独立した世界6
「・・・・・・はぁ」
外の景色が茜色になってきていたからか、つい黄昏てしまったようだ。
頭を振って気持ちを切り替えると、深呼吸をして仕切り直す。といっても、話すことは大体話した気がする。
しかし時間はまだあるので、セルパンに他に話はないかと問い掛けてみると、更に続きを話してくれた。続きと言っても、死の支配者が派兵した部隊の動向ではなく、その後の湿地についてだが。
まず魔物と竜人の軍だが、半分弱ぐらいは魔物の国へと撤退したらしい。死の支配者側と正面からぶつかった割には被害が少ないように思えたが、セルパン曰く、見逃されたらしい。
元々その地に住んでいた竜人達は、死の支配者の部隊が魔物と竜人の混成軍の相手をした後にそのまま南下したために、戦闘の流れ弾で少し被害が出た程度で、大した被害は無かったとか。
それは他の種族も同様らしいので、そこだけは軍が出張った意味もあったのかもしれない。
湿地を荒らされることもあまりなかったので、被害としては他の場所よりも軽微。その辺りから推察するに、やはり最初から目的は竜人ではなく魔物の国だったのかもしれない。
その後は今行けば分かるかもしれないが、フェンとセルパンはそこまで行けるのだろうか? そんなことを思うも、よく分からない。以前魔物の国の話をしていたから、首都までは行けるとは思うが。まあそんなことよりも、魔物の国の話であればシトリーに訊けば何か知っているだろう。
「シトリー」
「ん?」
ボクの膝上に座っているシトリーが、真上を見上げるように顔を上げる。
「シトリーは、魔物の国の現状について何か知ってる?」
「現状? そうだね、首都が亡んだぐらいかな?」
「はぁ!?」
シトリーが世間話でもするかのような気軽さで告げた事実に、つい大きな声を出してしまう。しかしそれもしょうがないことだろう。だって、首都が亡んだって結構な一大事だと思うのだが。それに、シトリーは魔物の国に入れ込んでいたような?
「首都が亡んだぐらいでそんなに驚くことかな?」
しかし、シトリーは心底不思議そうに首を傾げる。
「・・・普通は驚くことだと思うよ? だって、首都が亡んだってのは国が亡んだと同義に近いと思うんだけれど」
「うーん、人間の価値観としてはそうなのかもねー」
シトリーは顔を前に戻すと、寛ぎながらそう口にする。その口調からは、魔物の国の首都が亡んだことへの悲しみなどはまるで感じられない。
「でも、私達魔物の価値観としては、たかが首都が亡くなっただけなんだよ。そもそもあの子も無事だし、首都に暮らしていた者達も大半は無事。ならば、首都を替えればいいだけだもん。そもそも、魔物は本来好き勝手に暮らしている存在だから、一ヵ所にこだわらないし。なんだったら、あれが去った後に、また首都だった場所に戻って再興してもいいからね」
「そ、そうなんだ」
「うん。これが魔物の価値観。人間というか、他の生物とは価値観が違う部分の一つだね! 私は外に出て長いこと経つから、外の価値観もある程度は理解しているけれど」
種族によって価値観は異なる。それはまぁ、当たり前のことだろう。育った環境が違えば、同じ種族でも価値観は異なるのだから。
「まぁ、魔物の国が問題ないならいいんだけれど」
「大丈夫だよー。被害もそんなに多くはないから」
「それならばよかったよ」
驚きはしたが、シトリーが全く気にしていないのだから問題ないのだろう。ならば、この話はここまででいいか。
窓の外に目を向けると、そろそろ夜が過ぎようかという時間だった。空の端が微妙に明るくなってきている。
それでも到着までまだ時間があるので、一言断ってから少し眠ることにした。
数時間ほど経過して目を覚ます。外はすっかり朝になっていたが、そろそろ到着だろうから丁度いい時間だ。
プラタ達四人に朝の挨拶を済ませて少し落ち着いていると、列車の速度が緩やかになっていく。そろそろ到着だな。
そう思い、車窓から道の先を確認してみると、遠くに駅舎が確認出来る。それも次第に大きくなってきたので、降りる準備をするか。準備と言っても空の背嚢を背負うだけだが。
その頃には四人とも姿はなかった。プラタとシトリーはおそらくジーニアス魔法学園のボクの部屋へと移動し、フェンとセルパンはボクの影の中へと入っている。
程なくして列車が止まると、駅舎に降りる。
久しぶりに降りた駅舎は特に変化は無く、殺風景な景色が広がるのみ。ただ、まばらに人の姿は目に出来た。
それからジーニアス魔法学園に向かって移動する。それも直ぐに到着したので、そのまま上級生寮へと移動して、自室に向かう。
自室に入ると、いつも通りにプラタとシトリーに迎えられた。それに応えて部屋に入る。
背嚢を部屋に置くと、一息吐く。このままお風呂にでも入りたいが、いつも通りに転移装置を取り出して起動させることにした。まずはクリスタロスさんのところへ行くとしよう。
プラタとシトリーが転移装置の効果の範囲外に居るのを確認した後、転移装置を起動した。
「いらっしゃいませ。ジュライさん」
転移して直ぐに、クリスタロスさんの聞き慣れた優しい声が出迎えてくれる。それに挨拶を返して、クリスタロスさんに従って場所を移動していく。
クリスタロスさんと共に場所を移すと、簡単な言葉を交わしてからいつもの席に座り、奥に消えたクリスタロスさんの方に目を向けた。
暫くすると、奥から温かいお茶の入った湯呑をお盆に載せたクリスタロスさんが戻ってくる。
その湯呑をボクの前に置く。それにお礼を言うと、クリスタロスさんは微笑んで自分の分を向かい側の席の前に置いて、自分も腰掛けた。
互いに着席した後、目の前のお茶を一口飲んでから、挨拶混じりの雑談をしつつ、前回来た時から今回までの間の話をしていく。
とはいえ、大した話題も無いので、直ぐに話は終わってしまう。
時間的には昼になるかならないかぐらいなので、いつもより早い。だから、という訳ではないだろうが、今回は久しぶりにクリスタロスさんの話もしてもらえた。たまに聞かせてもらえるが、どれも興味深いモノばかりだ。
落ち着く空間で、興味深い話を聞く。それはとてもいいもので、一時的ではあるが、心が穏やかになった気がする。こういうちょっとした刺激は心地がいい。
クリスタロスさんのおかげで、ささくれてきていた心が癒されていると、あっという間に夕方になる。とてもためになる話で、俄然外の世界に興味が湧いた。
その後、少し遅いが訓練所を借りる許可を貰い、訓練所に移動する。研究の続きを行い、疲れた心を引き続き癒すとしよう。
「どこまでやったっけ?」
前回の研究の記憶を探っていく。確か、飛び地に関してだったかな? なんだか間に色々と、というか倦んでいたから、少々記憶があやふやだ。
「まあいい。とりあえず飛び地に関して模様を描いておけば何か思い出すだろう」
そういう訳で、空気の層を敷いて腕輪に時間を設定すると、土の上に魔力を込めた指で模様を描いていく。
「うーん・・・そういえば、反発がどうこうというところだった、かな?」
模様を描いて飛び地での反応を眺めていると、朧気ながらそんな記憶が蘇ってくる。もう少し続けていたらもっとはっきり思い出すかもしれない。
そう思いつつ、一心に土の上に描いていく。そうしていき、相性や記号などの反応の強さによる関係を思い出していく。
「ああ、そうか。飛び地に関してと、別系統の魔法を混在させる意味について考えていたんだったか」
各系統をわざわざ混在させて模様を描く意味についても思案していたな。この意味が解れば、飛び地に関しても理解が深まるのではないだろうか。
「複数系統を同時に発現させる、か」
そう呟くと、右の手のひらの上に二種類の系統の魔法を別々に発現させる。燃え盛る赤い小さな火球と、涼しげな青色の小さな水球が浮かんでいる。
浮かんでいる二つの球体を手のひらの上で浮かばせながら、互いを追いかけさせるようにクルクルと回す。
「これを混在させると・・・」
左の手のひらの上に赤と青が交互に折り重なる球体を発現させる。交互と言っても、均等に層を織り成している訳ではない。やろうと思えば可能ではあるが、面倒なうえに、今回参考にしている模様でも均等に層をなしている訳ではなかった。一部を再現しただけなので、もしかしたら違うかもしれないが。
「この違い、ねぇ」
まぁ、嵩は違う。二つを足しているのだから、混在している方は一回りは大きい。しかし、二つ同時に発現している時よりは、結果的に嵩張ってはいない。だが、違いらしい違いと言えばそれぐらいだ。威力はむしろ混在させた方が劣る。
「これは火と水系統だからでもあるが」
火と水という反対の系統同士なので、発現時に威力を相殺してしまう。本来であれば混在させるのも難しいが、今回は間に無系統魔法を挿んでいるので何とかなっている。そうでなくとも、別々の方が威力が高い場合が多い。
「例外は、相性がいいモノ同士かな? それでも、そこまで大きな差が出来る訳でもないが」
互いに干渉し合い、相乗効果で威力が高まる場合もあるが、それも別々に発現して、同時に当てて分解すれば最終的に似たような効果を発揮してくれる。それが面倒であれば前者を採用するのもいいが、手間は手間だ。
「ということは、威力の為ではない?」
威力はほぼ変わらないのであれば、他の目的の為に混在させている可能性がある。技術を見せる為のただのお遊びという可能性も否定できないが。
「威力以外の意味、ね・・・ふむ」
幾つかの可能性が頭に浮かぶも、それを確定するには情報が足りない。やはり模様の解析を先に済ませた方がいいのだろうか? 意味を知るにはその方がいいか・・・。
という訳で、飛び地の意味については一旦脇に置く事にする。まずは飛び地の仕組みが判っただけ収穫としよう。
「さて、じゃあ模様の解析を頑張りますか」
今まで細かく分けて調べていたので、もう少し大きく区分けして調べていくことにする。今までが細部の意味だったのを、次は周囲との関係性に着目していく。
「同じ系統の同じ魔法だとしても、並べることに意味はあるから・・・」
模様が示す魔法同士の相性や関係性を考えながら、反応を強化させているのか維持しているのか敢えて弱めているのかなどを、魔力の流れを想定しながら考えていく。
そうして時間を過ごすと、腕輪が振動、ではなく身体中に電流が流れる。それに驚きながら、ボクは腕輪の設定を切った。
腕輪の設定を切った後、片付けを済ませて訓練所を後にすると、クリスタロスさんの部屋に移動する。
そこでお茶を飲みながら優雅に本を読んでいたクリスタロスさんにお礼を言った後、転移装置を起動してジーニアス魔法学園の上級生寮の自室に戻った。
自室に戻ると、シトリーが飛びつくように抱き着いてくる。その後ろで、プラタが恭しく頭を下げる姿が視界に映った。
「御帰りなさいませ。ご主人様」
「おかえり!」
「ただいま」
帰宅の挨拶を交わしつつ、抱き着きながら顔を上げたシトリーの頭を撫でる。少しそうしていると、目を細めて気持ちよさそうにしていたシトリーは、満足したのか離れてくれる。
それを確認した後、プラタにシトリーのことを任せて、お風呂に入ることにした。
浴室に移動すると、着たままだった制服を綺麗にしながら情報体に変換していく。それと同時に浴槽を掃除して、お湯を創造してから浴室にお湯を張る。
それとは別に創造したお湯で身体を洗い、浴槽に身体を沈めて息を吐く。狭い浴槽では足は伸ばせないが、それでも久しぶりの入浴だ。
「はぁ。落ち着く。今日はいい日だな」
クリスタロスさんの話や研究に、こうしてお風呂まで入れる。それに加えて周囲には誰も居ないのだから、心落ち着くというもの。
「もう卒業とかどうでもいいから、何処かで隠遁生活でもしたいな」
こうしてのんびりした時間を過ごした方が心穏やかに暮らせるのだから、精神的にもそれがいいのだろう。
「でもなぁ」
しかし、もう五年生だ。それだけ長く学園生として暮らしてきたので、今更辞めるのもな。という気持ちもある。とはいえ、五年生ということは、学年的には半分だ。細かく言えば違うが、数字の上では半分なのだ。
「・・・・・・まだ、半分なんだよな。考えれば。そう思えば、別に今辞めてもいい気もしてくるな」
まだ半分も残っているならば、今見限ってもいいと思う。このまま在学していても、別に得るモノもないからな。退学したら家に帰れなくなるかもしれないが、多分退学後は人間界の外に出るだろうから、もう関係ない。
「どうするかな」
なので割と本気で悩む。最近特に時間の無駄なような気がしてきているからな。
「はぁ。急にどうしたのかねー」
急に、というほどでもないかもしれないが、感覚的には急にか。まぁ、退屈なのは昨日今日からという訳ではないのだが。
それでも、ここまで精神的に病んだような荒み方をしたのは、入学した頃以来かもしれない。
少し考えるも、原因はよく判らない。多分、同じ事ばかりで慣れたからかも知れないとは思うが、それが当たっているかは定かではない。
「・・・ま、あまり深く考えてもしょうがないか」
考えすぎるのも問題だろうから、もう少し気楽に過ごす方がいいのだろう。
「・・・・・・ああ、やはり南門の宿舎にも個室のお風呂があったらな」
お風呂に浸かってのんびりしていると、精神的な疲れや思考の凝りが解れていく感じがするので、やはりお風呂はいいものだ。もしかしたら、これが無いから精神的な疲れが出てきた可能性もあるな。
そう思いつつも、ぼんやりと天井を眺めながら時を過ごす。暫くそうして過ごしていると大分身体が温まってきたので、お湯から出る事にした。
浴槽のお湯を抜いて掃除をすると、身体と浴室の水気を取り除いてから、服を構築と同時に着用する。それらが終わると、浴室を出て部屋に戻る。
部屋ではプラタがシトリーを座らせて背後から肩に手を置いて押さえていたが、ボクが部屋に入ると、プラタは手を離してシトリーを開放させた。
開放されたシトリーは立ち上がると、突撃するような速度で抱き着いてくる。
それを受け止めて頭を撫でると、プラタにお礼を言って就寝の準備を行う。風系統の魔法で空気を集めて寝床とすると、その上に三人で横になる。
シトリーに抱き枕にされながら目を瞑ると、そのまま意識を手放した。
◆
「順調に育ってるね~」
百二十センチメートルにも満たない体躯に、赤茶色の髪を肩に触れないぐらいに切り揃え、頭頂付近に蝶を模したように黄緑色の布を結んだ少女が、やんちゃそうな笑みを浮かべながら、細めた目でどこか遠くを眺めつつ、愉しそうにそう呟いた。
「あれぐらい育てば、そろそろ一気に強くなる頃合いかな~?」
可愛らしく小首を傾げると、少女は記憶を探るように頬に指をあてる。
「めい様が確かそんなことを仰っていたはず~・・・それにしても、もう一方もまあそこそこ強かったな~。お付きもそれなりだったし~」
少女は遠くを眺めながら、にししと何かを企むように笑う。
「でも、めい様を創造されたという、オーガスト様にも拝謁願いたかったな~。あのめい様があれほど信奉されている方なのだから、きっと凄い方なんだろうな~」
憧れるような声音でそう口にすると、少女は細めていた目を開く。
開いた眼窩は闇色をしており、その中に鮮やかな空色の瞳が輝いている。その輝く目ごと囲むように、目元に青白い火が点る。
「ああ、早くあれらが育たないかな~。でも、先輩もこちらに来るらしいから、わたしに出番は回ってくるのかな~?」
わくわくとした雰囲気ながらも、少女は少し困ったようにそう口にした。
◆
翌朝目を覚ました後、プラタと朝の挨拶を交わす。
その後に抱き着いているシトリーを剥がしにかかる。その途中で起きたシトリーと朝の挨拶を交わして、空気の塊であるベッドから降りてそれを片づけると、朝の支度を始める。
着替えや洗顔などを済ませて準備を終えた後、まだ暗さが残る中、プラタとシトリーに見送られながら自室を出た。
寮の外に出て、空を見上げる。視界の中にはほどほどに雲量があるも、雨は降らないだろう。
早朝特有の薄暗さの中、肌に感じる適度な冷たさが心地いい。
「さて、食堂に向かうか」
周囲を見回して、誰も居ないのを確認して歩き出す。
ジーニアス魔法学園の敷地は広大だが、その大部分は整備されている為に進むのは非常に楽だ。整備されていない部分は、ダンジョンの入り口にもなっている山や、訓練の為に敢えて整備されていない区画など限られた場所だけ。それだけ歴史と力があるということだろう。
整備された道の上を進んで、上級生寮近くの食堂へと移動する。
静かな食堂内には、数名の先客が居た。見れば二年生のようだ。
何か会話をする訳でもないので、さっさとパンと水を貰って適当な席で食事を摂る。
手早く食事を終えると、食堂を出て教室に移動する。
もう五年生にもなれば特に習うことも無いと思うが、森の中の話でもするのだろうか? でも、今は森の様子も大分様変わりしているからな。学園側がどこまで把握しているのか興味はある。生徒手帳の方は情報が更新されていなかったけれど。
誰も居ない教室内の窓から、寒々しい色の空を視界に収める。そのまま視線を下げれば、まだ青々とした木々が目に映った。
開いている窓からは温かくなってきた風が入り込んでくるが、気にはならない。
「まだ掛かるかな?」
眼下で動く生徒達を何とはなしに捉えていた視線を動かし、教員の到着時間までを確認する。
「ゆっくり来たつもりだったけれど、意外と早く着いたからな」
考えられる原因は朝食の量が更に減った事と、今日は廊下に人があまり居なかったからかもしれない。
「まあ一番の原因は、早くに寮を出過ぎた事なんだけれど」
いつもよりも数十分ぐらい早く出たので、その分余裕が生まれてしまった。やはりこの季節は朝早い方が涼しいので、移動に適しているからな。
それから暫く窓の外の様子を眺めていると、教員がやって来るのを察知して視線を出入り口の方に向ける。
学舎に始業の鐘が鳴り響くと同時に教室に入ってきたのは、長身で褐色の肌をした女性教諭であった。
女性教諭は背を丸めながら入ってくると、教卓に手にしていた本を置いて、縁が灰色で丸みを帯びた眼鏡の奥に光る鋭い目を、こちらに向ける。
「ひ、久しぶりね。オーガスト君」
自信なさげな声音ながら、ぎこちないながらも親しげな笑みをこちらに向けてくるその女性教諭は、バンガローズ教諭であった。
「お久しぶりです。バンガローズ先生」
それに応えると、バンガローズ教諭はひとつ頷き、本を開いて背筋を伸ばす。
「では、授業を始めます。といっても、もう教えることもほとんど無いのですが」
先程までの大人しそうな雰囲気が、一気に怜悧な雰囲気へと一変する。いつみてもこの変容は面白いものだ。
「とりあえず、今までのおさらいを簡単に行います」
そう言うと、一年生から今までに習ったことを簡単にさらっていく。結構な量の情報があるも、バンガローズ教諭の簡潔で簡略的な説明のおかげで、昼前には説明を終える。見事に数時間喋りっぱなしであったが、バンガローズ教諭に疲れた様子は見られない。
「では、今日はこの辺りでいいでしょう。明日は森周辺の話を少しした後に実技の予定ですが、オーガスト君には必要ないでしょうから、少し話をしたら終わりにしましょう」
「ありがとうございます」
前回同様に気を遣ってくれるバンガローズ教諭にお礼を言うと、バンガローズ教諭は一瞬苦笑めいた笑みを浮かべて、教卓の上に開いていた本を閉じた。
「で、では、今日はこれで終わります」
そう宣言した後、バンガローズ教諭は背を丸めて教室から出ていった。相変わらず切り替えが判りやすくて面白い人だな。
バンガローズ教諭が教室を出ていったのを確認した後、ボクも教室を出て食堂に移動する。
「うーん・・・たまには大食堂ではなく、食堂で昼食を食べようかな」
いつもであれば、教室から近い大食堂を利用するのだが、今日は静かな食堂の方を利用することにした。上級生寮までも近いし。
まぁ、そもそも昼食は食べなくても問題ないのだが、学園に居る間ぐらいは昼食も出来るだけ食べようかなと思っている。要は気分だ。
教室を出て食堂目指して移動していく。現在は昼前なので、大半の一年生は授業中。そうなると廊下ではほとんど見掛けない。
おかげで静かな廊下を食堂目指して進んでいく。そういえば、現在は一年生はどれぐらい残っているのだろうか? まだ一つ目のダンジョンが終わって少し経ったぐらいだと思うので、そこまで数は減ってないかもしれない。
前回来た時は結構一年生が残っていたので、そんなどうでもいいことをつい考えてしまう。
しかし、食堂までの暇つぶしと思えば問題ない。事実、そんなことを考えている内に食堂に到着したのだから。
到着した食堂内には数名の生徒が居ただけで、相変わらず静かなもの。食堂に入っても誰もこちらに注意を向けないので、非常に気が楽だ。
今朝同様に小さなパンと一杯の水を貰って、それを適当な席に腰掛けて食していく。
食堂は大食堂の半分も無い規模だが、それでも結構広い。そんな空間を数名で使うというのは贅沢ではあるが、空きが多すぎて何か空しく思えてくる。これで賑やかであれば、まだそんな風に感じたりはしなかったのかもしれない。
しかし、個人的には賑やかなのは苦手なので、結果的には今のままで良かったと思う。
静寂を楽しみながら昼食を摂ると、食器を返却してから食堂を出る。
外に出ると、空を見上げた訳でもないのに日差しが目に染みて、手を目の上に翳して庇を作りながら、目を細めて逸らしてしまう。
そのまま天上に視線を転じてみれば、そこには朝と違って雲がほとんど無い快晴が広がっていた。
目線を前に戻して、気持ち足早に寮の自室を目指して進んでいく。良い天気の昼間なんて、暑い以外の何物でもない。
視線をやや下げながら進んでいるので、じりじりと後頭部付近が熱を持ってくる。こんなんだったら、帽子でも被ってくればよかった。
「・・・・・・いや、そもそもボクは帽子を持っていなかったか」
私物を情報体として入れている体内には、帽子の類いは無い。被れれば何でも帽子というのであれば話は別だが、最初から日光を遮る役目で作られた帽子は、残念ながら持ってはいなかった。
とはいえ、無いなら創ればいいのだが、ここで創る訳にもいかない。せめて自室に戻ってからだろう。
それに魔法道具としてではなく、単なる道具としての創造は珍しい。というか、初めから純粋な道具を目的として創造するのは初めてかもしれないな。
「帽子、ね。どんなのがいいものか」
学園内で帽子の着用は禁止。なんて校則はなかったはずなので、基本的にはどんな帽子でも構わない。しかし、あんまり周囲に迷惑をかけるような帽子は駄目だろう。それに、目立つのも嫌だし。
「校則の方は一応後で確認しておくとして」
まずは素材だが、これはありふれた素材でいいだろう。何なら布を頭に巻いているだけでもいいと思う。いや、それも一考の余地はあるが、もっと手軽に着脱出来る方がいいだろう。それに、日差しを遮るというのだから、つばは広い方がいいかもしれない。
「うーん。地味で目立たず。それでいて、それなりにつばが広い帽子か」
中々に難問だ。とはいえ、今回は参考資料が結構あるので、そこまで長く考えるほどのことでもない。というよりも、独りで長々と考える方が余程答えが出ないだろう。
「早速、部屋に戻ったら創るとするかな」
考えている間に自室の在る寮に到着したので、日差しから逃げるようにその中に入っていく。
「御帰りなさいませ。ご主人様」
「おかえりー! ジュライ様!」
自室に戻ると、プラタとシトリーが迎えてくれる。
そのまま室内に入り、奥に在る唯一の部屋に到着すると、背嚢を降ろして腰を下ろす。クリスタロスさんのところに行くのは、帽子を創造してからにしよう。
というところで、ふと学園の敷地内で帽子を被っている生徒や教員が居たことを思い出したのでそれを参考に、いくつか候補を思い浮かべていき、良さそうなものを創造していく。
「材料は藁か。それを頭を覆うような半円形に編んで、つばの部分も一緒に編めばいいのか?」
編むといっても、創造するだけなので、編んだ状態のモノを創造すれば済む話だ。大きさも大したことないし、別に魔法を組み込んだりするわけでもないので、特に問題は無い。
なので、早速藁で編んだ帽子を創造していく。ものの数秒で手元に完成品が出来上がる。
「これを被ってみて、と」
創造してもかぶれなければ意味が無いので、大きさが問題ないか実際に被ってみて確かめる。幸い特に締め付ける感じも、ずり落ちる感覚もしないので、問題ないだろう。
それを確認したら、帽子を情報体に変換して収納する。
「さて、それじゃあクリスタロスさんのところへ行くとするかな」
立ち上がってお守りのような転移装置を構築して取り出すと、効果範囲内にプラタとシトリーが入っているのを確かめてから起動させる。
転移時特有の浮遊感のような不安定な感覚に、白く染まる世界。それらを一瞬感じて、寮の自室からクリスタロスさんのところへと、瞬きするより早く移動した。
「いらっしゃいませ。ジュライさん」
視界に色が戻る中、転移を無事に終えた事を伝えるように、クリスタロスさんの優しげな声音がボク達を出迎える。
「こんにちは。クリスタロスさん。またお世話になります」
それに笑みを浮かべて挨拶を返すと、クリスタロスさんは嬉しそうに笑みを強くした。
挨拶を終えると、軽く言葉を交わしてから、いつものように場所を移す。
移動した先のクリスタロスさんの部屋では、自然と固定席になっている場所に腰掛けて、奥に消えたクリスタロスさんがお茶を持ってきてくれるのを静かに待つ。プラタとシトリーも、座る場所はボクの両隣と決まっている。
それから程なくして、奥からクリスタロスさんが湯呑を三つお盆に載せて持ってきてくれた。