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 パニーニの味に、浸ってる場合じゃなかった。


『粉末でこれだけ美味しいのにぃ、生のを使うともっと凄いの〜?』


 小声だが、しっかりと聞こえてきたルゥの言葉に、ロイズは味に浸ってた幸福感からすぐに浮上して振り返る。


(そうだ、これだけじゃねぇ!)


 残りの二種類の魔物素材もだが、わざわざラティストを使いに出してまで採取させた治癒草の束。

 あれを使って、比較をしたいと言ってたスバルの言葉。それを思い出して、すぐにロイズも彼に問いかけようとしたのだが。

 なぜか、スバルはすぐに首を振った。


「いえ、生の治癒草を挟んで焼いても……ついさっき、失敗しました」
「えぇ〜?」
「はぁ?」


 今まさにそれを焼いてるのではないかと思ったが、どうやら違うらしい。それともう一つ、ロイズは卓の上にある道具を見て不思議に思った。

 中身が、異常な緑色の液体がごく少量だが入っていたのだ。


「す、スバル……それ」
「おや、それはジェノベーゼ……より、バジリコソースかい?」
「なんだそりゃ?」


 まだ口にパニーニを入れながら答えてくれたのが、ヴィンクス。


「イタリア料理には欠かせないソースさ。確かにパニーニに入れるのであれば乾燥以外だとこのソースが最適かな?」
「こ、これ、ソースなのぉ? ポーションの失敗にも見えるけど〜」
「ちゃんとしたソースだ。風味づけ以外にはパスタ料理に使うことが多かったよ。で、スバル。生を挟んだだけだと何があったんだい?」
「実は……エラー画面出ちゃって」


 またよくわからない異世界用語を出されたが、同じ世界出身のヴィンクスはすぐに手を叩いた。


「具体的には、『錬成出来ません』ではなかったか?」
「それです。食べるのには問題なかったんですが、ポーションにはならなかったんで」
「ふむ。私も駆け出しの頃は多かったな。調理に問題がないのは幸いだが……ポーションとしては不充分。珍しい結果だ」
「おい、俺達にもわかるよーに説明しろ!」


 錬金師同士もとい、時の渡航者同士で語り合ってても、どちらでもないロイズとルゥにはさっぱりだ。

 同じなはずのラティストと言えば、鉄板の前で焼けるのを期待を込めた目で見つめてて動かない。彼はひとまず置いといて、幼馴染みに説明を求めたが。


「鍛治や錬金と言った生産系では、まあ珍しくない現象だ。出来上がっても、例の天からの声が成功だけでなく文字通り失敗の結果も出る。君も知ってるだろう?」
「けど、俺がお前の見てきた中じゃ……完全に見てくれが悪りぃもんばっかだったが」


 今長となってる商業ギルドに入ってからでも、他の錬金師や鍛治師でもそれは同じだった。


「おそらく、スバルの場合はパンでも……彼はパン職人だ。錬金師の通常調合で大雑把な間違いを起こしたわけではない。一種類程度でもポーションには不向きと判断されただけだ。だから、食べられたのだろう」
「…………あれも、結構美味かったが」
「それは後で作ってもらうとしてっ」


 唯一、その失敗作らしいパニーニを口にしたラティストが割り込むと、せっかく真剣に語ってたヴィンクスは悔しそうに拳を握る。

 ラティストが鉄板の前にいるので、一応は怪我させないように殴りかからないか、もしくは鉄板の中身を心配してか。

 ひとしきり悔しがったヴィンクスは、軽く咳払いをしてから今度はスバルを見た。


「で、今朝方までの試作では乾燥のをソースにしてみたのかい?」
「あ、はい。……悪くはなかったんですけど、効果も値もやっぱりいまいちで」
「それで、生の治癒草を採取決行ということか?」
「はい。僕じゃ場所も、実際の治癒草も知らないので」
「俺が行くと決めた」


 ロイズやルゥに相談しようにも、忙しそうだったからと頼まなかったらしい。
 代わりに、出掛けるついでとラティスト自身が商業の方にメンチカツサンドなどの納品をしてくれたそうだ。


「けど、お前スバルに連れられるまで外のことあんま知らなかったじゃねーの? どこまで行ったんだ」
「…………南にある、石の集う洞窟(ダンジョン)
「はぁ⁉︎」


 何故わざわざそこに、と思ったのと同時に今朝メンチカツサンドを譲った赤毛の少女が頭をよぎった。


「そう言えば、俗に最終ステージだとか言われてる場所に……俺の目には劣るが赤い髪の女がいたな」
「あらぁ〜、もしかしてエリーちゃぁん?」
「……知り合いか?」
「うちの今エースなのぉ、挨拶したのん?」
「……一応」


 この美形過ぎる精霊に出くわしても、エリーが恐怖症を起こさなかったか心配になった。

 だが、とりあえず最終ステージは無事にクリア出来たかと先輩としては安心出来た。


「んで、なんでそんな奥地に行ってまで治癒草取りに行ったんだよ? 治癒草なんかそこいらにありまくりだろ?」
「……小さき精霊に聞いたが、今はあそこが最適だと」
「あ?」
「精霊の加護が〜、特に豊富なとこは各地にあるけれどぉ……ラティちゃんの部下みたいな子達に聞くなら、たしかにあそこねん。それと大精霊本人が摘めば、加護は更に凄いはずだわぁ〜」


 わからないロイズに、精霊魔法を主流に使うルゥがわかりやすく補足してくれたことで理解は出来た。
 けれど、後半の説明が真実であれば、一つ思い当たることがある。


「ルゥ、それが真実であれば……ここ最近パンの補正効果の値に関わらず……威力が高いのは、やはりラティストが関係してるのか?」
「あらぁ、気づいてたのぉ?」
「カーニャに、念の為聞いたがな」
「ってことは、マジで?」


 組ませてたったひと月だとしても、最強の生産系コンビを誕生させてしまったという事か。

 だが、その本人達は、もうすぐ出来上がるパニーニへの作業に真剣になってて話半分くらいしか聞いてない。

 せっかくの事の重大さになんてのんきな。


「おい、スバル……」
「出来ました! 今度は成功だ!」
「おっわ、あぶね⁉︎」
「あ、ロイズさんどうかしました?」


 気配すら感知できないのは知ってたが、声をかけても聞こえていなかったらしい。

 なので、軽く小突いても、パニーニ成功の方が重要でほとんど痛がらなかったが。


「聞いてなかったのかよ、俺らの話。ラティストが触れた食材をお前が扱えば、値関係なく効能が尋常じゃねーって話!」
「え、そうなんですか?」
「マジで知らなかったのかよ!」
「いや、お客さん達から美味しいとか、効果凄いは最初から聞いてたので特には」
「……あー、新規はそうだが常連でも、か」


 メンチカツサンドはともかく、元々スバルが手がけるパン達はどれも美味く、ポーションとしても最高の出来だ。

 ヴィンクスのように錬金師達なら気づくかもしれないが、この街にいる錬金師は少ない。

 常駐してるのも、今いる二人を除いてあと一人いるが、ヴィンクス以上に引きこもりで街に出てこないから知らないだろう。


「とにかく、成功したんで食べましょう?」
「……わーった。が、その前に効果見せろ」
「私も見よう」


 スバルはラティストとルゥに見せるためにメモを取っていたが、ロイズは鑑定眼越しに見えた結果に目を剥きそうになりかけた。



【スバル特製パニーニ】


《ピザ味・ジェノベーゼ入り》
・生の治癒草をソースにさせた効果付与により、高性能の鎮静薬となった

 ①麻酔薬にも可能
 ②文字通り、激痛の中和剤にも可能
 ③激しい動悸を抑える効果

 →注意、ひと口ずつよく噛んで食べるのがオススメ

・焼いてとろけたチーズが、手作りトマトソースや厚切りベーコンと絡み、少し半ナマのトマトとも相性抜群! 手作りのジェノベーゼソースの風味が具材とマッチして美味!

・これは冷めても美味いこと間違いない




「信じられないが……同じ効果でも複数の症状を緩和、だと?」


 こんな結果は、ロイズもヴィンクスが手がけてきたポーションで見た事がなかった。


「いやぁん、さっきよりもいい香り〜! 早く食べたぁい!」
「のんきな事言ってる場合じゃないだろ、ルゥ!」
「効果については〜、ラティストちゃんの加護が大きいのなら普通じゃなぁい? おまけに、部下ちゃん達の薦めであれば尚更」
「だからって……」


 これは、冒険者だけでなく医療機関にも役に立つだけで済まないだろう。

 頭を抱えたい気持ちになったが、開けてた口に何か温かいものを押し込まれた。


「ふが⁉︎」
「とりあえず、食べろ。出来立てが一番だからな」


 どうやら、話題の中心になっていたラティスト本人が切り分けてたらしい出来立てのパニーニをロイズの口に押し込んでたようだ。


「わ、わふぁった、えあふぁったから、ふぁなせ!」
「……よく噛めよ」


 子供じゃあるまいし、と怒鳴ろうにも見た目と逆にラティストにとってはロイズも子供同然。

 反論する気力も失せたので、口に入れらままのパニーニを食べることにした。


(……マジで、うっま!)


 焼き立てなのは当然だが、チーズの下にあるらしい治癒草で作ったジェノベーゼと言うソース。

 少し塩気を感じるが後味はさっぱりしていて、かつ表示通り香りもいい。

 乾燥とは違い、焼いた事で火が通ったお陰で強く香りが鼻を突き抜けていく。

 効果のせいもあるかもしれないが、沸騰しかけてた頭の中がだんだんと落ち着いてくような気もした。


「……こりゃ、売らねぇわけにもいかんか」


 初めてスバルのメンチカツサンドを食べ、ポーションとしてもだが美味さの虜になったあの時。

 ぐだぐだ今後の事を心配してても、本能的に動いてしまってた。
 今回も、結局はそこに行き着きそうだ。


「ほんと、美味しいぃ〜あたし、こっちのがいいわぁ」
「しかし、同じ材料でも粉末とソースでこの違い……面白い。味の好みは人によるな?」
「……粉末のソースよりも美味い」
「ラティちゃん食べ過ぎよん。まだお肉の方もあるのにぃ?」
「俺は人間じゃないから平気だ」


 とりあえず、いつも通りの試食会の雰囲気になっていきそうだ。
 残りも実に楽しみだが、ロイズはエリーがどうなったか少し気になり出していた。

 帰る前に、ラティストに聞こうかと思ったが。
 あとで、早く聞いておけばと後悔した。





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【パニーニの由来】



ギルドマスター達も夢中になって食べてしまってたパニーニ

パニーニはイタリア語でパニーノと言う具を挟んだパンの複数形を意味します

日本では、スバルの調理のようにそれらしく味付けしたサンドイッチのことを指します。焦げ目については定かではないですが、パニーニの定番となっているようです

今回作ってみたホットパニーニは、イタリアだと俗にトーストと呼ばれてるらしいですよ?

しおり