実は、のメンチカツサンド編
エリーは、冒険者として若手ながらもそれなりに経験を積んで来たつもりだ。
今回の
以前、攻略出来なかったから尚の事、ランクを上げる以外にも経験は積み重ねてきた。
なのに……なのにこの結果は経験だけのもので済まなかった。
「───────…………う、嘘でしょ……?」
目の前の結果について、エリーはその言葉をようやくこぼせた。
エリーの前には、大小問わず岩の残骸ばかり。別に落石事故に遭遇したわけではない。
ただ、メンチカツサンドを半分だけ食べただけが、予想以上の効果を発揮した結果だ。
(双剣を両方で片足を破壊しようとしただけなのに……⁉︎)
経緯はひどくシンプル。
ゴーレムの攻撃が来る前に、瞬発力を上げて接近して奴の右足を破壊した。破壊自体は、予想してた攻撃付与のお陰で遂行したと思った。
が、その威力がエリーの予想以上に凄まじく、破壊したところからゴーレムの体全体に行き渡って粉砕し出したのだ。
慌てて、結界を展開してから退避する程の大惨事になるくらいに。
「……すぐ、再生はしないだろうけど。これ、凄過ぎでしょ!」
思い返す余裕が出て来てから、改めて食べれるポーションの効果について感心した。
売り出してまだ数ヶ月。
競りに行く度に聞くが、最初のポーションパンとも言われてるあのメンチカツサンド。
先輩冒険者達が、大金をはたいて迄購入したしたがる訳がやっと実感出来た。これは、金貨一枚でも安過ぎる買い物だ。
「ロイズさん、本当に感謝します!」
製作した錬金師にもだが、分け与えてくれたロイズにも感謝だ。
「残りは後で食べるにしても……これ、使いようによっちゃ悪用されるでしょ!」
ロイズ達も当然対策は練っているはずだが、報告の時に一度言ってみよう。
その為にも、攻略出来た証拠として奥の部屋にあるらしい宝箱を開けなくては。
今一度、ゴーレムが再生しないのを確認してから、エリーは慎重に岩で出来た扉を押し開いた。
「さあ、宝箱はどこ…………って、誰⁉︎」
勢いよく開けた奥に、黒い人影が確認出来たので咄嗟に双剣を構えた。
自分より先に攻略者がいるのは、別に珍しくはない。
ただ、あの
少しずつ奥の影に近づこうとすると、急にその影の周りに蛍虫のような淡い光の粒が現れた。
「……女……少女、か」
光の粒のお陰で、影の正体が少しずつあらわになっていく。
影よりも尚濃い漆黒の長い髪。
蛍虫の淡い緑の光とは異質の、鮮血を思わせるほどの紅い瞳。
蝋にも近いくらい透けた白い肌。
整い過ぎたと言える、彫刻のような美貌の男だった。
それなのに服装は冒険者どころか、どこかの商店にいる労働者とさして変わりない簡素なシャツとズボンにエプロン。
(……こ、怖くない怖くない怖くないっ!)
いくら見惚れかけたとは言え、初対面の男性にはどうしても恐怖を覚えて、足がすくみそうになる。
敵かどうかもわからない、目の前の男を、まずは攻略した側として尋問しなければならない。
もし、宝箱のすべての財宝が目的であるのならば、エリーにも不都合が生じる。無理に足の震えを落ち着かせてから、エリーはもう一度、彼に問いかけた。
「あんたは、誰? ここにどうやって入った!」
武装もせずに無防備過ぎる程の過信者にしたって、本当にどうやって。
エリーは警戒を解かずに、少しずつ近づいていったが、男はいくらか考えてからエリーに向かって口を開いた。
「別に入り口があるから……通って来ただけだが?」
「……は?」
「……それと、お前のような冒険者とやらが欲するモノを目的に来たわけではない」
意味がわからないと問いかけようにも、男はぽんぽんと言う具合に自分の言いたい事を続けていく。
「俺が求めたのは……ここに自生する治癒草だ」
そう言いながら、エリーの方に差し出してきたのは、採ったばかりらしい治癒草の束。
蛍虫がまとわりつくように飛んでる以外、至って普通の採取クエストの定番対象。
だからとは言え、エリーには意味がわからない。
「入り口が他にもあるってどこよ⁉︎ ここのダンジョン一箇所しかないって有名なのに! あたしが倒したゴーレムを突破しない限り絶対入れないはずよ! 嘘言わないで!」
「…………別に信じなくてもいいが、帰っていいか?」
「はぁ⁉︎」
「時間がない。俺よりもこれを欲してる相手のためだ」
と言いながら、本当に帰ろうとしたのでエリーはまだ尋問のために進路を遮る。
「待ちなって! ほんとにどっから入って来たのよ! どう見ても冒険者じゃないのに」
「……………………ただの、パン屋見習いだが?」
「はぁ⁉︎」
少し間を置かれたが、男は
が、納得が行かずに、エリーは右の剣を男の顔ギリギリまで突きつけて、さらに問い詰める。
「嘘言うな! ただのパン屋の見習いだけが、採取の依頼を受けたにしたって、こんな攻略難関のダンジョンに来るわけあるか⁉︎」
それにまず、治癒草をパンに使用する意味がわからない。
エリーは夜営程度の簡易料理しか作れないが、ポーション製作以外薬用にしかならない治癒草を、食用に使うなんて聞いた事がなかった。
「…………精霊が、教えてくれただけだが?」
おくびもせずに剣先をつまんで顔から無理に離し、男は治癒草を持ってる手をエリーの方に向けてくる。
少しだが、蛍虫達が舞ったように見えた。
「せい、れい……?」
「今見えてるのは赤子程だが、治癒草を導いてくれたモノだ。俺は、この草を必要とするのに、精霊の導きを辿ってここに来た」
「それを……パンって、なんのた」
なんのためにと言おうとした時、エリーの脳裏にある事が思い浮かぶ。
つい先程倒した、ゴーレムへの対策。
美味し過ぎる、未知なるサンドイッチ。
加えて、先輩達がはしゃぐ程の美しい青年がいるとされる、そのパンを製造する街の奥地にあると言うポーションパン屋。
彼を見て、その事をすぐに結び付けられた。
「あんた、まさかポーションパン屋の!」
「ああ、そうだ」
今度は即答。素直なのかどうか分かりにくい奴だ。
「だったら、ギルドに依頼するなりすればいいでしょ⁉︎ 危険を承知で武器も持たずに来るって」
「……別に、素手でも大抵の獣は倒せる」
「あんた、
「いわゆる、
本当に、この男は何者かわからない。
精霊の導きをされる程の加護があり、腕も立つようだが
異空間結界を維持させたアイテムなのに、外部からどうやって透視出来たのか。
「な、なんでわかるの⁉︎」
「微かだが、匂いがしただけだ。……これは、メンチカツサンドか。買ってくれたのか?」
「も、もらった……だけ」
「あれをか? 店でも即座に売れる程だが……さては、ロイズか?」
「知って!…………るか、当然」
商業ギルドを通じて、店を開くのが当たり前の世の中。
現ギルドマスターのロイズ自ら、パン屋の店主をどこかから拾い、ヴィンクスの元に弟子入りさせて店を持たせたのも、噂には聞いてた。
この青年については、まだひと月かそこらかとは聞いた気がするが、随分と若い。
見た目だけで言うなら、ロイズよりも下でエリーより少し上くらいだ。
「ああ、今日あいつも店に来る予定だが…………で、どうだった?」
「え?」
「メンチカツ、美味かっただろ?」
「それはもう、超美味しかった!」
思わず、男に向かってはしゃぐように即答してしまい、すぐに恥ずかしくなって剣を下ろした。
警戒する必要が完全になくなってなくとも、初対面の、しかも男に言う事などエリーにはあり得なかったのだ。
だが、青年は気にしていないのか、無表情だったのを口だけ緩めて。
「そうか。次は、せっかくなら店に来い。他にも美味いパンは山程あるぞ」
心の底から、パンの美味しさを伝えてくれる微笑みに、エリーは初めて青年を恐怖でなく『好意的』に思えた。
惚れるとかではなく、ロイズや一部の男性を含めて抱く安心に似たような気持ち。
家族でも、あの事件以来少しでも怖かったのに、この青年は人の心を鷲掴みにするのが上手い。
「…………か、考え、とく」
ようやく絞り出せたのは、これだけだった。
彼もだが、店主の方も好印象を持ちやすい男性とは聞いている。いくら、この青年の上司であろうといい人間だろうと、男は男。
目の前の彼に抱いたような、恐怖症を払拭させてくれる相手かわからないからだ。
「…………そうか。俺の用はもう済んだし、時間があまりない。先に失礼する」
「え、ちょ…………っ⁉︎」
エリーが引き止めようとしたのに、青年はまだまとわりついてた蛍虫ではなく、小さな精霊達に包まれてしまった。
目を閉じてしまいそうな程の光の中にそのまま彼は進んでしまい、光が消えた時には彼もいなくなっていた。
「……なんなの、あいつ?」
パン屋の見習いにしたって、尋常じゃないくらいの精霊の加護を受けているのははっきりわかった。
「…………お礼、言えばよかったかな」
ダンジョンを攻略出来たのも、最終的にあのメンチカツサンドのお陰だから。
そこでエリーはすぐに攻略最後の任務を思い出し、手付かずだったと思われる宝箱を見つけ、鍵を開けてから一つだけ財宝を持ち帰った。
出会った青年には劣るも、綺麗な赤い石のついた金の指輪。
持ち帰るのにちょうどいいと選んだだけだが、ギルドに戻ると希少価値の高い
以後、それを使用せずにお護り代わりに持ち歩くようになった。
「───────…………やっぱ、思い出すと怖い怖い怖い怖い怖い怖いぃい!」
ただ、帰路を急ぐ途中に、結局青年の事を思い出すと恐怖症が起こったのは残念だったが。
なので、エリー気分を変えるべく、急いで拠点に戻って残ったメンチカツサンドを食べようと走ったのだった。