃になるが、それを模様に当てはめれば、間に他の魔法が挟まって起動することになるから・・・そちらの方が都合がいいのか? でも何故だ? 周囲の魔法も視野に入れて考えていくとして・・・」

 魔法には系統による効果があるので、その辺りも考慮した方がいいのだろう。しかし、模様の全容を解さないことには、それも完全には厳しいか。

「魔法の構築と同様に考えられるものではないが、全くの別物という訳でもないだろうからな」

 模様は別の体系の魔法ではあるが、普通に魔法を行使するのとそこまで大きく違うという訳でもない。この微妙な差が頭を悩ます原因でもある。この違いを理解しないといけないのだろうが、難しいな。

「もう少し解析に集中しないといけないか」

 そう思い頭を使うも、答えはそう簡単には出てこない。この辺りはまた次への課題だろうか。そろそろ時間になりそうだからな。
 時間を確認してみると、もう夕方が過ぎて夜だったので、切り上げることにする。
 腕輪の時間設定を解除して、掃除を済ませてから訓練所を出る。
 その後にクリスタロスさんにお礼を言って、転移装置で元の場所に戻った。
 転移で駐屯地から少し離れた場所に戻ってくると、暗い中でもまずは周囲を確認して、誰の目も無いのを確かめてから、駐屯地へと歩みを進める。
 駐屯地に戻ってくると、そのまま宿舎に戻る。宿舎に到着した頃には空の色がより濃くなっていた。
 自室に戻ると、誰も居ない。誰か居る方が少ないので、別に気にもならないが。居ても会話も無いし、どちらでも変わりはしないからな。

「そろそろお風呂に入りたいものだ」

 上段のベッドに上がる為に梯子を登りながら、身体と服を魔法で清潔にしていく。この地に来てからずっとお風呂に入れていないのでそろそろお風呂に入りたくなるが、残念ながらこの寮には個室のお風呂がないので、それも難しい。落ち着きたいからお風呂入るのに、大勢と一緒に入るなんて論外だろう。
 まだ別の場所にお風呂を造ってはいないし、可能性があるのは学園の寮だ。転移してもいいが、居ないはずの部屋でお風呂が使われているのは問題だろうから、困ったものだ。

「次に学園に行くのは・・・もう一周した後か」

 ジーニアス魔法学園へは、次の休日の前に行くことになっている。あと少しではあるが、まだ遠い。

「・・・なんだか最近妙に疲れるな」

 今日のように楽しいこともあるも、大抵は退屈だからか、最近は寝ていても疲れてくる。脱力感に無気力感とでもいえばいいのか、そんな感じを抱くのだ。

「はぁ。もう寝よ。先に進むにはまだまだ掛かるからな」

 心と共に意識を沈める。何だかもう色々と疲れた。周囲のことなんてもうどうでもいいかな。





「ふむ。そろそろ限界、だろうか?」

 幾千の夜を凝集したより暗い世界で、オーガストは考えるように呟いた。

「まぁ、よく保った方か。そもそもが無理なのだから。彼の精神は常人のそれより少し丈夫程度でしかないだろうし」

 オーガストは目の前の暗闇を見つめながら、呆れたようにそう口にする。

「僕の肉体は既に人間の枠の外に在るのだから、そこに人間でしかない彼が枠に合わせようとしたところで、土台無理な話なのだよ」

 他に誰も居ないはずの空間で、誰かに語り聞かせるようにオーガストは言葉を紡ぐ。

「いくらある程度人間に戻したといっても、限りがある。既に僕の身体は異質なのだから・・・だけど、僕は待つよ。それが約束だものね。君が壊れるか、乞うまでいつまでも。ふふふ」

 愉悦の滲む声音を出したオーガストは、闇の中を見詰める視線を右に左に動かしていく。その視線は、何かの動きを追っているような動きであった。

「それにしても、外では色々と変わってきているようだ。その中心はめい、か。さてはて、彼女達はどうしたいのか。それにあちら側の超越者達。直接世界を動かそうというのか・・・出来ると思っているのだろうか? まだ異変に気がつかないほどに無能でもあるまいに。あの程度で修正出来たと思っているのだろうか?」

 感心したような声音から何処か馬鹿にしたような響きに変えると、オーガストは不思議そうに首を傾げた。

「そこのところどう思う? 君は」

 オーガストが闇の中に問い掛けるも、そこには誰も居ないし、何の答えも返ってこない。しかし、オーガストは何故か少し驚いたように目を開く。

「ほぅ。それはそれは。まぁ、それならこちらは暫くは見守っておくがね」

 軽く肩を竦めると、オーガストは何かを言われたかのように小さく笑う。

「君の出番はまだ先かな。君が出ては全てが簡単に終わってしまうからね。それに、君には別の方面で活躍してもらわないと」

 怪しい笑みを僅かに浮かべたオーガストは、闇の中を眺めながら満足げに頷いた。





 翌日からの見回りも、何か起きるということも無く平和に過ぎていく。
 落とし子達の様子も見慣れたもので、成長速度は目を見張るものがあるものの、それでも大したことがない。一応戦闘技術も向上しているものの、その辺りは他の生徒とそこまで差は無い。どうやら技術の成長はそこまで早い訳ではないようだ。
 そんなことを思った以外には大して感想もなく、東西の見回りが終わった。
 そして、今日はやっと待ちに待ったジーニアス魔法学園へと向かう日。列車で二日弱ほどで到着出来るが、そうすれば念願のお風呂に入れる。それに、学園の寮の自室は一人部屋なので、落ち着いて時間を過ごせというもの。とはいえ、滞在中は研究がほとんどだろうが。
 早朝に宿舎を出ると、駅舎の方へと向かう。距離を考えれば他の門より出発が遅いのは、その分駐屯地から学園までが近いので、到着時間の調整の為だ。遅めに出ても、学園に到着するのは朝なのだから。
 という訳で、早朝に宿舎を出た後、駐屯地内を移動して朝に駐屯地を出る。そこから駅舎までそこそこ距離は在るが、昼前には到着出来た。
 誰も居ない駅舎で、少し雲があるなか駅舎内の長椅子に大人しく腰掛けて待つ。

「・・・静かだな」

 風の通り過ぎる音を聞きながら、静かに空を見上げる。雲があるとはいえ、透き通るような青空は心が洗われるようだ。緑と土のにおいが風に乗って鼻孔をくすぐるのも落ち着く。

「なんかもう、今日はこのまま終わりたいものだ」

 そうは思うも、遠くに近づいてくる列車の姿が目に映り、この時間がもうすぐ終わるのを知る。

「・・・・・・はぁ」

 ため息を吐きながら立ち上がると、程なくして列車が到着した。
 到着した列車に乗り、個室に移動して扉を開くと、正面にプラタとシトリーが立ったまま待機していた。
 ボクが扉を開けると、二人は同時に頭を下げる。プラタは深く、シトリーは軽く。

「相変わらず早いね」

 二人に挨拶をしながら入室すると、後ろ手に扉を閉めて長椅子に腰掛ける。その隣にプラタが座り、ボクの膝上にシトリーが腰を落ち着けた。
 その頃になって影からフェンとセルパンが姿を現して、向かいの長椅子に着座する。相変わらず器用なものだ。

「到着までそんなにないけれど、話を聞かせてくれる?」

 向かい側に座るフェンとセルパンに目を向けて語り掛ける。

「畏まりました。では、小生から」

 フェンが恭しく頭を垂れると、頭を上げて話を始めた。その話の内容は、人間界を囲む森の話。
 まず西の森だが、森の中にはまだエルフの勢力圏が在るも、それもナイアードの住まう湖を中心とした狭いモノで、現在の森の多くは数種類の蟲系の生物がそれぞれ支配しており、残りを魔物が占めているらしい。
 ただし、それは盤石なものではなく、今でも覇権争いは続いているとか。
 北の森は争いらしい争いは無く、逆に森に棲むもの同士が協力している節があるようだ。それは珍しい現象なので、一度見てみたいものだ。
 東の森は騒動が収束した後、新しい支配者が誕生した。それについては以前聞いたが、その新たな支配者は死の支配者が手を加えた可能性もあるので、様子を見ていた。
 フェンの話はその報告だったが、どうやらまだ強くなっているらしい。

「まるで落とし子達だな」

 短期間に強くなるところだけだが、それは落とし子達のように思えた。しかし、死の支配者が手を加えたと思われるので、その魔物は別の存在なのは確かだ。

「落とし子達の方が成長速度は早いようです」

 ボクの呟きに、隣から答えが返ってくる。ただの感想のつもりだったのだが、落とし子達の方が成長速度は早いのか。

「そっか。まぁ、既に大分強くなっているからね」

 期間を考えればありえないほどの成長速度だが、それでもまだ平原止まり。森へは浅い場所ならいけるかもしれないぐらい。

「はい。直に森の先へと向かうかもしれません」
「でも、その前にエルフが居るでしょ? ナン大公国としてはそのつもりだろうし、別の方面の森に行かせるとも思えないけれど」
「ご主人様の仰る通りです。しかし、それさえもそう遠くはないかと」
「・・・まぁ、今のまま成長し続けられるのであれば、そうだね」

 いくらなんでも成長にも限度というものが在るだろう。それが何処かは分からないが、南の森のエルフ達は強いらしいからな。届くかどうかは疑わしいのではないだろうか。そう思うのだが、どうなんだろう?

「これはあくまでも私の予想で御座いますが」
「うん?」
「落とし子達は、南の森のエルフを越えてもなお成長し続けるのではないかと」
「・・・・・・ほぅ。それは興味深いが、危うくも在るな」
「はい」

 もしそうであれば、確かに警戒すべき相手だろう。しかし、今はその成長速度以外に見るべき点も無いので、どうも興味が持てないんだよな。まぁ、警戒はプラタとシトリーがやってくれているから問題ないのだが。

「彼らはこれからどうするつもりかな?」
「それは不明です」
「そっか。ナン大公国の思惑の一つは南の森だろうから、そこまでは協力しそうだけれど」

 彼の森に踏み入れるのがナン大公国の悲願でもあるからな。そこまで駒を進められれば一気に領土を拡げられるだろうし。・・・その分危険にも晒される訳だが。流石にその辺りは考えているだろう。

「その後はどうなるのかね?」

 ナン大公国が南の森へと侵攻するのも予測でしかないが、そこまでは実現したとしても、その後も協力的とは限らない。それに、そこまで実現した時には落とし子達も大分強くなっているだろうから、対処も容易ではない。少なくとも、その時点でナン大公国がどうこう出来る段階ではなくなっている。もっとも、それは武力に限った話ではあるが。

「現在の様子だけですと、友好的なように思えますが」
「そうだね。今は何も知らないようだからね」

 主に遠目からではあるが、何となく知識や経験に飢えている様に見えた。ならば、それが満たされた後はどうなるというのか。

「・・・まぁ、それは後でいいか。今はフェンの話の続きを聞こう。お願いできる?」
「畏まりました」

 ジーニアス魔法学園に到着するまであまり時間は無いのだから、今は話の続きを聞くとしよう。学園の自室でも話は出来るけれど、落とし子については情報がまだ不足しているからな。

「では、次は先程話に出た南の森について――」

 フェンの話によると、現在の南の森は変わらずエルフ達が支配している状態で、周囲に敵性生物が棲んでいるらしい。つまり、環境でいえば特に変化は見られない。
 しかし、エルフの中に急速に強くなっている者達が数名現れたのだとか。

「それは東の森の魔物と同じ、ということなのかな?」
「恐らくではありますが、その推測は正しいかと存じます」
「ということは、南の森にも死の支配者の影響が出ているのか・・・これは、落とし子達でも難しくなってきたかもね」
「はい。ですが、それも時間の問題かと」
「うーん、両者の成長速度を正確には理解していないし、それは現在の能力についても言えることだが、それでも難しいんじゃないかな? たとえいけたとしても結構時間が掛かると思うから、何年も必要なんじゃない?」

 その頃にはボクは人間界に居ないかもしれないというぐらいには時間が掛かると思うが、どうなんだろうか?

「確実なことは申し上げられませんが、おそらく届くのではないかと。それもそう遠くないうちに」
「そこまでなのか。落とし子の限界は何処なんだろうか?」

 流石に成長にも何処かで限界があるのだろうが、それでも落とし子の限界は想像以上に上にあるということだろう。そうであれば、厄介なものだ。

「申し訳ありません。分かりません」
「まぁ、まだ姿を現してそんなに経ってないからね」

 元々不明な存在なのだから、その限界など直ぐに判る訳もない。なので、明確な答えを期待しての問いではなかった。

「しかし、落とし子ね。彼らを直接見たけれど、成長速度以外はそこらの人間と大して変わらなかったと思うが・・・何が違うんだろう?」

 成長速度が違うだけで確実に何かが違うのだろうが、それが何かまでは解らない。

「外見はそう変わりませんが、中身は違う・・・ように視えました」

 プラタが珍しく僅かに自信なさげにそう口にする。

「中身、か。そもそも落とし子はどこから来たのかも分からないからね」
「はい」

 そこが判れば、落とし子という存在が何かも判るかもしれないが、これに関しては全く情報がない。唯一の手掛かりは、落とし子達が居た世界とこちらの世界を繋いだあの模様だが、現在解析が停滞している状態。少しずつ進んでいるとは思うが、実際はどうか怪しいものだ。

「・・・もう少し模様について理解出来ればな。シトリー、あれから研究所で何か進展はなかった?」
「んー? んー」

 顎を上げてこちらに目を向けたシトリーは、顔を前に戻して首を傾げる。

「新しいモノが幾つか追加されたみたいだけれど、出入りする人数はあれから減ったから、進展らしいものはないかも?」

 模様について全く理解する気のないシトリーは、首を傾げたまま首を捻り、覗き込むように目線だけをこちらに向けてくる。

「その新しい模様については後で教えてね」
「いいよー!」
「ということは、あの研究所は落とし子達を喚ぶ為に造られたのか。でも、どうやって落とし子の存在を知ったのか」

 プラタとシトリーに聞くまでボクは知らなかったが、どうやったのだろうか? 何かしらの情報源を持っているのかな? 外の世界なら多少は落とし子の存在が知れ渡っていそうだし。でも、外の情報もまた貴重だが・・・。

「それに、そこへと至る道まで用意出来た訳だし・・・ふむ」
「分かりません。しかし、何者かが接触したと考えられる痕跡は確認出来ました」
「痕跡?」
「あの模様に似たモノが描かれた書物でした。しかし、描かれている文字が人間界で使用されているものではなく。ただ、私も見たことがない為に、何処の国の文字かは不明です」
「見たことの無い文字、か」

 プラタが見たことがないというのであれば、よほど隠されていた文字ということになる。それか存在しない文字か。

「それがナン大公国の模様による魔法の原点か。しかし、そんなモノを何処から持ってきたのやら」

 プラタが把握していない文字で書かれた、新しい魔法の発現方法。それを編み上げた者達とは、一体何者なのだろうか? 興味はあるが、情報が無さ過ぎて今は何も判らないな。
 そういう訳で、たった今その存在の可能性を知ったばかりの相手のことなど分かるはずも無いので、一度話を終える。
 プラタとシトリーに引き続き調査を頼んだところで、窓の外へと目を向けた。既に夜も更けていたが、傾き始めているとはいえまだ月が見えるので、時間的には大丈夫だろう。あと一日は余裕があるはずだ。
 そういう訳で、次はセルパンに話を聞くことにする。

「今回吾が赴いたのは――」

 そう言って話始めたセルパンの話は、南の森の先、魔物の国についてであった。
 どうやらあれから少しして死の支配者の侵攻があったらしく、現在は他の地と同様に無残なものらしい。
 その様子を一部見ていたセルパンの話を聞くに、攻めてきたのは総勢八名。その中の一人は他の七人を指揮していたように見えたとか。

「倒しきれなかった、のか・・・」

 八人に攻められた魔物の国――正確には竜人の国なのかもしれないが――は、事前に準備していただけに、魔物と連携して事に当たったという。しかし、それでも八人の内二人倒せただけで終わったとか。今までと違い派遣されたのが明らかに格上の相手だったということなのだろう。
 それにしても、今まで聞いたことなかった指揮する者と統率された者か。それでいて、今まで少し格上だが勝てなくはない相手だったのが、ほぼ勝てない相手へと変わってしまっている。
 南に攻めた死の支配者の部隊は、魔物と竜人の連合軍を蹴散らした後、更に南下して行ったという。その後は見ていないようだが、おそらく魔物の国は手ひどくやられたことだろう。もしかしたら竜人の住処の更に先を攻める為の強さだったのかもしれないな。

「倒した相手はどうなったの?」
「直ぐに消滅してしまいましたので何とも。ただ、以前と同じで何処かへと消えていった感じが致しました」
「多分、死の支配者の下に戻ったんだろうね」
「おそらくは」

 そして蘇ると。不死身の相手と戦うのは厄介なものだな。消滅させる方法など知らない訳だし。

「これで大方の侵攻は終わった訳か。次はどうするのやら」

 今は死の支配者だけではなく落とし子達も居るからな。それに、この前会った死の支配者が創り出したという少女も気になるし、色々な事が重なっていくな。思わずため息が零れそうになるよ。

「現状動きは確認出来ておりません」
「そうか・・・どうなるのかねぇ」

 備えるといっても何に対してか分からないが、何が起きても大丈夫なように心構えだけはしておこう。ついでに修練も。それぐらいしないと暇だしな。研究ぐらいしかすることないし。

「落とし子が脅威でない内に、死の支配者の方で何かしらの進展が欲しいところだが」

 待つ事しか出来ないというのはもどかしいな。

「現在の世界は静寂が続いております」
「そうか。そういえば、プラタはシスとかいう死の支配者が生み出した存在は把握している?」
「シス、で御座いますか? どの様な者でしょうか?」
「えっと――」

 プラタに前に姿を現したシスの容姿を伝えていく。異質ではあったが、彼女自身にはそこまで存在感がある訳ではなかった。

「その存在は把握しておりますが、詳しくは判っておりません。しかし、ご主人様はどうしてその者を?」
「ああ、この前駐屯地の宿舎で部屋に居たら、目の前に現れたもので」
「目の前に? ・・・それは把握しておりませんでしたが、何の為に姿を現したのでしょうか?」

 驚くプラタ。ボクの目の前に現れた相手を把握していないとは、プラタにしては珍しい。それだけの存在だったということか。

「確か、落とし子の様子を見に来たとか言っていたな。そのついでにボクのところにも顔を出したらしい」
「落とし子を、ですか。やはり死の支配者も落とし子を警戒しているのですね」
「そのようだね」

 あのシスという少女の強さはよく分からなかったが、確実に今の落とし子達よりも強いだろう。もしかしたら、ボクも勝てないかもしれない。そんな存在に監視させているぐらいだから、結構な警戒をしているということだろう。

「でも、暫くは落とし子達は弱いままだろうから、動きはないだろうな」

 いくら警戒していても今は弱いままなので、何も起きないだろう。警戒に値するとも言えない強さだし。まぁ、思考の方は分からないが。

「これからどうなるのかは分からないけれど、当分は今のままか」

 そう口にして窓の外に視線を投げる。切り取られた枠の中を、日が傾き出した景色が流れていく。この先の広い世界には様々な出来事が起きているのだろう。そう思うと、ボクはここで何をしているのだろうかと思う時がある。そろそろここで学ぶべきことも無くなってきていると思うのだが。
 それでも一応卒業まではしたいとは思っているので、そんな考えが浮かぶのは心が疲れてきているのだろう。退屈だからなのか、はたまた部屋の外の世界に疲れてきたのか。
 何でもいいが、そろそろこれをどうにかしないといけないな。何かしら解決の方法を模索しなければ、そう遠くない内に参ってしまいかねない。退屈を紛らわす方法・・・いや、何かに集中できる方法か。まぁ、どちらでもいいや。この状況をどうにか出来るのであれば。

しおり